有明のハーロック   作:星乃 望夢

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第31話

 

有明の空を埋め尽くす20万隻の船団。

 

だが、世界中から押し寄せる「夢見る者たち」の波は止まらない。

 

収容限界を示すアラートが、ネオ・アルカディア号のメインコンピューターで鳴り響く。

 

「……資材が足りません! 地上の廃材やリサイクルだけでは、新規造船が追いつかない!」

 

工作艦隊の責任者(アンドロイド化した元・町工場の親父)が悲鳴を上げる。

 

地球の資源を勝手に掘り尽くすわけにはいかない。それは略奪ではなく、ただの環境破壊だ。俺たちはこの星を守るために来たのであって、食い潰すために来たのではない。

 

有明のハーロックは、眉一つ動かさずに即答した。

 

「……ないなら、ある所へ取りに行けばいい」

 

彼は天井──遥か彼方の宇宙を指差した。

 

「火星と木星の間だ。……腐るほど石ころ(アステロイド)が転がっているだろう?」

 

「はっ…!? そうか、すっかり忘れてました…!」

 

「資源採掘艦隊、出動! ……ワープを使えば数分の距離だ」

 

「了解!ちょっとそこのコンビニへ言ってきますね!」

 

現代からすれば常識外れの号令が下る。

 

有明の上空から、ドリルやアームを装備した無骨な採掘艦たちが、次々と姿を消す。

 

空間跳躍(ワープ)。

 

瞬きする間に、彼らは数億キロ彼方のアステロイドベルトへ到達する。

 

そこは、鉄、ニッケル、レアメタルが無尽蔵に眠る宝の山だ。

 

「掘れ! 砕け! 積み込め! 詰め放題だぁ!!」

 

遠慮はいらない。誰の持ち物でもない星屑だ。

 

採掘艦が腹いっぱいに鉱石を飲み込むと、即座に反転、ワープで地球へ戻る。

 

そのピストン輸送を支えるのは、やはり「鉄路の王」たちだった。

 

シュウウウウウ……!!

 

C62-49『XYZ号』。

 

普段の倍以上の貨車を連結した黒鉄の貨物列車が、宇宙空間に敷設された光のレールを疾走する。

 

さらに、船団内に支社を構えていた銀河鉄道株式会社の貨物列車たちも、この緊急事態にフル稼働していた。

 

『俺たちも手伝うぞ! じっとしてたら釜が錆びちまう!』

 

時空嵐に巻き込まれ、元の宇宙へ帰れずにいた貨物列車の機関士たちが、自ら志願して輸送網に加わる。

 

アステロイドベルトから地球衛星軌道へ。

 

途切れることのない物資の流れ(ロジスティクス)が構築された。

 

 

◇◇◇

 

 

地球静止衛星軌道。

 

そこは今、人類史上最大の「宇宙造船所」と化していた。

 

運び込まれた小惑星サイズの資源が、溶解炉へ放り込まれ、精製され、新たな装甲板へと変わっていく。

 

だが、それでもまだ遅い。

 

移民希望者は秒単位で増えている。

 

「……間に合わん! ドックが足りない!」

 

「ならば、力技だ」

 

有明のハーロックは、冷徹かつ合理的な指示を飛ばす。

 

「スピードが足りないなら、倍にすればいい。……工作艦隊、『工作艦』を作れ」

 

「は?」

 

「船を作るための船を、まず量産しろということだ。ネズミ算式に生産ラインを増やせ!」

 

自己増殖型建造ドクトリン。

 

工作艦が、新たな工作艦を作り、その二隻がさらに四隻を作る。

 

物理的な力技と、AIトチローの超並列演算による工程管理が、幾何級数的な生産速度を実現する。

 

火花が散り、レーザーが走り、瞬く間に巨大な『ヱルトリウム級都市艦』のフレームが組み上がっていく。

 

それは、地球の地上から見上げれば、新たな星座が猛スピードで描かれていくような、幻想的で恐ろしい光景だった。

 

有明の上空、そして世界中の空から、途切れることのない光の帯が宇宙へと昇り続けている。

 

それは、人類史上かつてない規模の「民族大移動」であり、地球という惑星から「夢見る力」そのものが根こそぎ引き抜かれていく光景だった。

 

「……おいおい、本気かあいつは」

 

深緑の巨艦、アルカディア号の艦橋。

 

本物のキャプテンハーロックは、モニターに映し出される地球の混乱ぶりを見て、呆れを通り越し、腹の底から込み上げる笑いを堪えきれなくなっていた。

 

ニュース映像が伝えている。

『世界中の主要都市で機能が麻痺!』

『病院、学校、工場……あらゆる場所から人が消えました!』

『株価は大暴落! 経済活動が停止しています!』

 

