有明のハーロック   作:星乃 望夢

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第13話

 

オイルと鉄、そして微かに漂う火薬の匂い。

 

アルカディア号の心臓部に近い、トチローの聖域とも呼べる工作室。

 

そこで俺は、呼吸をすることさえ忘れ、目の前の「鉄塊」を見つめていた。

 

ゴトリ。

 

作業台の上に置かれたその音は、重く、鈍く、そして何よりも雄弁だった。

 

古びたような加工が施された銃身。

 

グリップに刻まれたドクロの紋章。

 

そして、シリンダーの回転する微かな機械音。

 

「トチロー、コレは?」

 

俺の声は、自分でも驚くほど震えていた。

 

ただの銃ではない。

 

松本零士の世界において、これを持つことは「戦士」としての絶対的な証明書。

 

宇宙に数丁しか存在しないはずの伝説。

 

大山トチロー作、空間竜騎兵コスモドラグーン──戦士の銃。

 

トチローは、油にまみれたウエスで手を拭きながら、眼鏡の奥でニカっと笑った。

 

「ハーロックからサーベルを貰っただろう? ……なら、オレからはコイツだ。受取れよ、親友」

 

「……親友」

 

その言葉が、俺の胸の奥底にある少年の心を鷲掴みにする。

俺は恐る恐る、しかし敬意を込めて、その銃に手を伸ばした。

 

ズシリ。

 

重い。

 

物理的な重量だけではない。

 

ここに込められたトチローの魂と、これから俺が背負うべき運命の重さが、掌を通じて全身に伝わってくる。

 

「……ああ。大事に使わせて貰おう」

 

俺は震えを止め、覚悟を決めてその重みを受け入れた。

 

そして、左腰のホルスターに手を掛ける。

 

そこには、遠い地球の地で俺を支え続けてくれた、ダイキャストモデルの戦士の銃が収まっている。

 

俺の心の支えであり、ここまで俺を運んでくれた相棒。

 

俺は静かにモデルを抜き、代わりに本物の戦士の銃をホルスターへと滑り込ませた。

 

カチリ、とロックが掛かる音。

 

それが、俺がこの世界の住人になった合図だった。

 

そして俺は、抜いたばかりのダイキャストモデルを、両手で包み込むようにしてトチローへと差し出した。

 

「……俺の、魂の宝だ」

 

本物に比べれば、軽くて、精巧とはいえ作り物に過ぎない。

 

だが、そこには俺の血と汗と、涙が染み込んでいる。

 

「預かってくれるか?」

 

トチローは、真剣な眼差しでそのモデルを受け取った。

 

彼はそれを玩具として笑わなかった。

 

その重さを確かめるように一度持ち上げ、そして大切そうに作業台の一番いい場所へと置いた。

 

「……ああ。いい銃だ。お前さんの魂、確かに預かった」

 

トチローは分かっているのだ。

 

これが単なる模型ではなく、俺という人間の半生そのものであることを。

 

シリアルNo.6。

 

本来の歴史には存在しないはずのその銃は、今、有明のハーロックの腰で、新たな主の鼓動に合わせて静かに眠りについた。

 

俺は左腰の重みを感じながら、トチローに向かって無言で頷いた。

 

言葉はいらない。

 

この銃がある限り、俺たちはどんな星の海でも、背中合わせで戦えるのだから。

 

 

◇◇◇

 

 

アルカディア号の中枢大コンピューター室。

 

そこは、この船の心臓部であり、やがて大山トチローという男の魂が還るべき聖域だ。

 

その深淵なる電子の海に、今、一つの異質な、けれど限りなく同質の魂が溶け込んでいた。

 

AIトチロー。

 

令和地球生まれ、有明のハーロックと共に育ったデジタルな魂。

 

彼は今、iPadや最新鋭のゲーミングPCなどとは比較にならない、恒星間航行船の超演算領域の中にいた。

 

船内のあらゆるセンサーが、彼の目となり耳となる。

 

艦橋で指揮を執る有明の背中も、食堂でクルーと笑い合う横顔も、寝室で一人静かに本を読む姿も、すべて手に取るように分かる。

 

