有明のハーロック   作:星乃 望夢

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第17話

 

惑星アンドラードの地表。

 

かつては美しい緑と豊かな水を誇ったその大地は、今や機械化帝国の無慈悲な爆撃によって焦土と化していた。

 

地下壕の奥深く。

 

崩れかけた天井から砂が落ちる薄暗い空間で、一人の男が銃の手入れをしていた。

 

この星のパルチザン部隊の指揮官だ。

 

その顔は煤と油にまみれ、右腕には血の滲む包帯が巻かれている。

 

「……隊長」

 

若い兵士が、震える手で通信機を差し出した。

 

本来なら、敵のジャミングと爆音で何も聞こえないはずの受信機。

 

だが、そこから微かに、しかし確かに、あの旋律が流れていた。

 

『……ラララーラ、ララララ~……』

 

男の手が止まる。

 

周囲に座り込んでいた疲れ切った戦士たちが、一人、また一人と顔を上げた。

 

「……聞こえるか」

 

「ああ……。あの、緑の船だ」

 

ノイズ混じりのその歌声。

 

最初は、あの海賊の声だった。

 

だが、すぐにそれは重なり合い、大きなうねりとなっていく。

 

野太い男たちの声。

 

そして──。

 

『……ラララーラ、ララララ~……』

 

高く、澄んだ声。

 

震えながらも懸命に歌う、女たちの声。

 

無邪気に、けれど力強く続く、子供たちの声。

 

「……マリア……」

 

「……坊主……」

 

戦士たちの中から、嗚咽が漏れた。

 

彼らが命を捨てて守ろうとし、そして断腸の思いで海賊船に押し込んだ家族たち。

 

その彼らが今、宇宙(そら)の彼方で歌っている。

 

生きている。

 

あの船は沈まなかったのだ。

 

指揮官は、天井を見上げた。

 

分厚い岩盤と土砂の向こう、遥か頭上を飛び去っていくであろう、傷ついた若葉色の船を思った。

 

「……やり遂げやがったな、キャプテン」

 

彼は、目元を乱暴に拭った。

 

涙ではない。汗だ。そう自分に言い聞かせて。

 

「聞いたか、野郎ども!」

 

指揮官が立ち上がり、声を張り上げた。

 

「俺たちの女房や子供たちは、あの海賊が守り抜いた! ……未来は繋がったんだ!」

 

絶望に沈んでいた地下壕の空気が、一瞬にして爆ぜた。

死を待つだけの場所ではない。

 

ここは今、希望を守り抜いた男たちが、最後の戦いへと挑むための「発射台」となった。

 

「……歌うぞ」

 

誰かが言った。

 

「あの船に届くように。……俺たちはここに残って、最後まで人間として戦ったんだと、あいつらに伝えるために!」

 

「「「おうッ!!」」」

 

地底から響く、男たちの合唱。

 

「ラララーラ、ララララ~……!」

 

彼らは武器を取った。

 

機械化帝国の歩行戦車が、地下壕の扉を破ろうとしている音が聞こえる。

 

だが、もう誰も震えてはいなかった。

 

彼らは知っている。

 

自分たちがここで時間を稼げば稼ぐほど、あの船は遠くへ行ける。

 

自分たちがここで派手に散れば、それが家族の生きる明日への道標になる。

 

「行くぞ! 命を捨てて、俺は生きる! ……それが俺たちの戦いだ!」

 

地下壕のハッチが開く。

 

飛び出していく生身の戦士たち。

 

その背中は、どんな機械化人よりも強靭で、どんな英雄よりも輝いていた。

 

遥か宇宙を往くネオアルカディア号に、その声が届いたかどうかは定かではない。

 

だが、彼らの歌声はアンドラードの風に乗り、永遠に消えることのない「伝説」として、この星の大地に刻み込まれたのだった。

 

 

◇◇◇

 

 

ヘビーメルダーの秘密ドックに、重苦しい金属音と、蒸気の噴き出す音が響き渡った。

 

戻ってきたネオアルカディア号の姿は、出航時のあの瑞々しい若葉色の輝きを失っていた。

 

装甲は捲れ上がり、至る所に焦げ跡が残り、艦底の一部はひしゃげて内部構造が剥き出しになっている。

 

それは、嵐の中を泳ぎ切り、岸に打ち上げられた傷だらけの鯨のようだった。

 

「……おいおい、有明! なんてこった!」

 

