宇宙をさすらう宇宙海賊キャプテンハーロック。
その秘密基地は星の海の至る所にあるが、ファンとして有名どころとなれば、やはり地球の秘密地下ドックや、トレーダー分岐点のある惑星ヘビーメルダーの地下ドックだろう。
正義も無法も全てが平等のガンフロンティア。
その荒れくれ者の町に、俺は立っていた。
お供は数人の乗組員、だが彼らは必要な日常雑貨を買いに走っているので、今ここに居るのは俺と、ハーロックの親友のトチローだ。
俺の親友のトチローは、密かにアルカディア号のコンピューターに身を移していた。
そこが1番落ち着くだろうという俺の意見を、ハーロックの親友のトチローが許してくれた。
アルカディア号にとっても良い予行練習になる、と。
肉体が滅びても魂は永遠に親友と共に星の海を彷徨うトチロー。
それはまだ定かではないし、野暮というものだ。
「しかし、本当に機械化人が居るのだな。それも生身の人間が少ないと来ている」
「ま、お上りさんみたいなお前からすれば珍しいんだろうな。っと言っても、機械化人が増えてるのはここ最近の話だ。イルミダスもマゾーンも滅んで、その後に勢力を付けてきたのが機械帝国さ」
「成る程な」
俺は今の松本零士世界がどうなっているのかをトチローからの会話で拾い上げていた。
つまりキャプテンハーロックとしての物語はトチローが生身のまま終えていて、機械化帝国が宇宙の勢力図を拡大し、そのお陰で機械化人が幅を利かせている時期。999本編との間、という空白期の時期なのだろう。
「なんでも機械の身体をタダでくれるっていう星もあるウワサだしな。そりゃ機械化人も増えりゃあね」
そのトチローの言葉に、俺の脳裡を過ぎ去るのは、時の流れを旅する女。
機械化帝国を治める女王プロメシュームの娘、メーテル。
確かに機械の身体をタダでくれる星はある。
機械化母星メーテルの部品として、だが。
機械化人となって変わってしまった母の野望を打ち砕く為、メーテルは若者を惑星メーテルへと導き、生きた部品としていく。
そうする事で父ドクターバンの魂が宿るペンダントを惑星中枢に投げ込めば、惑星メーテルは破壊される。
母を止めたい、父と共に静かに戦いながらも宿命星であり半身でもある惑星メーテルを壊す事は、最後までメーテルには出来なかった。
その呪縛を解いたのが、星野鉄郎。
惑星タイタンの母のもとにトチローが遺した戦士の銃を受け継ぎ、トチローの遺志を受け継いだ少年。
「どうした、親友?」
「いや。なんでもない」
物思いに耽り過ぎたな。
先の事なんて考えても始まらない。
今は眼の前の買い物を済ませよう。
ジャンク品なのか?
メカを漁るトチローに付いてきた俺。
道行く者は俺たちを静かに避ける。
まぁ、お尋ね者のキャプテンハーロックと大山トチローに絡みに行く者好きは居ないだろうさ。
「キャプテンハーロックだな?」
居たよ、そんな者好きが。
俺は振り向くと、そこには大柄な機械化人が数人、こちらに銃を向けていた。
俺をハーロックと勘違いしてるらしいな。
……光栄だな。
「──ピストル抜いたからには、命賭けろよ」
「は?」
「ソイツは脅しの道具じゃねぇって言ったんだ」
俺がそう言い切ると、バッと身を翻してマントの内側から戦士の銃を抜いたトチローが、ひとりの機械化人の頭を撃ち抜いた。
「やろっ」
仲間がやられて銃を向ける他の2人。
俺はハーロックから貰った重力サーベルを抜き、その切っ先で2人の銃を、片方は叩き落として、片方はレーザーで撃ち抜いた。
「どうする? まだやるかい」
「お、おぼえてろよ!!」
トチローの言葉にお決まりの捨て台詞を吐いて退散していく2人の機械化人たち。
「しっかしお見事だねぇ、親友。とても平和な国に生きていたとは思えないよ」
「咄嗟だっただけさ」
俺はトチローが撃ち殺した機械化人に目を向けると、その亡骸に手を合わせた。
