ver2.▇『願い、交差する線。並行の世』   作:悠問追

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4『同じようで違う』

 変わり果てたお兄ちゃんと対面しなくちゃいけない。場合によっては、目の前で殺されるのを見なくてはいけない。

 『トリガー』の口から放たれたその言葉は、希望で前を向き始めていた私の心をほんの少し後ろ向きにした。

 私の知っているお兄ちゃんではない。けど、そうも割り切れないところはあって。

 今まで誰も襲っていない。けれど、何事にも例外はない。自分の中に根付いた習慣が〝そう〟させているのかもしれないけれど、お兄ちゃん────エーテリアス、パエトーンだって。いつまで自我が保つかわからないのだ。

 ・・・・・・お兄ちゃんの成れの果てが人を襲うところなんて見たくない。ならばいっそ、二人に・・・・・・とは、考えてしまうけれど。ソレを決めていい立場にいないのが私だ。

 ねえ、【こっちの私(リン)】? アンタなら、どうして欲しい?

 胸の内に問いかけたって答えは返ってくるはずなかった。胸に当てた手のひらが小さく震えて、思わずため息が漏れる。

「・・・・・・あの、えっと。プロキシさん?」

 仮設テントの外壁に背中を預けて、地べたに座りながら空を仰ぐ私を呼ぶ声がした。沈み始めた夕焼けから視線を声の方に向ければ。何やら複雑な表情を浮かべた朱鳶さんが見える。

「うん? どうかした?」

「・・・・・・私と『トリガー』さんは今回、ラマニアン内で急激に反応が強くなったミアズマと、彼の調査のためにここにいます。彼の討伐は絶対ではないですから」

「はは、気遣ってくれるんだ。ありがとー、朱鳶さん」

「いえ・・・・・・」

 この人はこっちでも優しい。ほとんど知らない私に対しても、出来る限りの気遣いをしてくれる。

 だから私とも仲良くなれたし、市民から慕われる治安官になれたんだろう。本当に、そういうところは心の底から尊敬する。

 気まずそうな様子をそのままに。朱鳶さんは、私の隣に腰を下ろした。

「具合はどうですか?」

「んー・・・・・・ぼちぼち。まあこれは、私のせいというか。自業自得というか。だから受け入れなくちゃいけないところでは、ある」

 未だに私の目は熱を持っている。思考を邪魔している。ある意味この状態が続いているということは、私が生身でホロウに入っても問題ない証拠では有るから。それはそれで、わかりやすくてありがたい気持ちもあったり、無かったり。

「・・・・・・細かいことはわかりませんが、無茶をする人ですね。貴女は」

「無茶しなきゃどうにもならなかった、だよ。私だって可能ならこんな無茶したくないもん〜・・・・・・」

治安官(私たち)の目を盗み、どさくさに紛れてロープウェイに乗り、ラマニアンホロウに侵入しようとした件もですか?」

「ゔ。そ、それもそう。アレも無茶でした・・・・・・」

 居心地悪い。思わずソワソワしてしまう。な、何だろう。朱鳶さんは私に釘を刺しにきたんだろーか。怖いよ!!

