有明のハーロック   作:星乃 望夢

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第23話

 

海賊国家船団有明の、銀河鉄道専用ステーション。

 

蒸気とオイルの匂いが混じり合うプラットホームに、一人の若者が立っていた。

 

ミャウダー。

 

かつてアンドラード星の戦火の中から、有明の手によって救い出された戦災孤児。

 

あの時、怯えて震えていた少年はもういない。

 

数多の戦場を潜り抜け、船団の荒くれ者たちに揉まれ、そして有明の背中を見て育った彼は今、精悍な顔つきをした一人前の「戦士」として、旅立ちの時を迎えていた。

 

彼の背後には、発車の時を待つC62-50『QQQ号』が、黒鉄の巨体を震わせている。

 

「……それじゃ、世話んなったな」

 

ミャウダーは、愛想笑いもせず、ぶっきらぼうに言った。

 

だが、その声の震えと、真っ直ぐに有明を見つめる瞳が、言葉にできない感謝を雄弁に語っていた。

 

有明は、マントの下で腕を組み、静かに頷いた。

 

「ああ。……達者でな、ミャウダー」

 

湿っぽい言葉はいらない。

 

だが、これだけは言っておかねばならない。

 

「俺より先に死ぬなよ? ……男の約束だぞ」

 

かつて、あの老人ホームで、多くの老兵たちと交わした誓い。

 

そして有り得るかもしれない未来の惑星ラーメタルでミャウダー自身が鉄郎と誓う言葉。

 

それを今、未来を生きる若者へと託す。

 

ミャウダーは、ニカっと笑った。

 

その笑顔は、かつてガンフロンティアで見たトチローのそれに、どこか似ていた。

 

「わかってるさ。……そっちこそ、俺より先にくたばるなよ。キャプテン」

 

若者は身を翻し、客車に乗り込む。

 

行き先は聞かない。

 

運命の星・ラーメタルか、あるいはまだ見ぬフロンティアか。

 

どこへ行こうと、彼なら大丈夫だ。その胸には、有明から受け継いだ「自由の旗」が立っているのだから。

 

ポオォォォォォォォォォッ!!

 

QQQ号が汽笛を鳴らし、光のレールを駆け上がっていく。

 

遠ざかるテールランプが見えなくなるまで、有明はその場を動かなかった。

 

『……行ってしまったねえ』

 

いつの間にか、艦内通信用の端末からAIトチローの声がする。

 

「ああ。……雛鳥は巣立つものさ」

 

有明はマントを翻し、踵を返した。

 

寂しさはない。あるのは、育て上げた男を世に送り出した満足感だけだ。

 

ネオアルカディア号、艦橋。

 

戻ってきた有明は、舵輪を握るや否や、意外な命令を下した。

 

「トチロー。進路、地球!」

 

『おや? 里帰りかい? それとも連邦軍に喧嘩でも売りに?』

 

「違う」

 

有明は真剣な表情で、とんでもない理由を口にした。

 

「……ワサビだ」

 

『……………………はい???』

 

「生ワサビだ。それも、以前こちらの地球の寿司屋で食べた、あの清流で育った最高級のやつだ」

 

有明は、遠い目をして熱弁を振るう。

 

「エメラルダスがまた来る。……彼女に出す『盛り蕎麦』には、どうしてもあのワサビが必要だ。練りワサビや合成ワサビでは、あの魔女の舌は誤魔化せん」

 

あの気高き女海賊が、蕎麦を啜った後に見せる、ほんの僅かな綻び。

 

その至高の刹那のためだけに、この巨大戦艦を動かす。

 

馬鹿げている。だが、それこそが「粋」というものだ。

 

『カッカッカッ! 違いない! 食い物の恨みは恐ろしいからねえ!』

 

AIトチローが爆笑し、エンジン出力を上げる。

 

「総員、抜錨! ……目指すは地球、清流の里だ! 遅れるなよ!」

 

「「「アイアイ・サー!!」」」

 

クルーたちが嬉々として応える。

 

彼らもまた、地球の空気で食べる飯が恋しかったのだ。

 

若者を未来へと送り出し、自分たちは美味い蕎麦のために星を渡る。

 

それもまた、有明のハーロックらしい、自由気ままな旅の一幕。

 

若葉色の巨艦は、一路、青き故郷へとワープの光に包まれていった。

 

 

◇◇◇

 

 

地球連邦軍、太陽系絶対防衛圏。

 

その一角を守る哨戒艦隊の旗艦ブリッジは、凍りついたような沈黙と、脂汗の匂いに満ちていた。

 

「……モニター、拡大。間違いありません、識別信号……『有明海賊船団旗艦、ネオアルカディア号』です」

 

オペレーターの声が裏返る。

 

メインスクリーンに映し出されているのは、一隻の若草色の巨艦。

 

たった一隻だ。

 

本来なら、数百隻で構成されるこの防衛艦隊で包囲し、ハチの巣にすべき相手だ。

 

だが、艦隊司令官の手は、攻撃命令を下すボタンの上で石のように固まっていた。

 

(撃てるわけがない……!)

