有明のハーロック   作:星乃 望夢

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第34話

 

海賊国家船団・有明における「月曜日の夜」は、宗教的な儀式にも似た、厳粛かつ神聖な時間帯だった。

 

巨大な都市艦『ヱルトリウム級』の第1番艦。

 

その中央広場にあるメガビジョン前には、仕事上がりの労働者、学校帰りの子供たち、そしてこの世界に骨を埋める覚悟を決めた元・地球市民たちが、鈴なりになって集まっていた。

 

時刻は20時00分。

 

広場の照明が少しだけ落とされる。

 

ざわめきが、波が引くように消える。

 

画面に映し出されるのは、蒸気機関車の動輪。

 

そして、ささきいさお氏の歌声と、あのナレーション。

 

『……汽笛が鳴る。……夜汽車が走り出す』

 

「……始まった」

 

最前列に陣取った日本人の古参オタクが、感極まったように呟く。

 

その隣で、アメリカ人のマイクも、フランス人のジャンも、息を呑んで画面を見つめる。

 

今週は第何話だ? 鉄郎はどんな星へ行く?

 

彼らは知っている。これはただのアニメではない。自分たちが今生きているこの宇宙の「真実の歴史書」であり、魂の教科書なのだ。

 

物語が佳境に入る。

 

鉄郎が涙を流し、メーテルが憂いを帯びた瞳で宇宙を見つめる。

 

「いいシーンだ……」「ここ、ここが泣けるんだよ……」

 

広場全体が、感動の涙と鼻水をすする音で満たされようとしていた、その時。

 

ピロリロリン! ピロリロリン!

 

無粋極まりない電子音が、艦内放送から響き渡った。

そして、あろうことか、メガビジョンの画面が「L字型」に縮小され、右側と下側に真っ赤なテロップが流れたのだ。

 

【緊急速報:敵勢力接近中。総員、第一種戦闘配置】

 

【UN連合艦隊および多国籍軍戦闘機、領空侵犯。攻撃態勢】

 

「……あ゛あ゛?」

 

ドスの利いた低い声が、広場のあちこちから漏れた。

 

日本政府は沈黙しているが、空気を読まない他国の連合軍や国連軍が、「海賊船団の活動停止」を求めて、無謀な攻撃を仕掛けてきたのだ。

 

よりによって、月曜の20時。

 

鉄郎が大事な台詞を言おうとしている、その瞬間に。

 

「……ふざけんなよ……」

 

一人の男が立ち上がった。

 

普段は温厚な、元・市役所職員の日本人だ。

 

だが今の彼の顔は、般若のように歪み、血管がブチ切れそうに浮き上がっている。

 

「L字……! 貴様らぁ……、またL字か!!!!」

 

それは、かつて平成・令和の日本で、いいところで地震速報や選挙速報に画面を占領され、録画を台無しにされたオタクたちのトラウマと怨念の爆発だった。

 

「再放送がある? アーカイブがある? ……だからどうした!」

 

フランス人のジャンが、ワイングラスを地面に叩きつけて叫ぶ。

 

「我々が見たいのは『今』だ! この空気、この共有感! ……それを、無粋なテロップで汚すとは!!」

 

広場の空気が、感動から殺意へと一瞬で反転した。

 

「……やっちまええええ!!!!」

 

「俺たちのゴールデンタイムを返せぇぇぇ!!!!」

 

***

 

UN連合の艦隊司令官は、我が目を疑った。

 

海賊船団から、信じられない数の機動兵器と戦闘艇が、まるで怒れる蜂の大群のように飛び出してきたからだ。

 

「な、なんだあの反応速度は!? まだ警告もしていないぞ!」

 

通信回線を開こうとするが、そこから聞こえてきたのは、交渉の言葉ではなく、地獄の底からの呪詛だった。

 

『……いいところだったんだぞ、コラァァァァッ!!』

 

『テロップが! メーテルの顔に被っただろうが!!』

 

