有明のハーロック   作:星乃 望夢

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第22話

 

星の海に、新たな熱狂の風が吹いていた。

 

地球によく似た環境を持つ、未開拓の処女惑星の発見。 

 

そのニュースは、停滞していた銀河の人々の心に火をつけ、かつての地球におけるゴールドラッシュにも似た「ビッグアース・ラッシュ」を巻き起こしていた。

 

その狂騒と夢の交差点として、海賊国家船団・有明は、今や「第二のヘビーメルダー」と呼ばれるほどの隆盛を極めていた。

 

かつてはローカル線と、999号のような特例だけを受け入れていた交易艦のステーションは、大規模な拡張工事を終え、銀河鉄道株式会社との正式な業務提携を結ぶに至っていた。

 

111号から888号、貨物列車まで、多種多様な銀河鉄道が次々と滑り込み、汽笛を鳴らす。

 

居住区画と娯楽施設が一体化した巨大艦では、夢を追う開拓者たちが旅の汗を流し、明日への英気を養う。

 

そこは、海賊が統治する場所でありながら、この宇宙のどこよりも安全で、秩序のあるオアシスだった。

 

そんなある日、有明海賊船団の管制室に、信じがたい識別信号が飛び込んできた。

 

「……ま、マジかよ」

 

「おい、この識別コード……間違いないのか!?」

 

モニターを睨む参謀連の若者たちが、戦慄と共にその名を読み上げる。

 

『太陽系連邦艦隊』。そして、その中央に鎮座する超弩級の旗艦──『グレート・ヤマト』。

 

彼らが護衛しているのは、数千隻からなる「ビッグアース開拓船団」の本隊だった。

 

本来なら、海賊と正規軍は水と油。見敵必殺の間柄だ。

 

だが、その大艦隊は砲門を閉ざし、堂々と、しかし礼儀正しく入港許可を求めてきたのだ。

 

「……許可しろ。全ゲート開放」

 

ネオアルカディア号の艦橋で、有明のハーロックは静かに告げた。

 

その口元には、皮肉と、そして少しばかりの誇らしげな笑みが浮かんでいた。

 

 

◇◇◇

 

 

壮観としか言いようのない光景だった。

 

若草色の巨艦ネオアルカディア号。

 

その周囲を固める、継ぎ接ぎだが手入れの行き届いた海賊船団。

 

そして、その港に、鋼鉄色の輝きを放つグレート・ヤマトと連邦艦隊が、まるで長年の友人のように停泊しているのだ。

 

「……皮肉なものだな」

 

有明は、艦長室の窓からその様子を見下ろし、グラスを揺らした。

 

「法と正義を掲げる連邦軍が、休息と補給を求めて、お尋ね者の海賊国家に頭を下げるか」

 

『それだけ、今の地球政府や他の惑星国家が腐ってるってことさ』

 

船体と一体化したAIトチローが、愉快そうに応じる。

 

『物資は横流し、治安は最悪、役人は賄賂まみれ……。それに比べて、ウチの船団はどうだい? ぼったくりなし、品質保証付き、治安は警察が居て、銀河鉄道管理局の秩序を守ってる空間鉄道警備隊のお墨付きだぜ?』

 

そう。この海賊国家船団・有明は、逆説的に「最も健全な法治国家」となっていた。

 

「自由には責任が伴う」という鉄の掟。

 

「働かざる者食うべからず」という公正な分配。

 

そして、法を犯せば宇宙空間へ放り出されるという、シンプルかつ絶対的な罰則。

 

その厳格さが、結果として腐敗を排除し、真に安らげる場所を作り上げた。

 

だからこそ、SDFのビッグワンも定期巡回ルートに組み込み、連邦軍でさえも、背に腹は代えられずこの港を利用する。

 

「……海賊が『正義』のインフラを支え、正規軍がそれに頼る。……松本零士先生が聴いたら目をひん剥くかバカ笑いしそうな喜劇だ」

 

有明は、眼下のグレート・ヤマトに視線を移す。

 

その艦橋には、かつての沖田や古代の魂を受け継ぐ者たちがいるはずだ。

 

彼らもまた、組織の腐敗に苦しみながら、現場で歯を食いしばる「男たち」なのだろう。

 

「補給班に伝えろ。連邦軍だからといって手抜きはするな。……ただし、代金はきっちり『正規価格』でふんだくれ。割引はなしだ」

 

「了解!」

 

艦内に笑いが広がる。

 

略奪はしない。だが、商売はする。

 

相手が強者であればあるほど、その財布の紐を緩めさせるのが海賊の流儀だ。

 

港では、開拓民たちが海賊たちと肩を組み、酒を酌み交わしている。

 

