有明のハーロック   作:星乃 望夢

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第15話

 

ヘビーメルダーの地下深く。

 

赤茶けた大地の底にある、選ばれし者しか知らぬ秘密ドック。

 

そこに今、二つの巨躯が並び立っていた。

 

一隻は、たった今到着したばかりの、希望に満ちた若葉色の船体──ネオアルカディア号。

 

そしてもう一隻は、その隣で静かに、しかし圧倒的な威圧感を持って鎮座する、歴戦の傷跡を刻んだ深緑の巨艦。

 

宇宙の深淵そのもののような重厚さを纏う、伝説のアルカディア号。

 

プシューッ……。

 

ネオアルカディア号のエアロックが開き、タラップが降りる。

 

そこから降り立ったのは、136人の「新人」乗組員たちだ。

 

彼らは皆、息を呑み、震える足でドックの地面を踏みしめた。

 

目の前にある「本物」の威容に、言葉を失っていたからだ。

 

硝煙とオイル、そして乾いた砂の匂い。

 

これが、松本零士の世界の空気だ。

 

彼らは涙ぐみ、あるいは帽子を取って敬礼し、その神聖なる光景を目に焼き付けていた。

 

その時だった。

 

深緑のアルカディア号のハッチが、重々しい音を立てて開放された。

 

白い蒸気が噴き出し、逆光の中に一つの影が浮かび上がる。

 

カシャン、カシャン、カシャン……。

 

ドックの静寂を切り裂く、拍車の音。

 

それは、有明のハーロックが立てる音と同じでありながら、決定的に何かが違っていた。

 

地球の重力に縛られていた音ではない。

 

数多の星々を巡り、数え切れぬ別れと戦いを越えてきた、銀河の重みそのものを響かせる足音。

 

影が動き、マントが翻る。

 

乗組員たち──かつての少年少女たちは、呼吸さえ忘れてその姿を見上げた。

 

隻眼の奥に宿る、鋭くも哀愁を帯びた光。

 

胸に輝く髑髏の紋章。

 

本物の、宇宙海賊キャプテンハーロック。

 

彼はタラップの中ほどで足を止め、我々を見下ろした。

 

そして、不敵に、しかしどこか優しげに口元を歪めた。

 

「……フッ。よく来たな。地球の戦士たち」

 

その声は、鼓膜ではなく、彼らの魂の琴線を直接弾いた。

 

「老いた体を捨て、安らぎを捨て、なお自由を求めてこの旗の下へ集ったか。……いい面構えだ」

 

ハーロックはゆっくりとタラップを降り、有明のハーロックの前に立った。

 

そして、その肩にポンと手を置いた。

 

「見事だ、有明。……約束通り、友を連れて帰ってきたな」

 

「……ああ。最高のクルーたちだ」

 

有明は、感極まって言葉を詰まらせる乗組員たちを振り返り、誇らしげに胸を張った。

 

その光景を見て、一人の老兵が、杖を放り出して叫んだ。

 

「キャプテン……!!」

 

それが合図だった。

 

136人の魂が、歓喜の声を上げて二人を取り囲む。

 

憧れが現実となり、幻影が実体となった瞬間。

 

ドックの奥から、トチローとミーメも歩み出てくる。

 

二つのアルカディア号に見守られながら、地球から来た戦士たちは、ついに「約束の場所」へと辿り着いたのだ。

 

 

◇◇◇

 

 

ヘビーメルダーの雑踏は、一種の異界だった。

 

スター・ウォーズのタトゥイーンやコルサントもかくやと言わんばかりだ。

 

フードを被った機械化人、怪しげな電子音を放つドロイド、そして腰に銃を下げた荒くれ者たち。

 

「おい、ボサッとするな! はぐれたら人間狩りのカモだぞ!」

 

ヤッタラン副長の叱責が飛ぶ。

 

その後ろを、大きな麻袋を担いで必死に付いていくのは、ネオアルカディア号の若きクルーたちだ。

 

彼らの仕事は「パシリ」。

 

だが、それは決して軽い役目ではない。

 

この無法の星で、物資を調達し、生きて帰る。そのための「鼻」と「足」を、先輩海賊たちから叩き込まれているのだ。

 

一方、船に残った老兵たちは、微動だにしない。

 

彼らの戦場は、艦橋のコンソール前であり、砲塔の照準器の中であり、機関室のバルブの前だ。

 