 

彼の脳裏には、情報部から回ってきた戦闘記録が焼き付いている。

 

機械帝国の重機動要塞艦を一撃で粉砕し、ゾアーク帝国の艦隊を単艦で壊滅させた化物。

 

対抗できる唯一の希望、太陽系連邦旗艦グレート・ヤマトは今、ビッグアース開拓船団の護衛任務で数万光年の彼方だ。

 

「し、司令! 敵艦、砲門を開く様子はありません! ……直進してきます!」

 

「……手出し無用だ。全艦、砲撃管制をロックしろ! 間違っても指一本触れさせるな!」

 

司令官は叫んだ。

 

もし、うっかり新兵が恐怖で引き金を引いてしまったら?

 

ネオアルカディア号は「正当防衛」として、この艦隊を瞬きの間に宇宙の塵に変えるだろう。

 

それだけではない。

 

あそこには、銀河鉄道管理局との太いパイプがあるという噂だ。

 

下手に手を出せば、今度は空間鉄道警備隊のビッグワンや、装甲列車部隊がすっ飛んできて、「鉄道の安全運行を妨害した」という名目で連邦軍が粛清されかねない。

 

第二のトレーダー分岐点の主を撃つとはそういう事なのだ。

 

さらには──。

 

(……それに、部下たちの目だ)

 

司令官は、背後のクルーたちの視線を背中で感じていた。

 

「キャプテンハーロック」。

 

その名に憧れ、腐敗した連邦政府よりも、あのドクロの旗にシンパシーを感じている若手将校は少なくない。

 

そして自由と誇りの為に戦う「有明のキャプテンハーロック」。

 

もし攻撃を命じれば、その瞬間に艦内で反乱が起き、この艦隊そのものが「第二の有明海賊船団」として寝返る可能性すらあった。

 

がんじがらめだ。

 

手も足も出ない。

 

連邦艦隊は、ただ道を開け、最敬礼に近い形で見送ることしかできなかった。

 

「……いったい、何しに来たんだ。地球侵略か? それとも連邦本部への殴り込みか?」

 

司令官の震える問いに対する答えが、まさか「女海賊の口元を綻ばせるための最高級生ワサビの買い出し」だとは、彼らが知る由もなかった。

 

 

◇◇◇

 

 

地球衛星軌道、自由交易ステーション。

 

民間の商船や連絡船が行き交う平和な港に、場違いな巨体が近づいてくる。

 

『こちらネオアルカディア号。……入港を希望する』

 

管制塔の通信士は、腰を抜かしそうになりながらも、マニュアル通りに応答した。

 

「き、貴艦の入港目的は……?」

 

『……観光、および特産品の購入だ。法は守る。……一番デカいバースを空けてくれ』

 

威圧的だが、どこか行儀の良い通信。

 

ネオアルカディア号は、パルサーカノンの砲口を伏せ、まるで善良な大型客船のように、ゆっくりと、慎重に接舷作業を開始した。

 

「……トチロー。ぶつけるなよ? 傷でもつけたら、ワサビの値段じゃ済まない修理費を請求される」

 

『分かってるよ、有明! ……へへっ、それにしても連邦軍の連中、顔面蒼白だったねえ』

 

「フッ。……善良な市民の買い物を邪魔するほど、彼らも無粋ではなかったということさ」

 

有明のハーロックは、マントを翻してタラップへと向かう。

 

目的は、清流の里。

 

世界を救う戦いよりも、ある意味で重要な「男のミッション」が、今始まろうとしていた。

 

 

◇◇◇

 

 

地球連邦軍の哨戒艦隊司令官にとって、その日は「悪夢」という言葉ですら生温い、人生最悪の日となった。

 

ネオアルカディア号の入港を、冷や汗を流しながら見送った直後のことだ。

 

レーダー担当官が、今度は悲鳴ではなく、魂が抜けたような声で報告した。

 

「……こ、高エネルギー反応。……識別信号、Q・E」

 

司令官は天を仰いだ。

 

誰かが胸の前で十字を切るのが見えた。

 

モニターに映し出されたのは、優雅な飛行船のようなフォルムを持ちながら、戦艦をも粉砕する重力砲を備えた、深紅と紺碧の巨体。

 

クイーン・エメラルダス号。

 

