有明のハーロック   作:星乃 望夢

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海賊国家船団・有明
第19話


 

星の海の若者たちは、夜空を見上げて憧れを語らう。

 

かつては、ただの暗闇と恐怖の象徴でしかなかった宇宙。

 

だが今は違う。そこには、自由を体現する三つの巨大な「背中」があるからだ。

 

孤高なる宇宙海賊キャプテンハーロック。

 

さすらいの女海賊クイーン・エメラルダス。

 

そして、数多の魂を束ねる有明のキャプテンハーロック。

 

彼らの名を聞くだけで、虐げられた人々の胸に希望の灯がともる。

 

とりわけ、「有明海賊船団」の威容は、銀河の常識を覆すものとなっていた。

 

旗艦ネオアルカディア号を中心に、大小様々な宇宙船が連なるその光景は、もはや海賊団という枠を超え、一つの移動国家、あるいは巨大な「家族」のようだった。

 

そこには、肌の色の違う異星人がいる。

 

迫害から逃れたアンドロイドがいる。

 

そして、心ある機械化人さえもが、生身の人間と肩を並べて働いている。

 

機械帝国やゾアーク帝国は、恐怖とシステムで他者を支配する。

 

だが、有明のハーロックは違う。

 

彼は、誰一人として強制しない。

 

「乗りたければ乗れ。降りたければ降りろ」。

 

だが、降りる者はいない。

 

なぜなら、彼らは「自由の旗」という、何よりも強く、何よりも尊い信念の(きずな)で繋がれているからだ。

 

「……聞こえるか。あの歌が」

 

戦火に焼かれる惑星の空から、野太く、そして温かい合唱が降り注ぐ。

 

『ラララーラ、ララララ~、ラララーラ、ララララ~……』

 

本来の歴史ならば、そう遠くない未来、惑星ラーメタルの地下で密やかに歌われるはずだった悲劇のパルチザンの歌。

 

だが、この時空において、それは「自由と誇り」の歌へと昇華されていた。

 

その歌声と共に、若草色の巨艦が現れる。

 

続いて、継ぎ接ぎだらけだが手入れの行き届いた無数の船が、一斉に砲門を開く。

 

彼らは、機械帝国が奪おうとする「命」を守るために、自らの命を燃やす。

 

「……助けてくれ! 俺たちには力がない!」

 

そんな弱者の叫びを、有明は決して無視しない。

 

ハーロックやエメラルダスが、その圧倒的な「個」の力で、「男なら一人で立て」と背中で語る昭和の美学の体現者であるならば。

 

有明のハーロックは、「一人で立てぬなら、俺たちが支えてやる。手を取り合えば立てるはずだ」と語りかける、平成・令和の魂を持つリーダーだ。

 

彼は知っている。自分の弱さを。

 

かつて社会に押し潰されそうになった自分を。

 

だからこそ、彼は他者に助けを求めることを恥じないし、他者の助けになることを喜びとする。

 

「俺は一人では、船一つ動かせん。……だが、お前たちがいてくれれば、銀河だって救える」

 

その船団長の言葉に、クルーたちは涙し、奮い立つ。

 

来る者は拒まず、去る者は追わず。

 

だが、この船団を去る時があるとすれば、それは星の海に散り、魂となってネオ・アルカディア号の一部となる時だけだ。

 

「……行くぞ、野郎ども! 歌え! 命の限り!」

 

有明の号令で、大船団が動く。

 

その航跡は、天の川のように美しく、そして何者にも縛られない自由の輝きを放っていた。

 

彼らは今日も往く。

 

終わりなき旅路を、友と共に。

 

 

◇◇◇

 

 

トレーダー分岐点。

 

銀河の星々を結ぶ鉄路が交差し、あらゆる情報と物資、そして欲望が渦巻く宇宙の大ステーション。

 

その惑星ヘビーメルダーの赤い空を覆い尽くすように、巨大な影が落ちる時がある。

 

港湾管理区画のレーダー担当者が、呆れたように、しかしどこか安堵したようなため息をつく瞬間だ。

 

