アンドロメダ星雲。
そこには、機械の体を持つ者が永遠の繁栄を謳歌し、生身の人間が部品として消費される、狂気と鉄の惑星があった。
機械化母星メーテル。
銀河超特急999号の終着駅であり、時の流れを旅する女・メーテルの宿命そのものである星。
その重力圏に、三つの巨大な海賊旗が翻った。
深緑の巨艦、アルカディア号。
その艦橋で、キャプテンハーロックは、眼下に広がる機械の都市を見下ろしていた。
「……男なら、危険をかえりみず、死ぬとわかっていても行動しなければならない時がある。敗けるとわかっていても、戦わねばならない時がある。……鉄郎はそれを知っていた」
ハーロックの独白に応えるように、肩に止まったトリさんが「カラカラ」と鋭く鳴いた。
彼にとって、星野鉄郎はただの少年ではない。
トチローの死を共に看取り、その遺志を受け継ぎ、共に墓標を立てた「戦友」だ。
その友が今、たった一人で巨大な運命の歯車を壊そうとしている。
ハーロックはマントを翻し、鋭い眼光で全クルーに告げた。
「いいか、鉄郎にかすり傷ひとつ付けるな。無事に地球へ帰すのだ!」
「「「ヨーソロー!!」」」
アルカディア号が咆哮を上げる。
それは、友を守るための、最強の盾となる決意の轟音。
◇◇◇
その側方、深紅の飛行船クイーン・エメラルダス号。
艦橋に立つエメラルダスは、胸元のペンダント──トチローの記憶に触れるように手を当て、静かに呟いた。
「……わかっているわ、トチロー」
彼女の視線は、惑星の中心部、999号が停車しているエリアへと向けられている。
「あなたの遺志は、鉄郎がちゃんと受け継いだ。……あの子は、私たちの希望。死なすわけにはいかない」
気高き魔女の瞳が、戦闘モードへと切り替わる。
愛する男の分身──戦士の銃を持つ少年を守るためなら、この星ごと地獄へ沈めることも厭わない。
深紅の船体が、殺気という名のオーラを纏う。
◇◇◇
そして、後方に展開する10万の大船団。
その旗艦、若葉色のネオ・アルカディア号。
有明のハーロックは、腕を組み、モニターに映る敵の大艦隊を睨み据えていた。
『決戦だな、友よ』
船体と一体化したAIトチローの声が、静かに、しかし熱く響く。
「ああ。……だが、終わりではない。始まりだ」
有明はニヤリと笑った。
この戦いは、機械化帝国の崩壊の序曲であり、人間が人間としての誇りを取り戻すための、最初の一歩だ。
鉄郎が機械化母星のシステムを崩壊させる。
その脱出路を確保し、未来へと繋げるのが、俺たち「大人」の役目だ。
有明はマイクを握りしめ、10万隻、1億5000万の同志へ向けて叫んだ。
「……総員、戦闘配置!!」
その声は、有明海賊船団の隅々まで染み渡る。
「鉄郎の帰り路を、我らの手で切り拓くのだ!! 邪魔する奴は、一匹残らず叩き潰せ!!」
ズオォォォォォォォォォッ!!
三方向から放たれた殺気が、アンドロメダの宇宙を震わせる。
伝説のハーロック、不滅のエメラルダス、そして新時代の有明。
三人の海賊が、機械帝国という巨悪に対し、同時に牙を剥いた。
「全艦、突撃!!」
光の奔流が、機械化母星へと降り注ぐ。
それは破壊の光ではない。
一人の少年の未来を照らす、希望の灯火だった。
◇◇◇
機械化母星メーテルの地表が割れ、無数の戦闘衛星や迎撃ミサイル、そして首都防衛のために残されていた駆逐艦や巡洋艦が、怒れる蜂の群れのように宇宙空間へと舞い上がってくる。
平和ボケしていたとはいえ、腐っても大帝国の本星。その防衛火力は、ひとつの星系を焼き払えるほどの密度を持っていた。
だが、それを受ける「海賊」たちの覚悟は、鉄の量よりも重い。
「……散開! 敵の目を引きつけろ!!」
有明海賊船団、10万隻。
その巨大な竜の群れが、指揮官の号令と共に左右へと大きく展開した。
彼らの役目は、敵の主力を999号の発着場から遠ざけること。
アンドラードの歴戦の勇士たちが操る高機動艦が、挑発するように敵陣を掠め飛び、火力自慢の鹵獲戦艦が派手な花火を打ち上げる。
機械化帝国の防衛システムは、その圧倒的な数と変幻自在な動きに翻弄され、照準を分散させられる。
その隙を突き、三つの巨星が動く。
