有明のハーロック   作:星乃 望夢

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第27話

 

銀河超特急999号の停車時間、99時間9分。

 

鉄郎にとって、その約4日間は、単なる休息の時ではなく、彼の価値観を根底から揺さぶり、再構築する濃厚な授業の時間となった。

 

初日に見た、ゾアーク帝国艦隊との派手な艦隊戦。

 

あれは、この船団にとっても「祭り」に近い稀有な出来事だったのだと、鉄郎はすぐに知ることになる。

 

2日目。

 

鉄郎が交易艦の展望デッキから見たのは、ボロボロに傷つき、煙を吐きながらよろめくように入港してくる、一隻の老朽貨物船だった。

 

ゾアークの圧政から、あるいは機械帝国の搾取から、命からがら逃げ延びてきた難民船だ。

 

「……金はない! 積荷もない! だが、働ける手足はある!」

 

通信機越しに聞こえる、船長の必死の叫び。

 

入管ゲートの審査官(強面の老海賊)は、彼らの瞳をじっと覗き込み、そしてゲートを開いた。

 

「合格だ。……その『覚悟』があればいい。入れ」

 

金もコネもいらない。必要なのは、自由の旗の下で生き抜くという「意志」だけ。

 

港に降り立った彼らを迎えたのは、温かいスープと、真新しい作業服だった。

 

人間、機械化人、アンドロイド。種族など関係ない。

 

「よく来たな」「今日から仲間だ」と肩を叩き合う光景。

 

そして、彼らの居住区が足りなければ、即座に工作艦隊が動く。

 

ドックの奥で火花が散り、資材が組み上げられ、新たな居住ブロックが「増築」されていく。

 

国が狭ければ、広げればいい。

 

この柔軟さと逞しさこそが、海賊国家船団・有明の日常だった。

 

「すごいな……。どんどん大きくなっていく」

 

鉄郎は窓に張り付き、まるで細胞分裂のように増殖していく船団を見つめた。

 

それは国家というより、巨大な生き物のようだった。

 

 

◇◇◇

 

 

3日目。

 

この日は、海賊としての「影」の部分を見る日となった。

 

鉄郎は、有明の許可を得て、ネオアルカディア号の艦橋にいた。

 

「……出たぞ。獲物だ」

 

有明の低い声と共に、船団は動く。

 

狙うは、機械化帝国の輸送船団。それも、貴族が座乗する豪華客船だ。

 

戦闘は一方的だった。

 

抵抗する護衛艦を無力化し、強引に接舷し、乗り込む。

 

だが、そこから運び出されたのは、金塊だけではなかった。

 

「……丁重に扱え。傷をつけるなよ」

 

荒くれ者の海賊たちが、帽子を取り、静かに運び出してきたもの。

 

それは、美しいガラスケースに封じ込められた、生身の人間の「剥製」だった。

 

永遠の美を留めるためだけに命を奪われた、悲しき犠牲者たち。

 

「…くっ……母さんだけでもなく、あんなに……っ」

 

鉄郎は言葉を失い、拳を震わせた。

 

機械化人たちは、これを美術品として愛でるのか。

 

人の尊厳を踏みにじるにも程がある。

 

有明は、奪還した遺体──かつて人間だったものたちを、エアロックへと運ばせた。

 

そして、ハッチを開放する。

 

「……星の海へ還れ。これがお前たちの、本当の自由だ」

 

真空の宇宙へと、静かに流れていく棺桶たち。

 

ネオアルカディア号のクルーたちが、一斉に敬礼を送る。

それは略奪のついでではない。

 

むしろ、この魂の解放こそが、彼らにとっての主目的であるかのような厳粛さだった。

 

「……俺たちは奪う」

 

有明は、涙を流す鉄郎の横で、淡々と語った。

 

「奴らが奪った金、物資、そして尊厳。……その全てを奪い返し、あるべき場所へ還す。それが、俺たちの日常だ」

 

金塊は生きている者のために使い、遺体は星の海へ還す。

 