「……また来たか。入港許可は出せんぞ、数が多すぎる」

 

上空に停泊するのは、若葉色の巨艦ネオ・アルカディア号を旗艦とする、有明海賊船団。

 

正規の港には到底収まりきらないその大船団は、衛星軌道上で威圧的なまでの陣形を組み、静かに「親分」の帰りを待っている。

 

機械帝国の駐留軍も、地球連邦の連絡官も、彼らに手出しはしない。

 

いや、できないのだ。

 

かつて、ゾアーク帝国の侵攻から太陽系を守ったのは、他ならぬこの海賊だった。

 

連邦軍の記録には、彼らを「敵性勢力」と認定し、先に攻撃を仕掛けたのは連邦側であるという、抹消したい汚点が残っている。

 

その上で助けられたのだ。面目丸潰れどころの話ではない。

 

それに加え、うかつに手を出せば、旗艦一隻に艦隊ごと消し飛ばされる。

 

だから彼らは、見て見ぬふりをする。

 

「あれは蜃気楼だ」「センサーの誤作動だ」と自分に言い聞かせて。

 

だが、形式上の賞金だけは跳ね上がっていく。

 

機械帝国の支配領域が広がるにつれ、その喉元に突き刺さった骨である有明のハーロックの首には、天文学的な数字が積まれていく。

 

当の本人は、そんな大人の事情などどこ吹く風だ。

 

ガンフロンティアのいつもの酒場。

 

カウンターの隅で、有明のハーロックは、どんぶり鉢から立ち上る湯気を愛おしげに見つめていた。

 

「……やはり、ヘビーメルダーの蕎麦は出汁が効いている」

 

「違いないや。合成食じゃ、この『醤油』の焦げたような香りは出せねえ」

 

隣で箸を割るのは、生身の大山トチロー。

 

宇宙最強の船団長と、伝説の天才技師が並んで蕎麦を啜る。

 

その背中には、数億クレジットの賞金が懸かっているというのに、彼らの周りだけは昭和の立ち食い蕎麦屋のような平和な空気が流れていた。

 

「……しかし、また賞金が上がったな、有明」

 

トチローが、壁に貼られた手配書を顎でしゃくる。

 

「……フッ。勲章代わりさ」

 

有明は蕎麦を啜り終え、茶を飲んだ。

 

「俺たちは、法を犯している。それは事実だ」

 

機械化帝国の貴族から金塊を奪い、ゾアーク帝国の補給船を襲って物資を強奪する。

 

やっていることは、紛れもなく強盗であり、略奪だ。

 

だが、その略奪品は、貧しい星の民に配られ、船団の維持に使われ、そして何より「自由」を守るための弾薬となる。

 

「強きを挫き、弱きを助ける。……古い言葉だが、それが海賊(俺たち)の正義だ」

 

有明は、空になったどんぶりを置き、代金代わりのコインをカウンターに置いた。

 

「行くぞ、トチロー。……腹も膨れた。次は、いい酒を置いているという噂の星へ行くか」

 

「へへっ、賛成だ! ネオアルカディア号の連中も、喉を鳴らして待ってるぜ」

 

店を出る二人の背中を、荒くれ者たちが敬畏の眼差しで見送る。

 

彼らは知っている。

 

この男たちが、ただの無法者ではないことを。

 

星の海のロマンを追い求め、誰よりも自由に生き、そして自由を踏みにじる奴がいれば、相手が神だろうと悪魔だろうと喧嘩を売る。

 

それが、有明海賊船団。

 

現代の銀河に蘇った、最強にして最後の「ロマンチスト」たちの群れなのだ。

 

 

◇◇◇

 

 

ネオ・アルカディア号の広大な食堂。

 

そこは、食事の場であると同時に、世代を超えたクルーたちが議論を交わす広場でもあった。

 

「……なぁ、爺さん。ここまでの大船団なら、機械化帝国を滅ぼせるんじゃないか?」

 

一人の若きクルーが、高揚した面持ちでそう呟いた。

 

