有明のハーロック   作:星乃 望夢

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第20話

 

ネオアルカディア号の艦長室。 

 

窓の外には、10万隻の艦艇が天の川のように連なる、壮大な光の帯が広がっている。

 

その光景を眺めながら、スピーカー越しのAIトチローが、愉快そうに軽口を叩いた。

 

『しっかし、船団国家とはねえ。……これだけの大所帯だ。いっそ手頃な無人惑星でも開拓して、本当の「国」でも作ってみるかい?』

 

トチローの言葉に、有明のハーロックはグラスを揺らす手を止め、鼻で笑った。

 

「……よせ。それは面倒だ。何より、海賊らしくない」

 

『カッカッカッ! 違いない!』

 

スピーカーから、小気味よい笑い声が弾ける。

 

「星は狭い。……そして、窮屈だ」

 

有明は、かつて自分が生きていた2025年の地球を思い出す。

 

国境という線引き、土地の奪い合い、逃げ場のない閉塞感。

 

一度、大地に根を下ろしてしまえば、そこを守るために壁を作り、外を拒絶し、やがて内側から腐っていく。

 

そんな「重力」に縛られるのが嫌で、俺たちはあの夜、アルカディア号に乗ったのだ。

 

「それに……俺たちの『戦術』にとっても、定住は悪手だ」

 

有明は、鋭い眼差しで宇宙の深淵を見据えた。

 

『サイレンの魔女、だな?』

 

「ああ。……奴は、限定空間で高まったエネルギーに引き寄せられる」

 

機械化帝国の首都・惑星大アンドロメダが辿る運命。

 

星という閉じた空間に、過度な文明とエネルギーを集中させれば、それは宇宙を彷徨う巨大な捕食者にとって、格好の餌場となる。

 

だが、この海賊国家船団はどうだ。

 

人口が増えれば、船を継ぎ足せばいい。

 

国土が足りなければ、空間へ広げればいい。

 

決まった場所に留まらないからサイレンの魔女の標的にもなり難い。

 

「流れる水は腐らない。……俺たちは、宇宙という海流に乗って漂うからこそ、清浄で、そして強靭でいられる」

 

星から星へと渡り歩き、疲れたら一時の錨を下ろす。

 

補給し、現地の風を浴び、また次の星へ。

 

そのサイクルこそが、生命として最も自然で、そして何よりも「自由」な在り方だ。

 

『流石だな、親友。……俺も、地面の上より、このエンジンの振動の上の方が落ち着くよ』

 

「…フッ。奇遇だな、俺もだ」

 

有明は、残りのワインを喉に流し込む。

 

この船団は、どこにも辿り着かない。

 

永遠に旅を続けることこそが、目的そのものなのだから。

 

「行くぞ、トチロー。……次の星が、俺たちを呼んでいる」

 

ネオアルカディア号が、ゆっくりと回頭する。

 

それに続き、10万隻の光の群れが、大河のように動き出す。

 

陸に永住の地を求めず、ただ星の海に骨を埋める覚悟を決めた、誇り高き放浪者たち。

 

その旅路は、今日もまた、果てしなく続いていく。

 

 

◇◇◇

 

 

海賊国家船団・有明──。

 

その名は、今や星の海において「移動する惑星ヘビーメルダー」の異名で知られるようになっていた。

 

何でも揃う自由交易都市。

 

だが、惑星ヘビーメルダーと決定的に違うのは、その治安の良さだ。

 

入国審査は、ある意味で緩い。「法を守る気があるか」それだけだ。

 

だが、その後の監視と、法を犯した際の処罰は、海賊流に苛烈を極める。

 

「観光客を装って違法ドラッグを売り捌こうとした商人が、荷物ごとエアロックから排出されたらしいぞ」

 

「慈悲なしかよ」

 

「当たり前だ。あの船団は『人間の尊厳』を汚す奴には容赦しねえんだ」

 

そんな噂が広まるにつれ、薄汚い小悪党たちは姿を消し、代わりに「本物」たちが集まるようになった。

 

本物の土で育てた野菜、本物の海水で泳がせた魚。

 

合成食に飽き飽きした宇宙の旅人たちにとって、そこは食の聖地でもあった。

 

そして、その頂点に立つ美食家、クイーン・エメラルダスもまた、この船団の常連となっていた。

 

彼女の愛機クイーン・エメラルダス号が、旗艦ネオアルカディア号に堂々と横付けされる。

 

この特等席が許されるのは、キャプテンハーロックと彼女だけだ。

 