『万死! 万死に値する!!』

 

「は? アニメ? 何を言って……」

 

司令官が困惑する間に、海賊たちの怒りの鉄槌が下された。

 

手加減? ない。

 

慈悲? あるわけがない。

 

ショックカノン、パルサーカノン、ミサイル、ビーム。

 

「早く終わらせて続きを見る」という一点に集中した殺意の弾幕が、連合艦隊を襲う。

 

「ひぃぃぃ! 撤退! 撤退だ!」

 

「こいつら狂ってる!」

 

最新鋭のはずの地球製戦闘機が、次々と火だるまになる。

 

海賊たちは、撃墜した敵機を一瞥もせず、即座に反転して母艦へと帰投していく。

 

その間、わずか数分。

 

「……掃除完了! 放送に戻れ!!」

 

艦橋。

 

有明のハーロックは、そのあまりの殲滅速度に呆れつつ、ニヤリと笑った。

 

「……まったく。娯楽を奪われた人間の怒りほど、恐ろしいものはないな」

 

『違いないね。……でも、気持ちは分かるさ』

 

AIトチローが苦笑いしながら、放送システムを正常化させる。

 

L字テロップが消え、画面がフルサイズに戻る。

 

もちろん、放送は一時停止されていたわけではないため、シーンは進んでしまっている。

 

広場に戻った戦士たちは、少し息を切らしながらも、再び画面に見入る。

 

「……ちっ、CMに入っちまったか」

 

「まあいい。再放送で補完するさ」

 

彼らは席に座り直し、酒を煽る。

 

先ほどまでの殺気が嘘のように、また「少年」の顔に戻って。

 

だが、その瞳の奥には、確固たる教訓が刻まれている。

 

『俺たちの楽しみを邪魔する奴は、誰であろうと排除する』。

 

この日以降、地球側の軍隊の間で、ある都市伝説が囁かれるようになった。

 

「月曜夜8時は、絶対に有明船団に近づくな」。

 

「奴らはその時間、悪魔になる」。

 

海賊国家船団・有明。

 

そこは、世界で一番「テレビの時間」を大切にする、最強に迷惑で、最高に人間臭い国だった。

 

 

◇◇◇

 

 

火曜日の夜。

 

海賊国家船団・有明の周辺宙域は、奇妙なほどの静寂に包まれていた。

 

昨夜の『銀河鉄道999』放送時に起きたような、無粋なL字テロップや緊急警報は一切ない。

 

レーダーには、敵影の一つも映っていない。

 

なぜなら──朝のうちに、全て「掃除」し終えていたからだ。

 

「……999は、まだ旅の途中だ。邪魔が入っても『次がある』と思える余裕がある」

 

有明船団の最前衛、国防軍艦隊のブリッジで、一人の男が低い声で唸るように言った。

 

彼は、元・海上自衛隊の艦長であり、今はガミラス艦の艦長を務める日本人だ。

 

「だが……ヤマトは、ダメだ…!」

 

彼の言葉に、周囲のクルーたち──青い肌をした本物のガミラス人、そして地球から来た筋金入りのヤマトファンたちが、無言で、しかし深く首を縦に振る。

 

「あれは、俺たちの誇りだ。地球人と、ガミラス人の……魂の根幹だ」

 

だからこそ、彼らは動いた。

 

放送時間の12時間も前から、日本周辺の領空・領海、さらには公海上に展開する国連軍や各国の軍隊に対し、徹底的な妨害工作を行ったのだ。

 

通信回線はジャミングで麻痺させ、偵察衛星はハッキングで視界を奪う。

 

そして、少しでもこちらの空域に近づこうとする気配を見せた部隊には、警告なしの威嚇射撃と、超高機動による「追い出し」を敢行した。

 

『……今日の放送を邪魔する奴は、全艦隊を以て排除する』

 

その鬼気迫る殺気に、地球側の軍隊は「今日は何かが違う」「ヤバイ」と本能で悟り、蜘蛛の子を散らすように撤退していったのだ。

 