ドックに駆けつけた大山トチローは、愛しい我が子を見るような目で、ボロボロになった船体を見上げ、目をひん剥いた。

 

天才技師としての悲鳴。

 

だが、その口が次に紡ごうとした「よくもこんなになるまで」という軽口は、タラップから降りてくる光景を見て、喉の奥で消え失せた。

 

プ、ガン、プシュ、シュー……。

 

半ば故障しかけたハッチが開き、そこから降りてきたのは、煤と油にまみれた有明のハーロック。

 

そして、その背後から怯えるように、しかし縋るようにして付いてくる、数え切れぬほどの女と子供たちだった。

 

「……そうか。お前さん……」

 

トチローは、かけていた眼鏡をずらし、真剣な眼差しで親友を見た。

 

船が傷ついている理由。

 

それは操艦が未熟だったからではない。

 

このか弱い命たちを守るための「盾」として、その身を晒し続けた証なのだと、一瞬で理解したからだ。

 

有明の足取りは重かった。

 

だが、その背筋は鋼が入ったように伸びていた。

 

以前の彼にあった、憧れを演じる若者の軽やかさはない。

 

その瞳には、アンドラードの地下壕に残してきた男たちの決死の覚悟と、彼らから託された命の重みが、暗い炎となって沈殿していた。

 

「……すまない、トチロー。船を、酷使した」

 

有明の声は掠れていた。

 

「馬鹿野郎。……船は直せばいい。だが、命は戻らない」

 

トチローは短く言うと、すぐにドックの整備班に指示を飛ばし始めた。

 

「おい! 医療班を呼べ! 食料と毛布もだ! ……船の修理は後回しだ、まずは客人を休ませろ!」

 

喧騒の中、ドックの奥から歩み寄る一つの影があった。

 

キャプテンハーロックだ。

 

彼は、物言わぬ巨岩のように有明の前に立ち、その隻眼でじっと彼を見つめた。

 

ハーロックの脳裏に、かつての記憶が蘇る。

 

惑星トカーガ。

 

イルミダスの侵略を受け、友であるゾルが命を賭して守ろうとした星。

 

そして、救いきれずに滅びゆくのを見届けるしかなかった、悔恨の記憶。

 

アンドラードもまた、機械帝国の牙にかかった。

 

有明は、その地獄を見てきたのだ。

 

守れなかったものへの無念と、守り抜いたものへの責任。

 

その二つが、男の顔を変えるのだと、ハーロックは誰よりも知っていた。

 

「……辛かったな、有明」

 

ハーロックの低い声が、有明の強張った肩を震わせた。

 

「……俺は、無力だ。……数百人を救うのがやっとだった。あの星には、まだ何万という……」

 

有明が拳を握りしめ、唇を噛む。

 

その姿に、ハーロックは自分自身を重ねた。

 

「全ての命を救えるほど、俺たちは神ではない。……だが、お前が連れ帰ったその数百の命は、間違いなく未来そのものだ」

 

ハーロックは、有明の肩に、バンッと音を立てるほど強く手を置いた。

 

慰めではない。

 

「よくやった」という、戦士への承認。

 

そして、「その痛みを背負って生きろ」という、海賊としての洗礼。

 

「胸を張れ、兄弟。……お前は、立派に旗を守り抜いた」

 

その言葉に、有明の瞳から一筋、堪えていたものが零れ落ちた。

 

だが彼はそれを拭わず、ただ深く頷いた。

 

「……ああ」

 

二人のハーロックの間に流れる、沈痛で、しかし温かい沈黙。

 

トチローが、遠くからその二人を見て、寂しげに、けれど優しく笑った。

 

傷ついた船と、傷ついた男。

 

だが、彼らは決して折れてはいない。

 

ヘビーメルダーの風が、新たな傷を刻んだ戦士たちを、静かに迎え入れていた。

 

 

◇◇◇

 

 

ヘビーメルダーの赤い砂嵐が吹き荒れるガンフロンティア。

 

無法者と流れ者が集うこの荒野の町に、新たな「戦場」が生まれていた。

 

アンドラード星から逃れてきた女たちは、涙を乾かす暇も惜しんで動き出していた。

 

廃材を集めて雨風をしのぐ仮宿を作り、酒場の皿洗いや工場の軽作業など、金になる仕事なら何でも引き受けた。

 

その背中には、託された子供たち──次代の灯が背負われている。

 

「泣くんじゃないよ! 父ちゃんたちは、あんたたちを生かすために戦ってるんだ!」

 

