海賊国家船団・有明における「月曜日の夜」は、宗教的な儀式にも似た、厳粛かつ神聖な時間帯だった。
巨大な都市艦『ヱルトリウム級』の第1番艦。
その中央広場にあるメガビジョン前には、仕事上がりの労働者、学校帰りの子供たち、そしてこの世界に骨を埋める覚悟を決めた元・地球市民たちが、鈴なりになって集まっていた。
時刻は20時00分。
広場の照明が少しだけ落とされる。
ざわめきが、波が引くように消える。
画面に映し出されるのは、蒸気機関車の動輪。
そして、ささきいさお氏の歌声と、あのナレーション。
『……汽笛が鳴る。……夜汽車が走り出す』
「……始まった」
最前列に陣取った日本人の古参オタクが、感極まったように呟く。
その隣で、アメリカ人のマイクも、フランス人のジャンも、息を呑んで画面を見つめる。
今週は第何話だ? 鉄郎はどんな星へ行く?
彼らは知っている。これはただのアニメではない。自分たちが今生きているこの宇宙の「真実の歴史書」であり、魂の教科書なのだ。
物語が佳境に入る。
鉄郎が涙を流し、メーテルが憂いを帯びた瞳で宇宙を見つめる。
「いいシーンだ……」「ここ、ここが泣けるんだよ……」
広場全体が、感動の涙と鼻水をすする音で満たされようとしていた、その時。
ピロリロリン! ピロリロリン!
無粋極まりない電子音が、艦内放送から響き渡った。
そして、あろうことか、メガビジョンの画面が「L字型」に縮小され、右側と下側に真っ赤なテロップが流れたのだ。
【緊急速報:敵勢力接近中。総員、第一種戦闘配置】
【UN連合艦隊および多国籍軍戦闘機、領空侵犯。攻撃態勢】
「……あ゛あ゛?」
ドスの利いた低い声が、広場のあちこちから漏れた。
日本政府は沈黙しているが、空気を読まない他国の連合軍や国連軍が、「海賊船団の活動停止」を求めて、無謀な攻撃を仕掛けてきたのだ。
よりによって、月曜の20時。
鉄郎が大事な台詞を言おうとしている、その瞬間に。
「……ふざけんなよ……」
一人の男が立ち上がった。
普段は温厚な、元・市役所職員の日本人だ。
だが今の彼の顔は、般若のように歪み、血管がブチ切れそうに浮き上がっている。
「L字……! 貴様らぁ……、またL字か!!!!」
それは、かつて平成・令和の日本で、いいところで地震速報や選挙速報に画面を占領され、録画を台無しにされたオタクたちのトラウマと怨念の爆発だった。
「再放送がある? アーカイブがある? ……だからどうした!」
フランス人のジャンが、ワイングラスを地面に叩きつけて叫ぶ。
「我々が見たいのは『今』だ! この空気、この共有感! ……それを、無粋なテロップで汚すとは!!」
広場の空気が、感動から殺意へと一瞬で反転した。
「……やっちまええええ!!!!」
「俺たちのゴールデンタイムを返せぇぇぇ!!!!」
***
UN連合の艦隊司令官は、我が目を疑った。
海賊船団から、信じられない数の機動兵器と戦闘艇が、まるで怒れる蜂の大群のように飛び出してきたからだ。
「な、なんだあの反応速度は!? まだ警告もしていないぞ!」
通信回線を開こうとするが、そこから聞こえてきたのは、交渉の言葉ではなく、地獄の底からの呪詛だった。
『……いいところだったんだぞ、コラァァァァッ!!』
『テロップが! メーテルの顔に被っただろうが!!』
『万死! 万死に値する!!』
「は? アニメ? 何を言って……」
司令官が困惑する間に、海賊たちの怒りの鉄槌が下された。
手加減? ない。
慈悲? あるわけがない。
ショックカノン、パルサーカノン、ミサイル、ビーム。
「早く終わらせて続きを見る」という一点に集中した殺意の弾幕が、連合艦隊を襲う。
「ひぃぃぃ! 撤退! 撤退だ!」
「こいつら狂ってる!」
最新鋭のはずの地球製戦闘機が、次々と火だるまになる。
海賊たちは、撃墜した敵機を一瞥もせず、即座に反転して母艦へと帰投していく。
その間、わずか数分。
「……掃除完了! 放送に戻れ!!」
艦橋。
有明のハーロックは、そのあまりの殲滅速度に呆れつつ、ニヤリと笑った。
「……まったく。娯楽を奪われた人間の怒りほど、恐ろしいものはないな」
『違いないね。……でも、気持ちは分かるさ』
AIトチローが苦笑いしながら、放送システムを正常化させる。
L字テロップが消え、画面がフルサイズに戻る。
もちろん、放送は一時停止されていたわけではないため、シーンは進んでしまっている。
広場に戻った戦士たちは、少し息を切らしながらも、再び画面に見入る。
「……ちっ、CMに入っちまったか」
「まあいい。再放送で補完するさ」
彼らは席に座り直し、酒を煽る。
先ほどまでの殺気が嘘のように、また「少年」の顔に戻って。
だが、その瞳の奥には、確固たる教訓が刻まれている。
『俺たちの楽しみを邪魔する奴は、誰であろうと排除する』。
この日以降、地球側の軍隊の間で、ある都市伝説が囁かれるようになった。
「月曜夜8時は、絶対に有明船団に近づくな」。