「あんたたち、海賊なんだろ? 怖くねえのか?」

 

「へっ、地球の役人よりよっぽど話が通じるぜ!」

 

その喧騒を見守りながら、有明はマントを翻した。

 

ここは、星の海のクロスロード。

 

善も悪も、清濁併せ呑んで、次の夢へと送り出す場所。

 

「……ゆっくり休んでいけ、ヤマトよ。そして開拓者たちよ」

 

有明は、遥か彼方の新天地に思いを馳せ、静かに独りごちた。

 

「お前たちが夢を見る限り、俺たちの旗は、ここにある」

 

海賊国家船団・有明。

 

それは、腐りきった銀河において、唯一、誰もが人間らしくあれる「星の海のオアシス」として、今日も輝き続けていた。

 

 

◇◇◇

 

 

かつて2025年の地球から旅立ち、肉体の死と共にネオ・アルカディア号の中枢コンピューターや修復ドローンへと魂を移していた「かつての少年少女たち」。

 

彼らは今、新たな「器」を手に入れていた。

 

船団の工作艦隊が総力を挙げて建造した、精巧なアンドロイド・ボディ。

 

機械化帝国のそれとは違う。

 

永遠の命に胡坐をかき、堕落するための体ではない。

 

星の海を自由に駆け回り、戦い、そして歌うための、鋼鉄の戦闘服だ。

 

「……どうだい、じいさん。新しい体の具合は」

 

ドックの片隅で、有明のハーロックが声を掛けると、真新しい作業用アンドロイドの体を得た老兵──いや、今は鋼の肉体を持つ戦士が、ガションと腕を回して笑った。

 

「最高じゃよ、キャプテン! 腰も痛まない、目も霞まない! これならあと1000年は戦える!」

 

彼らは「機械化人」となった。

 

だが、その胸にあるのは冷たい電子回路ではない。

 

あの頃、ブラウン管の前で熱狂した、赤く燃える少年の魂だ。

 

機械の体を手に入れても、彼らは決して人の心を失わない。

 

むしろ、限られた時間の中で焦がれ続けた「冒険」への渇望が、核融合炉のように彼らを突き動かしている。

 

『人口統計、1億5000万人を突破! ……すごいねえ、有明。ちょっとした星間国家どころか、一大勢力だよ』

 

AIトチローが、嬉しい悲鳴を上げる。

 

増え続ける人口。

 

だが、この船団に「土地不足」という言葉はない。

 

足りなければ造る。

 

資源はある。技術もある。そして何より、無尽蔵の労働力(彼ら自身)がある。

 

居住艦が、工場艦が、次々と建造され、船団の最後尾へと連結されていく。

 

それはまるで、宇宙空間に伸び続ける龍のようだった。

 

そして、数が集まれば、新たな「夢」を見る者も現れる。

 

「……キャプテン。俺たちを、独立させてください」

 

艦長室に現れたのは、かつてネオ・アルカディア号の砲手だった男たちが率いる一団だ。

 

彼らは、自分たちの貯蓄と労働で中古の巡洋艦を購入し、徹底的に改造し上げていた。

 

「……反乱か?」

 

有明が試すように問うと、彼らは慌てて、しかし誇らしげに首を横に振った。

 

「滅相もない! ……ただ、俺たちもやってみたくなったんです。あんたや、本物のハーロックのように。……自分たちの船で、自分たちの旗を掲げて、この海を旅することを!」

 

彼らは知っている。

 

有明のハーロックが、本家のアルカディア号から独立し、自らの伝説を紡いだように。

 

自分たちもまた、その背中を追う資格があるのだと。

 

有明は、彼らの目を順に見つめ、そしてニヤリと笑った。

 

「……いい目だ」

 

彼はデスクの引き出しから、一枚の真新しい「ドクロの旗」を取り出し、彼らに放ってよこした。

 

「持って行け。……ただし、忘れるな。その旗を汚す真似をすれば、俺がこの手で沈めに行くぞ」

 

「「「はいッ!!」」」

 

男たちは旗を抱きしめ、感涙にむせびながら敬礼した。

 

ドックから、新たな海賊船が旅立っていく。

 

そのマストには、有明から託されたドクロの旗と、彼らオリジナルの紋章が並んで翻っている。

 

見送る1億5000万の仲間たち。

 

「達者でな!」「くたばるなよ!」「困ったら戻ってこい!」

 

彼らは散っていく。

 

ある者は辺境の星を守る用心棒に。

 

ある者は未開の宙域を目指す探検家に。

 

ある者は悪徳商人を挫く義賊に。

 

