星の海に、新たな熱狂の風が吹いていた。
地球によく似た環境を持つ、未開拓の処女惑星の発見。
そのニュースは、停滞していた銀河の人々の心に火をつけ、かつての地球におけるゴールドラッシュにも似た「ビッグアース・ラッシュ」を巻き起こしていた。
その狂騒と夢の交差点として、海賊国家船団・有明は、今や「第二のヘビーメルダー」と呼ばれるほどの隆盛を極めていた。
かつてはローカル線と、999号のような特例だけを受け入れていた交易艦のステーションは、大規模な拡張工事を終え、銀河鉄道株式会社との正式な業務提携を結ぶに至っていた。
111号から888号、貨物列車まで、多種多様な銀河鉄道が次々と滑り込み、汽笛を鳴らす。
居住区画と娯楽施設が一体化した巨大艦では、夢を追う開拓者たちが旅の汗を流し、明日への英気を養う。
そこは、海賊が統治する場所でありながら、この宇宙のどこよりも安全で、秩序のあるオアシスだった。
そんなある日、有明海賊船団の管制室に、信じがたい識別信号が飛び込んできた。
「……ま、マジかよ」
「おい、この識別コード……間違いないのか!?」
モニターを睨む参謀連の若者たちが、戦慄と共にその名を読み上げる。
『太陽系連邦艦隊』。そして、その中央に鎮座する超弩級の旗艦──『グレート・ヤマト』。
彼らが護衛しているのは、数千隻からなる「ビッグアース開拓船団」の本隊だった。
本来なら、海賊と正規軍は水と油。見敵必殺の間柄だ。
だが、その大艦隊は砲門を閉ざし、堂々と、しかし礼儀正しく入港許可を求めてきたのだ。
「……許可しろ。全ゲート開放」
ネオアルカディア号の艦橋で、有明のハーロックは静かに告げた。
その口元には、皮肉と、そして少しばかりの誇らしげな笑みが浮かんでいた。
◇◇◇
壮観としか言いようのない光景だった。
若草色の巨艦ネオアルカディア号。
その周囲を固める、継ぎ接ぎだが手入れの行き届いた海賊船団。
そして、その港に、鋼鉄色の輝きを放つグレート・ヤマトと連邦艦隊が、まるで長年の友人のように停泊しているのだ。
「……皮肉なものだな」
有明は、艦長室の窓からその様子を見下ろし、グラスを揺らした。
「法と正義を掲げる連邦軍が、休息と補給を求めて、お尋ね者の海賊国家に頭を下げるか」
『それだけ、今の地球政府や他の惑星国家が腐ってるってことさ』
船体と一体化したAIトチローが、愉快そうに応じる。
『物資は横流し、治安は最悪、役人は賄賂まみれ……。それに比べて、ウチの船団はどうだい? ぼったくりなし、品質保証付き、治安は警察が居て、銀河鉄道管理局の秩序を守ってる空間鉄道警備隊のお墨付きだぜ?』
そう。この海賊国家船団・有明は、逆説的に「最も健全な法治国家」となっていた。
「自由には責任が伴う」という鉄の掟。
「働かざる者食うべからず」という公正な分配。
そして、法を犯せば宇宙空間へ放り出されるという、シンプルかつ絶対的な罰則。
その厳格さが、結果として腐敗を排除し、真に安らげる場所を作り上げた。
だからこそ、SDFのビッグワンも定期巡回ルートに組み込み、連邦軍でさえも、背に腹は代えられずこの港を利用する。
「……海賊が『正義』のインフラを支え、正規軍がそれに頼る。……松本零士先生が聴いたら目をひん剥くかバカ笑いしそうな喜劇だ」
有明は、眼下のグレート・ヤマトに視線を移す。
その艦橋には、かつての沖田や古代の魂を受け継ぐ者たちがいるはずだ。
彼らもまた、組織の腐敗に苦しみながら、現場で歯を食いしばる「男たち」なのだろう。
「補給班に伝えろ。連邦軍だからといって手抜きはするな。……ただし、代金はきっちり『正規価格』でふんだくれ。割引はなしだ」
「了解!」
艦内に笑いが広がる。
略奪はしない。だが、商売はする。
相手が強者であればあるほど、その財布の紐を緩めさせるのが海賊の流儀だ。
港では、開拓民たちが海賊たちと肩を組み、酒を酌み交わしている。