 

◇◇◇

 

 

ネオアルカディア号、艦長室の奥にあるプライベート・キッチン。

 

湯気が立ち上る丼を前に、エメラルダスは静かに箸を運んでいた。

 

「……いい出汁ね」

 

具はネギだけの、シンプルな素うどん。

 

だが、透き通った黄金色のつゆは、昆布と鰹節の芳醇な香りを放ち、喉を通るたびに身体の芯を温める。

 

「もう少し昆布を寝かせた方が良かったかもしれんがな」

 

割烹着……ではなく、黒いマント姿のまま腕組みをする有明のハーロックが、職人のような顔で呟く。

 

彼にとって、食は妥協できないエンターテインメントだ。

 

エメラルダスはうどんを啜りながら、窓の外──船団の中央を走る軌道を見やった。

 

「銀河鉄道まで乗り入れるなんて。……いったいどんな魔法を使ったのかしら? 有明」

 

そこには、漆黒の宇宙空間に敷設された光のレールの上を、煙を吐いて走る蒸気機関車の姿があった。

 

「魔法ではない。……ウチで用意した列車だ。銀河鉄道管理局にも登録されている。ヘビーメルダーとだけやり取りをしているローカル線だがな」

 

有明は事も無げに言う。

 

だが、海賊が私鉄を持つなど前代未聞だ。

 

それを実現させたのは、彼の中に眠る「鉄道少年」の情熱と、船団の技術力だった。

 

C62-50『QQQ号』。

 

999(スリーナイン)をもじったその客車は、銀河各地からこの船団のグルメや娯楽を求める観光客を運んでくる。

 

C62-49『XYZ号』。

 

「後がない」「これで終わり」という意味を持つスイーパーへの依頼記号を冠した貨物列車は、船団の工芸品を外へ運び出し、莫大な富と物資を持ち帰る。

 

「……QQQに、XYZ、か」

 

エメラルダスは呆れたように、しかし楽しげに微笑んだ。

 

「貴方の中の少年たちは、本当に遊び心が尽きないのね」

 

「フッ、遊び心だけではないさ」

 

有明はニヤリと笑う。

 

その列車には、各車両に2両ずつ、重武装の装甲車が連結されている。

 

銀河鉄道管理局の精鋭「空間鉄道警備隊(SDF)」のビッグワンを模した、過剰なまでの自衛装備だ。

 

海賊の列車を襲おうとする命知らずがいれば、46センチ砲の餌食になるだけだ。

 

「またしばらく見ない間に、おかしな男になりましたね」

 

エメラルダスは丼を空にし、満足げに箸を置いた。

 

「……群れには群れなりのやり方があるだけさ」

 

有明は立ち上がり、冷蔵庫から一本の瓶を取り出した。

 

中身は、白く濃厚な液体。

 

船団の牧場艦で、今朝搾られたばかりの特濃ミルクだ。

 

二つのグラスに注ぎ、片方をエメラルダスへ差し出す。

 

「一杯やれよ。……今朝の搾りたてだ」

 

繊細な出汁の味わいを邪魔せぬよう、食事中は水で通し、食後に濃厚なミルクで締める。

その配慮。

 

エメラルダスはグラスを受け取り、白き液体を見つめた。

 

「……目利きは、変わっていないようね」

 

彼女は一口、そのコクのある甘みを味わう。

 

機械化人が支配するこの冷たい宇宙で、これほどまでに生命力に溢れた味が、他にあるだろうか。

 

「……合格よ、有明」

 

「それは重畳だ」

 

二人の海賊は、静かにグラスを掲げ合った。

 

言葉はいらない。

 

美味いものを食い、美味いものを飲む。

 

そして、自由の旗の下で笑い合う。

 

それこそが、彼らが命を賭けて守り抜いている「人間の証」なのだから。

 

 

◇◇◇

 

 

「999だ! 本物の999だ!!」

 

艦内放送ではなく、生の声が廊下を走り抜ける。

 

海賊国家船団有明。その中枢にある巨大交易艦のプラットホームに、一陣の風が吹いた。

 

銀河超特急999号。

 

惑星ヘビーメルダーを出発した後、機関の不調に見舞われた伝説の列車が、緊急停車の打診をしてきたのだ。

 

通常なら近くの惑星に降りるのが筋だが、付近宙域で最も安全で、そして何より「C62型蒸気機関車」の整備に長けた場所は、皮肉にも海賊船団の中だったのだ。

 