清濁併せ呑む、その覚悟。

 

4日目の朝。

 

出発の時が迫るホームで、鉄郎は有明を見上げた。

 

「……有明さん。俺、分かった気がするよ」

 

鉄郎は、自分の胸を叩いた。

 

「海賊ってのは、ただ暴れるだけじゃない。……誰も守ってくれないものを、自分の手で守る人たちのことなんだな」

 

「……フッ。少しは大人になったようだな、鉄郎」

 

有明はニヤリと笑い、鉄郎の被っているボロ帽子を深く被らせた。

 

「行け。……メーテルを待たせるなよ」

 

「うん! ……ありがとう、キャプテン!」

 

走り出す少年。

 

その背中は、来た時よりも一回り大きく見えた。

 

日常という名の戦いを続ける海賊国家船団・有明。

 

その熱気と誇りを胸に刻み、999号は再び、終わりのない旅路へと汽笛を鳴らした。

 

 

◇◇◇

 

 

銀河超特急999号のテールランプが、星の彼方へと溶けて消える。

 

ほんの僅かな滞在、ほんの僅かな軌道の交差。

 

だが、その時間は、星野鉄郎という少年の魂に、そして彼を見送った有明のハーロックの胸に、永遠に消えない熱い残り火を灯していった。

 

「……行ったか」

 

有明は、ネオアルカディア号の艦橋で、静かに呟いた。

 

感傷に浸る時間は終わりだ。

 

ここからは、大人の仕事──いや、海賊の仕事の時間だ。

 

有明はマントを翻し、艦内放送のマイクを強く握りしめた。

その瞳には、かつて画面の向こうで憧れた「決戦」への覚悟と、今、自身が背負う10万隻の命への責任が宿っていた。

 

「……全艦に告げる!」

 

有明の声が、海賊国家船団・有明の全ての艦艇、全ての居住区、全てのドックに響き渡る。

 

「総員、第一級戦闘配置!!」

 

その言葉が放たれた瞬間、平和な交易都市の空気は霧散し、獰猛な狼の群れが牙を剥く気配が宇宙を震わせた。

 

「これより我々は、機械化母星メーテル──アンドロメダへと進軍する! ……だが、これはただの戦ではない!」

 

有明は叫ぶ。

 

領土のためでも、金のためでもない。

 

「我らの友の遺志の焔を抱く戦友を、傷一つ付けることなく無事に地球に帰すための戦いである!!」

 

『オオオオオオオオオオオッ!!!』

 

通信回線がパンクするほどの雄叫びが、1億を超える民から上がった。

 

彼らは知っている。

 

鉄郎が背負っているものが、トチローの意志であり、アンタレスの命であり、そして自分たちが失い、取り戻そうとしている「人間の誇り」そのものであることを。

 

あいつを死なせるな。あいつを地球へ帰せ。

 

その単純で、何よりも熱い動機が、巨大船団を一つにする。

 

「……抜錨! 有明海賊船団、全軍発進!!」

 

ネオ・アルカディア号が、若葉色の輝きを放ちながら動き出す。

 

それに続くのは、選りすぐりの精鋭艦艇、約10万隻。

 

アンドラードの勇士たちが駆る高速戦艦、鹵獲された機械化帝国の超弩級戦艦、そして歴戦の老兵たちが座乗する旧式艦。

 

通常の星間国家の方面軍など、一飲みにしてしまえるほどの圧倒的な「暴力」の奔流。

 

遥か彼方へと先行する999号を追うように、巨大な光の河が銀河を流れていく。

 

そして、その大船団の列から少し離れた位置。

 

群れることなく、孤高を貫きながら、しかし同じ方角を目指す一隻の深緑の巨艦があった。

 

宇宙海賊戦艦 アルカディア号。

 

その艦橋で、本物のキャプテンハーロックは、有明が率いる大艦隊の光を見つめ、静かにグラスを傾けていた。

 

「……フッ。派手な道払いだな、有明」

 

呆れたような、しかしどこか嬉しそうな独り言。

 

