第24話
漆黒の宇宙に、三つの軌道が交錯しようとしていた。
『親友、前方軌道交差物体だ。……照合完了、銀河超特急999号だ』
ネオアルカディア号の中枢、AIトチローの声が響く。
その報告を受けた有明のハーロックは、即座に、しかし静かに指示を出した。
「……速度このまま。面舵30、ピッチ20。下を通せ」
『りょーかい。……っと、エメラルダスの奴、そのまま行っちまったぜ?』
メインスクリーンには、深紅の飛行船クイーン・エメラルダス号が、減速することなく999号の進路を遮るように直進していく様子が映し出されている。
「フッ、それで構わんさ」
有明はグラスを揺らし、その光景を見守る。
我々、有明海賊船団は、銀河鉄道株式会社および管理局と正式な業務提携を結んでいる。
「列車の運行を妨げない」というのは、仁義以前に契約上の義務だ。
だが、彼女は違う。
誰にも縛られず、星の海をさすらう孤高の女海賊。
その気高さゆえに、道を譲るという発想はない。
『……こちらはエメラルダス。進路を横切ります。999号は速度を落としなさい』
オープン回線を通じて、冷徹な警告が響き渡る。
まさに『本物』の海賊の振る舞いだ。
巨大なエメラルダス号の横腹が、C62-48の行く手を塞ぐ壁となる。
その時だった。
カッ……!!
999号の客車の窓から、鋭い一条の光が放たれた。
それは闇を切り裂き、エメラルダス号の装甲に直撃し、火花を散らせた。
「……!」
有明の目が細められる。
見間違うはずがない。
あの独特の粒子ビームの輝き。そして、あの女海賊の船に傷をつけるほどの威力。
この宇宙で、それを成し得るのはただ一つ。
大山トチローが生涯で数丁しか作らなかった、伝説の銃。
戦士の銃。
『……撃ちやがったねえ。あの坊主』
AIトチローが、驚きと、そして隠しきれない嬉しさを滲ませて呟く。
「……ああ」
有明は頷いた。
あの客車に乗っているのが誰なのか、俺は知っている。
星野鉄郎。
母を機械化人に殺され、復讐を誓って旅をする少年。
彼が今、エメラルダスに向けて引き金を引いた理由も、俺には痛いほど分かる。
時間城。
母の仇である機械伯爵が住む、時を彷徨う幻の城。
その場所を知っているのは、この宇宙でクイーン・エメラルダスただ一人。
鉄郎は、その情報を聞き出すために、命を賭して海賊船に銃口を向けたのだ。
「……始まるか」
有明の呟きは、重く、そして厳かに響いた。
『そうだな。……忙しくなるな、有明』
これは、単なる無鉄砲な発砲ではない。
少年が「守られる子供」から「戦う男」へと脱皮し、自らの運命に決着をつけるための、終わりの始まりの号砲だ。
有明はマントを翻し、舵輪を握り直した。
999号とエメラルダス号。
そのドラマチックな邂逅を、ネオアルカディア号は静かに、しかし確かな距離を保って見守っていた。
「……行くぞ、トチロー。俺たちも準備だ」
この後、鉄郎は時間城へ向かう。
そして、その先にある惑星メーテルでの決戦。
物語はクライマックスへ向けて加速していく。
ならば、俺たち有明海賊船団にも、やるべきことがあるはずだ。
この星の海の運命を運ぶ列車が、ひとりの少年の日の心を走る時がやって来たのだ。
◇◇◇
クイーンエメラルダス号は、銀河超特急999号の左舷へ──傷ついた獣が自分の縄張りを押し返すみたいに、無言で接舷した。
艦体が触れ合う金属音は、999の客車の床まで伝わってくる。
客車の窓に映る紺と赤の船体。
それだけで乗客たちは黙り込んだ。
ドアが開く。
ブーツの音。
通路に立った女は、ただそこに居るだけで「規律」を発生させる。
銃を持つ者も、凶暴な者も、言葉を失う。
クイーンエメラルダス。
「──私の船を撃ったのは誰?」
声は低くない。強くもない。
なのに、客車の空気が凍る。
誰も答えない。
息を殺すだけだ。
「……誰も居ないとは言わせません。出て来なさい」
一歩、彼女が進むたびに、通路が狭くなる。
逃げ道はない──そう理解させる歩き方。
その時、客車の奥のドアが、ギィ、と開いた。
「……俺が撃った!」
出てきたのは、少年だった。
小さな体で、背筋だけは不自然に真っ直ぐで。
目だけが、異様に古い。
エメラルダスは眉ひとつ動かさない。
「……お前が? 賞金稼ぎか?」
少年は黙ったまま、首を横に振る。
その沈黙が、逆に答えだった。
「私に銃を向けた男で、生き延びた者は居ない……!」
抜かれる重力サーベル。
閃光が、客車の照明を押しのけた。
少年の銃が弾かれ、床を滑って転がる。