加齢で足腰は弱っているかもしれない。だが、一度座席にロックされれば、彼らは機械以上の精密さと、熟練の職人のごとき手際を見せる。

 

動く必要はない。

 

来る敵を、叩き落とすだけだ。

 

そして、宇宙へ出れば、そこは実弾飛び交う学び舎となる。

 

「敵影確認! 機械帝国の巡洋艦、数4!」

 

アルカディア号の有紀螢の報告よりも早く、ネオアルカディア号の老レーダー手が叫ぶ。

 

「方位2-8-0! 仰角プラス15! ……速いぞ、囲む気じゃ!」

 

有明のハーロックは、舵輪を握りしめ、ニヤリと笑った。

 

普通の海賊なら、ここで回頭して距離を取るか、一点突破を図るだろう。

 

だが、有明の頭脳には、昭和から平成、令和に至るまでの、あらゆる「名艦長」たちの戦術データがインプットされている。

 

敵は、こちらの動きを「ハーロック」として予測している。

ならば、その裏をかく。

 

「左舷、弾幕薄いぞ!何をやっている!」

 

有明がいきなり叫んだのは、あの白いMSの母艦を指揮したブライト艦長の台詞だ。

 

だが、それは単なるパロディではない。

 

対空砲火の配置を瞬時に指示し、敵の接近を阻む「弾幕の壁」を形成させる。

 

「左舷、回頭! 敵の予測進路に機雷を散布!」

 

これは、『ふしぎの海のナディア』のネモ船長が得意とした、敵の行動を先読みしたトラップ戦術。

 

「トチロー、主砲エネルギーを艦首バリアへ転送! ……ダイダロス・アタック……いや、ラム(衝角)戦用意!」

 

『ええっ!? エネルギーを全部防御と推力に回すのか!?』

 

「そうだ! 『超時空要塞マクロス』のグローバル艦長ならこうする! ピンポイントバリアパンチだ!」

 

ネオ・アルカディア号は、砲撃戦を挑むと見せかけて、機雷原で敵の足を止め、全エネルギーを艦首のドクロに集中させた。

 

そして、恐るべき加速で敵旗艦のどてっ腹へと突っ込んでいく。

 

「うおおおおおっ!!」

 

老操舵手が、血管が切れんばかりの形相で舵を押し込む。

その顔は、もはや老人ではない。

 

『トップをねらえ!』のタシロ艦長が憑依したかのような、圧倒的な「気合い」と「根性」の化身だ。

 

ズドォォォォォン!!

 

ネオ・アルカディア号の鋭角な艦首が、機械帝国の巡洋艦を物理的に粉砕し、貫通する。

 

爆炎の中を突き抜ける緑の巨体。

 

敵は混乱に陥る。

 

予測不能。

 

支離滅裂。

 

だが、そのすべてが理にかなった、アニメの歴史が積み上げた「勝利の方程式」。

 

有明のハーロックは、マントを翻し、爆散する敵艦を背に言い放つ。

 

「……悪いな。俺の中には、100人の艦長が住んでいる」

 

沖田の不動心、ブライトの的確さ、ネモの冷静さ、タシロの熱血、そしてマリューの情愛。

 

それら全てを「ハーロック」という器で統合した時、ネオ・アルカディア号は、この宇宙で最も厄介で、最も恐ろしい「キメラ」となる。

 

隣を並走していた本物のアルカディア号から、通信が入る。

モニターに映るハーロックが、呆れたように、しかし楽しげに笑っていた。

 

『……フッ。見ていて飽きん男だ。次はどんな手を使う?』

 

「……さてな。次は『波動砲』もどきでも撃ってみるか?」

 

有明は不敵に笑い返す。

 

老兵たちは誇らしげに胸を張り、若者たちは「すげぇ……」と目を輝かせる。

 

この船に、常識は通用しない。

 

あるのは、勝利という二文字だけだ。

 

 

◇◇◇

 

 

アルカディア号の船尾楼、艦長室。

 

重厚なマホガニーの机を挟んで、二人のハーロックが対峙していた。

 

窓の外には、変わることなく流れる星の海。だが、室内の空気は鉛のように重く、そして静謐だった。

 

「……そうか」

 

俺が語った親友の過酷な未来に対し、本物のキャプテンハーロックが返した言葉は、たったそれだけだった。

 

驚きも、狼狽もない。

 

ただ、その隻眼が微かに細められ、深淵のような色が宿っただけだ。

 