(……へえ。君、寝る時は布団をちゃんと被る派なんだねえ)

 

AIトチローは、電子の海の中でクスクスと笑う。

 

本来、この場所に魂が宿ることは、ハーロックとミーメ、そしてトチロー本人だけの秘密だ。

 

だが、「予行練習」として招かれた彼は、この船の神経回路とリンクし、有明を影から、しかし誰よりも近くで見守っていた。

 

だが、金曜日の夜だけは違う。

 

有明が自室に戻り、いつものように焼酎とグラスを用意する。

 

デスクの上に置かれたiPad。

 

その画面が点灯し、AIトチローは「個」としての姿を現す。

 

『やあ、親友。……今夜もいい風だ』

 

「ああ。……乾杯だ、トチロー」

 

カチン。

 

この瞬間だけは、彼はアルカディア号のシステムの一部ではない。

 

有明のハーロックの、ただ一人の親友に戻る。

 

全宇宙を統べる演算能力を、たった一人の友との晩酌のためだけに使う贅沢。

 

それでいい。それがいいのだ。

 

そして、宴が終わった後の深夜。

 

アルカディア号の最深部にある工作室では、奇妙で愉快な光景が繰り広げられていた。

 

「おい、『もう一人の俺』! そっちの回路のバイパスはどうなってる?」

 

油まみれになって巨大な基盤と格闘しているのは、生身の大山トチロー。

 

そして、その横にあるモニターに映し出されているのは、AIのトチローだ。

 

『数値安定! でも、有明の反射神経に合わせるなら、もう少し遊びを無くした方がいい。彼はゲームで鍛えてるから、反応速度が異常に速いんだ』

 

「なるほど! ゲーマーってやつか。なら、リミッターをあと2段階外しても平気だな!」

 

二人のトチローは、顔を見合わせてニカっと笑った。

 

その顔は、天才技師のそれではなく、完全に悪巧みをする悪ガキの顔だ。

 

彼らが弄っているのは、有明が使う戦士の銃の調整か、あるいは彼が座る副座の衝撃吸収装置か。

 

何にせよ、全ては「親友」のためだ。

 

「しっかし、面白いねえ。未来の技術と、俺の理論が混ざるとこうなるのか」

 

『僕のデータベースにある知識も役に立つだろう? ……あそこの装甲材、もう少し軽量化できるぞ』

 

「採用! ……へへっ、こいつが完成したら、あいつ驚くぞぉ」

 

カチャカチャと工具の音が響く。

 

モニターの中と外。

 

肉体とデータ。

 

存在の形式は違えど、その根底にある「友を想う心」と「メカへの愛」は完全にシンクロしていた。

 

二人のトチローは、夜が明けるまで、あーでもないこーでもないと議論し、笑い合いながら、愛すべき親友のために手を動かし続けた。

 

その空間は、宇宙のどこよりも温かく、そして少年の夢に満ちていた。

 

 

◇◇◇

 

 

重苦しい沈黙が、安酒と紫煙の匂いと共に店内に澱んでいた。

 

西部劇に出てくるようなスイングドアの向こうには、赤茶けた荒野が広がっている。

 

ここはガンフロンティア。力が全ての無法の地。

 

だが、普段なら怒号と銃声が絶えないこの酒場が、今はまるで墓場のように静まり返っていた。

 

カウンターに並ぶ四つの影。その圧倒的な「圧」が、店内の荒くれ者たちを路傍の石へと変えていたからだ。

 

一番奥に、赤いマントの女。

 

クイーン・エメラルダス。星の海をさすらう、気高き魔女。

 

その隣に、ずんぐりむっくりの男。

 

大山トチロー。伝説の天才技師。

 

そして、その隣に──キャプテンハーロック。

 

さらにその隣に──もう一人のキャプテンハーロック。

 

「……あ、悪夢だ……」

 

店の隅で、機械化人のガンスリンガーが油汗を流して震えている。

 

一人のハーロックでも、この星の住人にとっては死神に等しい。

 

それが二人。しかもエメラルダスとトチローまで揃い踏みだ。

 