それでも少年の視線だけは外れない。
エメラルダスが歩み寄る。
サーベルの切っ先が、少年の喉元を指す。
少年はごくり、と唾を飲んだ。
それでも退かない。
「命を粗末にする愚か者……。フフッ、まだ子供ですね。あなた」
それは嘲りじゃない。
想い人のトチロー、そして己の戦友である有明のハーロック。
そんな心に少年の火を忘れない男たちの影を、エメラルダスは眼の前の少年の瞳に見た。
彼女は床の銃を拾い上げる。
拾い上げた瞬間──エメラルダスの目が、ほんのわずかに揺れた。
遠目でも分かる。
この星の海で、たった数丁しかない銃。
トチローの手が作った、戦士の銃。
エメラルダスは、銃口ではなく、その刻印を指でなぞった。
まるで人の頬に触れるみたいに。
「この銃を……どこで手に入れました?」
少年は一瞬迷ってから答えた。
「……タイタンで、お婆さんに貰ったんだ。帽子と一緒に」
「帽子?」
「……この帽子よ」
その問いに答えるように、客車の影から一人の女が現れた。
金髪。
静かな笑み。
そして──トチローの帽子。
帽子を目隠しみたいに顔の前にかざし、そっと下ろす。
「メーテル……」
エメラルダスの声が、ほんの少しだけ柔らかくなる。
魂の姉妹に呼びかける声だ。
そして彼女は、手の中の銃を見る。
次に、メーテルの帽子を見る。
点と点が線になる音がした。
「その帽子と銃の持ち主が、どこへ行ったか……聞かなかったの?」
藁を掴むみたいな問いだった。
エメラルダスにしては珍しい。
少年とメーテルは、揃って首を横に振る。
エメラルダスは目を伏せ、銃をもう一度撫でた。
それから、少年に返す。
「……いいわ。少年。あなたは──持つべきものを持っている」
「……え?」
「怒りよ。復讐よ。……そして、まだ折れていない心だ」
少年の手に銃が戻る。
それは“許し”ではない。
“道”だ。
「あなた、名前は?」
「鉄郎。星野鉄郎」
「そう。……鉄郎、あなたも星の海の男なら、私について来なさい」
エメラルダスは踵を返し、続けてメーテルを見る。
「メーテル。地球で良い物を手に入れたの。有明の所でどうかしら?」
メーテルは微笑み、静かに頷く。
「……ええ。ご同伴に預かりましょう。エメラルダス」
鉄郎はその会話の意味が分からないまま、二人の背を追った。
そして──ここで初めて気づく。
999の左舷にエメラルダス号。
ならば右舷の窓の外にある“緑”は何だ?
鉄郎が窓を見る。
緑の船体。
髑髏の旗。
男なら誰もが憧れる、あの船影。
「アルカディア号……キャプテンハーロック……!」
興奮を隠し切れない鉄郎の声。
メーテルが、ほんの少しだけ首を傾ける。
「……いいえ、少し違うわね」
その時。
カシャン、カシャン……。
拍車の音が、客車の端から近づいてくる。
客車の空気が、一瞬で変わった。
エメラルダスの背後から現れたのは、黒いマントを翻す男。
顔も、声も、佇まいも──伝説に似すぎている。
だが、右目がある。
傷がない。
「アレは夢と誇りを乗せる船、ネオアルカディア号だ」
男は窓の外を指す。
「そして、その船長がこの俺――有明のキャプテンハーロックだ」
鉄郎の目が、さらに見開かれる。
息が止まる。
「ッ……海賊船団長、有明のハーロック……!」
少年の中で、世界がひっくり返る音がした。
クイーンエメラルダス。
そして、もう一人の“キャプテンハーロック”。
この日、星野鉄郎は──星の海を自由の旗のもとに旅する二人の伝説と、真正面から交差した。
◇◇◇
999号の客車内。
少年、星野鉄郎は、目の前に現れた二人の伝説と、窓の外に浮かぶ若草色の巨艦に圧倒されていた。
海賊船団長、有明のハーロック。
その名に、鉄郎もこの星の海の若者として、宇宙海賊キャプテンハーロックと同じ程に憧れた。
機械帝国の支配に抗い、数多の難民を救い、巨大な船団国家を築き上げた「もう一人のキャプテン」。
「……鉄郎」
有明が、低い声で言った。
鉄郎がビクリとする。
「その銃は。……俺の親友の銃だ」
有明は、鉄郎の手にあるコスモドラグーンに視線を落とした。
その眼差しは、鋭いが、どこか懐かしむような温かさを帯びていた。
「……重いか、少年」
「……ああ。重いよ」
鉄郎は、両手で銃を握りしめ、有明を見上げ、そしてエメラルダスを見た。
「でも、俺はこれを撃たなきゃならないんだ。……母さんを殺した、機械伯爵を倒すために」
その瞳に宿る、決して消えない復讐の炎。
それはかつて、有明自身が画面の向こうで見て、胸を焦がした「昭和の少年」の目そのものだった。
