有明のハーロック   作:星乃 望夢

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第14話

 

時空の嵐が、魔女の断末魔のように窓の外で泣き叫んでいる。

 

紫色の稲妻が幾重にも走り、生まれたばかりのネオ・アルカディア号の船体を容赦なく打ち据える。

 

だが、俺は怯まない。

 

俺の脳裏には、あの時、本物のキャプテンハーロックが嵐の中で見せた、不動の背中が焼き付いている。

 

舵輪から伝わる振動。波の読み方。エンジンの咆哮を聞き分ける耳。

 

すべてを模倣し、そして俺自身のものとして昇華させる。

 

「……トチロー! 出力全開だ、振り切るぞ!」

 

『合点だ! この船は伊達に新しいわけじゃない! エンジンなら幾らでも唸らせてやるさ!』

 

中枢コンピューターと化した親友の声が、艦橋に響き渡る。

 

ネオアルカディア号は、その若葉色の巨体を震わせ、時空の壁を食い破った。

 

ズオォォォォォ……ッ!

 

轟音と共に、視界が開ける。

 

目の前に広がるのは、見慣れた、けれど愛おしい太陽系の星々。

 

そして、その彼方に浮かぶ、青く輝く母なる星。

 

「……帰ってきたか」

 

俺は舵輪から手を離し、大きく息を吐いた。

 

傍らに立つミーメが、無言で頷き、労うように微笑む。

 

現在位置、月衛星軌道。

 

眼下には、クレーターに覆われた静寂の大地。

 

見上げれば、青い地球が、俺たちを待っている。

 

「……トチロー。通信回線を開け」

 

『いつでもいいぞ。……みんな、待ちくたびれてる頃だ』

 

俺は、有明の地から持ち出したiPadを起動した。

 

これが最後の配信になるかもしれない。

 

あるいは、新たな伝説の始まりか。

 

【LIVE:有明のハーロック】

 

通知が飛ぶのと同時、俺は画面を見据えた。

 

そこに映るのは、精巧なセットでも、CGでもない。

 

本物のネオアルカディア号の艦橋。

 

隣に立つ、生身の異星人ミーメ。

 

そして、ホログラムとして実体化した、親友トチローの姿。

 

「……友よ。約束通り、戻って来たぞ」

 

俺の声は、宇宙空間を経て、地球の夜へと降り注ぐ。

 

「土産話なら山ほどある。……だが、今は言葉はいらん」

 

俺は、窓の外に見える地球へ向けて、手を差し伸べた。

 

「お前が望むのなら、この自由の旗のもとに集え。……俺たちの船は、ここにある」

 

 

◇◇◇

 

 

2025年、日本の冬。

 

凍てつくような寒さの夜。

 

病院のベッドで、老人ホームの窓辺で、あるいは孤独なアパートの一室で。

 

通知音と共にその言葉を聞いた「かつての少年少女たち」は、何かに弾かれたように動き出した。

 

「……来た」

 

「キャプテンが……帰ってきた」

 

彼らは、重い身体を引きずり、窓を開け放った。

 

冷気が肌を刺すが、そんなものは感じない。

 

彼らの視線は、夜空に浮かぶ冷たい月へと釘付けになっていた。

 

「……見える……」

 

誰かが呟いた。

 

それは幻覚か、あるいは魂が見せる真実か。

 

月の輝きを背に受けて、浮かび上がる巨大な影。

 

鮮烈な若葉色の船体。

 

艦首に刻まれたドクロ。

 

そして、月光を浴びてはためく、自由の旗。

 

『E.T.』の自転車のように、『ピーターパン』の海賊船のように。

 

それは、信じる者にだけ見える、迎えの船。

 

「……待たせやがって。あばよ」

 

末期癌で余命数日と宣告されていた老人が、点滴の管を自ら引き抜き、窓辺に立った。

 

その顔には、死の恐怖など微塵もない。

 

これから始まる大冒険への、少年のごとき興奮だけがあった。

 

「あなた……行くのね」

 

「ああ。……ハーロックが呼んでいる。トチローが待っているんだ」

 

老婦人が、夫の背中にショールを掛けるのではなく、ただ静かに頷いた。

 

彼女にも見えているのだ。

 

あの船が、夫の魂を乗せて、苦しみのない星の海へと連れて行ってくれることが。

 