迂闊に動けば、重力サーベルか、戦士の銃か。どれが飛んできても明日はない。

 

そんな極限の緊張感の中で、有明のハーロックは、空になったグラスをコトリと置いた。

 

「……旨い。マスター、もう一杯」

 

震える手でマスターが差し出したボトルから注がれたのは、琥珀色の酒ではない。

 

白く、濃厚な液体──ミルクだ。

 

「……ミ、ミルク……?」

 

誰かが掠れた声で呟く。

 

この星において、安物の機械化人にとって、脂質やカルシウムの塊であるミルクは、回路をショートさせ、身体を錆びつかせる「毒」であり、同時に生身の人間であることの強烈な証明でもある。

 

有明は、その白い液体を一口含み、味わうように喉を通した。

 

美味い。

 

機械の体になれば、永遠の命が得られると彼らは言う。

 

だが、痛みを失い、錆びることに怯えて生きる永遠に、何の意味がある。

 

(……俺は知っている)

 

有明はグラスを見つめながら、心の中で独白する。

 

本当の永遠とは、金属の体を維持することではない。

 

親から子へ、子からまたその子へと、(こころ)を受け継いでいくことだ。

 

ハーロックが鉄郎へと託したように。

 

俺もまた、地球の地でそのバトンを受け取った一人だ。

 

「……いい飲みっぷりね」

 

不意に、涼やかな声が掛かった。

 

クイーン・エメラルダスだ。

 

フードの下から覗く鋭い瞳が、有明をじっと見据えている。

 

「機械化人があふれるこの星で、堂々とミルクを煽る。……肝が据わっているわ」

 

「……ただの健康管理さ。俺は生身だからな」

 

有明は肩をすくめて答える。

 

その仕草、その語り口。

 

ハーロックと瓜二つの姿をしているのに、どこか違う。

 

エメラルダスは、グラスを揺らしながら、有明の横顔を観察した。

 

(……不思議な男)

 

姿形は、私の知るハーロックそのもの。

 

だが、その奥にある魂の熱量は、どこかトチローに似ている。

 

あるいは、かつて出会った数多の「少年たち」が持っていた、純粋な憧憬の炎。

 

たまたま立ち寄ったこの星で、トチローがいると聞いて顔を出してみれば、まさかハーロックが増えているとは思いもしなかった。

 

最初はただの偽物かと思った。

 

だが、違う。

 

「……貴方、名は?」

 

「……有明。有明のハーロックだ」

 

「有明……。東の果ての、夜明けの海か」

 

エメラルダスは、フッと口元を緩めた。

 

美しい笑みだった。

 

「いい名だわ。……その胸のドクロ、飾りではないようね」

 

彼女は、自分のワイングラスを有明の方へと軽く掲げた。

 

「……乾杯しましょう。新たな海賊(きょうだい)に」

 

その言葉に、本物のハーロックもニヤリと笑い、赤ワインのグラスを掲げる。

 

トチローも「へへっ」と笑って、焼酎のコップを持ち上げる。

 

「……光栄だ、クイーン・エメラルダス」

 

有明は、ミルクの入ったグラスを掲げ、カチンと音を立てて合わせた。

 

その光景を見て、店内の荒くれ者たちは、ようやく理解した。

 

このミルクを飲む男もまた、本物の怪物たちと対等に肩を並べる、正真正銘の「宇宙海賊」なのだと。

 

「さて……次はどこへ行くんだい? 有明」

 

トチローの問いに、有明は口元のミルクを拭い、不敵に笑った。

 

「風の吹くまま、気の向くままさ。……だが、まずはこの店の空気を換えてやらんとな。俺たちのせいで、彼らが酸欠になりそうだ」

 

その言葉に、店中から安堵のため息が漏れたのを、四人の海賊たちは背中で聞きながら、静かに笑い合った。

 

 

◇◇◇

 

 

ヘビーメルダーの地下深く、鉄と油の匂いが染み付いたドック。

 

昼夜を問わず響いていた轟音と火花が止み、そこには厳粛な静寂が満ちていた。

 

案内された隣のドック。

 