 とか何とか思ってるうちに、朱鳶さんも黙り込んで。さっきの私と同じように、海の向こうへと沈んでいく夕日を眺め始めた。ほんの少し気まずい沈黙が、そこにある。

「・・・・・・あの」

 そんな沈黙を、先に破ったのは朱鳶さんの方だった。

「なあに?」

「そちらの私は、貴女のことをどう呼んで────どう、話すんですか?」

「え、ああ。気になる?」

 飛んできた問いかけは思いもよらないモノで。思わずほんの少しだけ、面食らう。

 まあでもそうか。気にはなるか。私も、同じ立場なら同じことを聞く気がする。

「こっちの朱鳶さんは、私のことを『リンちゃん』って呼んでくれるよ。敬語ではあるけど、いくらか優しい雰囲気で話してくれてるかな」

「リンちゃん────」

「ふふ。そうそう! アンタも恥ずかしがらず、私のことそう呼んでくれて良いよ〜? なあんて」

 確認するみたいに反芻する朱鳶さんを、ニヤニヤと笑みを浮かべながら覗き込む。そしたら横目に一度だけ私を見て、朱鳶さんの視線は逃げていった。

 誤魔化すみたいに、一度咳払いを挟んだ後で、

「揶揄わないでください! ・・・・・・遠慮しておきます。貴女と、向こうの私が十分に親しいのはわかりました」

「ああ、呼んでくれないんだ。残念」

「だってそれは、向こうの私の特権でしょう。それを奪うことはしたくない。・・・・・・もし、私が同じ立場なら。きっと私に妬いてしまいますから」

「妬く・・・・・・?」

「ええ。仲の良い友人が、自分と同じ姿形をした誰かと────親しげに、自分の知らない時間を歩んでいる。私との思い出のはずなのに、私とは共有できない」

 それは悲しいことだし、モヤモヤする。朱鳶さんは小さく、そう呟いた。それからゆっくり立ち上がり、ズボンを何度か(はた)いて、

「向こうに戻ったら、向こうの私に伝えておいてください。『そちらの〝リンちゃん〟は思いの外無理をする子だから、しっかりと見張っておいた方がいい』と」

「う────」

「ふふ。揶揄いの仕返しです。私も、ホロウに入る準備をしてきます」

 してやったり、なんて言いたげな笑みを浮かべて。テントの入り口へと足を向けた。

「じゃあ、リンさん。また後で」

「・・・・・・うん。また後で」

 日が沈んで行く。空とあたりに夜闇が広がっていく。

 あちこちの店舗や民家に人の温かみを伴った灯りがともって、この世界に来て初めての夜が来る。

 そして、私が元の世界に戻るための作戦が、始まる────。

 

 ◇◆◇

 

「────キラ、」

 声が聞こえる。意識が微睡の底から引きずり戻されて、身体に定着していくような感覚があった。

 今まで起こっていた全てが夢なのではないか。夢であれば良いのに。そんな抱いた幻想を振り払うように、まだ声は聞こえてくる。

「────アキラ、」

 その声が自分の名前を呼んでいるのだと気づいて。重たい瞼を上げれば、目の前にはいつものように眠るリンが────薄いホロウの膜のようなソレに包まれた、妹の姿があった。

「アキラ!」

 身体が揺さぶられる。思考が夢想から現実に舞い戻る。いつも以上に重たい頭を横に振り、声の主へと視線を向ければ、複雑な表情を浮かべるイドリーと目が合った。

「・・・・・・大丈夫、じゃ、ないわよね」

「ああいや、平気だよ。少し寝不足なだけで」

 その言葉に嘘はなかった。

 リンがこうなっているのを目にしてから、大体三時間くらいが経過した。それだけの時間が経てば、現状を飲み込むくらいのことはできる。

 リンはここに居るようでここに居ない。手を伸ばしたところで触れた感覚はなく、だとすれば外に運び出すことも、こちらから干渉することも出来なくて。

 僕がしてやれることは、眠っているリンが何かに襲われないように────それで居て、目を覚ました時に誰かが側に居られるように。こうして、リンが起きるのを待つことくらいだった。

 何とも無しに辺りを見回す。意識が落ちる前まで一緒に居たはずの、真斗くんの姿が見えなかった。

「真斗くんはその辺見てくるって。いくらこの辺にエーテリアスが来ないとはいえ、リンやアキラに何かあったら死んでも死にきれない、って」

「・・・・・・そうか」

 短い言葉しか出てきてくれない。頭がまともに回っていない。現状の理解が進んだ所で、切り分けて考えられるほどリンへの感情は軽くない。

 そこに寝不足が重なれば、まあ。こんなにもなるか。

 僕の顔を覗き込むイドリーの視線が、ほんの少し気まずそうに泳いだ。それから、小さなため息を吐き出して、

「ほらアキラ、交代。ラマニアンを出て、しっかり休んで? 少しでも良いから布団で眠らないと」

「でも────」

「でも、じゃないの。アキラだって一生ホロウに居られるわけじゃない。いざリンが起きた時、アキラがしんどそうな顔してたらまた喧嘩になっちゃうんだから」

 蛸足が身体に絡んでくる。そのまま無理やり立たされて、つんのめるほど強く、背中を叩かれた。

「喧嘩も愛しいやり取りかもしれない。けど、そんなやりとりが出来るのは元気なうちだけ・・・・・・貴方が体を壊してしまったら、元も子もないわよ」

「・・・・・・、・・・・・・」

 その言葉は酷く重たい。胃にずっしりとクるような説得力があった。

 だから面と向かって、否定ができなくて。言葉が見つからなくて。僕は足の先を、ラマニアンの出入り口へと向かわせるしかない。

「またあとでね。次に入るときは、柚葉ちゃんもリュシアちゃんも一緒に行く、って言ってたから」

「・・・・・・わかった、連れてくるよ。二時間後くらいに、また来る」

 もっと休んでも良いのに。そんな声を背中に、歩みを進めていく。

 いつもよりも僕の足は、重たくて仕方なかった。

 

 ◇◆◇

 

「────ッ!!」

 暗闇を照らす雷撃の火花。銃撃音。エーテリアスの断末魔を聞きながら、必死に足を回して走る、走る。

「リン、止まらないように────」

「わかってる、大丈夫!」

 辺りに漂うミアズマの気配が濃い。私の記憶なんかよりも、かなり。

「かなり数が多いですね・・・・・・リンさん、目的地までのルート算出、出来ますか?」

「走りながら、だから、あまり集中出来ないかも・・・・・・ッ!」

 知能水晶体を通してエーテルの流れを見る。目的地の座標は覚えているから、とりあえずひとつ裂け目を通って傾向を計算して、ええと────!