かつては、たった一隻で挑んだ戦いだった。

 

だが今は、あの若き日の影が、10万の友を引き連れて共に往く。

 

『……ハーロック。……アイツを、頼むよ』

 

中枢大コンピューターから、トチローの声が響く。

 

それは、自らの分身である帽子と戦士の銃を受け継いだ少年への、親心にも似た祈り。

 

「ああ。……任せておけ」

 

ハーロックは頷き、舵輪を握った。

 

目的は同じだ。

 

親友の遺志を継いだ少年が、その旅路を全うし、無事に故郷の土を踏むこと。

 

そのために立ちはだかる者がいれば、それが機械帝国だろうと、なんだろうと、全て斬り伏せる。

 

「……行くぞ、アルカディア号!」

 

深緑のドクロ艦が、エンジンの咆哮を上げる。

 

ネオアルカディア号率いる有明艦隊と、伝説のアルカディア号。

 

二つの最強の海賊と、それに続く無数の魂が、今、決戦の地・アンドロメダへと向けて進撃を開始した。

 

銀河の歴史が、大きく動こうとしていた。

 

 

◇◇◇

 

 

星の海を、深紅の飛行船が往く。

 

クイーン・エメラルダス号。

 

誰にも縛られず、誰にも媚びず、ただ愛する男の影を追って宇宙をさすらう、孤高の魔女の船。

 

その静寂に包まれた艦橋に、懐かしく、そして切ない声が届いた。

 

『……エメラルダス。聞こえるか』

 

通信機からではない。

 

宇宙の真空を伝い、彼女の魂へと直接響くような、温かい響き。

 

アルカディア号の中枢大コンピューターとなった、大山トチローの声だ。

 

『アイツが……鉄郎が行くよ。俺の銃と、帽子を持って。……頼めるかい』

 

エメラルダスは、ワイングラスを持った手を止め、窓の外に広がる無限の闇を見つめた。

 

その瞳が、微かに潤む。

 

「……水臭いことを言うのね、トチロー」

 

彼女は、誰もいない艦橋で、愛しい声に応えるように呟いた。

 

「貴方の遺志(こころ)を継いだ子が、死地へ向かおうとしているのよ。……私が黙って見ているとでも思ったの?」

 

鉄郎という少年。

 

その瞳に宿る炎を見た。

 

あれは、トチローと同じ炎だ。

 

限りある命を燃やし尽くし、信念のために戦う、不器用で美しい男の炎。

 

それを、機械ごときに消させるわけにはいかない。

 

エメラルダスは立ち上がり、真紅のマントを翻した。

 

「……見なさい、トチロー。貴方の新しい親友も、随分と派手に動いているわ」

 

彼女の視線の先、レーダーの彼方に、巨大な光の奔流が見えた。

 

ネオアルカディア号率いる、有明海賊船団。

 

10万隻を超える大艦隊が、まるで銀河を飲み込む龍のように、アンドロメダへ向けて進軍している。

 

「……呆れた男。たった一人の少年を守るために、国を挙げて戦争を仕掛けるなんて」

 

エメラルダスは、フッと口元を緩め、美しく微笑んだ。

 

「でも……嫌いじゃないわ。その不器用な熱さは、貴方にそっくりよ」

 

群れることを嫌う彼女だが、彼らが掲げる「自由の旗」への敬意は忘れない。

 

彼らが「盾」となり、道を切り開くなら。

 

私は「剣」となり、その運命を断ち切ろう。

 

「……行くわよ。私の船」

 

エメラルダス号が、重力波を蹴って加速する。

 

目指すは、機械化母星メーテル。

 

全ての因縁が渦巻く、最果ての地。

 

「死なせはしない。……貴方の遺志の焔は、私が守り抜く」

 

深紅の影が、星の海を駆ける。

 

ハーロック、有明、そしてエメラルダス。

 

三つの最強の海賊旗が、一人の少年の未来を守るために、今、同じ場所へと集結しつつあった。

 

 

 

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