「……行かせないわ」
深紅の飛行船、クイーン・エメラルダス号。
彼女は砲撃戦には加わらず、一直線に999号が停車している銀河鉄道ターミナルの上空へと降下した。
そして、その巨大な船体を横たえ、発着口を物理的に塞ぐ「蓋」となった。
空から降り注ぐ瓦礫や、狙い撃ちしてくる敵機のビームを、その身を盾にして受け止める。
エメラルダスは艦橋で腕を組み、微動だにしない。
愛する人の遺志を継ぐ少年と、魂の妹メーテル。
彼らを乗せた列車が動き出すその瞬間まで、彼女は決してそこを退かない。鉄壁の守護神。
◇◇◇
そして、その守護神への道を切り開くために、二頭の猛獣が暴れ回る。
深緑のアルカディア号。
若草色のネオアルカディア号。
示し合わせたわけではない。無線でのやり取りすらない。
だが、二人の船長と、二人のトチローは、呼吸をするように自然に役割を悟っていた。
エメラルダスが盾なら、俺たちは矛だ。
敵の防衛網を食い破り、鉄郎の血路を開く。
二隻の三連装パルサーカノンが、同時に火を噴く。
緑の閃光が幾重にも交差し、迫りくる機械帝国の巡洋艦を飴細工のように溶解させ、爆散させる。
その破壊力は、松本零士が描いた「最強」の具現化だ。
そして、その二隻の船尾楼。
防弾ガラスに守られた艦橋ではなく、宇宙空間に晒された甲板の上。
そこにある「艦外舵輪」を握る、二人の男の姿があった。
風のない宇宙で、重力制御の余波を受けて激しくはためく黒いマント。
胸に輝く白き髑髏。
宇宙海賊キャプテンハーロック。
有明のキャプテンハーロック。
彼らは並走し、互いの姿を視界の端に捉えながら、それぞれの舵を力強く握りしめていた。
「……道を開けろ! 俺たちの友が通る!」
有明が叫ぶ。
その声は真空を超え、魂の波動となって戦場に響く。
「……邪魔する者は、神でも許さん!」
ハーロックが唸る。
その殺気だけで、敵の電子回路が恐怖に凍りつく。
彼らは往く。
自由のために戦い、誇りのために血を流す。
一人の少年の未来を守るために、全宇宙を敵に回して暴れ回る、最強にして最後のロマンチストたち。
機械化母星の空が、爆炎と閃光で染め上げられていく。
だが、その光の中で、二つのドクロの旗だけは、決して焼かれることなく、誇らしげに翻り続けていた。
◇◇◇
機械化母星メーテルの空は、爆炎とビームの閃光でどす黒く染め上げられていた。
有明海賊船団の陽動により、主力艦隊は釘付けになっている。
だが、この星そのものが巨大な兵器だ。
大地の裂け目から、ビルの隙間から、無限に湧き出る戦闘衛星と自動迎撃機。
それらは、まるで巣を荒らされた蜂の群れのように、二隻の緑の巨艦へと殺到していた。
「……鬱陶しいハエ共だ!」
有明が舵輪を切り、ネオアルカディア号を急旋回させる。
だが、その隙を突いて、地上の対空要塞からプラズマ砲とメーザー砲の集中砲火が放たれた。
狙いは、先行するアルカディア号。
「……ッ!」
シールドが悲鳴を上げ、飽和したエネルギーが深緑の装甲を食い破る。
分厚い装甲板が紙切れのように宇宙空間へ吹き飛び、第2主砲塔が根元から爆発を起こして沈黙した。
「ハーロック!! ぐぅぅっ」
有明が叫ぶ。
だが、その刹那。
ネオ・アルカディア号もまた、死角からのミサイル直撃を受けた。
艦底が突き上げられる衝撃。
第3砲塔損傷。
そして、揺らぎ、薄くなった艦橋上部のシールドをすり抜け、一条のパルスビームが有明の頬を掠めた。
「……ッ」
焼けるような痛み。
皮膚が裂け、鮮血が舞う。
だが、有明は舵輪から手を離さない。
呻き声を喉の奥で押し殺し、顔を上げた。
その口元は、苦痛に歪むどころか、獰猛な三日月のような弧を描いていた。
「……フッ、ハハハ……!」
笑いが込み上げてくる。
これが痛みか。これが死の感触か。
ふと横を見れば、並走するアルカディア号の艦外甲板で、キャプテンハーロックもまた、頬から血を流しながら、不敵に笑っていた。
「……いい面構えだ、有明」
通信機越しではない。
魂の回線を通じて、その声が聞こえた気がした。
「……ああ。悪くない気分だ」
有明は、流れる血を拭いもせず、前方の敵群を睨み据えた。