「リンさん、失礼。担げば少しは集中できるでしょう」

「え、ええ!? 待って朱鳶さ────ひえ!!」

 私の意思とか返事は!? 何か応える前にひょい、と軽々肩に担がれちゃうし・・・・・・それでも迫り来るハティだとか、アルラウネを軽々蹴り飛ばしながら走る足は止めないんだから、本当にすごい。

 でもおかげで確かに少しは集中できる。まずは────、

「二人とも、そっちの裂け目を通って!」

「了解」

「了解しました」

 私の眼前まで迫ったヒッチスパイカーが、『トリガー』に撃ち抜かれて消し飛んでいく。その瞬間、裂け目を通る感覚。即座に辺りを見回して座標を計算。大丈夫、着実に近づいては居る。真っ直ぐ走って向かうよりはだいぶ良いペース、のはず。

「次は二時の方向にまっすぐ! 三十メートルくらい進んだら裂け目があるはずだから、そこ通って! 近道!!」

 ・・・・・・の、はず。自信ないなちょっとだけ! 最近はこういうの、Fairyに頼りっぱなしだったから・・・・・・っ!

 でも計算は間違ってない。思いの外感覚は鈍ってない。Fairyみたいに最短ルートの中でも更に最短、少ない手数で目的地にドンってわけにはいかないけれど────二人にかかる負担は、だいぶ減らせているはずだ。

 口元が不安に歪む。でも何か小さなことでも見落とさないように視線は辺りに向けて。そんな中で、朱鳶さんの視線が横目に私へ向けられた気配がした。

「しゅ、朱鳶さんどうかした? やっぱ重い?」

「いえ、羽根のように軽いです。貴女はもっと食べるべきかと」

「それは同感〜!!」

 こっちの私は痩せすぎなんだよなあ。食事が喉を通らないのも、わからないでもないけど。お手洗いに行った時に出来心でシャツをめくって少し驚いた。嘘。だいぶ驚いた。本当に痩せすぎ!!

 閑話休題。視線だけで、朱鳶さんの言葉の続きを促す。

「・・・・・・いえ、その。本当にすごいプロキシだったんだな、と」

「へっへ〜ん。お兄ちゃんが居て、特殊な機材があればもーっと凄いんだからね。褒め言葉は素直に受け取っておくよ!」

 視界が大きく揺れる。目の前いっぱいにエーテリアスの残滓が舞う。裂け目を潜る。そんなことを数度繰り返して、約一時間と少し。

「────ついた!」

 ようやく、私の目的地に辿り着いた。

 目の前いっぱいに広がるお花畑。記憶と違わぬその光景は、日が沈んだ後というのもあって最後に見た時とはまた別の印象を受けた。

 月明かりを受けて淡く輝く花達。その視界の中心に、大きな(あな)がある。

 ホロウの裂け目とも取れる、大きく口を開いた孔。その向こうには時折、揺らぐように〝もうひとつのこの場所〟がチラチラと映っていた。

「あれが並行世界に続く扉・・・・・・ですか?」

 その孔を遠目に見つめながら、ぼんやりと問いかける『トリガー』に、私は自信なく頷くことしか出来なかった。

 何しろ、私はこっちにきた時の記憶がない。ここを通れば確実に戻れる、と自信をもって頷けない。けどあそこに意味ありげに口を開けてるんだから、私のこの状況に関わりがあるのは多分・・・・・・そう。だと、思いたい。

 ソレに歩み寄ろうと、一歩。草を踏む湿った音が鼓膜を揺さぶった途端、

「リン!」

 私の背中を、『トリガー』が強く引いた。

 視線の先。その上空。並行世界に続く扉────その孔よりも遥かに大きな、裂け目が生じた。

 空が割れているような奇妙な光景。そこからは無数の影が、落ちてくる。

 スイーパー、テラー・ラプトル。ガーディアンやテューポーン────数々の機械型エーテリアスが花畑に落とされた後で、

 

「・・・・・・来ちゃった、か」

 

 出来れば会いたくなかった相手。

 出来れば見たくはなかった相手。

 

 灰色を基調とした肉体に、ネイビーの外殻を所々に貼り付けて。遠目に見ても色合いだとか、体型だとか。所々から、お兄ちゃんを感じさせるからタチが悪い。

 裂け目からゆるり、ゆるりと姿を現した彼は────『要警戒エーテリアス・パエトーン(お兄ちゃん)』は、空の裂け目からその姿を表した。

 頭部は完全な球体。目、という概念が存在しない顔では視線の類を読み取ることはできないけれど。何となく私たちを見下ろしているように感じる。

 落下音の後の静寂。

 誰のものかわからない、生唾を飲み下す音。

 その後で静かにお兄ちゃんは細い右腕を振り上げて────、

 

 ────前方、視界を覆うほどの機械系エーテリアスその全てが。駆動を開始した音が聞こえた。




はい、更新です。次回の更新は第5話とアウトロのセットとなっております。日曜更新予定です。解決パートと所謂エピローグの抱き合わせとなってますんで、最後までよろしくお願いします。

余談ですが、この話を書いていてトリガーにあった既視感の正体に気づきました。多分メドゥーサです。湿度の感じと言い、セリフの感じと言い。あとバイザーも。
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