銀河超特急999号の停車時間、99時間9分。
鉄郎にとって、その約4日間は、単なる休息の時ではなく、彼の価値観を根底から揺さぶり、再構築する濃厚な授業の時間となった。
初日に見た、ゾアーク帝国艦隊との派手な艦隊戦。
あれは、この船団にとっても「祭り」に近い稀有な出来事だったのだと、鉄郎はすぐに知ることになる。
2日目。
鉄郎が交易艦の展望デッキから見たのは、ボロボロに傷つき、煙を吐きながらよろめくように入港してくる、一隻の老朽貨物船だった。
ゾアークの圧政から、あるいは機械帝国の搾取から、命からがら逃げ延びてきた難民船だ。
「……金はない! 積荷もない! だが、働ける手足はある!」
通信機越しに聞こえる、船長の必死の叫び。
入管ゲートの審査官(強面の老海賊)は、彼らの瞳をじっと覗き込み、そしてゲートを開いた。
「合格だ。……その『覚悟』があればいい。入れ」
金もコネもいらない。必要なのは、自由の旗の下で生き抜くという「意志」だけ。
港に降り立った彼らを迎えたのは、温かいスープと、真新しい作業服だった。
人間、機械化人、アンドロイド。種族など関係ない。
「よく来たな」「今日から仲間だ」と肩を叩き合う光景。
そして、彼らの居住区が足りなければ、即座に工作艦隊が動く。
ドックの奥で火花が散り、資材が組み上げられ、新たな居住ブロックが「増築」されていく。
国が狭ければ、広げればいい。
この柔軟さと逞しさこそが、海賊国家船団・有明の日常だった。
「すごいな……。どんどん大きくなっていく」
鉄郎は窓に張り付き、まるで細胞分裂のように増殖していく船団を見つめた。
それは国家というより、巨大な生き物のようだった。
◇◇◇
3日目。
この日は、海賊としての「影」の部分を見る日となった。
鉄郎は、有明の許可を得て、ネオアルカディア号の艦橋にいた。
「……出たぞ。獲物だ」
有明の低い声と共に、船団は動く。
狙うは、機械化帝国の輸送船団。それも、貴族が座乗する豪華客船だ。
戦闘は一方的だった。
抵抗する護衛艦を無力化し、強引に接舷し、乗り込む。
だが、そこから運び出されたのは、金塊だけではなかった。
「……丁重に扱え。傷をつけるなよ」
荒くれ者の海賊たちが、帽子を取り、静かに運び出してきたもの。
それは、美しいガラスケースに封じ込められた、生身の人間の「剥製」だった。
永遠の美を留めるためだけに命を奪われた、悲しき犠牲者たち。
「…くっ……母さんだけでもなく、あんなに……っ」
鉄郎は言葉を失い、拳を震わせた。
機械化人たちは、これを美術品として愛でるのか。
人の尊厳を踏みにじるにも程がある。
有明は、奪還した遺体──かつて人間だったものたちを、エアロックへと運ばせた。
そして、ハッチを開放する。
「……星の海へ還れ。これがお前たちの、本当の自由だ」
真空の宇宙へと、静かに流れていく棺桶たち。
ネオアルカディア号のクルーたちが、一斉に敬礼を送る。
それは略奪のついでではない。
むしろ、この魂の解放こそが、彼らにとっての主目的であるかのような厳粛さだった。
「……俺たちは奪う」
有明は、涙を流す鉄郎の横で、淡々と語った。
「奴らが奪った金、物資、そして尊厳。……その全てを奪い返し、あるべき場所へ還す。それが、俺たちの日常だ」
金塊は生きている者のために使い、遺体は星の海へ還す。
清濁併せ呑む、その覚悟。
4日目の朝。
出発の時が迫るホームで、鉄郎は有明を見上げた。
「……有明さん。俺、分かった気がするよ」
鉄郎は、自分の胸を叩いた。
「海賊ってのは、ただ暴れるだけじゃない。……誰も守ってくれないものを、自分の手で守る人たちのことなんだな」
「……フッ。少しは大人になったようだな、鉄郎」
有明はニヤリと笑い、鉄郎の被っているボロ帽子を深く被らせた。
「行け。……メーテルを待たせるなよ」
「うん! ……ありがとう、キャプテン!」
走り出す少年。
その背中は、来た時よりも一回り大きく見えた。
日常という名の戦いを続ける海賊国家船団・有明。
その熱気と誇りを胸に刻み、999号は再び、終わりのない旅路へと汽笛を鳴らした。
◇◇◇
銀河超特急999号のテールランプが、星の彼方へと溶けて消える。
ほんの僅かな滞在、ほんの僅かな軌道の交差。
だが、その時間は、星野鉄郎という少年の魂に、そして彼を見送った有明のハーロックの胸に、永遠に消えない熱い残り火を灯していった。
「……行ったか」
有明は、ネオアルカディア号の艦橋で、静かに呟いた。
感傷に浸る時間は終わりだ。
ここからは、大人の仕事──いや、海賊の仕事の時間だ。
有明はマントを翻し、艦内放送のマイクを強く握りしめた。
その瞳には、かつて画面の向こうで憧れた「決戦」への覚悟と、今、自身が背負う10万隻の命への責任が宿っていた。
「……全艦に告げる!」
有明の声が、海賊国家船団・有明の全ての艦艇、全ての居住区、全てのドックに響き渡る。
「総員、第一級戦闘配置!!」