「……往こう。我らのキャプテンと共に!」

 

日本中のあちこちから、無数の光の粒──魂たちが、夜空へと立ち昇っていく。

 

それは悲しい別れではない。

 

地球という揺りかごからの、誇り高き卒業。

 

有明のハーロックは、艦橋からその光景を見下ろしていた。

 

無数の光が、ネオ・アルカディア号へと集まってくる。

 

彼らは皆、笑っていた。

 

満足げに、そして誇らしげに。

 

「……全ハッチ、開放。総員、迎え入れろ!」

 

俺は叫ぶ。

 

涙は見せない。

 

俺は、彼らの最期を看取る者ではない。

 

彼らの「第二の青春」を指揮する、宇宙海賊なのだから。

 

「ようこそ、自由の海へ! ……さあ、野郎ども! 宴の準備だ! 酒樽を開けろ!」

 

月光の中、ネオ・アルカディア号は、数多の魂を乗せて静かに回頭した。

 

目指すは、銀河の果て。

 

終わりなき旅の始まりだった。

 

 

◇◇◇

 

 

2025年、冬の終わり。

 

月光が冴え渡る静寂の夜。

 

その日、地球上の各地で、不可解ながらも静謐な「集団失踪」と、数多の「安らかなる往生」が同時に記録された。

 

有明のハーロックが舵を取るネオアルカディア号。

 

そのタラップを、生きた体で踏みしめた者は136名。

 

彼らは家族に別れを告げ、あるいは身一つで、この星への未練を完全に断ち切った者たちだ。

 

若き日の情熱を取り戻した老人、それを支える若者、そしてかつての少女たち。

 

だが、乗組員はそれだけではない。

 

その夜、病院のベッドで、介護施設の個室で、静かに息を引き取った数千、数万の魂たち。

 

彼らは動かなくなった肉体という檻を捨て、光の粒子となって宇宙へと昇り、このネオアルカディア号の船体へと宿った。

 

トチローが宿る中枢コンピューターが、彼らの魂を優しく、そして力強く受け入れたのだ。

 

艦内は、活気に満ちていた。

 

そこは老人クラブでも、サロンでもない。

 

硝煙と油の匂いが染み付く、鉄の規律に支配された戦場だ。

 

「おい若造! モタモタするな! 砲弾の装填が遅い!」

 

「す、すみません!」

 

「馬鹿野郎! 宇宙でその遅れは死を意味するんだ! 歯ぁ食いしばれ!」

 

怒声が飛ぶ。拳骨が落ちる。

 

かつての大戦や、戦後の荒波を生き抜いた昭和の古強者たちが、平成・令和の若者たちを叩き上げている。

 

それは虐待ではない。

 

「死なせるわけにはいかない」という、不器用で熱烈な愛の鞭だ。

 

若者たちも、その拳の痛みに「生きている実感」を覚え、必死に食らいついていく。

 

ネオアルカディア号艦橋。

 

有明のハーロックは、その光景を頼もしげに見下ろしながら、舵輪を握りしめた。

 

傍らにはミーメが静かに微笑み、コンソールからはAIトチロー──いや、今はもう船そのものとなった親友の声が響く。

 

『全ハッチ閉鎖。機関内圧力上昇、臨界点へ! ……みんな、準備はいいかい? 魂の定員はオーバー気味だけど、この船ならいくらでも乗せられるさ!』

 

「……フッ。嬉しい悲鳴だな。戻ったら集積記憶回路の増設だな」

 

俺はマントを翻し、前方のスクリーンに映る満天の星々を見据えた。

 

もう、振り返らない。

 

地球は美しい故郷だが、俺たちが生きる場所は、この果てしない暗黒の海だ。

 

「……総員、聞け!」

 

俺の号令一過、艦内の喧騒がピタリと止む。

 

136人の生ける戦士と、数万の英霊たちが、俺の言葉を待っている。

 

「これより本艦は、惑星ヘビーメルダーへと発進する。……長き旅になるぞ。覚悟はいいか!」

 

『オオオオオオオッ!!』

 

地鳴りのような咆哮が返ってくる。

 

「機関始動! 180度回頭! ……ネオアルカディア号、発進!!」

 

ズォォォォォォ……!!