彼は平成生まれ。この船に乗ってから多くの戦いを経験し、機械化人による理不尽な支配と、生身の人間への蔑視を目の当たりにしてきた。

 

昨日までは良い隣人だった者が、機械の体を手に入れた途端、選民意識を剥き出しにし、貧しい生身の人間に唾を吐く。

 

そんな「心の腐敗」を見るたび、若者の義憤は募っていたのだ。

 

「奴らはもう、人間じゃない。……早いとこ叩き潰した方が、宇宙のためだろ?」

 

若者の言葉に、周囲の若いクルーたちも同意するように頷く。

 

今の有明海賊船団の戦力なら、局地戦だけでなく、帝国の拠点を次々と落とすことも不可能ではない、と。

 

ゴツンッ!

 

乾いた音が響いた。

 

向かいに座っていた白髪の老兵が、愛用の湯呑みを持つ手とは逆の手で、若者の頭を小突いたのだ。

 

「いってぇ! 何するんすか!」

 

「……アホ」

 

老兵は短く吐き捨て、渋いお茶を啜った。

 

その瞳は、かつて昭和の時代に「戦争」というものの虚しさを、あるいはその物語を骨の髄まで知っている者の色をしていた。

 

「いいか、若造。……あいつらはな、放っておいても勝手にくたばる運命(さだめ)なんじゃ」

 

「は? くたばるって……あいつら、永遠の命だろ?」

 

「永遠なんぞ、この宇宙にありはせんよ」

 

老兵は遠くを見るような目をした。

 

彼は知っているのだ。この世界の「未来」を。

 

『さよなら銀河鉄道999』で描かれた、機械帝国の末路を。

 

「……いずれ来る。『サイレンの魔女』がな」

 

「サイレンの……魔女?」

 

「ああ。宇宙を彷徨い、生命のエネルギーを喰らう巨大な闇じゃ。……機械帝国の首都、惑星大アンドロメダはな、その欲望のままに機械エネルギーを高めすぎた。それが呼び水となって、魔女に喰われるんじゃよ」

 

老兵は淡々と語る。

 

首都星の崩壊。それは即ち、全宇宙の機械化人たちの生命線である「魂のカプセルエネルギー」の供給が絶たれることを意味する。

 

「エネルギーを絶たれた機械化人は、ただの鉄屑になるか、あるいはかつての人間としての心を思い出して絶望するか……。どちらにせよ、緩やかな滅びが待っておる」

 

若者たちは息を呑んだ。

 

「じゃあ、俺たちは何もしなくていいってことですか?」

 

「違う。……だからこそ、俺たちは『救う戦い』をするんじゃ」

 

老兵は、若者の目を真っ直ぐに見据えた。

 

「機械化人の大半はな、自分が食っているカプセルが、生身の人間の魂だなんて知らんのじゃ。……ただ、死ぬのが怖くて、病気が怖くて、機械の体という甘い言葉に乗っただけの、哀れな連中じゃよ」

 

一般市民、労働者、あるいは子供たち。

 

彼らは、支配者層の欺瞞に踊らされているに過ぎない。

 

「それを、十把一絡げに殲滅してみろ。……それは戦争じゃない。虐殺じゃ」

 

老兵の言葉が重く響く。

 

かつての少年たちが憧れたハーロックやトチロー、そして鉄郎は、決して無益な殺生を好まなかった。

 

巨悪は討つが、それに従わざるを得なかった弱者には情けをかける。

 

それが、松本零士の描く「男の美学」だ。

 

「俺たちの仕事は、魔女が来るその日まで、一人でも多くの『命』を守ること。……そして、帝国が滅んだ後、路頭に迷う連中に『ざまあみろ』と言うのではなく、手を差し伸べてやれるだけの余裕を持つことじゃ」

 

「……じいさん」

 

若者は頭をさすりながら、しかし憑き物が落ちたような顔で頷いた。

 

「……そっか。虐殺をしに来たんじゃなかったな、俺たち」

 

「分かればよろしい。……ほら、茶でも飲め」

 

