有明のハーロック   作:星乃 望夢

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第32話

 

かつて全宇宙にその覇権を広げようとした軍事国家、イルミダス。

 

だが、その本星は何者かの力によって突如として消え失せ、彼らは一夜にして「侵略者」から「亡国の民」へと転落した。

 

宇宙の摂理は残酷だ。

 

かつて彼らに虐げられた星々の民は、ここぞとばかりに牙を剥く。

 

敗走するイルミダス艦隊は、補給もままならず、憎悪と報復の連鎖の中で擦り減っていた。

 

だが、この海賊国家船団・有明だけは違った。

 

巨大居住艦『ヱクセリヲン』級の酒場通り。

 

そこに、肩を落として歩く男たちがいた。

 

イルミダスの元軍人たちだ。

 

彼らは、周囲からの罵倒や投石を覚悟して身構えていた。

 

特に、かつて彼らが占領し、屈辱を与えた「地球人(テラン)」が多く住むこの区画では、生きて帰れないかもしれないとすら思っていた。

 

「……おい、アンタ」

 

赤提灯の暖簾をくぐった先で、一人の小柄な地球人の男が声をかけてきた。

 

イルミダスの将校は、反射的に腰の銃に手を伸ばしかけた。

 

「……復讐か? 地球人よ」

 

将校が低い声で問う。

 

だが、地球人の男──令和の日本から来た「松本零士ファン」の中年は、穏やかな顔で徳利を差し出しただけだった。

 

「……いいや。一杯どうだと言ったんだ」

 

「……何?」

 

「ここ座れよ。……アンタら、ゼーダ総司令の部下だったんだろう?」

 

その名が出た瞬間、イルミダス兵たちの目に動揺が走った。

 

ゼーダ。

 

かつて地球攻略軍の総司令官でありながら、本星の腐敗した高官たちとは違い、武人の誇りと騎士道精神を貫いた男。

 

キャプテンハーロックと一対一の決闘を行い、満足して散った英雄。

 

「……なぜ、閣下のことを知っている」

 

「知っているさ。……俺たちは、あの人の潔さと、あんたら現場の兵士たちが、本星の無理難題に苦しんでいたことも知っている」

 

地球人の男は、猪口(ちょこ)に酒を注ぐ。

 

「俺たちが憎むのは、誇りを捨てた外道だけだ。……ゼーダ総司令のように、信念を持って戦った男たちを責めたりはしない」

 

「……ッ」

 

イルミダス兵の手が震える。

 

故郷を失い、全宇宙から蔑まれ、誇りさえも泥にまみれていた彼らにとって、その言葉はどんな救援物資よりも染みた。

 

「……俺たちも同じさ」

 

隣の席から、機械化人の古参兵が声をかける。

 

「俺も昔は、機械帝国の兵士だった。……だが、今はただの海賊だ。ここでは、過去の所属なんて関係ねえ。あるのは『今、どう生きるか』だけだ」

 

「……そうよ。飲みなさいな」

 

アンドラード星の異星人の女将が、煮込みの皿をドンと置く。

 

彼女の故郷もまた、機械帝国の侵略によって焼かれた。だが、彼女は目の前の敗残兵を憎むことはしなかった。

 

憎しみの連鎖を断ち切るために、この船団はあるのだから。

 

「……かたじけない」

 

イルミダス将校は、涙を堪えるように顔を伏せ、差し出された酒を煽った。

 

その背中を、地球人が、機械化人が、アンドロイドが、優しく叩く。

 

ネオアルカディア号の艦長室。

 

有明のハーロックは、モニターに映るその光景を見つめ、満足げに頷いた。

 

「……いい酒だ」

 

かつて、本物のハーロックとトチローが、ゼーダの死に際して敬意を表したように。

 

この船団の民もまた、その精神を受け継いでいる。

 

敵であっても、誇り高き者には敬意を。

 

敗れし者には、再起の杯を。

 

「……過去は変えられん。だが、この旗の下でなら、新しい生き方は選べる」

 

有明は、イルミダスの流民たちを受け入れる書類にサインをした。

 

彼らは優秀な軍人であり、規律を知る者たちだ。

 

彼らが加われば、この船団の守りはより強固になるだろう。

 

「ようこそ、自由の海へ。……誇り高き敗者たちよ」

 

海賊国家船団・有明。

 

そこは、銀河のあらゆる場所で居場所を失くした者たちが、最後に辿り着き、そして「友」として再生する、奇跡の坩堝だった。

 