 

巨大な若葉色の船体が、重力アンカーを引き抜き、月面を蹴るようにして反転する。

 

メインエンジンの噴射炎が、闇を焼き払い、一直線の光の道を作る。

 

その振動の中で、誰からともなく歌声が上がった。

あの夜、有明の地で俺が歌い、彼らの魂に火をつけたあの歌だ。

 

『……錨をあげろ 地球から!』

 

『……高くかかげろ あの旗を!』

 

最初は数人だった歌声が、またたく間に大合唱となる。

生者も、死者も、声を合わせて歌う。

 

『……宇宙の海鳴り 星くずの波』

 

『……こえて 旅立つ おれたちさ!』

 

足を踏み鳴らす音。

 

手拍子の音。

 

それがエンジンのビートと重なり、宇宙最高の交響曲となる。

 

『……舵をとれ 心のままに』

 

『……生きることは戦うことさ』

 

涙はない。あるのは満面の笑顔だけ。

 

彼らは手に入れたのだ。

 

最後に笑って死ねる人生を。

 

そして、死してなお終わらない、永遠の冒険を。

 

『……夢に生き 愛に生き』

 

『……星から星へと おれたちの船出だ!!』

 

大合唱の中、ネオアルカディア号は光速を超えた。

 

物理法則の彼方へ。

 

次元の狭間へ。

 

俺たちの旗だけがはためく、自由の地平線へ。

 

さようなら、地球。

 

ありがとう、全ての友よ。

 

俺は、有明のハーロック。

 

いや、宇宙海賊キャプテンハーロック。

 

俺たちの旅は、ここからが本番だ。

 

 

 

◇◇◇

 

 

漆黒の闇に浮かぶ、宝石のような星々。

 

厚い装甲ガラスの向こうに広がるのは、プラネタリウムの投影でも、4Kモニターの映像でもない。

 

死と隣り合わせの真空、そして無限の自由が広がる、本物の宇宙だ。

 

「……あれが、火星か」

 

「木星の大赤斑……図鑑で見た通りだ……」

 

若者も、老兵も、階級も役割も関係なかった。

 

彼らは食い入るように窓に張り付き、あるいはモニターを凝視していた。

 

かつて少年だった頃、布団の中で目を閉じて思い描いた光景。

それが今、手の届く場所にある。

 

自分は今、本物の宇宙戦艦に乗って、星の海へと漕ぎ出したのだという震えるような実感が、彼らの胸を打ち続けていた。

 

ネオアルカディア号は、太陽系の星々を慈しむように、ゆっくりとした速度で進んでいた。

 

それは、舵輪を握る有明のハーロックからの、無言の命令だった。

 

『……目に焼き付けろ。二度と帰らぬ故郷の光景を』

 

言葉には出さない。

 

だが、その背中が語っていた。

 

未練を断ち切るためには、最後にその美しさを認め、そして自らの意志で別れを告げなければならないのだと。

 

有明は、感嘆の声を上げるクルーたちの背中を満足気に見守りながら、傍らに立つミーメから差し出されたグラスを受け取った。

 

年代物の上質なワイン。

 

その芳醇な香りを楽しみながら、彼は静かにグラスを傾ける。

 

「……いい眺めだ」

 

ミーメもまた、自身のグラスに口をつけ、黄金色の瞳を細めて微笑んだ。

 

二人の間に言葉はいらない。

 

ただ、グラスを合わせる微かな音が、信頼の証となる。

 

その静寂に、哀愁を帯びた旋律が重なった。

 

プァァ……プァ……。

 

ホログラムとして艦橋に浮かぶトチローが、古びたハーモニカを吹いているのだ。

 

その音色は、どこか懐かしく、そして切ない。

 

故郷を離れる旅人の寂しさと、遥かなる地平線への憧れが入り混じった、松本零士の世界にしか流れない音。

 

その音色が、クルーたちの胸に染み渡る。

 

涙を流す者もいた。

 

だが、誰も「帰りたい」とは言わなかった。

 

やがて、太陽が豆粒のような輝きになり、闇の深さが増してきた頃。

 

一人の老兵が、スッと窓から離れた。

 

彼は帽子を目深に被り直し、背筋を伸ばして自分のコンソールへと戻った。

 

それに続くように、若者たちも、かつての少女たちも、涙を拭って窓に背を向けた。

 

太陽の明かりから、自ら目を逸らしたのだ。

 