交易艦の大ドック。

 

そこには既に、船団ご自慢の国鉄、C62-50『QQQ号』と、C62-49『XYZ号』が並んで停車している。

 

その真ん中の軌道へ、黒鉄の巨体が滑り込んでくる。

 

シュッシュッ……ポッ……。

 

ドラフト音。

 

蒸気の排気音。

 

そして、ブレーキのきしむ音。

 

キーーーーーッ……ガシャン。

 

それは、日常的にこの船団で聞かれるQQQやXYZの音とは、決定的に違っていた。

 

俺たちの列車が「真新しい音」だとするならば。

 

999のそれは、何万光年もの旅路、数え切れぬほどの出会いと別れ、そして少年の涙と決意を吸い込んで錆びついた、歴史そのものの重みを持つ「本物の音」だった。

 

「……退け若造! 今日ばかりは、わしらが行く!」

 

「ちょ、爺さんたち! 持ち場はどうするんですか!」

 

「任せた! わしらは青春に挨拶しに行くんじゃ!」

 

ネオアルカディア号や各艦の老兵たちが、仕事を放り出して交易艦へと雪崩れ込む。

 

彼らの目は、還暦を過ぎた老人ではなく、ブラウン管にかじりついていたあの日の少年の目になっていた。

 

俺──有明のハーロックもまた、マントを翻してプラットホームに立っていた。

 

心臓が、早鐘を打っている。

 

表面上は冷静な「船団長」を装っているが、マントの下で握りしめた拳は、微かに汗ばんでいた。

 

目の前に、C62-48のプレート。

 

煤けた動輪。

 

そして、客車の扉が開く音。

 

プシューッ……。

 

白煙の中から現れたのは、小柄で、制服に身を包み、しかしその顔の中身は見えない、あの人物。

 

「……おやまぁ。これはまた、とてつもない船団ですな」

 

その声。

 

独特の抑揚。真面目で、小心者で、けれど乗客の安全を誰よりも第一に考える、あの車掌さんの声だ。

 

俺の脳裏に、その声色が、時空を超えて重なる。

 

俺は、一歩前に進み出た。

 

カシャン、カシャン。

 

ブーツの音が響く。

 

だが、今の俺は海賊ではない。

 

心の中では、あの頃少年の日瞳を通して憧れた、銀河鉄道のパスを握りしめた星野鉄郎という少年そのものだった。

 

熱くなる目頭を、奥歯を噛み締めて堪える。

 

泣くな。

 

俺は今、彼らを護るべき「港」の主としてここにいるのだ。

 

「……ようこそ、銀河超特急999号」

 

俺は、できるだけ低く、威厳のある声を絞り出した。

 

「ここは海賊国家船団・有明。……旅の疲れを癒やすには、悪くない場所だ」

 

車掌は、俺の姿──キャプテンハーロックそのものの威容を見て、一瞬ビクリと身を竦めたが、すぐに丁寧に頭を下げた。

 

「これはこれは、キャプテン……! 噂には聞いておりましたが、まさか本当にこのような場所があるとは。……乗客の安全と、機関車の修理、何卒よろしくお願い致します」

 

「承知した。……最高の技師と、最高の石炭を用意してある」

 

俺は右手を差し出した。

 

車掌は、その白い手袋の手を、恐る恐る、しかししっかりと握り返してくれた。

 

その瞬間、俺の中で何かが完結した気がした。

 

憧れ続けた世界。

 

その象徴の一つと、今、俺は触れ合っている。

 

「……感謝します。では、発車までよしなに」

 

車掌が客車へ戻ろうとした時、窓の向こうに、金色の長い髪をした女性のシルエットが見えた気がした。

 

俺は何も言わず、ただ静かに背を向けてネオアルカディア号へと向かう。

 

背後では、かつての少年少女たちが、涙を流しながらその光景を見守っている。

 

今日は、この宇宙で一番いい酒が飲めそうだ。

 

俺はマントを翻し、震える足を隠すように、堂々とその場を後にした。

 

 

◇◇◇

 

 

時の女神は、この海賊国家船団有明という舞台に、あまりにも劇的な配役を用意した。

 

ネオアルカディア号の横腹に、深紅の飛行船クイーン・エメラルダス号が静かに接舷する。

 

その主、クイーン・エメラルダスは、タラップを降りた先──交易艦の大ドックに並ぶ三両の蒸気機関車を見て、その鋭く冷徹な瞳を、珍しく春の日差しのように柔らかく綻ばせた。