無理もない。

 

有明のハーロックは、ただの難民を受け入れたのではない。

 

現状に満足できない、野心ある若者。

 

技術を持て余していたエンジニア。

 

社会の理不尽に耐えていた労働者たち。

 

つまり、この星を動かしていた「エンジン」となるべき人間、星の魂とも呼べる夢と希望と野心を根こそぎ略奪しているのだ、一人残らず連れて行こうとしているのだ。

 

「……フッ、ククク……! ハーッハッハッハッ!!」

 

ついに、ハーロックが声を上げて笑った。

 

それは、いつ以来か思い出せないほどの、心の底からの高笑いだった。

 

「見ろ、エメラルダス! あの男、地球の『中身』を空っぽにする気だぞ!」

 

隣に立つクイーン・エメラルダスもまた、優雅な口元を手で隠しながら、肩を震わせていた。

 

「……ええ。本当に、とんでもない男だわ」

 

彼女は、ネオ・アルカディア号の方角を見やり、可笑しくて仕方がないといった風情で呟く。

 

「金銀財宝じゃない。……この星が何百年もかけて育んできた『人材』と『未来』を、根こそぎ略奪しているのよ」

 

政府が崩壊しようが、経済が死のうが、知ったことか。

 

有明のハーロックは、「夢を見る資格のある奴」を全員、自分の船に乗せる。

 

残されたのは、夢を忘れた者と、既得権益にしがみつく者、そして空っぽになった社会システムだけ。

 

これは、宇宙海賊の歴史上、最大にして最悪の「略奪」だ。

 

「……痛快だな」

 

ハーロックは涙を拭い、ニヤリと笑った。

 

「誰に遠慮することもない。……欲しいものは奪う。それが『夢』であってもな」

 

「そうね。……あそこまで徹底的にやられると、清々しいわ」

 

エメラルダスもまた、満足げに頷く。

 

彼らは知っている。

 

この馬鹿げた行いこそが、海賊(アウトロー)の真骨頂であることを。

 

法も、常識も、国家の存亡さえも、掲げたドクロの旗の前では紙切れ同然。

 

「連れて行きたいから連れて行く」。

 

そのエゴイズムこそが、この男を「本物」たらしめている。

 

 

◇◇◇

 

 

一方、当の本人──有明のハーロックは、第二のトレーダー分岐点と呼ばれる面目躍如の働きを見せてくれる入国ゲートを見下ろしながら、不敵に言い放っていた。

 

「……おい、地球の各国政府が泣きついてきたぞ。『頼むから技術者と医者だけは返してくれ』だと。キャプテン、どうします?」

 

『どうするんだい?友よ』

 

AIトチローの問いに、有明は鼻で笑った。

 

「……知ったことか」

 

彼はマントを翻す。

 

「返してほしければ、彼らが帰りたくなるような世界を自分たちで作るんだな。……俺たちは、奪ったのではない。彼らが『選んだ』のだ」

 

有明は、眼下に広がる数億の「共犯者」たちを見渡した。

 

「定員オーバー? 上等だ。詰め込め! 屋根の上でも、エンジンの隙間でもいい! ……この船に乗りたいという馬鹿野郎は、一人残らず連れて行く!」

 

その宣言に、船団中からどっと歓声が上がる。

 

それは、地球という檻を壊した、勝利の雄叫びだった。

 

ハーロックとエメラルダスは、その熱狂を聞きながら、再び顔を見合わせ、楽しげにグラスを掲げた。

 

「……フッ、海賊の王だな」

 

「ええ。……付き合ってあげるわ、あの大馬鹿者に」

 

全ての夢を略奪し、空っぽになった地球に。

 

海賊たちは、高らかに笑う。

 

それこそが、最強の「海賊のやり方」だった。

 

 

◇◇◇

 

 

有明の空を覆う、巨大な影。

 

それはもはや「船」という概念を超越していた。

 

全長70km、全幅20km、全高9km。

 

地球帝国宇宙軍の超弩級万能宇宙戦艦『ヱルトリウム』のデータを基に、海賊国家の総力を挙げて建造された都市型武装艦が50隻。

 

さらに、その1/10スケールとはいえ、全長7kmを誇る『ヱクセリヲン級』の武装居住艦が8700隻。

 

これら巨人の群れこそが、令和の地球から「夢」を握りしめて駆けつけた、12億1600万人のための新たな「揺りかご」であり「鎧」だった。

 

だが、彼らは揺りかごで眠る赤子ではなかった。

 

「……おい、キャプテン! いつまで俺たちをお客さん扱いする気だ!」

 

ドックに詰めかけた人々が、有明のハーロックに向かって叫ぶ。

 

その目は、飢えた狼のようにギラついている。

 