「……終わった」

 

司令官がガクリと膝をつく。

 

宇宙最強の海賊船が二隻。それも、地球の衛星軌道上でランデブーだ。

 

これはもう、地球侵略の作戦会議か、あるいは連邦本部への総攻撃の合図に違いない。

 

だが、通信機から流れてきたのは、凛とした、しかし極めて事務的な女性の声だった。

 

『……入港を希望する。補給のためよ。……あの緑の船の横を空けなさい』

 

要求はそれだけだった。

 

エメラルダス号は、震え上がる管制塔の誘導など待たずに、まるで自宅のガレージに車を停めるような手慣れた動作で、ネオアルカディア号が停泊するドックへと滑り込んだ。

 

 

◇◇◇

 

 

自由交易ステーションのメイン・プロムナード。

 

そこは、地球の特産品を求める異星人や宇宙の旅人で賑わっていたが、二つの影が歩く場所だけ、モーゼの海割れのように人が避けていく。

 

一人は、黒いマントの男。有明のハーロック。

 

その手には、桐の箱に入った最高級の「伊豆天城産・本わさび」が大事に抱えられている。

 

そして向こうから歩いてくるのは、赤いマントの女。クイーン・エメラルダス。

 

彼女の手にもまた、高級そうな風呂敷包みがあった。

 

二人は、通路の中央で足を止めた。

 

「……奇遇だな、エメラルダス」

 

有明が苦笑混じりに声をかける。

 

エメラルダスは、有明の手にある桐箱を一瞥し、そして自分の風呂敷包みに視線を落として、フッと口元を緩めた。

 

「……貴方が次に『盛り蕎麦』を振る舞うと風の便りに聞いてね。手ぶらで行くのも無粋だと思ったのよ」

 

彼女は風呂敷を少しだけ解いて見せた。

 

そこにあったのは、有明が持っているものと同じ、土の香りが残る新鮮な、極太の生わさびだった。

 

「……薬味には、こだわりたいでしょう?」

 

その言葉に、有明は思わず声を上げて笑った。

 

「ハハハッ! 参ったな。考えることは同じか」

 

「ふふっ……。どうやら、今日の蕎麦は随分と辛くなりそうね」

 

最強の海賊二人が、地球の命運を握る場所で、わさびの箱を見せ合って笑い合っている。

 

遠巻きに見守る連邦軍の兵士たちが、その光景の意味を理解できず、ただ呆然と立ち尽くしている中、二人は肩を並べて歩き出した。

 

「……せっかくだ。食べ比べといこうか」

 

「ええ。……私の選んだわさびの方が、香りが高いわよ」

 

二隻の巨艦が並ぶドックへ向かうその背中は、どんな恋人同士よりも仲睦まじく、そしてどんな軍隊よりも強固な絆で結ばれていた。

 

 

◇◇◇

 

 

地球衛星軌道の自由交易ステーション。

 

買い物を済ませ、有明のハーロックとクイーン・エメラルダスは、それぞれの船を出し、静かに地球を離れようとしていた。

 

たった二隻。

 

だが、その二隻は、全銀河の機械化帝国が血眼になって探す「髑髏の旗」を掲げる最強の海賊船だ。

 

その横っ面に、無粋なビームを撃ち込んだ馬鹿がいた。

 

不意打ちの高エネルギー反応。

 

だが、歴戦の勘とAIトチローの反応速度は、光速を超えていた。

 

「……トチロー! 緊急加速! エメラルダスを庇え!」

 

『合点だ! シールド展開!』

 

ネオ・アルカディア号が、巨体を滑り込ませるようにエメラルダス号の前へ出る。

 

直撃。

 

だが、フェムト単位で積層コーティングされた超鋼装甲は、そのビームをあたかもそよ風のように霧散させた。

 

装甲が赤熱することさえなく、ただ塗装が僅かに焦げただけ。

 

「……な、何事だ! 誰が撃った!?」

 

地球連邦艦隊司令部は、蜂の巣をつついたような騒ぎになった。

 

海賊相手とはいえ、ステーション近海での発砲は協定違反だ。

 

犯人は──優雅な装飾を施された、機械化帝国の貴族船だった。

 

「あの馬鹿共が……! 余計な真似を!」

 

司令官が頭を抱える。

 

手出し無用でやり過ごそうとしていたのに、寝た子を起こすどころか、ドラゴンの尾を踏みつけたのだ。

 

「無粋な。貴婦人を背中から撃つとは」

 

有明のハーロックは、艦橋で冷徹にその貴族船を見据えた。

 

自分への攻撃なら笑って許したかもしれない。

 

だが、戦友であり、大切な客人。

 