 

C62-50、C62-49。そして、真ん中に停まるC62-48。

 

その黒鉄の巨体が放つ、長い旅路の疲労と誇り。

 

「……来ていたのね。メーテル」

 

彼女は真紅のマントを翻し、迷うことなく999号の客車へと歩み寄った。

 

久しぶりの再会。言葉は多くいらない。

 

ただ互いの無事を確認し、瞳を見交わすだけで通じ合う、魂の姉妹。

 

そして、エメラルダスは妹の手を取り、悪戯っぽく微笑んでこう言ったのだ。

 

「……紹介したい男がいるの。この宇宙で一番、ミルクが好物の海賊よ」

 

 

◇◇◇

 

 

ネオアルカディア号、艦長室奥のプライベート・キッチン。

 

有明のハーロックは、寸胴鍋から立ち上る湯気と格闘していた。

 

エメラルダスとの約束だ。新作の蕎麦を振る舞うため、最高級の鰹節と昆布で引いた出汁の加減を見ていたのだ。

 

「……そろそろか」

 

味見をする。完璧だ。

 

五臓六腑に染み渡る、優しくも力強い味。

 

これなら、あの気難しい魔女も文句は言うまい。

 

その時、自動ドアが開く音がした。

 

足音は、二人分。

 

「……早かったな、エメラルダス。蕎麦は茹でたてが命だぞ」

 

俺は背を向けたまま声をかけ、湯切りをする。

 

「ええ。だから急いで連れてきたわ。……腹を空かせた、私の妹をね」

 

「妹……?」

 

俺の手が止まった。

 

妹。エメラルダスの妹。

 

この宇宙で、その言葉が指し示す人物は、ただ一人しかいない。

 

俺はゆっくりと振り返った。

 

そこに立っていたのは、見慣れた深紅の服を纏ったエメラルダス。

 

そして、その傍らに佇む、黒い喪服のようなコートに身を包んだ、長い金髪の女性。

 

憂いを帯びた長い睫毛。深遠な湖のような瞳。

 

メーテル。

 

『銀河鉄道999』のヒロインにして、時の流れを旅する女。

かつて少年だった俺が、鉄郎を通して憧れ、恋した、永遠の女性(ひと)

 

「……!!」

 

俺の中の「少年」が、直立不動になり、心臓が破裂しそうなほど早鐘を打つ。

 

だが、「有明のハーロック」としての俺は、ギリギリのところで踏み止まった。

 

ここで取り乱しては、海賊の名折れだ。

 

俺は努めて冷静に、しかし最大限の敬意を込めて、軽く会釈をした。

 

「……ようこそ、海賊国家船団有明へ。……噂の旅人にお会いできて光栄だ」

 

「……はじめまして。姉が、お世話になっています」

 

メーテルが、鈴を転がすような声で挨拶をし、優雅に頭を下げた。

 

その所作一つ一つが、芸術品のように美しい。

 

エメラルダスは、俺の緊張を見透かしたようにフッと笑い、カウンター席にメーテルを促した。

 

「座りなさい、メーテル。……この男、有明はね、私の背中を預けられる数少ない戦友よ」

 

彼女は俺を見据え、続ける。

 

「そして、この宇宙で唯一、私に『ミルク』という生命の水を飲ませる権利を持った、物好きな男でもあるわ」

 

その紹介の仕方に、俺は苦笑するしかなかった。

 

最強の女海賊からの、これ以上ない信頼の証。

 

それを妹に新しい「弟」を自慢するように語るエメラルダスは、どこか普通の「姉」の顔をしていた。

 

「……それは光栄の極みだな」

 

俺は丼に茹でたての蕎麦を入れ、黄金色のつゆを注ぐ。

 

具は揚げたてのかき揚げ。

 

それを二人の前に差し出す。

 

「まずは食え。話はそれからだ」

 

「まあ……。いい香り」

 

メーテルが目を細める。

 

旅に疲れた身体に、温かい湯気が優しく触れる。

 

「いただきます」

 

二人の美女が、並んで蕎麦を啜る。

 

その光景は、俺にとってどんな財宝よりも価値のある、奇跡の時間だった。

 

俺は冷蔵庫から、いつもの瓶を取り出した。

 

エメラルダスのためのミルク。

 

そして、メーテルの分も注ぐ。

 

何時もは離れている姉妹だ。

 

こういう時くらい同じ物を食べ、同じ物を飲むのも悪くはなかろう。

 

グラスに注がれる白い液体。

 