それは、地球人としての自分を捨て、アルカディア号の乗組員として生きる覚悟を決めた瞬間だった。

 

艦橋に、計器の駆動音と、トチローのハーモニカだけが響く。

 

その静寂を破り、有明のハーロックは、静かに、しかし朗々と歌い始めた。

 

「……さあ行くんだ その顔を上げて」

 

「……新しい風に 心を洗おう」

 

それは、旅立ちの日にこそ相応しい、あの名曲。

 

『銀河鉄道999(The Galaxy Express 999)』。

 

ゴダイゴが歌い上げた、希望と別れのアンセム。

 

「……古い夢は 置いて行くがいい」

 

「……ふたたび始まる ドラマのために」

 

有明の声は、力強く艦橋に響き渡る。

 

過去を捨てるのではない。過去を糧にして、新たなドラマを始めるのだ。

 

「……あの人はもう 思い出だけど」

 

「……君を遠くで 見つめてる」

 

彼らが置いてきた家族、恋人、あるいは先に逝った友たち。

 

彼らは消えたわけではない。遠い地球から、あるいは星の海の彼方から、この船出を見守ってくれている。

 

「……The Galaxy Express 999」

 

「……Will take you on a journey」

 

「……A never ending journey」

 

「……A journey to the stars」

 

終わらない旅。星々への旅。

 

英語の歌詞が、宇宙空間の広がりのように無限の可能性を感じさせる。

 

トチローのハーモニカが、有明の歌声に寄り添うように伴奏を奏でる。

 

ミーメが、リズムに合わせてグラスを揺らす。

 

「……そうさ君は 気づいてしまった」

 

「……やすらぎよりも 素晴らしいものに」

 

安らぎ。それは地球での平穏な老後だったかもしれない。

 

だが、彼らはそれよりも素晴らしいもの──「自由」と「夢」を選んだのだ。

 

「……地平線に 消える瞳には」

 

「……いつしかまぶしい 男の光」

 

老いた瞳に宿る、少年のごとき光。

 

それこそが、男の光だ。

 

「……あの人の目が うなづいていたよ」

 

「……別れも 愛のひとつだと」

 

別れは悲劇ではない。

 

愛するからこそ、互いの道を行く。

 

それが、松本零士が描き続けた愛の形だ。

 

有明は、舵輪を強く握りしめ、サビを歌い上げる。

 

その声は、エンジンの轟音と重なり、ネオアルカディア号全体を震わせる。

 

「……The Galaxy Express 999」

 

「……Will take you on a journey」

 

「……A never ending journey」

 

「……A journey to the stars」

 

クルーたちもまた、口ずさむ。

 

声には出さずとも、心の中で。

 

The Galaxy Express……。

 

この船は999号ではないが、その魂は同じ場所を目指している。

 

「……The Galaxy Express 999」

 

「……Will take you on a journey」

 

「……A never ending journey」

 

「……A journey to the stars…」

 

最後のフレーズが、星の彼方へと溶けていく。

 

歌い終えた有明は、ニヤリと笑い、ワインを一気に飲み干した。

 

「……トチロー。ワープ準備だ」

 

『合点だ! 座標セット完了! いつでもいけるよ!』

 

「総員、衝撃に備えろ! ……さらばだ、懐かしき地球よ!」

 

有明がスロットルを押し込む。

 

ネオアルカディア号は眩い光に包まれ、次元の壁を突き破った。

 

後に残ったのは、静寂と、青く輝く地球だけ。

 

だが、その星の海には、確かに新たな伝説が刻まれた。

 

有明のハーロックと、136人の勇者たち。

 

彼らの終わらない旅は、今、始まったばかりなのだ。

 

 

◇◇◇

 

 

時空の嵐が、まるでサイレンの魔女の断末魔のように窓の外で泣き叫んでいる。

 

紫電が走り、重力波が船体をきしませる。

 

普通の人間ならば、恐怖で腰を抜かす光景だ。

 

だが、ネオアルカディア号の艦橋に、悲鳴は上がらなかった。

 

舵輪を握る有明のハーロックは、まるで鼻歌でも歌うかのように、微動だにせず前を見据えている。

 

その背中が、136人の新しい乗組員たちに無言で語りかけていた。

 

『この程度の嵐、俺たちの船にとってはそよ風だ』と。

 