だが、俺には分かる。

 

その短く低い一言の中に、どれほどの感情が──悲しみ、憤り、そして燃え上がるような決意が込められているかを。

 

ハーロックは、手元のボトルを傾け、二つのグラスに赤ワインを注いだ。

 

トクトクと、液体が跳ねる音だけが響く。

 

「宇宙放射線病……。この宇宙を旅する者にとって、避けては通れぬ影だ」

 

ハーロックはグラスを俺に滑らせ、自らのグラスを手に、その紅い液体を見つめた。

 

血の色。命の色。

 

「だが、ハーロック。……俺たちは海賊だ」

 

俺は顔を上げ、もう一人の自分を真っ直ぐに見据えた。

 

「運命だからと諦め、座して死を待つ。……そんな殊勝な真似は、俺たちの流儀じゃない」

 

ハーロックの口元が、ニヤリと歪んだ。

 

それは、絶望的な戦況を前にした時、不敵に笑うあの表情だ。

 

「違いない。……友が死ぬと決まったわけではない。それに、例え肉体が滅びようと、奴の魂まで消し去ることなど、この全宇宙の神々にもできはしない」

 

カチン。

 

示し合わせたわけでもなく、二つのグラスが空中で触れ合った。

 

それは誓いの音だ。

 

あらゆる手段を尽くす。

 

この広い宇宙のどこかにあるかもしれない治療法を、あるいは運命をねじ曲げる奇跡を、俺たちは全力で奪いに行く。

 

俺はワインを喉に流し込み、熱い息を吐いた。

 

「……とある少年がいる」

 

俺は話題を変えたようでいて、その核心へと触れた。

 

「トチローの死と、遺した意志が、少年を『限りある命の尊さ』へと導く道標となる」

 

機械の体を求めて旅をする少年が、生身の人間として生きることを選ぶ。

 

その決断の裏には、トチローという偉大な先達の死がある。

だが。

 

「……誰かの死を代償にしなければ、少年が大人になれないなどという理屈は、俺は認めん」

 

俺は断言した。

 

「トチローが生きていても、少年は気付けるはずだ。……そのために、俺たちがいる」

 

ハーロックが、満足げに頷いた。

 

「ああ。……俺たちは、若者の盾となり、道標となるために旗を掲げている。……その少年が迷うなら、俺が導こう」

 

そして、彼は俺を見た。

 

「もし、俺の手が塞がっている時は……頼んだぞ、有明」

 

「任せておけ」

 

俺は不敵に笑い返した。

 

「この宇宙には今、キャプテンハーロックが二人いる。……運命の女神が脚本を書いたとしても、配役が増えている以上、筋書き通りにはいかせん」

 

俺たちは、キャプテンハーロックだ。

 

不可能を可能にし、男の約束を守り抜くために、ドクロの旗を掲げている。

 

「行くぞ、有明。……トチローが待っている」

 

「ああ」

 

俺たちは席を立った。

 

艦長室を出れば、そこにはいつものように油にまみれ、人懐っこい笑顔を浮かべる親友がいるはずだ。

 

その笑顔を護るためなら、俺たちは神とも悪魔とも戦う。

 

二人の影が重なり、廊下へと消えていく。

 

その背中には、揺るぎない信念の炎が燃え盛っていた。

 

 

◇◇◇

 

 

ネオ・アルカディア号の艦長席で、俺は手元に送られてきた手配書を見つめ、ニヤリと笑った。

 

そこに映し出されているのは、俺の顔だ。

 

本物のキャプテンとは違い、頬に傷のない、五体満足な「有明のハーロック」。

 

その下に記された賞金額の数字の羅列は、ゼロの数が幾つあるのか一瞬で数え切れないほどだ。

 

『おめでとう、有明。……いきなり本家と同額だなんて、破格の扱いだねえ』

 

コンソールから響くAIトチローの声も、どこか誇らしげだ。

 

「……フッ。これでもう、影武者とも幻影とも言わせんということか」

 

俺は手配書を閉じ、前方のスクリーンを見据えた。

 

これまで、俺たちの戦果はすべて「キャプテンハーロック」のものとして計上されていた。

 

だが、生き残った賞金稼ぎや、敗走した帝国軍の兵士たちが口々に伝えたのだろう。

 

「ハーロックが二人いる」「傷のないハーロックが、別のアルカディア号を駆っている」と。

 