だが、彼らは決して孤独ではない。

 

傷つき、疲れ、あるいは望郷の念に駆られた時、彼らには帰るべき場所がある。

 

海賊国家船団・有明。

 

それは、星の海に散らばった無数の「ハーロックの子供たち」にとっての、永遠の故郷(アルカディア)

 

今日もまた、一隻、また一隻と、若き海賊たちがその母港から、無限の宇宙へと抜錨していく。

 

その光景こそが、有明のハーロックがこの世界に刻んだ、最大の功績だった。

 

 

◇◇◇

 

 

海賊国家船団有明の中枢ドック。

 

そこにネオアルカディア号の横で眠る深緑の巨艦、アルカディア号の機関室。

 

本来ならば、大山トチローという天才以外には触れることすら許されぬ聖域。

 

だが今、その場所でスパナを握り、油にまみれて巨大なエンジンと対話しているのは、黒いマントを腰に巻いた男──有明のハーロックだった。

 

「……どうだ、調子は」

 

キャプテンハーロックが、足音を忍ばせて背後から声をかける。

 

有明は振り返らず、愛おしそうにシリンダーの圧力を調整しながら答えた。

 

「……寂しがっているな。だが、心臓(エンジン)は生きている。いつでも、親友の魂を受け入れられるようにな」

 

その手つき、その眼差し。

 

それは、かつてこの場所で汗を流していたトチローの姿と重なる。

 

トチロー、AIトチロー、そして有明。

 

この宇宙で唯一、アルカディア号の鼓動を理解し、癒やすことができる三人の男たち。

 

ハーロックは、機関室の壁に背を預け、腕を組んで有明を見つめた。

 

(……変わったな、有明)

 

最初に出会った時、彼は「憧れ」を演じるだけの、脆く、しかし純粋な若者だった。

 

だが今、目の前にいる男は違う。

 

1億5000万の民を背負い、星の海に巨大な国家を築き上げ、そして若者たちを次々と旅立ちさせていく「親父」の背中を持っている。

 

ハーロック自身は、群れることを嫌う。

 

個として立ち、個として戦うことこそが、彼の美学であり、強さの源泉だ。

 

だが、有明は違う道を選んだ。

 

弱き者を集め、束ね、守り、そして強くして送り出す。

 

それは「群れ」ではあるが、家畜の群れではない。

 

一匹一匹が牙を研ぎ、いつでも独り立ちできる狼たちの群れだ。

 

「……俺は、群れる海賊など認めん主義だった」

 

ハーロックが、独りごちるように呟く。

 

有明の手が止まる。

 

「だが……お前が作ったのは、ただの群れではないな」

 

ハーロックは、機関室のモニターに映る船団の様子──活気に満ちたドック、笑い合う人々、旅立つ若者の船──に目をやった。

 

「あれは、『港』だ。……傷ついた渡り鳥が羽を休め、嵐に挑む勇気を得るための、移動する止まり木」

 

有明が、油で汚れた手で汗を拭い、ニヤリと笑って振り返る。

 

「……買いかぶりだ、ハーロック。俺はただ、寂しがり屋なだけさ。……賑やかな方が、酒も美味いだろう?」

 

「フッ……。違いない」

 

ハーロックは、懐から小瓶を取り出し、有明の方へ放った。

 

空中でそれを受け止めた有明が見れば、それはトチローが好んだ銘柄の安酒だった。

 

「飲め。……労働の後の報酬だ」

 

「……頂こう」

 

有明が栓を抜き、ラッパ飲みをする。

 

その豪快な飲みっぷり、喉を鳴らす音。

 

それはもはや、憧れの模倣ではない。

 

数多の修羅場をくぐり抜け、命の重さを知った「本物」だけが醸し出す風格。

 

ハーロックは、そんな「もう一人の自分」を見て、満足げに目を細めた。

 

かつて、自分はトチローと共に二人きりで旅を始めた。

 

そして今、有明は億の民と共に旅をしている。

 

道は違う。

 

だが、掲げる旗の色と、その下にある魂の形は、鏡写しのように同じだ。

 

「……有明。お前は、お前のやり方で、宇宙を征け」

 

ハーロックの言葉に、有明は酒瓶を下ろし、力強く頷いた。

 

「ああ。……任せておけ。お前が背中で語るなら、俺はこの手で背中を押そう」

 

「頼もしい限りだ」

 

機関室に、エンジンのアイドリング音と、二人の男の笑い声が響く。

 

孤高の頂点に立つ伝説の海賊と、群衆の先頭に立つ新時代の海賊。

 

二つの魂は今、真の対等な「友」として、静かに共鳴し合っていた。

 

 

 

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