老兵が急須を傾ける。

 

有明のハーロックは、そのやり取りを少し離れた席で聞きながら、満足げにグラスを揺らした。

 

未来を知っているからこそ、急がない。

 

未来を知っているからこそ、今、目の前の命を慈しむ。

 

それが、このネオアルカディア号の流儀だ。

 

「……待っていろ、サイレンの魔女よ。お前が来るまで、この宇宙の灯火は俺たちが守り抜く」

 

有明は心の中でそう呟き、静かにワインを飲み干した。

 

 

◇◇◇

 

 

有明海賊船団はおおよそ10万隻、総人口約1億人。

 

それはもはや、一つの星系を焦土に変えることすら可能な、巨大な軍事力であり、同時に膨大な胃袋と生活を抱えた「移動国家」だった。

 

ネオ・アルカディア号のメインスクリーンに映し出される船団の全容は、壮観を通り越して、ある種の恐怖すら感じさせる。

 

大型の貨物船や戦艦の周囲に、無数の小型船がコバンザメのように張り付き、あるいはチューブで連結され、即席の居住区を形成している。

 

それは、かつてのアニメ『超時空要塞マクロス』で描かれた移民船団の初期段階を彷彿とさせた。

 

「……キャプテン。これ、もうマクロス船団ですよ」

 

参謀の一人の若者が、呆れと興奮の入り混じった声で呟く。

 

「食料班からの報告、今日の消費カロリーは天文学的数字です。……各船の連携も限界に近い。いつかパンクします」

 

「……違いない」

 

有明のハーロックは、グラスを揺らしながら頷いた。

 

これまでは、各船団のリーダーたちが昔ながらの「シマの論理」で現場を回していた。

 

だが、1億人という規模は、平成の日本の総人口に匹敵する。

 

それを「阿吽の呼吸」や「義理人情」だけで統治するのは、物理的に不可能だ。

 

「役割分担を明確にする。……戦闘、生産、居住、そして娯楽。機能を特化させた艦種を再編し、有機的に結合させる」

 

有明は決断した。

 

ゾアーク帝国が内乱で分裂し、機械帝国がその火消しと侵略に追われている今こそ、千載一遇の好機。

 

「進路、惑星ヘビーメルダー! ……あそこの衛星軌道を借りて、俺たちの『国造り』を行う!」

 

 

◇◇◇

 

 

惑星ヘビーメルダー。

 

宇宙の十字路、トレーダー分岐点。

 

その赤茶けた空を、有明海賊船団が覆い尽くした時、地上の住人たちは「夜が来た」と錯覚した。

 

10万隻の威容。 

 

だが、彼らは略奪に来たのではない。

 

莫大な資金(これまでの海賊稼業で得た機械帝国やゾアーク帝国の貴族の隠し財産など)を投じ、ヘビーメルダーの物資と技術を「爆買い」しに来たのだ。

 

「鉄、希少金属、食料プラント、浄水システム! あるだけ売れ! 金なら払う!」

 

海賊たちの豪快な商談に、ヘビーメルダーの商人たちは嬉しい悲鳴を上げた。

 

そして、衛星軌道上では、前代未聞の大改装工事が始まった。

 

【第一船団:戦闘艦隊】

アンドラード星の歴戦の勇士たちを中心とした、船団の矛と盾。

 

鹵獲した機械化帝国の戦艦を徹底的に改造し、アルカディア号の指揮下で一糸乱れぬ艦隊運動ができるよう、データリンクを強化。

 

彼らは外縁部に配置され、常に外敵に目を光らせる。

 

【第二船団:工業・工作艦隊】

トチロー(AIおよび生身)の設計図を基に、資源採掘艦や工場艦を再編。

 

資材さえあれば、弾薬から日用品、さらには新しい宇宙船まで自給自足できる「動く工廠」だ。

 

ここでは、手先の器用な機械化人や、職人肌のアンドロイドたちが腕を振るう。

 

【第三船団:農業・食料生産艦隊】

巨大な貨物船を改造し、人工太陽灯を用いたバイオプランテーションを建設。

 