 

◇◇◇

 

 

そして、時刻は19時00分。

 

国防軍艦隊が停泊する区画の巨大広場には、青と赤、そして地球防衛軍カラーの制服に身を包んだ数千万の「戦士」たちが整列していた。

 

正面の巨大スクリーン。

 

その左右には、実物の宇宙戦艦ヤマトと、青きデスラー艦が鎮座している。

 

「……楽団、演奏用意!」

 

号令と共に、広場の中央に陣取った本物のガミラス人軍楽隊が、金管楽器を構える。

 

指揮棒が振られる。

 

荘厳で、重厚な旋律が宇宙に響き渡る。

 

『ガミラス国歌』。

 

その旋律に合わせ、肌の色も、生まれた星も違う男たちが、声を合わせて歌い出す。

 

『……青き花咲く〜大〜地……』

 

地球人が、ガミラスの歌を歌う。

 

ガミラス人が、地球の言葉で唱和する。

 

かつては敵同士だった。憎しみ合った歴史があった。

 

だが、松本零士という創造主の世界において、彼らは戦いの中で互いを認め合い、最後には背中を預け合う「友」となったのだ。

 

歌が終わると同時に、誰かが拳を突き上げた。

 

「ガーレ・ガミロン!!」

 

その叫びは、燎原の火のように広場全体へ燃え広がる。

 

「ガーレ・ガミラス!!」

 

「ガーレ・デスラー!!」

 

総統への忠誠。それは独裁者への服従ではない。

 

高潔なる指導者への、男としての敬意だ。

 

「ガーレ・ヤマト!!」

 

そして、地球を救った希望の艦への賛美。

 

「ガーレ・アリアケ!!」

 

最後に、この場所を作り、自分たちを引き合わせた船団長への感謝。

 

どよめきが最高潮に達した時、スクリーンの映像が切り替わる。

 

無限に広がる大宇宙。

 

そして、ささきいさお氏の、あのイントロ。

 

『さらば~地球よ~……』

 

その瞬間、広場は水を打ったように静まり返った。

 

数千万人が、直立不動のまま、あるいは涙を流しながら、画面を凝視する。

 

沖田艦長の「何もかも懐かしい」という呟きに、本物のガミラス人がハンカチで目頭を押さえる。

 

古代進が「波動砲発射!」と叫ぶシーンで、地球人の若者がガミラス人の肩を叩き、無言で頷き合う。

 

そこには、敵も味方もない。

 

あるのは、滅びの美学と、愛のために戦う者たちへの、共通した「畏敬の念」だけだ。

 

 

◇◇◇

 

 

ネオ・アルカディア号の艦橋。

 

有明のハーロックは、その荘厳すぎる鑑賞会の様子をモニターで見つめ、満足げにワインを回した。

 

「……まったく。行儀の良い連中だ」

 

『違いないね。……朝からあんなに暴れ回って「場所取り」をしてたとは思えない静けさだ』

 

AIトチローが苦笑する。

 

「……ヤマトは特別だからな」

 

有明は、遠くに見えるデスラー艦とヤマトのシルエットに目を細めた。

 

あれは、俺たちの原点であり、決して汚してはならない聖域。

 

だからこそ、彼らは全力で「静寂」を勝ち取ったのだ。

 

放送が終わり、エンディングテーマが流れる。

 

広場の戦士たちは、誰からともなく敬礼を捧げた。

 

それは、画面の中の英雄たちへ、そして隣にいる戦友へ向けられた、最大級の感謝の証だった。

 

「……よし。来週も、この時間を死守するぞ」

 

「応ッ!!」

 

彼らは再び、それぞれの持ち場へと散っていく。

 

その足取りは軽い。

 

魂の燃料を満タンに補給した彼らは、明日もまた、地球連邦軍の通信回線をメチャメチャに麻痺させながら、誇り高き「海賊(ファン)」として戦い続けるのだろう。

 

 

 

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