時間城が崩れ落ち、錆びた砂塵となって風に舞う。
その瓦礫の山の上に、一本のギターが突き刺さっていた。
リューズが最期まで奏でていた、木製のギター。
全てが機械化され、永遠の時の中で腐敗していった城の中で、唯一「土に還る」ことができる有機物。
それが、悲しき魔女の墓標となった。
「……これで、お前の復讐も終わったわけだな。鉄郎」
本物のキャプテンハーロックが、マントを風になびかせながら問いかける。
それは確認ではない。少年が、復讐という名の燃料を使い果たした後、何で動くのかを試す問いだ。
鉄郎は、墓標に背を向け、ゆっくりとこちらへ歩み寄ってきた。
その足取りには、もう迷いはない。
少年特有の危うさは消え、地に足をつけた戦士の重量感が備わっていた。
「……キャプテンハーロック。それは違います」
鉄郎は、真っ直ぐにハーロックの隻眼を見据えた。
「機械伯爵や機械化人を見ていると……永遠に生きることだけが幸せじゃない。限りある命だから、人は精一杯頑張るし、思いやりや優しさが、そこに生まれるんだと、そう気が付いたんです」
鉄郎の言葉は、熱く、そして痛切だった。
トチローの生き様。アンタレスの死に様。そしてリューズの涙。
それらが彼に教えたのだ。
死なないということは、生きてもいないのと同じなのだと。
「機械の身体なんて、宇宙から全部なくなってしまえと。……僕たちはこの身体を、永遠に生きていけるからという理由だけで、機械の身体になんかしてはいけないんだと気が付いたんです」
鉄郎の瞳に、新たな炎が宿る。
それは復讐の赤黒い炎ではない。
正義と、未来への希望に燃える、青く澄んだ炎だ。
「だから僕は、アンドロメダの……機械の身体をタダでくれるという星へ行って、その星を破壊してしまいたいのです!」
その宣言に、傍らにいたメーテルがハッとして顔を上げ、そして哀しげに、けれど慈愛に満ちた瞳で鉄郎を見つめた。
彼女は知っている。その星が何であるかを。
それでも、鉄郎は選んだのだ。
鉄郎は、一度だけ振り返り、風に揺れるギターを見た。
自分を逃がしてくれたリューズ。
「取り返しのつかない昔を思い出していた」と言った彼女の孤独。
永遠の命の檻に囚われた魂たちを解放するために。
「……最初は、こんな気持ちじゃなかった。メーテル、俺を999に乗せてくれて、ありがとう」
鉄郎の感謝の言葉。
それは、彼女の旅の目的が何であれ、自分がこの答えに辿り着けたことへの、純粋な礼だった。
有明のハーロックは、その光景を腕を組んで見守りながら、心の奥底で震えていた。
(……立派だ、鉄郎)
一見すれば、星を破壊するなどという若者の暴論、あるいは破壊者の論理に聞こえるかもしれない。
だが、その瞳に狂気はない。
あるのは、人間の尊厳を守るために、諸悪の根源を断つという覚悟だけだ。
魂を腐らせ、命を冒涜するシステム。
それを取り除くために、彼は己の旗を掲げた。
それはもう、誰に守られるでもない。
一人の立派な「
本物のハーロックが、満足げに口元を緩め、頷いた。
「……そうか。ならば征け、鉄郎。お前の信じる道へ」
「はい!」
有明もまた、無言で鉄郎に敬礼を送った。
かつて画面の向こうで憧れた少年が、今、俺たちの目の前で「伝説」へと羽化しようとしている。
その門出を祝うのに、言葉はいらない。
風が吹く。
ヘビーメルダーの赤い砂塵が、999号の発車を促すように舞い上がった。
次なる戦場、惑星メーテルへ向かうために。
俺たちは、その背中を、全力で支え、見届けるだけだ。
◇◇◇
惑星ヘビーメルダーを後にした銀河超特急999号は、本来ならば一直線に終着駅たる機械化母星メーテル──アンドロメダ星雲の中心へと向かうはずだった。
だが、この世界線においてのみ存在する、もう一つの巨大な「駅」が、その旅路に割り込んだ。
海賊国家船団・有明。
宇宙の難民、脱走奴隷、そして自由を求める者たちが築き上げた、1億5000万の民を擁する移動星間国家。
「第二のトレーダー分岐点」とも呼ばれるこの場所は、銀河鉄道株式会社との正式な協定により、999号の最終整備地点として選ばれていた。
「……停車時間は99時間9分。ご乗客の皆様は、どうぞごゆっくり、この星の海のオアシスでおくつろぎください」
車掌のアナウンスと共に、999号は船団の中枢、巨大交易艦のドックへと滑り込んだ。
そこは、鉄郎が想像していた「海賊の巣窟」とは、あまりにもかけ離れた光景だった。
◇◇◇
「……メーテル。ここ、本当に海賊の国なのかい?」
鉄郎は、整備されたストリートを歩きながら、目を丸くして周囲を見回した。
ゴミ一つ落ちていない清潔な路面。
整然と立ち並ぶ商店、学校、病院。
すれ違う人々は、人間も、異星人も、機械化人も、皆穏やかな顔で挨拶を交わしている。
あの腐敗しきった地球のメガロポリスよりも、遥かに平和で、人間的な温かみに満ちていた。
「ええ、鉄郎。……ここは、有明という男が作った、もう一つの『
メーテルが静かに答える。
鉄郎は首を傾げた。
法があり、秩序があり、笑顔がある。
これのどこが海賊なのか。ただの立派な独立国家じゃないか。
そう思った矢先だった。
ウゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!