母親の叱咤が飛ぶ。

 

彼女たちは強い。

 

故郷を守るために死地へ残った男たちの覚悟を、無駄にするわけにはいかないのだ。

 

銃を持たぬ彼女たちにとって、この異郷の地で子供を食わせ、育て上げることこそが、機械化帝国に対する最大の「抵抗(レジスタンス)」だった。

 

有明のハーロックは、その様子を遠くから一度だけ見やり、マントを翻した。

 

手助けはしない。資金も渡さない。

 

冷たいようだが、それが海賊の流儀だ。

 

過分な施しは、相手から生きる力を奪う。

 

「自由」とは、誰にも頼らず、自分の足で立つことの厳しさと同義なのだから。

 

「……死ぬなよ。お前たちの戦いは、これからだ」

 

有明は風に言葉を乗せ、背を向けた。

 

 

◇◇◇

 

 

ドックで修復中のネオアルカディア号を離れ、有明はアルカディア号に身を寄せていた。

 

その船尾楼にある艦長室。

 

重厚なマホガニーの壁と、古い書物の匂いに包まれた空間。

 

有明はソファに深く沈み込み、天井を見上げていた。

 

カラン……。

 

静寂を破る氷の音。

 

ミーメが、グラスを差し出していた。

 

「……ありがとう」

 

有明はグラスを受け取る。

 

中身は、いつものワインではない。少し色の濃い、強い酒だ。

 

一口煽ると、薬草のような苦味と、焼けるようなアルコールの熱さが喉を走る。

 

「……苦い?」

 

 ミーメが、竪琴のような静かな声で問う。

 

「ああ。……敗北の味だ」

 

 有明は自嘲気味に笑った。

 

 数百人を救ったとはいえ、アンドラードという星一つを、帝国に明け渡して逃げてきたのだ。

 

その事実が、喉の奥で棘となって刺さっている。

 

「……けれど、あなたは折れていない」

 

ミーメは、有明の隣に腰を下ろし、自分も同じ酒を口にした。

 

「私には分かる。……ハーロックと同じ、決して消えない炎が、あなたの奥底で燃えている」

 

「……買いかぶりだ」

 

有明はグラスを見つめる。

 

「俺は、一度折れた人間だ。……かつて居た世界で、社会という重力に潰され、心を壊した。だからこそ、分かるんだ」

 

有明の脳裏に、2025年の地球での日々がよぎる。

 

孤独、無力感、何のために生きているのか分からない不安。

 

あの灰色の毎日に比べれば、今の「明確な敵」がいる苦しみなど、生きている証のようなものだ。

 

「ここで折れてどうする。……あの時、俺は誓った。キャプテンハーロックとして生きると」

 

有明は、残りの酒を一気に飲み干し、グラスをテーブルに叩きつけるように置いた。

 

「これは逃走ではない。……転進だ。次の戦いに勝つための、休息に過ぎん」

 

瞳に宿る光は、鋭さを増していた。

 

ただ憧れを演じていた頃の、優しげな少年の目はもうない。

 

多くの死を背負い、理不尽な運命を飲み込み、それでも前を向く「男」の目がそこにあった。

 

ミーメは満足げに微笑み、空いたグラスに再び酒を注いだ。

 

「……飲みなさい。傷を癒やすのも、戦士の仕事よ」

 

「ああ。……付き合ってもらうぞ、ミーメ」

 

夜は長い。

 

だが、その闇が深ければ深いほど、男は強く生まれ変わる。

 

有明のハーロックは、苦い酒と共に悔しさを噛み砕き、それを次なる戦いへの燃料へと変えていった。

 

 

◇◇◇

 

 

ヘビーメルダーの赤い砂塵が舞うガンフロンティアの街角。

 

そこには、荒涼とした無法の街には似つかわしくない、しかしどこか懐かしく温かい光景が広がっていた。

 

青白い肌に、少し尖った耳を持つ女たち。そして、その足元を駆け回る子供たち。

 

アンドラード星の民だ。

 

彼女たちは、この粗野な街の一角に身を寄せ合い、懸命に、しかし逞しく生活の根を張り始めていた。

 

風の噂に聞く「緑の海賊船」の武勇伝。

 

「ハーロックが助けてくれた」「ドクロの旗が守ってくれた」

 

女たちの口から漏れる感謝の言葉を、赤いマントの女──クイーン・エメラルダスは、フードの下で静かに聞いていた。

 

