重たい瞼を開く。身体にはついさっきまであった気だるさだとか、熱さだとか。そういった不快感はなくて、目の前に広がる光景が『真っ白』だったから。何となく、私はまだ夢の中に居るのかなあ・・・・・・なんて。ぼんやりと思う。
「リン」
背後から私を呼ぶ声がする。この人生の中で、きっと一番聞いた声。
身体ごと振り返り視線をやれば、私の予想通り────そこにはもうひとりの私が立っていた。
伸びっぱなしの後ろ髪。羽織ったお兄ちゃんの上着。それから、見てて心配になる程痩せこけた顔。それでも浮かべた笑みは晴れやかで。小さくため息を吐き出して、
「もう。アンタ、私の身体で無茶しすぎじゃない?」
「うるさいなあ。無茶しないと何もできなかったんだよ。戻るために必死だった。仕方ないでしょ」
仕方ない。そう、仕方のないこと。私だって必死だったんだから。その他のことなんて、考えている余裕は無かった。
というか、そもそも。
「そもそもさあ・・・・・・私のこと、そっちに連れてったのアンタじゃないの? 多少無茶して体壊されたって仕方ないでしょ」
「そ、それは・・・・・・いや、困らせてやろ〜ってつもりはあったけど、別にこっちに連れてくるって気持ちは特に無かったし・・・・・・私にそんな力ないし!」
「ホントにぃ?」
「ホントに!!」
まあ、ホロウで起こる現象の殆どは不思議がいっぱいで。多分、私たちがいくら考えたところで答えに行き着くことは無いのだろう。
たまたま同じタイミングで、たまたま願いと思いが噛み合って。私がそちら側に引き摺り込まれて、定着させられた。ただそれだけの話。考えても無駄なら、自分の中で何と無くの答えを出して。納得するくらいしか道はない。
それにしても不思議な感覚だ。鏡に向き合って自分と話している、という感覚とはまた違う。心の何処かで目の前のこの子は私と同じ存在だとわかるのに、確かに違って。少しだけ、ムズムズする。
向き合ったもうひとりの私も────リンも、同じようなことを思ったみたいで。同じタイミングで身じろぎをしたものだから、思わず吹き出してしまった。
ひと頻り二人で笑う。肩を大きく揺らして、涙まで流して。先に笑いが引いて、口元に浮かべた笑みをそのままに。口を開いたのは、リンの方だった。
「ずっとアンタの言葉、届いてたよ」
「え、あ・・・・・・ホント? なんかそれはそれで恥ずかしいな」
「ふふ。全部見てたし、聞いてた。・・・・・・ありがとうね」
恥ずかしくて仕方ない私を他所に、リンはまだ言葉を続ける。
「アンタがくれたハッピーエンド、ちゃんと噛み締めるよ。今度はもう、間違えない」
────意識が遠のいていく。
私はきっと、そろそろ目が覚めるんだろう。
ありがとうね。それはこちらこそだよ、なんて言う間も無く。視界が滲んで、じわりじわりと落ちていく感覚がある。
言葉にしなくても伝わっただろう。だって、私たちは同じ存在なんだから。
そんな甘い幻想を抱きながら、私は目を覚ました。
「────、────」
瞼を開く。今度は目の前にあるのは、知ってる天井。
体を起こせば適当観で私に宛てがわれた部屋があって。ベッドの横には、椅子に座りながら船を漕ぐお兄ちゃんがいた。未だに寒そうな半袖のTシャツで、口から涎まで垂らして。
「ふふ。お兄ちゃん、間抜けな顔」
色々言いたいことがあった。無茶をするな、って咎めたい気持ちだとか。
けどそれは、今はどうでも良い。だって私もかなりの無茶をしてしまったし。人のことは今は言えない。
それに、今は────また会えて嬉しい。そんな気持ちで、胸がいっぱいで張り裂けそうで。
「お兄ちゃん、お兄ちゃーん! 起きたよ!」
呻き声をあげるお兄ちゃんの肩を揺すって、込み上げてきた涙を抑えて。
とりあえずは、また戻ってきた日常を噛み締めることにしよう。私が経験した束の間の冒険譚をみんなに聞かせるのは、その後で。
少しは二人の時間を満喫したって良いよね?