俺はカウンター越しに、その二人の横顔を見つめた。

 

時の女神は、本当に粋な計らいをする。

 

俺は心の中で、有明の空に感謝し、そしてこの瞬間を永遠に記憶に刻み込んだ。

 

 

◇◇◇

 

 

蕎麦の最後の一本を啜り、グラスに残った白い生命の水を飲み干すと、クイーン・エメラルダスは静かに席を立った。

 

「ごちそうさま。……また、寄らせてもらうわ」

 

「ああ。いつでも暖簾は出している」

 

振り返ることもなく、真紅のマントを翻して去っていく背中。

 

過度な礼も、湿っぽい別れの言葉もない。

 

だが、その潔さこそが、彼女がこの場所を、そして有明という男を「身内」として認めている証だった。

 

風のように現れ、風のように去る。

 

それが、海賊の流儀だ。

 

一方、交易艦の大ドックでは、もう一つの「プロフェッショナルな仕事」が完遂されていた。

 

「整備完了! 缶圧正常! ロッドの歪み、修正完了!」

 

声を上げたのは、生身の整備兵ではなく、宙を舞う無数の球体ドローンたちだ。

 

その中枢に宿っているのは、かつて昭和の日本で、国鉄の鉄道マンとして、あるいは蒸気機関車の機関士として、ダイヤという名の絶対規律を守り抜いてきた「かつての少年たち」の魂だ。

 

彼らにとって、C62型蒸気機関車は単なる機械ではない。信仰の対象であり、青春そのものだ。

 

最新鋭のナノマシンと、熟練工の勘。その融合は、通常なら数日は要するオーバーホールを、わずか1時間という神業で終わらせてしまった。

 

「定刻は守らせる。……それが、鉄道屋の意地ってもんだ」

 

ドローンの一機が、誇らしげに明滅する。

 

銀河鉄道管理局の運行ダイヤを、1秒たりとも狂わせない。

 

その職人魂に、999号の車掌も感涙しながら帽子を振り回していた。

 

「あぁ、なんてことだ……! 完璧です、新車のようだ! 感謝します、有明船団の皆様!」

 

プラットホーム。

 

有明のハーロックは、発車のベルを聞きながら、客車の窓辺に立つメーテルを見上げ、静かに頷いた。

 

「……良き旅を」

 

メーテルもまた、憂いを帯びた瞳を細め、優雅に手を振った。

 

言葉はいらない。

 

互いの航路が交差した、その奇跡だけで十分だ。

 

シュッシュッ……ポッ……!

 

999号の動輪が回り始める。

 

白煙がドックに充満し、黒鉄の巨体がゆっくりと動き出す。

 

その時だ。

 

ブォッ!

 

隣の軌道に停まるC62-49『XYZ号』が、短く、鋭い汽笛を鳴らした。

 

それは、都会のスイーパーが依頼人に別れを告げるような、キザで、ニヒルな「あばよ」の挨拶。

 

続いて、反対側の軌道から。

 

ポォォォォォォォォォォッ!!

 

C62-50『QQQ号』が、長く、高く、朗々たる汽笛を轟かせた。

 

それは、C62-50のナンバーを譲り受けた次元を超えた兄弟機としての、旅の無事を祈るエール。

 

二つの汽笛が重なり合い、壮大なファンファーレとなって999号の背中を押す。

 

ドックに詰めかけたかつての少年少女たちが、涙を流しながら手を振る。

 

そして。

 

ポー!! ポオォォォォォォォォォォォォッ!!

 

答えるように、銀河超特急999号が、万感の想いを込めた重厚な汽笛を鳴らした。

 

その音は、有明のハーロックの、そして全ての乗組員の魂を震わせ、宇宙の彼方へと吸い込まれていく。

 

列車は光のレールに乗り、星の海へと駆け上がっていく。

 

遠ざかるテールランプの赤色が、滲んで揺れる。

 

さらば、メーテル。

 

さらば、銀河鉄道999。

 

有明はマントを翻し、去りゆく青春の幻影に背を向けた。

 

だが、その胸には新たな熱が灯っている。

 

いつかまた、この広大な星の海のどこかで、その軌道が交差する時まで。

 

「……行くぞ、野郎ども! 俺たちも出航だ!」

 

「「「おうッ!!」」」

 

汽笛の余韻が残る中、ネオアルカディア号もまた、次なる冒険へと舵を切る。

 

終わらない旅の、新たな1ページをめくるために。

 

 

 

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