その言葉が放たれた瞬間、平和な交易都市の空気は霧散し、獰猛な狼の群れが牙を剥く気配が宇宙を震わせた。
「これより我々は、機械化母星メーテル──アンドロメダへと進軍する! ……だが、これはただの戦ではない!」
有明は叫ぶ。
領土のためでも、金のためでもない。
「我らの友の遺志の焔を抱く戦友を、傷一つ付けることなく無事に地球に帰すための戦いである!!」
『オオオオオオオオオオオッ!!!』
通信回線がパンクするほどの雄叫びが、1億を超える民から上がった。
彼らは知っている。
鉄郎が背負っているものが、トチローの意志であり、アンタレスの命であり、そして自分たちが失い、取り戻そうとしている「人間の誇り」そのものであることを。
あいつを死なせるな。あいつを地球へ帰せ。
その単純で、何よりも熱い動機が、巨大船団を一つにする。
「……抜錨! 有明海賊船団、全軍発進!!」
ネオ・アルカディア号が、若葉色の輝きを放ちながら動き出す。
それに続くのは、選りすぐりの精鋭艦艇、約10万隻。
アンドラードの勇士たちが駆る高速戦艦、鹵獲された機械化帝国の超弩級戦艦、そして歴戦の老兵たちが座乗する旧式艦。
通常の星間国家の方面軍など、一飲みにしてしまえるほどの圧倒的な「暴力」の奔流。
遥か彼方へと先行する999号を追うように、巨大な光の河が銀河を流れていく。
そして、その大船団の列から少し離れた位置。
群れることなく、孤高を貫きながら、しかし同じ方角を目指す一隻の深緑の巨艦があった。
宇宙海賊戦艦 アルカディア号。
その艦橋で、本物のキャプテンハーロックは、有明が率いる大艦隊の光を見つめ、静かにグラスを傾けていた。
「……フッ。派手な道払いだな、有明」
呆れたような、しかしどこか嬉しそうな独り言。
かつては、たった一隻で挑んだ戦いだった。
だが今は、あの若き日の影が、10万の友を引き連れて共に往く。
『……ハーロック。……アイツを、頼むよ』
中枢大コンピューターから、トチローの声が響く。
それは、自らの分身である帽子と戦士の銃を受け継いだ少年への、親心にも似た祈り。
「ああ。……任せておけ」
ハーロックは頷き、舵輪を握った。
目的は同じだ。
親友の遺志を継いだ少年が、その旅路を全うし、無事に故郷の土を踏むこと。
そのために立ちはだかる者がいれば、それが機械帝国だろうと、なんだろうと、全て斬り伏せる。
「……行くぞ、アルカディア号!」
深緑のドクロ艦が、エンジンの咆哮を上げる。
ネオアルカディア号率いる有明艦隊と、伝説のアルカディア号。
二つの最強の海賊と、それに続く無数の魂が、今、決戦の地・アンドロメダへと向けて進撃を開始した。
銀河の歴史が、大きく動こうとしていた。
◇◇◇
星の海を、深紅の飛行船が往く。
クイーン・エメラルダス号。
誰にも縛られず、誰にも媚びず、ただ愛する男の影を追って宇宙をさすらう、孤高の魔女の船。
その静寂に包まれた艦橋に、懐かしく、そして切ない声が届いた。
『……エメラルダス。聞こえるか』
通信機からではない。
宇宙の真空を伝い、彼女の魂へと直接響くような、温かい響き。
アルカディア号の中枢大コンピューターとなった、大山トチローの声だ。
『アイツが……鉄郎が行くよ。俺の銃と、帽子を持って。……頼めるかい』
エメラルダスは、ワイングラスを持った手を止め、窓の外に広がる無限の闇を見つめた。
その瞳が、微かに潤む。
「……水臭いことを言うのね、トチロー」
彼女は、誰もいない艦橋で、愛しい声に応えるように呟いた。
「貴方の
鉄郎という少年。
その瞳に宿る炎を見た。
あれは、トチローと同じ炎だ。
限りある命を燃やし尽くし、信念のために戦う、不器用で美しい男の炎。
それを、機械ごときに消させるわけにはいかない。
エメラルダスは立ち上がり、真紅のマントを翻した。
「……見なさい、トチロー。貴方の新しい親友も、随分と派手に動いているわ」
彼女の視線の先、レーダーの彼方に、巨大な光の奔流が見えた。
ネオアルカディア号率いる、有明海賊船団。
10万隻を超える大艦隊が、まるで銀河を飲み込む龍のように、アンドロメダへ向けて進軍している。
「……呆れた男。たった一人の少年を守るために、国を挙げて戦争を仕掛けるなんて」
エメラルダスは、フッと口元を緩め、美しく微笑んだ。
「でも……嫌いじゃないわ。その不器用な熱さは、貴方にそっくりよ」
群れることを嫌う彼女だが、彼らが掲げる「自由の旗」への敬意は忘れない。
彼らが「盾」となり、道を切り開くなら。
私は「剣」となり、その運命を断ち切ろう。
「……行くわよ。私の船」
エメラルダス号が、重力波を蹴って加速する。
目指すは、機械化母星メーテル。
全ての因縁が渦巻く、最果ての地。
「死なせはしない。……貴方の遺志の焔は、私が守り抜く」
深紅の影が、星の海を駆ける。
ハーロック、有明、そしてエメラルダス。
三つの最強の海賊旗が、一人の少年の未来を守るために、今、同じ場所へと集結しつつあった。