◇◆◇
「────ン、」
身体が揺さぶられている。意識が徐々に浮上していく感覚がある。
「────リン、」
私の名前を呼ぶ声がする。ずっと聞きたくて仕方なかった声。
「リン」
それを自覚して、思わず勢いよく飛び起きたものだから。私を覗き込むその影と、私の額が激突した。
目の前に星が散る。痛みで涙が止まらない。ハッキリした視界に映り込んだ、愛おしくて会いたくて堪らなかったお兄ちゃんを見て。私の涙腺は、もうダメになってしまったらしい。
もうひとりの私がしこたま涙を流していたというのに。私の涙は、品切れという言葉を知らないらしかった。
「おはよう、リン」
「ゔ、っふ・・・・・・おはよぉ、お兄ちゃん」
お兄ちゃんがいる。お兄ちゃんが、居てくれる。それだけで胸が暖かくなって、涙が止まらなくて。その光景に耐えかねたのか、お兄ちゃんは右腕を伸ばそうとして────ハッとしたように、左手で私の涙を拭った。
「・・・・・・ああ、コレかい?」
私の視線の意図に気づいたらしい。自身の右腕へ視線をやれば、お兄ちゃんは苦笑いを浮かべた。
「侵食は治まり、人の体に戻れた。けれど、右腕の侵食はどうしようもなかったらしくてね。切り落とすしか無かったんだ。そうしないとそこから侵食が体中に広がってしまう、と。先生が」
「・・・・・・そっ、か」
「そんな顔をしないでくれ。こうしてまたリンと話せているだけで儲け物だよ」
お兄ちゃんの掌が私の頭を撫でる。久々の感覚。好きで好きで堪らなかった感覚。それを抵抗することなく受け入れながら辺りを見回せば、どうやら私は病室に居るらしかった。
・・・・・・それでいて、私の視界に小さな違和感。
「ああ、見えてないんだ。左目」
気づいて、思わず声という形で漏れ出す。右目を塞げば、私の目の前には闇が広がって何も見えない。これは多分もうひとりの私の、無茶の後遺症。
ああ、でも。お兄ちゃんの言う通り、片目ひとつでまたお兄ちゃんと一緒に歩ける未来があるんなら。確かに儲け物、か。
・・・・・・別れは済ませた。お礼も済ませた。きっと向こうの私も、私も。もうきっと道は違えない。
一度交わった線と線は、交わることなく未来へ続いていくのだろう。
ほんの一時の暗い感情で混ざり合ってしまった世界線。大きな変化を齎した、小さな奇跡。
与えた暗い感情と、与えられた明るい未来。それをしっかり守って歩いていく限り、私たちは二度と会うことはないのだ。きっと。
────じゃあね、元気でね。
もう二度と会わないことを願って。
心の中で唱えた言葉は、きっとあの子には届かないだろうけど。
言わなくても伝わるだろう。だってあの子は、私なんだし。
まずは荒れ果てたビデオ屋を清掃して、イアス達を直して。
あの子がくれた温かい未来をしっかり噛み締めるのは、その後だ。
はい、というわけで。お疲れ様でした。無事、ver2.▇『願い、交差する線。並行の世』完結です。マスターテープ受け取って来てください。半ば力技でゴリ押した感はありますが、曇らせからの晴らしです。あと欠損と失明は完全に癖で書きました。よろしくお願いします。
くぅ〜!www疲れました!という定番のネタはとりあえず置いといて。いつかこの、片目と片腕がないパエトーンの話を書くかもしれませんね。
…………と。締める予定だったんですが。ハイ。その。あれです。続編があります。というか、今書いています。
作品の余韻を楽しみたい、作者の自我が出ているパートは読みたくない、という方々はここでブラウザバックしてくれて構いません。続編がある。それだけ把握して帰ってください。なんかフォローとかしといてくれるといち早く気づけるかもしれません。
ああ、あと一応Twitter……今はXか。のアカウントを作りました。
https://x.com/hark__t?s=21
苦手な方々はもう去った頃でしょう。続けます。
なんかどっかで言った気もしますが、この話は身内と飲みの席で『ゼンゼロでハルヒの消失みたいなことやりたいよね〜w』という話になり、身内に見せるために書いたのが始まりでした。
そんな作品が……こんな色んな人に読まれて反応をもらえるとは思っていなかったので、正直驚いてます。一回ルーキーランキング30位くらいに居ましたからね。驚きですわ。
で、思いの外身内からも、新しく来ていただいた読者の方からも好評だったので。もう少し……少し……? 続きます。長編の予定です。少しじゃねぇじゃねーか。
コメント欄で『単純なifだと後味悪いので並行世界の話で正史視点からifを見て最後はちゃんと戻ってくるというのがとても秀逸で〜』みたいなコメントをいただいたのですが……すみません。後味悪いソレを今、この男は書いてます。と思いながら返信してました。本当に、大変申し訳ない。
でも! でもでも!! 見てください!! 力技とはいえ、ちゃんと最後には曇らせ展開を晴らした実績があります。双方幸せな終わり方だったでしょう!? 何人かが次の作品にもついて来てくれることを願ってます。心の底から。
if世界なんだし色々めちゃくちゃやったんべ〜という気持ちで書いていて。オリジナル陣営とかが出て来ます。そこだけご注意いただいて。あと今回と同様に、自己解釈強めな設定も出てくるので。地雷だったらごめんなさいね。
おそらく書きながらの更新、となってしまえばエタることが目に見えてるのである程度書き溜め出来たら……早くとも半月〜ひと月くらい時間を頂きたいです。今必死こいて本編を見直しているので。
本来の更新予定日だった日曜日にイントロがあがると思われます。それでその作品の温度感とかを察していただければ幸い。
というわけでした。よければ、また次の作品のコメント欄やらでお会いできることを願って。では。ぼかぁfgo終章で死ぬオタクに戻ります。