地球連邦政府も、機械帝国も、この異常事態を無視できなくなった。

 

俺は今、名実ともに全宇宙の敵──「お尋ね者」となったのだ。

 

「……右舷、機械帝国哨戒艦隊、接近! 数、30!」

 

老レーダー手の報告に、艦橋の空気が引き締まる。

 

30隻。以前なら脅威だった数だが、今の俺たちには、彼らの焦りが透けて見える。

 

「陣形が乱れています! 先行艦と後続艦の距離が開いている……連携が取れていません!」

 

参謀連のひとりの若者が冷静に分析する。

 

そうだ。彼らは焦っている。

 

広大な支配領域を持つ帝国にとって、俺たちはほんの小さな、取るに足らないシミに過ぎない。

 

だが、そのシミはどれだけ擦っても消えず、それどころか鮮やかな若葉色を主張し続けている。

 

完璧主義の支配者にとって、これほど目障りな存在はないだろう。

 

「……消そうとすればするほど、深みにはまる。支配者の悪い癖だ」

 

俺はマントを翻し、通信回線を開いた。

 

「ハーロック、聞こえるか」

 

『ああ。……獲物は網にかかったな』

 

並走する深緑の巨艦、アルカディア号からの応答。

 

本物のキャプテンの声は、相変わらず落ち着き払っている。

 

「手筈通りだ。……貴艦が正面を、我々が側面を食い破る」

 

『了解だ。……有明、背中は任せたぞ』

 

「任された」

 

通信アウト。

 

俺は舵輪を握りしめ、全クルーへ号令を発した。

 

「総員、戦闘配置! ……降りかかる火の粉だ、綺麗サッパリ払ってやるぞ!」

 

「「「応ッ!!」」」

 

老兵たちの野太い声と、若者たちの鋭い返事が重なる。

 

ネオ・アルカディア号が加速する。

 

正面から堂々と突き進む本家のアルカディア号に気を取られた帝国艦隊の横腹へ、俺たちは鋭角に切り込んでいく。

 

パルサーカノンの斉射。

 

速射砲の雨。

 

艦隊行動がなっていない敵艦は、互いの射線を塞ぎ合い、混乱の極みに陥る。

 

そこへ、二隻の海賊船が、まるで踊るように、あるいは巨大な顎のように襲いかかる。

 

俺たちは、宇宙を救う正義の味方ではない。

 

機械帝国の支配を覆す革命軍でもない。

 

ただ、俺たちの往く手を塞ぐ者がいれば、それを退ける。

 

自由を侵す者がいれば、牙を剥く。

 

それだけの話だ。

 

「……トチロー! 回頭180度、敵旗艦の背後を取る!」

 

『合点だ! ……へへっ、あいつら、どっちがどっちの船か分からなくなってパニックになってるぞ!』

 

戦場は、俺たちの独壇場だった。

 

宇宙の片隅で起きている、歴史書にも載らないような小さな局地戦。

 

だが、この星の海において、二つのドクロの旗が並び立つ光景は、敵の電子頭脳に「恐怖」という名のバグを永遠に刻み込むことだろう。

 

「……行くぞ、野郎ども! 海賊のやり方を見せてやれ!」

 

俺は不敵に笑い、次なる獲物に照準を合わせた。

 

自由気ままな旅の途中。

 

これもまた、退屈しのぎの余興に過ぎない。

 

 

◇◇◇

 

 

星の海は、静寂なようでいて、実は喧騒に満ちている。

 

銀河鉄道株式会社が敷設した見えざるレール──重力軌道の上を、無数の列車が行き交っているからだ。

 

客車を引く列車、貨物を満載した貨物列車、装甲を施した軍用列車。

 

それらは、この宇宙の大動脈を流れる血液だ。

 

本来、海賊ならば、この動脈に噛み付いて甘い汁を吸うのが定石だろう。

 

だが、俺たちは「キャプテンハーロック」の名を冠する海賊だ。

 

汗水垂らして働く者や、夢を抱いて旅する者から奪うような真似は、ドクロの旗が泣く。

 

俺たちが狙うのは、肥え太った豚だ。

 

永遠の命という甘い蜜に溺れ、魂まで腐らせた機械化人の貴族たち。

 

「……趣味の悪い船だ」

 

ネオ・アルカディア号のメインスクリーンに映し出されたのは、金ピカの装飾で彩られた巨大な遊覧船だった。

 