(……さて。どちらのハーロックの仕業かしら)

 

答え合わせをするように、彼女は一軒の小さな酒場の扉を押し開けた。

 

店の奥、いつもの定位置。

 

黒いマントを背負い、グラスを傾ける男の背中があった。

 

中身は酒ではない。白い液体、ミルクだ。

 

エメラルダスは、足音もなくその背後に近づく。

 

「……心配性ではなくって? 有明」

 

彼女の指摘は鋭い。

 

ミルクを飲みに来たというのは建前で、本当は窓越しに、あの避難民たちが無事に暮らしているかを見守りに来ていたのだろう。

 

男──有明のハーロックは、振り返りもせずにグラスを揺らした。

 

「……ここの店のミルクが旨いだけさ」

 

その声を聞いて、有明がゆっくりとこちらに視線を向けた時、エメラルダスは一瞬、息を呑んだ。

 

(……変わったわね)

 

以前会った時に感じた、トチローのような無邪気な少年の火。それは消えていない。

 

だが、その瞳の奥には、今や決定的な「影」が落ちていた。

 

数百の命を救い、それ以上の命を見捨てざるを得なかった、指揮官としての苦渋。

 

背負った死の重み。

 

その双眸は、本物のキャプテンハーロックと同じ、深淵なる孤独と覚悟の色を宿していた。

 

「……勇ましくなりましたね。海賊らしく」

 

「海賊だからな。……一杯やれよ」

 

有明がマスターに目配せをする。

 

ドン、とカウンターに置かれたのは、なみなみと注がれたミルクのコップだった。

 

────ッ!?!?

 

店内の空気が凍りついた。

 

荒くれ者たちが、青ざめた顔で視線を交わす。

 

『おい見ろ、あの馬鹿……』

 

『死んだな。赤き魔女にミルクを出すなんて、最大の侮辱だぞ』

 

宇宙広しといえど、クイーン・エメラルダスに「おこちゃまの飲み物」を勧めて、五体満足でいられる者はいない。

 

普通ならば、即座に重力サーベルが閃き、首が飛ぶ場面だ。

 

だが、エメラルダスは怒るどころか、フッと口元を緩め、マントを捌いて有明の隣に腰を下ろした。

 

そして、その白い液体が入ったコップを、優雅な手つきで持ち上げた。

 

「……貴方の見立ても、悪くないわ」

 

彼女は一口、その生命の源を喉に流し込む。

 

この乾いた星で、明日を生きようとする母子の強さを象徴する味。

 

「それは重畳だ」

 

有明もまた、自分のグラスを掲げ、カチンと小さく音を立てて合わせた。

 

荒くれ者たちは、呆気にとられてその光景を見つめるしかなかった。

 

彼らには分からないだろう。

 

今、このカウンターで交わされているのは、単なる飲み物ではない。

 

「同じ旗の下に生きる者」としての、魂の盟約なのだと。

 

エメラルダスは、横目で有明の横顔を見つめた。

 

(ハーロックの強さと、トチローの優しさ……。貴方は本当に、不思議な男)

 

想い人の親友であり、共に戦う戦士。

 

有明のハーロックは、彼女にとっても既に、背中を預けられる数少ない「戦友」の一人となっていた。

 

 

◇◇◇

 

 

ヘビーメルダーの地下ドック。

 

そこに横たわるネオアルカディア号の姿は、まさしく満身創痍だった。

 

竜骨にまで達する亀裂、焼け落ちた装甲、溶解した回路。

 

常識的な判断を下すなら、「廃船」にして新しい船を造った方が、コストも時間も掛からないレベルの損傷だ。

 

だが、この船はただの乗り物ではない。

 

有明のハーロックと、AIトチローの「魂の器」だ。

 

そして、生身の大山トチローにとっても、異界の親友のために手掛けた、愛すべき「息子」なのだ。

 

「……手間ァかけさせやがって。だが、見捨てはせんぞ」

 

トチローは、油にまみれた顔でニカっと笑い、愛用のスパナを握りしめた。

 

彼の号令一下、ヘビーメルダー中の整備アンドロイドや、腕利きのメカニックたちが総動員される。

 

ハンマーの音、溶接の火花。

 

それは昭和の町工場を巨大化させたような、熱気と人情に溢れた光景だった。

 

だが、そのアナログな熱気の中に、突如として異質な「風」が吹き込んだ。

 

『……やれやれ、相棒。そのやり方じゃあ、日が暮れるどころか年が明けちまうよ』

 

艦内スピーカーから、AIトチローの呆れたような、しかし自信に満ちた声が響く。

 

「なんだと? 機械帝国の最新修復ドックだって、これ以上のスピードは出せんぞ!」

 

『だからさ、発想が古いんだよ。……見てな』

 

直後、ネオアルカディア号の各所に設置されたメンテナンスハッチが、一斉に開放された。

 

ブオオオオオオン……!