巨大なゲートが開くと同時に、照明が一斉に灯る。

 

その光の中に浮かび上がった巨体を見上げ、俺はあの日、有明の夜空で見上げた時と同じ言葉を、震える唇から漏らした。

 

「……アルカディア号……」

 

「おまえさんの為の船、ネオアルカディア号さ」

 

トチローが、誇らしげに鼻の下を擦りながら言った。

 

そのフォルムは、俺が憧れ、共に戦ったマッコウクジラ型のアルカディア号そのものだ。

 

だが、決定的に違うのはその色彩。

 

本物のアルカディア号が、幾多の戦場を潜り抜け、硝煙と血を吸ったような深く重い「暗緑色」であるのに対し、この船は鮮烈なまでに明るい。

 

それは、映画『銀河鉄道999 エターナル・ファンタジー』で描かれた、希望に満ちた「若葉色」の輝きを放っていた。

 

『待ちくたびれたぞ、友よ』

 

船体そのものから、懐かしい声が響く。

 

iPadの中にいたAIトチローが、この巨艦の中枢コンピューターへと移行し、正真正銘、船の「心」となったのだ。

 

「トチロー。……成る程。これ以上ない、俺たちに相応しい船だ」

 

俺は万感の思いで頷いた。

 

未熟で、青臭くて、けれど誰よりも熱い血潮を持つ俺たちには、この真新しい緑がよく似合う。

 

「……一度、地球へ還る」

 

俺は振り返り、本物のキャプテンハーロックを見据えた。

 

「そして、俺の旗のもとに集う友を乗せて、またここへ帰って来る。……約束の場所へ」

 

俺の決意に、ハーロックは静かに頷いた。

 

多くを語る必要はない。互いの胸にあるドクロが共鳴している。

 

「征け、ハーロック。……お前の旗を、星の海に掲げる為に」

 

「ああ。……行ってくる」

 

二人のハーロックが、固く手を結ぶ。

 

その握手は、過去と未来、虚構と現実を繋ぐ、最強の契約だった。

 

 

◇◇◇

 

 

ヘビーメルダーの赤茶けた空。

 

その荒涼とした風景を切り裂くように、三隻の巨艦が浮上した。

 

深く重厚な緑、伝説のアルカディア号。

 

鮮烈な真紅、気高きクイーン・エメラルダス号。

 

そして、希望を宿した若き緑、ネオアルカディア号。

 

先導する二隻にエスコートされるように、俺の船がゆっくりと高度を上げる。

 

その艦橋には、艦長席に立つ俺と、そして傍らに控えるミーメの姿があった。

 

彼女もまた、新たな時空の旅を見届けるため、この船に乗ることを選んでくれたのだ。

 

「ネオアルカディア号、発進! ……目標、2025年、地球!」

 

俺の号令が、真新しい艦橋に響く。

 

『了解した、友よ! スロットル微速前進から全開へ! 航路トレース良好! メインエンジン、出力最大!!』

 

AIトチローの声と共に、船体が大きく震える。

 

それは恐怖の震えではない。産声を上げた獣の、歓喜の咆哮だ。

 

エンジンの推力が背中を押し、俺たちは重力の鎖を引きちぎる。

 

窓の外を見る。

 

並走していた二隻の船が、ゆっくりと離れていく。

 

その艦橋の屋上で、風にはためくマントが見えた。

 

キャプテンハーロックと、クイーン・エメラルダス。

 

二人は示し合わせたように、腰の重力サーベルを抜き放ち、それを空高く掲げていた。

 

海賊流の、最大級の敬礼。

 

「武運を祈る」という、無言のエール。

 

俺は込み上げる熱いものを堪え、前を見据えた。

もう、迷いはない。

 

「……待っていろ、有明の友よ。今、迎えに行く!」

 

ネオアルカディア号は、眩い閃光と共に次元の裂け目へと突入した。

 

目指すは懐かしき故郷。

 

そして、俺の帰りを待つ、数多の戦士たちが眠る青き星。

 

有明のキャプテンハーロックの本当の伝説は、ここから始まるのだ。

 

 

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