「……そんな真面目だと、この星の海は辛いぜ?」
「友の死は、背負うことが出来る。だが、敵の死は刻みつけるしかない」
「…ホント、根っからの宇宙海賊キャプテンハーロックだよ。お前さんは」
「最高の褒め言葉だな」
「しっかし、いいのかい? あんな有名な海賊の台詞を借りちまって」
ジャンク屋の軒先で、目当ての真空管を見つけたトチローが、ニヤニヤしながら俺に肘鉄を入れてきた。
どうやらバレていたらしい。
俺の生きていた世界では、国民的な人気を誇るゴム人間の海賊漫画だ。
だが、この状況で口をついて出たのがあの台詞だったのは、俺の中の少年の心が「海賊としての覚悟」をその言葉に重ねていたからかもしれない。
「……フッ。商標登録されているわけでもあるまい。それに、今の俺には相応しかろう?」
「違いないや! 『命を賭けろ』なんて、お前さんが言うとシャレに聞こえない迫力があったよ」
トチローはカラカラと笑い、戦利品の入った麻袋を担ぎ直した。
買い出しを終えた俺たちは、赤い砂埃の舞う通りを抜け、一軒の古びた酒場へと足を踏み入れた。
西部劇に出てくるようなスイングドアを押し開けると、紫煙と安酒の匂い、そして荒くれ者たちの喧騒が押し寄せてくる。
だが、俺たちがカウンターに向かって歩き出すと、その喧騒は波が引くように静まり返った。
黒いマントの男と、ずんぐりむっくりの男。
このヘビーメルダーで、その二人組を知らないモグリはいない。
「マスター。いつものと、……こいつにはミルクを」
「おいおい、俺だって飲めるぞ?」
「これから精密作業だろう? 手が震えては困る」
俺が言うと、トチローは「ちぇっ、厳しいねえ」と肩をすくめたが、大人しくミルクを受け取った。
俺の前には、琥珀色の液体が入ったグラスが置かれる。
俺はそれを一口煽り、静かに息を吐いた。
機械化人の冷たい金属の感触が、まだ重力サーベルの柄に残っている気がした。
「……有明」
トチローが、ミルクの入ったグラスを見つめながら、不意に真面目な声を出した。
「さっきの話……機械化帝国のことだ。お前さんは、知っているんだな? この先の未来を」
俺はグラスを置く手を止めた。
トチローの眼鏡の奥の瞳が、俺を真っ直ぐに射抜いている。
この男は、天才だ。
俺の言葉の端々、ふとした視線の動きから、俺が「未来の知識」を持っていることを察している。
「……ああ。知っている」
隠しても無駄だ。俺は正直に答えた。
「機械化人は増える。人の心を持たぬ機械が、宇宙を支配しようとする時代が来る。……そして、それに抗う若者が現れる」
「若者?」
「……お前が親許に残した戦士の銃を受け継ぎ、機械の体を求めて旅をし、そして最後には機械の体を拒んで、限りある命の尊さを知る少年だ」
「……そうか」
トチローは、満足げに目を細めた。
自分が死んだ後の世界。自分の意志を継ぐ者が現れるという未来。
それを聞いて、恐怖するでもなく、悲しむでもなく、ただ嬉しそうに笑った。
「やっぱり、俺の目に狂いはなかった。……戦士の銃は、正しい持ち主の手に渡るんだな」
「ああ。……そして、その少年の旅を支えるのは、お前と……ハーロックだ」
俺の言葉に、トチローは「へへっ」と照れくさそうに鼻の下を擦った。
「安心したよ。……未来は、絶望だけじゃないってことだ」
トチローはミルクを一気に飲み干すと、カウンターにドンとグラスを置いた。
「よし! エネルギー充填完了だ! 帰ろうぜ、有明。ハーロックと、もう一人の俺が待ってる。……このジャンクパーツで、アルカディア号をさらに強化してやるさ!」
「頼もしいな」
俺は残りの酒を飲み干し、席を立った。
マントを翻し、店を出る。
背中で、酒場の客たちがホッと息をつく気配がした。
外に出ると、ヘビーメルダーの赤い夕陽が、地平線に沈もうとしていた。
俺の居るこの世界。