「……いい目だ」
有明は満足げに頷き、マントを翻した。
「立ち話もなんだ。……エメラルダス、それにメーテル。積もる話もあるだろう」
有明は親指で、窓の外のネオアルカディア号を指した。
「俺の船へ来い。……地球から仕入れたばかりの『本物』がある。腹が減っては、戦もままならんぞ」
◇◇◇
ネオアルカディア号、艦長室奥のプライベート・キッチン。
そこには、銀河の歴史に残るであろう、奇妙で豪華な食卓が囲まれていた。
クイーン・エメラルダス。
メーテル。
星野鉄郎。
そして、有明のハーロック。
彼らの前にあるのは、湯気が立ち上る「ざる蕎麦」だ。
地球の清流で育った最高級の本わさびを、サメ皮のおろし金ですり下ろす。
その爽やかな辛味と香りが、部屋に満ちている。
「……うめえ!」
鉄郎が、行儀も忘れて蕎麦を啜り込む。
合成食料の味気ない麺ではない。喉越し、コシ、そして出汁の香り。
それは、彼が旅の中で忘れかけていた「人間の温かみ」そのものだった。
「……美味しいわ」
メーテルもまた、静かに箸を進める。
エメラルダスは、わさびを少し多めに乗せ、ツンとくる辛味に目を細めながら、満足げに頷いた。
「……流石ね、有明。この香りのために地球まで戻った甲斐があったわ」
「フッ。……男のこだわりというやつさ」
有明は、鉄郎の丼に海老の天ぷらを乗せてやりながら、その食べっぷりを見守っていた。
この少年が、これから向かう場所。
そこは修羅の巷だ。
トレーダー分岐点のある惑星ヘビーメルダー。
機械伯爵の住む「時間城」。
そこで彼は、母の仇を討ち、そしてトチローの死に様と向き合うことになる。
(……食える時に食っておけ、鉄郎)
有明は心の中で語りかける。
これからお前が背負う運命は、あまりに過酷だ。だが、それを乗り越えなければ、お前は「少年」から「男」にはなれない。
食事が終わり、鉄郎がお茶を飲み干した時、エメラルダスが静かに口を開いた。
「……鉄郎。貴方が探している機械伯爵の時間城……その場所を教えてあげるわ」
空気が張り詰める。
鉄郎の目が、戦士のそれに変わる。
「本当か!?」
「ええ。……トレーダー分岐点。そこに、機械伯爵の時間城はコレクションを見せにやって来る」
エメラルダスは、淡々と告げる。
それは、彼女なりの
「……行くのね、鉄郎」
メーテルが、悲しげに、しかし決然と問う。
「ああ。……俺は、そのためにここまで来たんだ」
鉄郎は立ち上がり、戦士の銃のホルスターを直した。
そして、有明に向き直った。
「……ごちそうさまでした。この蕎麦の味、一生忘れないよ」
「……礼には及ばん」
有明は立ち上がり、鉄郎の前に立った。
身長差がある。だが、魂の高さは同じだ。
「鉄郎。……一つだけ、忠告しておこう」
有明は、自分の腰にある戦士の銃に手を置いた。
「その銃は、ただの武器ではない。……友との約束、そして信念の重さだ。引き金を引く時、迷うな。……迷えば、お前自身が喰われるぞ」
「……はい!」
鉄郎は深く頷いた。
その返事に、有明はかつて自分が憧れた少年の姿を重ね、そして今、目の前にいる「本物の男」を認めた。
「……行け。999が待っている」
◇◇◇
ネオアルカディア号と、クイーン・エメラルダス号。
二隻の海賊船に見送られ、銀河超特急999号が発車する。
ポオォォォォォォッ!!
汽笛が鳴り響く。
有明は、艦橋からその光の軌跡を見送った。
「……手助けはしないの?」
隣に立つミーメが問う。
有明は首を横に振った。
「しない。……あれは、あいつの喧嘩だ」
時間城の戦い。
そこに俺たちが介入すれば、鉄郎は勝てるだろう。
だが、それでは意味がない。
彼が自らの手で過去を断ち切り、未来を掴み取らなければ、トチローの銃を受け継ぐ資格は満たされないのだ。
「……だが、見届けはさせてもらうさ」
有明はニヤリと笑った。
「トチロー。……機関始動。目標、惑星ヘビーメルダー!」
『合点だ! ……あいつの晴れ舞台だ、特等席で見たいからね!』
「エメラルダスも、同じ腹積もりだろう」
レーダーには、エメラルダス号もまた、付かず離れずの距離で999を追尾している反応があった。
過保護な海賊たちだ。
手は出さない。だが、もし「ルール違反」の横槍が入れば、その時は全火力を以て排除する。
それが、彼らなりの見守り方だった。
「……征け、星野鉄郎。……お前の旅路の果てに、何があるのか。俺に見せてくれ」
有明のハーロックは、グラスに残ったミルクを一気に飲み干し、前方の闇を見据えた。