平和な街並みを切り裂くように、けたたましいサイレンが鳴り響いた。
緊急警報。
『総員に通達! 船団外縁部に敵影あり! ゾアーク帝国艦隊、急速接近中!』
その放送が流れた瞬間、街の空気が一変した。
先ほどまで商店で笑っていた店主が、エプロンを脱ぎ捨てて銃を取る。
公園で遊んでいた子供たちを、保母たちが手際よくシェルターへ誘導する。
そして、ドックからは、殺気立った戦闘艦が次々と発進していく。
その先頭を切るのは、鮮烈な若葉色の巨艦。
ネオアルカディア号。
「……行くぞ、野郎ども! 降りかかる火の粉だ、払い落とせ!」
有明のハーロックの号令が、街頭モニターを通じて響き渡る。
それに続くのは、鹵獲され、髑髏のペイントを施された機械化帝国の戦艦群や、地球連邦の脱走艦、太陽系連邦の巡洋艦。
寄せ集めだが、統率の取れた狼の群れ。
「……見て、鉄郎」
メーテルが窓の外を指差す。
モニターに映し出されたのは、一方的な「狩り」の光景だった。
ゾアーク帝国の艦隊は、哀れなほどに翻弄されていた。
ネオアルカディア号が正面から攻撃を受け止め、その隙にアンドラード人の操る高機動艦隊が側面を食い破る。
だが、彼らは敵艦を爆沈させない。
エンジンと武装だけを正確に破壊し、無力化する。
『制圧完了! 空間騎兵隊、突入! ……積荷を改めるぞ!』
エアロックがこじ開けられ、荒くれ者たちが雪崩れ込む。
彼らが運び出してくるのは、檻に閉じ込められていた奴隷たち。
そして──コンテナに満載された金塊、食料、武器、弾薬。
「……全部だ! 金目の物は根こそぎ奪え! 船ごと頂くぞ!」
「……えっ?」
鉄郎は絶句した。
救助活動かと思いきや、やっていることは紛れもない略奪だ。
金庫を破り、物資を奪い、使える船は牽引ビームで捕獲して自軍の戦力に組み込む。
慈悲はない。敵対する者、自由を奪う者からは、パンツ一枚残さず剥ぎ取る。
「……これが、海賊国家船団・有明よ」
メーテルが、淡々と告げる。
「彼らは、ただの善人ではないわ。……自由を守るためなら、悪からも奪い、力でねじ伏せる。清濁併せ呑む、強かな『海賊』なのよ」
モニターの中で、有明のハーロックがマントを翻し、解放された奴隷たちに手を差し伸べている。
そして同時に、奪った金塊の山を見て、ニヤリと悪党の笑みを浮かべていた。
「……すげえ」
鉄郎は、呆然と呟いた。
綺麗なだけの正義じゃない。
泥にまみれ、悪名を被り、それでも自分たちのルールで仲間を守り抜く。
その逞しさと、底知れないバイタリティー。
「……あの人は、本当にハーロックなんだな」
鉄郎は理解した。
この国が平和なのは、彼らが外敵に対して誰よりも恐ろしい「牙」を持っているからだと。
戦いが終わり、船団は何事もなかったかのように平穏を取り戻す。
だが、鉄郎の目にはもう、この街がただの平和な楽園には見えなかった。
ここは、星の海で生き抜く覚悟を決めた狼たちの、休息の地なのだ。