新鮮な野菜、穀物、そして合成ではない肉や魚を生産する。

 

「新鮮なミルクが飲みたい」というキャプテンの我儘から始まったグルメへの執着は、いまや1億人の胃袋を満たすための国家プロジェクトとなった。

 

【第四船団:居住・都市艦隊】

そして、最も重要なのがここだ。

 

戦いだけが人生ではない。

 

家族が暮らし、子供が学び、恋人たちが語らう場所。

 

学校があり、病院があり、公園があり、そして赤提灯の居酒屋がある。

 

複数の大型移民船を連結させ、重力制御で擬似的な「街」を作り上げた。

 

「……まさかな。本当にマクロス・シティ船団を作れるとは」

 

工事完了後の視察。

 

有明のハーロックは、居住艦のストリートを歩きながら、感嘆の声を漏らした。

 

頭上には人工の空が広がり、子供たちの笑い声が響く。

 

ここはもう、薄暗い船倉ではない。

 

人々が「生活」を営む、安息の地だ。

 

『やれやれ、海賊の親分が市長になるとはねえ』

 

スピーカーから、AIトチローがからかうような声を出す。

 

「……市長ではない。俺はあくまで、この船団の旗印だ」

 

有明は、広場の中央に掲げられた巨大な「髑髏の旗」を見上げた。

 

「ここは国家だが、国境もなければ税金もない。……あるのは、『自由のために共に生きる』という契約だけだ」

 

海賊国家船団・有明。

 

それは、いずれ訪れる『さよなら銀河鉄道999』の時代──機械化人と生身の人間との最終戦争において、人類側にとっての最大の希望、そして「最後の砦」となるべき存在の産声だった。

 

ヘビーメルダーの地表では、機械化人の支配に対する反発が日増しに強まっている。

 

近い将来、トレーダー分岐点の駅が破壊されるほどの激しい内乱が勃発するだろう。

 

だが、その時が来ても、この宇宙には有明海賊船団がいる。

 

「……準備は整った」

 

有明はマントを翻し、ネオ・アルカディア号へと戻る。

 

1億の民を乗せた巨大な箱舟は、ヘビーメルダーの重力圏を離れ、再び星の海へと漕ぎ出す。

 

その航跡は、かつてないほど太く、そして力強く、銀河の歴史に刻まれようとしていた。

 

 

◇◇◇

 

 

海賊国家船団・有明。

 

その中核を成す行政艦の窓口には、今日も長蛇の列ができていた。

 

「はい、次の方。……出身は?」

 

「アンドラード星です。家も、家族も……全て失いました」

 

「分かった。今日からここが、あんたの故郷だ」

 

手渡されるのは、ICチップが埋め込まれた一枚のカード。

通称「有明ナンバーカード」。

 

平成・令和の日本行政を知る有明のハーロックが導入した、この船団における住民票であり、身分証明書であり、そして食料配給や給与を受け取るための命綱だ。

 

星を追われ、帰る場所を失くした人々にとって、そのプラスチックのカードは単なる事務用品ではない。

 

「お前はここにいていい」と承認された、生存の許可証だった。

 

だが、この国は甘くはない。

 

艦内のいたるところに掲げられたスローガンは、簡潔にして絶対だ。

 

『働かざる者、食うべからず』。

 

それは冷酷な切り捨てではない。

 

1億人もの人間が、限られた資源の中で宇宙を漂流して生きるための、最低限のルールだ。

 

教師は子供を教え、医師は病を治し、職人は鉄を打ち、料理人は鍋を振るう。

 

戦闘員だけが偉いわけではない。

 

この巨大な社会を維持する全ての歯車が、等しく尊い「乗組員」なのだ。

 

そして、法と秩序。

 

この船団には、明確な法律が存在する。

 

ベースとなったのは、有明の故郷である21世紀日本の法律だ。

 

基本的人権の尊重、法の下の平等。

 

人間だろうが、機械化人だろうが、アンドロイドだろうが、この船団内において盗みを働けば逮捕され、殺しを犯せば裁かれる。

 