「俺たちは、ハーロックに守られに来たんじゃない! ……共に戦い、共に生きる為に来たんだ!!」

 

「俺にも船をくれ! 舵輪を握らせろ!」

 

元々いた海賊国家船団のクルーたちが、全体のわずか1割になってしまうほどの膨大な新参者たち。

 

だが、その全員が、松本零士という男が夢見た星の海に焦がれ、魂を燃やす「同志」だった。

 

有明は、彼らの熱気を受けて、凶悪なまでにニヤリと笑った。

 

「……いいだろう。欲しいならくれてやる。……ただし、半端な船ではないぞ」

 

工作艦隊がフル稼働する。

 

アステロイドベルトから運ばれた無尽蔵の資源と、AIトチローの演算能力、そしてヲタクたちの狂気じみた情熱が、次々と「最強の船」を産み落としていく。

 

最初は、鹵獲データから再現された機械化帝国の戦艦。

 

次に、拡散波動砲やショックカノンを標準装備した地球連邦宇宙軍の主力戦艦やアンドロメダ級。

 

だが、それだけでは止まらない。

 

松本零士宇宙には、かつての激戦の記憶(データ)と残骸が眠っていた。

 

ガミラス帝国の戦闘艦。

白色彗星帝国の駆逐艦。

暗黒星団帝国の巨大戦艦。

イルミダス軍の艦艇。

機械帝国艦船。

メタノイド機動戦闘艦。

 

「……すげえ。図鑑で見たやつが全部ある」

 

宇宙の歴史博物館? いや、生きた博物館だ。

 

かつての敵も味方も関係ない。「カッコいい船」は全て再現し、乗り回す。

 

それが、この海賊国家の流儀だ。

 

全ての船のマストには、誇らしげに「髑髏の旗」が掲げられ、船体にはドクロのマーキングが施されている。

 

だが──。

 

その無秩序なほどの艦隊列の最前線。

 

「国防軍旗艦」として配備された三隻の船だけは、異質な静けさを纏っていた。

 

一隻は、鮮烈な青色をした、デスラー艦。

 

そして二隻の、宇宙戦艦ヤマト。

 

一隻は昭和の泥臭さを極めたオリジナル版。もう一隻は、精密なディテールの2199版。

 

それらの船体には、どこを探しても「ドクロ」がない。

 

海賊旗も掲げられていない。

 

ただ、オリジナルの威容そのままに、深淵なる宇宙を見据えている。

 

「……キャプテン。なぜ、あの最強の三隻に俺たちの旗を掲げないんですか?」

 

新入りの若者が問う。

 

最強の船にこそ、最強の旗印が相応しいはずだ、と。

 

有明のハーロックは、静かに首を横に振った。

 

「……掲げられないのさ」

 

有明は、モニターに映る青きデスラー艦を見つめた。

 

「あれは、ガミラスの総統、デスラーの座乗艦だ。……ヤマトを幾度も窮地に追い込み、そして認め合った永遠のライバル。彼の誇りは、例え海賊であっても、他者の旗の下に下ることを良しとしない」

 

デスラー艦にドクロを塗ることは、あの気高き総統の“意地”を塗り潰すことになる。

 

それは、ファンとして、そして男として最大の不敬だ。

 

そして、視線を二隻のヤマトに移す。

 

「ヤマトも同じだ。……昭和のヤマトは、沖田艦長の魂そのものだ。地球を救うために命を削り、還らぬ人となった彼の“死に方”を、俺たちの海賊旗で上書きすることはできん」

 

それは聖域だ。

 

沖田十三という男の生き様に、海賊の論理を持ち込むことは許されない。

 

「2199のヤマトもな。……あれは、古代進という若き戦術長が、兄の死やガミラスとの対話という重荷を背負いながら進んだ船だ。その“背負い方”をねじ曲げてはならん」

 

だから、描かない。

 

掲げない。

 

彼らは「海賊国家船団・有明」の一部でありながら、精神的には独立した「客将」であり、不可侵の「神体」なのだ。

 

この面倒くさいまでの拘り。

 

だが、それを徹底して守り抜くのが、昭和の少年たちの矜持であり、有明のハーロックが愛する「不器用な誠実さ」だった。

 

「……分かったか。俺たちは無法者だが、無礼者ではない」

 

有明は、三隻のレジェンド艦に向けて、心の中で敬礼を送った。

 

「彼らは、ドクロの旗がなくとも、俺たちと共に戦ってくれる。……それは、契約ではなく『信頼』と『敬意』で繋がっているからだ」

 

20万もの大船団。

 

その中心で、何も描かれていない三隻の船だけが、逆説的に最も強い存在感を放っていた。

 

それは、信念と誇り、そして先人への敬意に満ちた、美しき連携の姿だった。

 

 

 

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