エメラルダスに向けられた刃は、万死に値する。

 

「……トチロー。アレだ」

 

『了解! 波動カートリッジ弾、装填!』

 

宇宙空間に響き渡る、あの音。

 

かつて地球を救った伝説の艦、宇宙戦艦ヤマトのショックカノンの咆哮。

 

青白い閃光が一閃し、貴族船のブリッジをピンポイントで粉砕した。

 

「接舷! ……海賊の時間だ。積荷を改めるぞ!」

 

ネオアルカディア号が、制御を失った貴族船に強引に横付けする。

 

エアロックが破られ、空間騎兵隊が雪崩れ込む。

 

連邦軍のモニターには、その一部始終が映し出されていた。

 

「司令! 海賊たちが略奪を開始しました! ……金品を奪っています!」

 

「止めさせろ! 幾ら何でも目の前で……」

 

司令官が叫ぼうとした時、オペレーターが息を呑んだ。

 

「待ってください! ……映像を拡大します! こ、これは……!」

 

大スクリーンに映し出されたのは、金塊を奪う姿だけではなかった。

 

船倉の奥深く。

 

ガラスケースに閉じ込められた、生身の人間の剥製。

 

そして、檻に詰め込まれ、怯える人々を、海賊たちが優しく抱き起こし、保護している姿だった。

 

「……人間狩り……。噂は本当だったのか……」

 

司令官の言葉が震える。

 

腐敗した連邦政府は、機械帝国の機嫌を取るために、この事実を見て見ぬふりをしてきた。

 

だが、現場の兵士たちの目は誤魔化せない。

 

自分たちが守っている「法と秩序」の裏側で、同胞たちが家畜のように扱われ、尊厳を奪われている現実。

 

それを救い出しているのは、誰だ?

 

連邦軍ではない。

 

「悪」とされる、髑髏の旗の海賊たちだ。

 

連邦艦隊の一部が、動こうとする。

 

だが、その進路を塞ぐように、深紅の飛行船が立ちはだかった。

 

クイーン・エメラルダス号。

 

砲門を開かず、ただそこに在るだけで、数千の艦隊を凍りつかせる気高き魔女。

 

『……邪魔はさせないわ。するならば、相手はこの私よ』

 

その無言の圧力が、連邦軍を縛り付ける。

 

やがて、救助と収容を終えたネオアルカディア号が離脱する。

 

「……汚物は消毒だ。三式弾、装填」

 

有明の無慈悲な号令。

 

放たれた実体弾が、醜悪な貴族船に突き刺さり、核融合の炎となってそれを浄化する。

 

宇宙の塵となって消えゆく成金船。

 

「行くぞ、エメラルダス。……蕎麦が伸びちまう」

 

ネオアルカディア号とクイーン・エメラルダス号は、悠然と回頭し、地球を背に星の海へと去っていく。

 

その時だった。

 

連邦艦隊の最後尾にいた一隻の駆逐艦が、突然、識別信号を切断した。

 

「……おい、何をしている! 戻れ!」

 

司令部の制止を無視し、その艦はゆっくりと、しかし確固たる意志を持って、海賊船の後を追い始めた。

 

続いて、巡洋艦が。護衛艦が。

 

一隻、また一隻と。

 

彼らは見たのだ。

 

機械化人の非道と、それを見逃す連邦の腐敗。

 

そして何より、己の正しさに嘘を吐かず、弱きを助け強きを挫く、本物の「漢」の背中を。

 

「……やってられるかよ! 俺たちが守るべきは、あっちだ!」

 

「ヤマトの魂は、あの緑の船にある!!」

 

義憤に震える若き士官たちが、帽子を叩きつけ、新たな旗を掲げる。

 

それは反乱ではない。 

 

「正義」への帰還だ。

 

ポツポツと増えていく追随者たち。

 

有明のハーロックは、後方のレーダー反応を見て、フッと笑った。

 

「……物好きな連中だ。だが、来るなら拒みはしない」

 

有明はマイクを握り、全艦隊へ──そして、新たに加わろうとする友へ向けて歌い出した。

 

『ラララーラ、ララララ~……』

 

それは、海賊国家船団・有明の国歌。

 

自由と誇り、そして人間の尊厳を謳う、魂の旋律。

 

『ラララーラ、ララララ~……』

 

追随する元・連邦艦のクルーたちも、涙を流しながら唱和する。

 

大合唱が、星の海に響き渡る。

 

腐りきった秩序を捨て、彼らは今、本当の自由を手に入れたのだ。

 

二隻の伝説と、それに続く新たな海賊たち。

 

その艦隊は、一陣の風となって、銀河の彼方へと消えていった。

 

 

 

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