4度目の航海となるこの船体データと、2度目の経験となる艦長。

 

その絶妙な操艦は、荒れ狂う時空の乱流を、あたかも計算されたジェットコースターのレールのように乗りこなしていた。

 

そして、唐突に視界が開けた。

 

「……抜けたぞ」

 

有明が静かに告げると同時に、スクリーンには息を呑むような光景が広がった。

 

漆黒の宇宙空間。

 

その中に浮かぶ、赤茶けた惑星ヘビーメルダー。

 

そして、その周囲をめぐる巨大な楕円軌道の惑星ラーメタル。

 

アニメや漫画の背景画ではない。

 

質量と歴史を持った、本物の惑星がそこに在った。

 

「あれが……トレーダー分岐点……」

 

「夢じゃない……本当に来たんだ……」

 

老兵たちが、食い入るように窓にへばりつく。

 

だが、時の女神が用意したサプライズは、それだけではなかった。

 

『む。……ハーロック、前方軌道交差物体だ』

 

AIトチローの声が、少し興奮気味に響く。

 

『速度、本艦と同等。……軌道修正、並走するかい?』

 

有明は、レーダーの光点を確認し、ニヤリと笑った。

 

この宇宙に来て早々、最高の出迎えだ。

 

「……フッ、時の女神も粋な計らいをする。……総員、左舷を見ろ」

 

有明の号令と共に、ネオアルカディア号が滑らかに回頭し、その物体に並走するコースを取る。

 

最初は、闇の中に伸びる一本の青白い光のレールが見えただけだった。

 

だが、かつての少年少女たちには、それだけで十分だった。

彼らの記憶の奥底にある「憧れ」が、即座に正解を導き出したからだ。

 

「まさか……」

 

「おい、あれを見ろ!」

 

光のレールの彼方から、白い煙を吐き出しながら、その黒鉄の巨体が姿を現した。

 

宇宙空間を走る、蒸気機関車。

 

ヘッドマークには「999」。

 

プレートには「C62-48」。

 

銀河超特急999号。

 

ポーッ! ポォォォォォォォォォォッ!!

 

真空の宇宙に、聞こえるはずのない、しかし確かに魂に響く汽笛が鳴り響いた。

 

それは物理的な音波ではない。

 

少年の日の夢を乗せて走る、銀河鉄道の咆哮だ。

 

「…999……999だっ!!」

 

誰かが呟いた声は、すぐに歓声と嗚咽に変わった。

 

「本物だ……鉄郎が、メーテルが乗っているんだ!」

 

「ああ、トレーダー分岐点に停まるんだな……」

 

老いた元機関士の男性が、敬礼の手を震わせながら涙を流す。

 

かつてメーテルに憧れた老婦人が、ハンカチで口元を押さえて見惚れる。

 

それは、彼らが人生の辛い時期に、何度も何度も空想し、救いを求めた「希望の列車」そのものだった。

 

有明のハーロックは、舵輪を片手で支えながら、マントを翻して窓際に立った。

 

「……壮観だな」

 

客車の窓から、誰かがこちらを見ているかもしれない。

 

すれ違う一瞬の交差。

 

ネオアルカディア号と、銀河超特急999号。

 

二つの伝説が、ヘビーメルダーの重力圏で並走する。

 

「……トチロー。挨拶だ」

 

『合点だ!』

 

有明の指示で、ネオアルカディア号もまた、重低音の汽笛を鳴らした。

 

ブオォォォォォォン……!

 

それは、海賊船から銀河鉄道への、「良き旅を」というエール。

 

ポーッ!!

 

999号もまた、短く汽笛を返し、光のレールの上を滑るように加速して、ヘビーメルダーの大気圏へと消えていった。

 

後に残ったのは、青白い軌道の残滓と、乗組員たちの熱狂だけ。

 

有明は、興奮冷めやらぬクルーたちを見渡し、静かに告げた。

 

「……見たか、友よ。これが、俺たちがこれから生きる世界だ」

 

夢物語ではない。

 

彼らは今、確かに松本零士の宇宙の住人となったのだ。

 

「さあ、着陸態勢に入れ。……本物のキャプテンが、俺たちを待っている」

 

ネオアルカディア号は、999の後を追うように、赤い大地へと機首を向けた。

 

 

 

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