この先に、星野鉄郎という希望が待っているのだろうか。
俺は麻袋を担いで歩く親友の背中を見ながら、心の中で誓った。
この男が最期の時を迎えるまで、俺もまた、ハーロックとしてその隣に立ち続けようと。
「……行くぞ、トチロー」
「合点だ!」
二つの影が、長く伸びて重なる。
俺たちは、俺たちの船──アルカディア号が待つドックへと歩き出した。
◇◇◇
あの戦闘や共に過ごす日々を経て、俺は「お客さま」ではなく、アルカディア号の乗組員として皆に迎えられた。
俺はキャプテンハーロックだ。
だが、この胸にはもう一人の少年が住んでいる。
その本物のハーロックとは違う差異が、ハーロックとはまた違う存在として在った。
エンジンの轟音が響く機関室。
そこは、この船の心臓部であり、大山トチローの聖域だ。
本来、ハーロックという男はメカの構造に詳しくとも、親友への全幅の信頼ゆえに「頼むぞ」の一言で任せてしまうことが多い。
だが、俺は違う。
俺の胸の奥には、「メカ好きの少年」が鎮座しているからだ。
「……なるほど。この次元振動増幅器のバイパスを、直接重力制御機関に直結させているのか」
「そうとも! 普通ならエネルギー逆流で爆発するけどね、そこはこのトチロー特製のバルブが効いてるんだよ」
油にまみれたトチローが、嬉々として図面を広げて解説する。
俺はその横で、食い入るようにのぞき込み、時には感嘆のため息を漏らす。
「美しい構造だ。……無駄がない。まさに、天才の仕事だな」
「へへっ、よせやい。ハーロックにそこまで褒められると、背中が痒くなるぜ」
トチローは照れくさそうに鼻の下を擦るが、まんざらでもない様子だ。
俺の質問は具体的で、そして熱い。
「ここの排熱はどう処理している?」「この回路はデスシャドウ号の応用か?」
そんな俺の態度に、トチローも「話の分かる相棒」として、マニアックな技術論を喜んで語ってくれる。
俺たちは、見た目こそ海賊と技師だが、その中身は新しい玩具を前にした二人の少年のようだった。
そして、休息の時間。
俺は船長室ではなく、艦橋の一角にある休憩スペースのソファに深く沈み込んでいた。
「……重いぞ、ミーくん」
俺の膝の上には、トラ猫のミーくんが香箱座りで喉を鳴らしている。
そして肩には、トリさんが我が物顔で止まり、俺の髪をクチバシで梳いている。
動物には嘘が通じないというが、どうやら彼らは俺の中にある「ハーロック成分」を本物と認めてくれたらしい。
あるいは、本物よりも少しだけ隙のある俺の方が、くつろぎやすいのかもしれない。
そんな俺の前に、音もなくグラスが置かれた。
「……どうぞ」
見上げれば、そこにはミーメが立っている。
彼女は言葉数少なく、俺の隣に腰を下ろした。
手には自分のグラス。中身は同じ、アルコール度数の高い宇宙ワイン。
「……すまないな」
俺はグラスを手に取り、ミーくんを起こさないように慎重に一口飲む。
ミーメは、俺のそんな様子を見て、寂しげな瞳を少しだけ細めて微笑んだ。
「……あなたは、不思議な人」
竪琴の音色のような声。
「姿は同じ。魂の色も同じ。……けれど、その奥に、とても純粋な温かさがある」
彼女には見えているのだろう。
俺の中にいる、この世界に憧れ続けた少年の姿が。
彼女は多くを語らず、ただ静かに俺のグラスが空くのを待ち、空けばまた注ぐ。
トチローと語らい、動物に愛され、ミーメと飲む。
それは、俺がかつて夢見た「アルカディア号での生活」そのものだった。
だが、それは夢ではない。
このグラスの重みと、膝の上の猫の体温が、確かな現実として俺を包み込んでいた。
「……悪くないな」
俺は独りごちて、ワインを煽った。
本物のキャプテンは艦長室で孤独を噛み締めているかもしれないが、俺はこの賑やかで温かい「海賊の日常」を、もう少しだけ楽しませてもらうことにしよう。