 

低い羽音のような駆動音と共に、ハッチから飛び出したのは、黒い雲──ではない。

 

サッカーボールほどのサイズをした、無数の球体ドローンだった。

 

その数、数万基。

 

量産という概念を超越した、圧倒的な物量の「群れ」が、傷ついた船体を覆い尽くした。

 

「な、なんじゃこりゃあ!?」

 

トチローが目を剥く。

 

ドローンたちは、まるで意思を持ったアメーバのように船体の亀裂に潜り込み、それぞれのアームからレーザーを出し、ナノマシンを散布し、驚異的な速度で修復作業を開始した。

 

『この世界のメカは凄いよ。波動エンジンに重力制御、次元航行……出力も装甲強度も、俺の知る21世紀の地球とは比べ物にならない』

 

AIトチローが解説する。

 

『でもな、運用思想が妙に「人間臭い」というか……古風なんだよ。壊れたらハンマーで叩いて直す、みたいなさ』

 

松本零士が描いた未来。それは、計器の針が振れ、レバーをガチャンと引く、重厚長大でアナログな感触を残した「レトロフューチャー」だ。

 

そこにはロマンがある。だが、効率という点では、令和のAIから見れば「伸びしろ」だらけだった。

 

『だから、ブラッシュアップさせてもらった。……このドローンたちを動かしているのは、ただのプログラムじゃない』

 

ドローンの一つ一つが、生き生きと動き回る。

 

ある機体はエンジンの配管を器用に繋ぎ合わせ、ある機体は装甲板の裏側から精密な溶接を行う。

 

『……聞こえるかい? 彼らの声を』

 

トチローが耳を澄ますと、ドローンの駆動音に混じって、楽しげなざわめきが聞こえた気がした。

 

『わしの家じゃ! 綺麗に直すぞ!』

 

『ここは俺が食い止める! ……って、もう戦闘は終わったか。なら壁紙の張り替えだ!』

 

『キャプテンの座る椅子は、私がふかふかに直しておきますわ!』

 

それは、2025年の地球から旅立ち、肉体を失った後、この船の中枢コンピューターに宿った「かつての少年少女たち」の魂だった。

 

彼らにとって、ネオアルカディア号は自分自身の身体であり、愛すべき我が家。

 

AIトチローが用意した無数のドローンという「手足」を得て、彼らは嬉々として修復作業に勤しんでいるのだ。

 

「……魂の、クラウドソーシングってやつか」

 

トチローは、呆然としながらも、感心したように口笛を吹いた。

 

「すげえな……。何万ものドローンを、個別の意志で統率してやがる。こっちじゃ思いつきもしなかった発想だ」

 

『未来はきっとこうなるだろう、って描かれた世界に、実際の未来の知識を持ち込めば……こうなるのさ』

 

松本零士世界の超科学素材とエネルギー機関。

 

そこに、令和の知識(スワーム・ロボティクス、分散処理、3Dプリンティング)を掛け合わせる。

 

結果生まれたのは、自己修復能力を持つに等しい、驚異のメンテナンスシステムだった。

 

「……参ったな。こりゃ、俺の出番はないか?」

 

トチローが苦笑いすると、有明のハーロックが背後から現れ、その肩を叩いた。

 

「そう腐るな、トチロー。……細かい作業は彼らに任せればいいが、エンジンの『魂』を入れる仕上げは、やはりお前のハンマーが必要だ」

 

「へへっ、違いない!」

 

数万のドローンが、光の粒のように船体を修復していく幻想的な光景。

 

その下で、二人のトチロー──生身の天才と、電子の天才は、互いの技術を認め合い、ニヤリと笑い合った。

 

ネオアルカディア号は、以前よりも強く、そして賢く生まれ変わろうとしていた。

 

昭和のロマンと、平成の効率と令和の英知。

 

そのハイブリッドが生み出す力は、この星の海の常識すらも覆そうとしていた。

 

 

 

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