「奴らはその時間、悪魔になる」。
海賊国家船団・有明。
そこは、世界で一番「テレビの時間」を大切にする、最強に迷惑で、最高に人間臭い国だった。
◇◇◇
火曜日の夜。
海賊国家船団・有明の周辺宙域は、奇妙なほどの静寂に包まれていた。
昨夜の『銀河鉄道999』放送時に起きたような、無粋なL字テロップや緊急警報は一切ない。
レーダーには、敵影の一つも映っていない。
なぜなら──朝のうちに、全て「掃除」し終えていたからだ。
「……999は、まだ旅の途中だ。邪魔が入っても『次がある』と思える余裕がある」
有明船団の最前衛、国防軍艦隊のブリッジで、一人の男が低い声で唸るように言った。
彼は、元・海上自衛隊の艦長であり、今はガミラス艦の艦長を務める日本人だ。
「だが……ヤマトは、ダメだ…!」
彼の言葉に、周囲のクルーたち──青い肌をした本物のガミラス人、そして地球から来た筋金入りのヤマトファンたちが、無言で、しかし深く首を縦に振る。
「あれは、俺たちの誇りだ。地球人と、ガミラス人の……魂の根幹だ」
だからこそ、彼らは動いた。
放送時間の12時間も前から、日本周辺の領空・領海、さらには公海上に展開する国連軍や各国の軍隊に対し、徹底的な妨害工作を行ったのだ。
通信回線はジャミングで麻痺させ、偵察衛星はハッキングで視界を奪う。
そして、少しでもこちらの空域に近づこうとする気配を見せた部隊には、警告なしの威嚇射撃と、超高機動による「追い出し」を敢行した。
『……今日の放送を邪魔する奴は、全艦隊を以て排除する』
その鬼気迫る殺気に、地球側の軍隊は「今日は何かが違う」「ヤバイ」と本能で悟り、蜘蛛の子を散らすように撤退していったのだ。
◇◇◇
そして、時刻は19時00分。
国防軍艦隊が停泊する区画の巨大広場には、青と赤、そして地球防衛軍カラーの制服に身を包んだ数千万の「戦士」たちが整列していた。
正面の巨大スクリーン。
その左右には、実物の宇宙戦艦ヤマトと、青きデスラー艦が鎮座している。
「……楽団、演奏用意!」
号令と共に、広場の中央に陣取った本物のガミラス人軍楽隊が、金管楽器を構える。
指揮棒が振られる。
荘厳で、重厚な旋律が宇宙に響き渡る。
『ガミラス国歌』。
その旋律に合わせ、肌の色も、生まれた星も違う男たちが、声を合わせて歌い出す。
『……青き花咲く〜大〜地……』
地球人が、ガミラスの歌を歌う。
ガミラス人が、地球の言葉で唱和する。
かつては敵同士だった。憎しみ合った歴史があった。
だが、松本零士という創造主の世界において、彼らは戦いの中で互いを認め合い、最後には背中を預け合う「友」となったのだ。
歌が終わると同時に、誰かが拳を突き上げた。
「ガーレ・ガミロン!!」
その叫びは、燎原の火のように広場全体へ燃え広がる。
「ガーレ・ガミラス!!」
「ガーレ・デスラー!!」
総統への忠誠。それは独裁者への服従ではない。
高潔なる指導者への、男としての敬意だ。
「ガーレ・ヤマト!!」
そして、地球を救った希望の艦への賛美。
「ガーレ・アリアケ!!」
最後に、この場所を作り、自分たちを引き合わせた船団長への感謝。
どよめきが最高潮に達した時、スクリーンの映像が切り替わる。
無限に広がる大宇宙。
そして、ささきいさお氏の、あのイントロ。
『さらば~地球よ~……』
その瞬間、広場は水を打ったように静まり返った。
数千万人が、直立不動のまま、あるいは涙を流しながら、画面を凝視する。
沖田艦長の「何もかも懐かしい」という呟きに、本物のガミラス人がハンカチで目頭を押さえる。
古代進が「波動砲発射!」と叫ぶシーンで、地球人の若者がガミラス人の肩を叩き、無言で頷き合う。
そこには、敵も味方もない。
あるのは、滅びの美学と、愛のために戦う者たちへの、共通した「畏敬の念」だけだ。
◇◇◇
ネオ・アルカディア号の艦橋。
有明のハーロックは、その荘厳すぎる鑑賞会の様子をモニターで見つめ、満足げにワインを回した。
「……まったく。行儀の良い連中だ」
『違いないね。……朝からあんなに暴れ回って「場所取り」をしてたとは思えない静けさだ』
AIトチローが苦笑する。
「……ヤマトは特別だからな」
有明は、遠くに見えるデスラー艦とヤマトのシルエットに目を細めた。
あれは、俺たちの原点であり、決して汚してはならない聖域。
だからこそ、彼らは全力で「静寂」を勝ち取ったのだ。
放送が終わり、エンディングテーマが流れる。
広場の戦士たちは、誰からともなく敬礼を捧げた。
それは、画面の中の英雄たちへ、そして隣にいる戦友へ向けられた、最大級の感謝の証だった。
「……よし。来週も、この時間を死守するぞ」
「応ッ!!」
彼らは再び、それぞれの持ち場へと散っていく。
その足取りは軽い。
魂の燃料を満タンに補給した彼らは、明日もまた、地球連邦軍の通信回線をメチャメチャに麻痺させながら、誇り高き「海賊(ファン)」として戦い続けるのだろう。