「あんたたち、海賊なんだろ? 怖くねえのか?」
「へっ、地球の役人よりよっぽど話が通じるぜ!」
その喧騒を見守りながら、有明はマントを翻した。
ここは、星の海のクロスロード。
善も悪も、清濁併せ呑んで、次の夢へと送り出す場所。
「……ゆっくり休んでいけ、ヤマトよ。そして開拓者たちよ」
有明は、遥か彼方の新天地に思いを馳せ、静かに独りごちた。
「お前たちが夢を見る限り、俺たちの旗は、ここにある」
海賊国家船団・有明。
それは、腐りきった銀河において、唯一、誰もが人間らしくあれる「星の海のオアシス」として、今日も輝き続けていた。
◇◇◇
かつて2025年の地球から旅立ち、肉体の死と共にネオ・アルカディア号の中枢コンピューターや修復ドローンへと魂を移していた「かつての少年少女たち」。
彼らは今、新たな「器」を手に入れていた。
船団の工作艦隊が総力を挙げて建造した、精巧なアンドロイド・ボディ。
機械化帝国のそれとは違う。
永遠の命に胡坐をかき、堕落するための体ではない。
星の海を自由に駆け回り、戦い、そして歌うための、鋼鉄の戦闘服だ。
「……どうだい、じいさん。新しい体の具合は」
ドックの片隅で、有明のハーロックが声を掛けると、真新しい作業用アンドロイドの体を得た老兵──いや、今は鋼の肉体を持つ戦士が、ガションと腕を回して笑った。
「最高じゃよ、キャプテン! 腰も痛まない、目も霞まない! これならあと1000年は戦える!」
彼らは「機械化人」となった。
だが、その胸にあるのは冷たい電子回路ではない。
あの頃、ブラウン管の前で熱狂した、赤く燃える少年の魂だ。
機械の体を手に入れても、彼らは決して人の心を失わない。
むしろ、限られた時間の中で焦がれ続けた「冒険」への渇望が、核融合炉のように彼らを突き動かしている。
『人口統計、1億5000万人を突破! ……すごいねえ、有明。ちょっとした星間国家どころか、一大勢力だよ』
AIトチローが、嬉しい悲鳴を上げる。
増え続ける人口。
だが、この船団に「土地不足」という言葉はない。
足りなければ造る。
資源はある。技術もある。そして何より、無尽蔵の労働力(彼ら自身)がある。
居住艦が、工場艦が、次々と建造され、船団の最後尾へと連結されていく。
それはまるで、宇宙空間に伸び続ける龍のようだった。
そして、数が集まれば、新たな「夢」を見る者も現れる。
「……キャプテン。俺たちを、独立させてください」
艦長室に現れたのは、かつてネオ・アルカディア号の砲手だった男たちが率いる一団だ。
彼らは、自分たちの貯蓄と労働で中古の巡洋艦を購入し、徹底的に改造し上げていた。
「……反乱か?」
有明が試すように問うと、彼らは慌てて、しかし誇らしげに首を横に振った。
「滅相もない! ……ただ、俺たちもやってみたくなったんです。あんたや、本物のハーロックのように。……自分たちの船で、自分たちの旗を掲げて、この海を旅することを!」
彼らは知っている。
有明のハーロックが、本家のアルカディア号から独立し、自らの伝説を紡いだように。
自分たちもまた、その背中を追う資格があるのだと。
有明は、彼らの目を順に見つめ、そしてニヤリと笑った。
「……いい目だ」
彼はデスクの引き出しから、一枚の真新しい「ドクロの旗」を取り出し、彼らに放ってよこした。
「持って行け。……ただし、忘れるな。その旗を汚す真似をすれば、俺がこの手で沈めに行くぞ」
「「「はいッ!!」」」
男たちは旗を抱きしめ、感涙にむせびながら敬礼した。
ドックから、新たな海賊船が旅立っていく。
そのマストには、有明から託されたドクロの旗と、彼らオリジナルの紋章が並んで翻っている。
見送る1億5000万の仲間たち。
「達者でな!」「くたばるなよ!」「困ったら戻ってこい!」
彼らは散っていく。
ある者は辺境の星を守る用心棒に。
ある者は未開の宙域を目指す探検家に。