「おい、俺は機械化人だぞ! 生身の人間ごときに!」

 

「黙りなさい! 有明法第14条、種族による差別は禁止されています!」

 

「っ、ぐ、す、すまん…。つい、昔の癖で、な」

 

「言い訳は署で聞く。いくぞ」

 

元パルチザンの屈強な男たちが務める「警察隊」が、差別意識を振りかざす者を容赦なく取り締まる。

 

「自由」とは「無秩序」ではない。

 

他者の自由を侵害しないという責任を果たして初めて、己の自由が保障される。

 

その理屈が、この多種族混成国家を奇跡的にまとめ上げていた。

 

だが──。

 

その「法」の適用範囲が、船団の外へ向いた瞬間、彼らは豹変する。

 

「……前方、機械化帝国貴族の遊覧船を確認。生体反応多数……人間狩りの帰りか」

 

ネオ・アルカディア号の艦橋で、報告を聞いた有明のハーロックは、獰猛な笑みを浮かべた。

 

「……よろしい。法の守護者たる警察業務はここまでだ」

 

彼はマントを翻し、全艦隊へ号令する。

 

「ここからは海賊の時間だ! ……野郎ども、仕事にかかれ! 悪党の金庫を空にして、捕らわれた同胞を解放しろ!」

 

その瞬間、善良な市民の顔をしていた船団が、飢えた群狼へと変わる。

 

戦闘艦が包囲し、強襲揚陸艇が食らいつく。

 

彼らにとって、人間の尊厳を踏みにじる外道から奪うことは、正義の執行であり、同時に国家予算の獲得手段(ビジネス)なのだ。

 

内には規律を、外には牙を。

 

この二面性こそが、有明海賊船団の強さだった。

 

 

◇◇◇

 

 

船団の最後尾、入国管理ゲート。

 

そこには、常に船団への合流を希望する船が列を成している。

 

だが、その門は狭く、そして厳しい。

 

「……お引き取り願おう」

 

入管審査官を務める老兵が、冷淡に告げた。

 

目の前にいるのは、小金を持った商人の船だ。

 

「な、なぜだ! 入国料なら払うぞ! 金ならあるんだ!」

 

「金の問題ではない」

 

老兵は、相手の目を射抜くように見つめた。

 

「あんたの目だ。……あんたは、この船団を『安全な隠れ家』だと思っているだろう? 帝国の税金から逃れ、楽をして暮らしたいだけの豚の目をしている」

 

「なっ……!」

 

「我々の国は、海賊国家だ。……明日の命も知れぬ戦場へ、共に飛び込む覚悟がある者しか受け入れん」

 

老兵は、背後の巨大なドクロの旗を指差した。

 

「あの旗の意味が分からん奴に、席はない。……おかえりはあちらだ」

 

追い返される商船。

 

一方で、ボロボロの服を着た脱走奴隷や、信念のために故郷を捨てた若者たちは、何も持っていなくとも歓迎される。

 

「ようこそ、友よ。……君の仕事はこれから探せばいい。まずは、腹いっぱい食え」

 

甘い蜜を吸いに来た虫は弾き、魂を共有できる同志だけを受け入れる。

 

その厳格な選別があるからこそ、1億人の巨大組織になっても、その熱量と純度は保たれている。

 

船団の中心。

 

若葉色の輝きを放つネオアルカディア号。

 

その姿は、この過酷な宇宙において、人々が夢見た「理想郷(アルカディア)」そのものとして、今日も星の海を堂々と進んでいく。

 

有明のハーロックは、増え続ける「国民」たちの生活と命を背負いながら、それでも不敵に笑うのだ。

 

「……国造りも悪くない。だが、俺たちの本質はあくまで『海賊』だ。……忘れるなよ、トチロー」

 

『分かっているとも! ……退屈しなくて最高さ!』

 

自由と責任、そしてロマン。

 

それらを詰め込んだ巨大な箱舟は、銀河の荒波を越えていく。

 

 

 

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