 

◇◇◇

 

 

巨大な居住艦『ヱクセリヲン』級の片隅にある、薄暗い酒場。

 

そこには、青い肌をした男たちが、肩をすぼめるようにしてグラスを傾けていた。

 

ガミラス人。

 

かつて地球を滅亡の淵に追いやった遊星爆弾の悪魔。あるいは、ネオ・ガミラスとして銀河を荒らし回った侵略者の末裔。

 

時空の嵐に巻き込まれてヤマトや地球と戦っていた1000年前から来た者もいれば、今の時代で国を失い流浪する者もいる。

 

だが、彼らに共通しているのは「敗者としての孤独」だ。

 

他の星系に行けば、彼らは石を投げられる。「侵略者」「悪魔」と罵られ、その誇り高き「ガーレ・ガミロン(ガミラス万歳)」の言葉すら、喉の奥に押し込めなければ生きていけない。

 

「……ここも、いつまで居られるか」

 

一人のガミラス将校が、自嘲気味に呟く。

 

海賊国家船団・有明は寛容だ。だが、自分たちは地球人にとって不倶戴天の敵だったはずだ。いつ憎悪を向けられてもおかしくはない。

 

その時だった。

 

隣の席にいた地球人──令和の日本から来た「ヤマトファン」の中年たちが、徳利を片手にスッと席を移動してきた。

 

「……おい、アンタ。背中が泣いてるぞ」

 

「……何?」

 

ガミラス将校が身構える。だが、地球人の男は、穏やかな、いや、どこか「憧れ」にも似た眼差しで彼を見ていた。

 

「俺たちは知っているんだ。……アンタたちが、ただの悪党じゃないってことをな」

 

地球人は、お猪口に酒を注ぎながら語りかける。

 

「母なる星・ガミラスの寿命。……愛する民を救うために、汚名を被ってでも修羅の道を歩んだ総統の苦悩。……そして、イスカンダルとの悲しき双子星の運命」

 

「な、なぜそれを……!?」

 

「俺たちの世界の『歴史書(アニメ)』に、全部描いてあるからさ」

 

地球人の男たちは、ニヤリと笑った。

 

彼らは、『宇宙戦艦ヤマト』という物語を通じて、ガミラスの誇りと、その滅びの美学を骨の髄まで知っている。

 

勧善懲悪? そんな単純な話ではない。

 

互いに正義があり、互いに守るべきものがあったからこそ、命を懸けて戦ったのだ。

 

「俺たちは、アンタたちを恨んじゃいない。……むしろ、その不器用なまでの『愛国心』と『忠誠』に、涙したもんだ」

 

地球人の一人が、スクッと立ち上がった。

 

そして、店内の空気を変えるように、深く息を吸い込み、朗々と歌い始めた。

 

『……青き花咲く、大地……気高き我が故郷……』

 

ガミラス将校が、目を見開いた。

 

その旋律。その歌詞。

 

それは、彼らが公の場で口にすることを禁じられ、心の中でしか歌えなかった、魂の歌。

 

ガミラス国歌『永遠に讃えよ我が光』。

 

「……き、貴様ら……」

 

「歌えよ、ガミラス人!」

 

地球人たちが手拍子を打つ。

 

馬鹿にしているのではない。

 

「誇りを取り戻せ」という、友としての叱咤だ。

 

「ここでは、誰もアンタらを止めない! ……叫べ! 総統の名を! 故郷の名を!」

 

ガミラス将校の震える唇が、ゆっくりと動く。

 

そして、堰を切ったように、声が迸った。

 

「……ガーレ! ガミロン!! ガーレ、ガミラス!!」

 

その叫びに呼応して、店にいた全てのガミラス人が立ち上がる。

 

青い肌に、紅潮が差す。

 

涙を流しながら、彼らは歌った。かつての敵である地球人と肩を組み、高らかに。

 

『……讃えよ! ガルマン・ガミラス!』

 

『響け歓喜の歌〜、神の加護は我らと共にあり続けん〜』

 

 

『ガーレ! ガミロン! 讃えよ、祖国の勝利よ! 誇り高き、我らが同胞よ!!』

 

酒場が、大合唱に包まれる。

 

それは侵略の歌ではない。

 

故郷を想い、散った友を想う、男たちの挽歌であり、賛歌だ。

 

「……ありがとう。……友よ」

 

歌い終えたガミラス将校が、地球人の男の手を握りしめ、深々と頭を下げた。

 