機械帝国の貴族層の一族が、生身の人間を狩るために繰り出した狩猟船。

 

「総員、白兵戦用意! ……あの悪趣味な塗装を、俺たちの色で塗り替えてやれ!」

 

俺の号令と共に、空間騎兵隊が強襲艇に乗り込む。

 

かつては腰痛持ちの老人だった者や、ゲームしか知らなかった若者たち。

 

だが、連日の「パワーレベリング」を経た彼らの動きに、迷いはない。

 

昭和のド根性と、平成の器用さが融合した、最強の荒くれ部隊だ。

 

船内制圧は瞬く間に終わった。

 

だが、その船倉で俺たちが見たものは、黄金や宝石よりも重く、冷たい現実だった。

 

「……なんて、こった」

 

「くっ、知っちゃいたが、実際見ると反吐が出るぜ」

 

若いクルーたちが口元を押さえて絶句する。

 

そこには、ガラスケースに収められた「人間」たちがいた。

美しい女性、屈強な若者。

 

彼らは物言わぬ剥製となり、あるいは生きたまま冷凍保存され、貴族たちのコレクションとして飾られていた。

 

機械の体を手に入れ、死を克服したはずの彼らが、なぜ限りある命の輝きをこうも欲しがり、そして冒涜するのか。

 

永遠の退屈が、魂をここまで醜く歪めるのか。

 

「……これが、鉄郎が憎んだ敵の正体か」

 

俺はギリリと奥歯を噛み締め、重力サーベルでガラスケースを叩き割った。

 

「解放しろ! 生きている者は手厚く保護し、亡骸は宇宙へ還してやれ! ……金目の物は全て奪え! それが慰謝料だ!」

 

牢獄から解放された人々の中には、故郷を失い、行く当てのない者も多い。

 

彼らは涙ながらに俺たちに感謝し、そして自ら志願してネオアルカディア号のクルーとなった。

 

悲しみを背負った者は強い。

 

俺たちの船は、そうやって少しずつ、強く、大きくなっていく。

 

激しい戦いの後。

 

食堂は、戦利品の極上ワインと、合成ではない本物の食料で賑わっていた。

 

命のやり取りをした後の飯は、どんな高級レストランのディナーより美味い。

 

「いやあ、今日の隊長の突撃、痺れましたよ!」

 

「バカ言え、腰が抜けて前に倒れただけじゃわい!」

 

老兵と若者が肩を叩き合って笑う。

 

傷ついた魂を癒やすのは、この馬鹿騒ぎと、仲間たちの笑顔だ。

 

その時だった。

 

艦内放送のスピーカーからではなく、船体の外壁を震わせて、甲高い、しかし荘厳な音が響いてきた。

 

ボオォォォォォォォォォッ!!

 

全員の手が止まる。

 

有明のハーロック──俺は、素早く窓際へと歩み寄った。

 

「……聞こえたか?」

 

「ああ……間違いない、汽笛だ!」

 

誰かが叫ぶ。

 

窓の外、遥か彼方の軌道を、銀色の矢が駆け抜けていくのが見えた。

 

999ではない。もっと鋭角的で、力強いフォルム。

 

「999だ!」

 

「いや待て、あれは銀色だ……先頭車両に『G8001』って、まさか!?」

 

詳しい老兵が、身を乗り出して叫ぶ。

 

「銀河鉄道管理局の『ビッグワン』だ!! 空間鉄道警備隊(SDF)じゃ!!」

 

『銀河鉄道物語』に登場する、伝説の、もう一つの運命の列車。

 

「フッ、SDFのお出ましか」

 

 本来なら海賊を取り締まる警察組織だ。逃げるのが筋だろう。

 

だが、俺たちは逃げない。

 

俺たちは、窓ガラス越しにグラスを掲げた。

 

あちらも、こちらに気づいているはずだ。

 

だが、ビッグワンは砲門を開くことなく、ただ一度だけ、短く、挨拶代わりの汽笛を鳴らして飛び去っていった。

 

まるで、「今日は見逃してやる」とでも言うように。

 

あるいは、同じ星の海を守る者同士の、無言の敬礼だったのかもしれない。

 

「……いい音だ」

 

俺はワインを一口飲み、遠ざかる銀色の光を見送った。

 

あの汽笛の音一つで、明日の命を賭ける勇気が湧いてくる。

 

かつての少年少女たちにとって、それは魂を潤す、何よりの美酒だった。

 

 

 

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