硝煙の匂い。オゾンの臭気。そして、自らの血の鉄錆びた香り。
そう、この風、この肌触りこそ、戦の香り。
海賊が最も好み、そして最も生き生きとする瞬間だ。
「……行くぞ、ハーロック! 鉄郎の道を作る!」
「……ああ!」
傷ついた二隻の巨獣が、血を流しながらさらに加速する。
痛みは恐怖ではない。
俺たちが今、ここに生きて、自由のために戦っているという、何よりの証明なのだから。
◇◇◇
風が変わった。
その変化を最初に感じ取ったのは、キャプテンハーロックだった。
まるで嵐が不自然に途切れたかのように、空間を埋め尽くしていた対空砲火の弾幕が、フッと沈黙したのだ。
それは、敵が攻撃を諦めたのではない。
攻撃するためのエネルギーそのものが──惑星の心臓が、止まったのだ。
「……風が、止んだな」
通信機越しに聞こえるハーロックの静かな呟き。
その直後、有明のハーロックの肌に、戦慄にも似た新たな「風」が吹き付けた。
それは、破壊と再生の予感。
「……やったか、鉄郎……!」
有明は、血の滲む頬を拭うことも忘れ、眼下の巨大な機械都市を見下ろした。
あの一点。
鉄郎が、メーテルの父・ドクターバンの宿るペンダントを、惑星の中心核へと投げ込んだのだ。
無限のエネルギーを誇った機械化母星が、今、自らの重力に耐えきれず崩壊を始めている。
「……トチロー! 急速浮上だ! 舵を一杯に引け!」
有明が叫ぶ。
このまま地表付近に留まれば、断末魔の星が吐き出すプロミネンス──灼熱の炎に、船ごと焼かれる。
『合点だ! ……すごいエネルギーだ、振り落とされるなよ!』
ネオアルカディア号が、軋む船体を震わせて上昇する。
それに呼応するように、深緑のアルカディア号も、深紅のクイーン・エメラルダス号も、一斉に宇宙を目指して駆け上がる。
そして──。
惑星メーテルが、内側から裂けた。
大地が割れ、巨大なビル群が、工場が、そして機械化人たちの誇った文明が、火柱と共に中心核へと吸い込まれていく。
重力の崩壊。
星が、自らを喰らい尽くす。
「……見ろ。星が死ぬ」
有明は、艦橋の窓に手をつき、その壮絶な光景を目に焼き付けた。
亀裂から噴き出す紅蓮の光。
そして、無音の閃光と共に、巨大な惑星が弾け飛んだ。
衝撃波が船団を揺らす。
だが、その光が収まった後に残っていたのは、煌めく無数の星屑と、静寂だけだった。
かつてアンドロメダの女王として君臨した惑星は、ただの宇宙の塵へと還ったのだ。
その星屑の海を、一筋の蒸気が切り裂いていく。
ポオォォォォォォォォォォッ!!
銀河超特急999号。
崩壊の淵から生還したC62-48が、勝利の汽笛を高らかに鳴らしながら、光のレールを疾走してくる。
その客車には、少年から大人へと脱皮した鉄郎と、運命を受け入れたメーテルが乗っているはずだ。
999号の右舷、傷だらけの三隻の船が並ぶ。
ネオアルカディア号。
アルカディア号。
クイーン・エメラルダス号。
どの船も、装甲はめくれ、黒煙を吐き、満身創痍だ。
だが、その傷跡こそが、友のために戦い、自由と誇りを守り抜いた、何よりの勲章だった。
その時、有明海賊船団の全艦から、自然発生的に歌声が湧き上がった。
『ラララーラ、ララララ~、ラララーラ、ララララ~……』
それは、機械帝国の支配を終わらせた凱歌。
そして、新たな時代の幕開けを告げる、人間の讃歌。
10万隻、1億5000万人の魂が、アンドロメダの宇宙に響き渡る。
「……聞いたか、鉄郎。これが、お前が切り拓いた未来の音だ」
有明は、遠ざかる999号に向けて、グラスを掲げた。
機械化母星は落ちた。
この事実は、瞬く間に全銀河へ広がり、圧政に苦しむ人々を一斉蜂起させるだろう。
反撃の狼煙は上がったのだ。
列車は往く。
海賊たちもまた、往く。
今はまだ、交わす言葉はない。
だが、いつかまた、この果てしない星の海のどこかで、その軌道が交差する時が来るだろう。
「……さらばだ、999」
「……鉄郎。いつかまた、星の海のどこかで逢おう」
有明のハーロックとキャプテンハーロックは、マントを翻し、新たな航路へと舵を切った。
終わりなき旅は、まだ続いていく。
自由の旗が、星の風に高らかにはためいていた。