1000年の時と、次元の壁を超えて。

 

かつての宿敵同士が、グラスを合わせる。

 

ネオアルカディア号の艦長室。

 

有明のハーロックは、その様子をモニターで見つめ、静かにワインを煽った。

 

「……いい歌だ」

 

隣には、ガミラス人から贈られた、ガミラスワインのボトルがある。

 

「誇りを捨てぬ者に、国境はない。……存分に歌え」

 

海賊国家船団・有明。

 

そこは、銀河で唯一、敗者が胸を張り、かつての敵と友になれる、奇跡の「中立地帯」だった。

 

 

◇◇◇

 

 

有明上空、暗黒の宇宙に浮かぶ、光の銀河。

 

よく見ればそれは星の集まりではない。

 

全長70キロメートルを超える都市艦『ヱルトリウム級』を中核とし、無数の『ヱクセリヲン級』、そして古今東西のあらゆるSF艦艇が連なる超巨大船団の輝きだ。

 

海賊国家船団・有明。

 

そこは「行き場のない魂」が集まる、第二のトレーダー分岐点だった。

 

巨大なドックの酒場。

 

そこには、かつては想像もし得なかった光景が広がっている。

 

「……おう、メタノイドの旦那。身体が冷えてるな、熱燗でもどうだ?」

 

「……ふむ。有機生命体の摂取する液体燃料か。……悪くない」

 

鋼鉄の細胞を持つメタノイドが、令和のサラリーマンだった男と肩を並べている。

 

機械化人が、生身の子供と笑い合っている。

 

アンドロイドが、職人の親父に怒鳴られながら、嬉しそうに頭を掻いている。

 

彼らは皆、かつて何かを失った者たちだ。

 

地球での過酷な現実に心を摩耗した者。

 

機械化帝国の圧政に絶望した者。

 

永遠の命という虚無に倦んだ者。

 

種族の壁や、生まれの不幸に、諦めを抱いていた者たち。

 

だが、この船団(くに)は、彼らに「失くしたもの」を再び与えた。

 

夢。

 

希望。

 

野心。

 

「……いい風だ」

 

旗艦ネオ・アルカディア号の艦橋。

 

有明のハーロックは、眼下に広がる12億の民の灯火を見つめ、静かにグラスを傾けた。

 

かつて、有明の西ホールの片隅で、たった一人で震えていた「偽物」の海賊。

 

だが今、彼の背中には、銀河中のアウトローたちが憧れ、敬意を表する「本物」のマントが翻っている。

 

『……退屈しないねえ、この世界は』

 

船体と一体化したAIトチローが、満足げに呟く。

 

「ああ。……これだけの馬鹿野郎どもが集まれば、退屈している暇などないさ」

 

有明はニヤリと笑った。

 

ここは、終わりのない旅の途中。

 

傷ついた者が羽を休め、錆びついた者が油を差し、そして再び己の足で立つための場所。

 

誰かが歌い出す。

 

いつもの、あの歌を。

 

『ラララーラ、ララララ~……』

 

それは、勝利の凱歌であり、鎮魂歌であり、そして明日への応援歌。

 

その歌声は、真空の海を越えて、遠く離れた地球へ、アンドロメダへ、そしてまだ見ぬフロンティアへと響き渡っていく。

 

 

◇◇◇

 

 

海賊国家船団・有明の最深部にある、超巨大工廠艦。

 

そこは、銀河の歴史を凝縮した「博物館」であり、同時に最も熱い「再生の炉」でもあった。

 

火花が散り、レーザー溶接の光が明滅する中、次々と産声を上げていくのは、かつてこの宇宙の覇権を争い、そして散っていった名鑑たちだ。

 

異次元の空洞から現れる、目玉のような不気味かつ威圧的な艦首を持つガミラス帝国のデストロイヤー艦。

 

白く、幾何学的で、圧倒的な物量を感じさせる白色彗星帝国(ガトランティス)の大戦艦。

 

黒く、重厚で、不沈の要塞のごとき威容を誇る暗黒星団帝国の巨大戦艦。

 

そして、無機質で冷徹なフォルムを持つ、メタノイドの機動戦艦。

 

それらは、過去の亡霊ではない。

 

この船団に辿り着いた流浪の民たちが、自分たちの手に馴染んだ「最高の剣」を、有明の技術力と資源で蘇らせた、魂の器だった。

 

「……これだ。この操縦桿の感触だ」

 