ある者は悪徳商人を挫く義賊に。
だが、彼らは決して孤独ではない。
傷つき、疲れ、あるいは望郷の念に駆られた時、彼らには帰るべき場所がある。
海賊国家船団・有明。
それは、星の海に散らばった無数の「ハーロックの子供たち」にとっての、
今日もまた、一隻、また一隻と、若き海賊たちがその母港から、無限の宇宙へと抜錨していく。
その光景こそが、有明のハーロックがこの世界に刻んだ、最大の功績だった。
◇◇◇
海賊国家船団有明の中枢ドック。
そこにネオアルカディア号の横で眠る深緑の巨艦、アルカディア号の機関室。
本来ならば、大山トチローという天才以外には触れることすら許されぬ聖域。
だが今、その場所でスパナを握り、油にまみれて巨大なエンジンと対話しているのは、黒いマントを腰に巻いた男──有明のハーロックだった。
「……どうだ、調子は」
キャプテンハーロックが、足音を忍ばせて背後から声をかける。
有明は振り返らず、愛おしそうにシリンダーの圧力を調整しながら答えた。
「……寂しがっているな。だが、
その手つき、その眼差し。
それは、かつてこの場所で汗を流していたトチローの姿と重なる。
トチロー、AIトチロー、そして有明。
この宇宙で唯一、アルカディア号の鼓動を理解し、癒やすことができる三人の男たち。
ハーロックは、機関室の壁に背を預け、腕を組んで有明を見つめた。
(……変わったな、有明)
最初に出会った時、彼は「憧れ」を演じるだけの、脆く、しかし純粋な若者だった。
だが今、目の前にいる男は違う。
1億5000万の民を背負い、星の海に巨大な国家を築き上げ、そして若者たちを次々と旅立ちさせていく「親父」の背中を持っている。
ハーロック自身は、群れることを嫌う。
個として立ち、個として戦うことこそが、彼の美学であり、強さの源泉だ。
だが、有明は違う道を選んだ。
弱き者を集め、束ね、守り、そして強くして送り出す。
それは「群れ」ではあるが、家畜の群れではない。
一匹一匹が牙を研ぎ、いつでも独り立ちできる狼たちの群れだ。
「……俺は、群れる海賊など認めん主義だった」
ハーロックが、独りごちるように呟く。
有明の手が止まる。
「だが……お前が作ったのは、ただの群れではないな」
ハーロックは、機関室のモニターに映る船団の様子──活気に満ちたドック、笑い合う人々、旅立つ若者の船──に目をやった。
「あれは、『港』だ。……傷ついた渡り鳥が羽を休め、嵐に挑む勇気を得るための、移動する止まり木」
有明が、油で汚れた手で汗を拭い、ニヤリと笑って振り返る。
「……買いかぶりだ、ハーロック。俺はただ、寂しがり屋なだけさ。……賑やかな方が、酒も美味いだろう?」
「フッ……。違いない」
ハーロックは、懐から小瓶を取り出し、有明の方へ放った。
空中でそれを受け止めた有明が見れば、それはトチローが好んだ銘柄の安酒だった。
「飲め。……労働の後の報酬だ」
「……頂こう」
有明が栓を抜き、ラッパ飲みをする。
その豪快な飲みっぷり、喉を鳴らす音。
それはもはや、憧れの模倣ではない。
数多の修羅場をくぐり抜け、命の重さを知った「本物」だけが醸し出す風格。
ハーロックは、そんな「もう一人の自分」を見て、満足げに目を細めた。
かつて、自分はトチローと共に二人きりで旅を始めた。
そして今、有明は億の民と共に旅をしている。
道は違う。
だが、掲げる旗の色と、その下にある魂の形は、鏡写しのように同じだ。
「……有明。お前は、お前のやり方で、宇宙を征け」
ハーロックの言葉に、有明は酒瓶を下ろし、力強く頷いた。
「ああ。……任せておけ。お前が背中で語るなら、俺はこの手で背中を押そう」
「頼もしい限りだ」
機関室に、エンジンのアイドリング音と、二人の男の笑い声が響く。
孤高の頂点に立つ伝説の海賊と、群衆の先頭に立つ新時代の海賊。
二つの魂は今、真の対等な「友」として、静かに共鳴し合っていた。