完成したばかりのガミラス艦のブリッジで、青い肌の老艦長が、震える手でコンソールを撫でていた。

 

国は滅びた。総統も遠い。

 

だが、この艦がある限り、ガミラスの誇りは死なない。

 

「……地球の技術(オタクのこだわり)は化け物か。リベットの数まで完璧に再現されておる」

 

隣のドックでは、イルミダスの将校が、かつて自分たちが乗っていた戦艦の完璧な再現度に舌を巻いている。

 

だが、その船体に刻まれているのは、イルミダスの紋章と共に、有明海賊船団の「髑髏」のマークだ。

 

 

◇◇◇

 

 

居住艦の酒場では、信じがたい光景が広がっていた。

 

かつては互いにビームを撃ち合い、殺し合った種族たちが、同じテーブルを囲んでいる。

 

地球連邦の元軍人が、白色彗星帝国の元兵士に酒を注ぐ。

 

機械化人が、暗黒星団帝国のサイボーグと腕相撲に興じている。

 

そして、その片隅で、鋼鉄の皮膚を持つメタノイドが、静かにグラスを見つめていた。

 

本来、感情を持たず、有機生命体を蔑むはずの彼らが、ここでは静かに「熱」を帯びていた。

 

「……故郷(ヘルキャッスル)は遠い」

 

メタノイドの一人が、無機質な声で呟く。

 

「我々は、機能美と効率のみを追求してきた。……だが、この船団の『非効率』な熱量は、なぜか心地よい」

 

彼らは、戦いに敗れ、あるいは組織に見切りをつけ、宇宙を彷徨った末にここに辿り着いた。

 

冷たい宇宙で凍えていた彼らを、有明のハーロックは「来る者は拒まず」と受け入れた。

 

与えられたのは、温かいエネルギーと、役割(しごと)と、そして「仲間」という概念。

 

「……おい、メタノイド。湿っぽい顔をするな」

 

アンドラード星の戦士が、メタノイドの肩を叩く。

 

「俺たちは皆、一度は母星を失くした『根無し草』だ。……だが、今は違う」

 

戦士は、窓の外に広がる20万隻の大船団を指差した。

 

「あれが、俺たちの新しい星だ」

 

その言葉は、酒場にいた全ての「敗者」たちの胸に火を点けた。

 

ガミラス人も、イルミダス人も、地球人も。

 

かつて守るべき場所を失い、誇りを奪われ、難民として宇宙をさすらった絶望を知っている。

 

だからこそ、この場所の「温かさ」が、何よりも代えがたいものであると、骨の髄まで知っている。

 

一人の艦長が立ち上がり、拳を突き上げた。

 

「……二度と、失うものか!!」

 

その叫びは、瞬く間に伝播した。

 

「そうだ! ここは俺たちの国だ! 俺たちの星だ!」

 

「侵略者どもめ! 来るなら来い! この『有明』を奪おうとする奴は、銀河の果てまで追いかけて叩き潰す!」

 

「ガーレ・ガミラス! ガーレ・アリアケ!!」

 

彼らの瞳に宿るのは、かつて母星を守れなかった悔恨ではない。

 

二度目の故郷を、今度こそ守り抜くという、鬼気迫る決意だ。

 

多種多様な艦艇。バラバラな種族。

 

だが、その心臓(エンジン)が奏でる鼓動のリズムは、完全に一致している。

 

 

◇◇◇

 

 

ネオアルカディア号の艦長室。

 

有明のハーロックは、モニター越しに聞こえてくる、多言語が入り混じった「誓い」の雄叫びを聞きながら、静かに目を閉じた。

 

「……聞いたか、トチロー」

 

『ああ。……頼もしいねえ。かつての敵が、最強の味方になる。これぞ海賊の醍醐味だ』

 

「……彼らにとって、この船団は『第二の母星』だ。大地はなくとも、魂が根を下ろせる場所」

 

有明はグラスを掲げた。

 

「ならば、俺たちはその根を守る『土』であり『海』であればいい」

 

ガミラスの艦が、優雅に回頭する。

 

白色彗星の艦が、重厚なエンジン音を響かせる。

 

メタノイドの艦が、冷たくも鋭い輝きを放つ。

 

かつてのアニメの歴史では、決して交わることのなかった艦隊が、今、一つの旗の下に集結している。

 

それは、いかなる正規軍よりも強く、そして何よりも「誇り高い」海賊艦隊の姿、夢のドリームチーム艦隊だった。

 

 

 

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