有明のハーロック   作:星乃 望夢

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第36話

 

午後10時水曜日の夜、海賊国家船団・有明の巨大交易艦「ステーション・有明」の空気は、月曜や火曜とは明らかに異なる、ピンと張り詰めた「規律」の匂いに包まれていた。

 

プラットホームの1番線。そこに横付けされているのは、銀河鉄道管理局が誇る最高機密にして最強の守護神、SDF(空間鉄道警備隊)シリウス小隊の「ビッグワン」。

 

その巨大な銀色の艦体のすぐ横、ホームに設置された数千インチの巨大スクリーンが、夜の20時を告げると同時に鮮やかに光り出した。

 

「……おい、あれ見ろよ。今あそこに停まってる船と同じじゃないか!」

 

「本物だよ、本物のビッグワンだ……!」

 

ホームに集まった何万もの海賊たち、開拓民たち、そして令和の日本人たちが、画面と実物を交互に見比べながらどよめき声を上げる。

 

その喧騒を、ビッグワンの艦橋やデッキで作業中のSDF隊員たちは、顔を赤らめながらやり過ごしていた。

 

「……隊長、やはりこの船団での補給は心臓に悪いです」

 

若い隊員が、画面の中で自分の上司が劇的な台詞を吐いているのを見て、いたたまれなそうに通信機で溢した。

 

「自分たちの機密も作戦行動も、ここでは『国民的アニメ』として公共の電波で流されている……。軍事機密もへったくれもありませんよ。まるで監視されているみたいだ」

 

シリウス小隊の指揮官は、苦笑しながらも、窓の外に広がる「海賊たちの真剣な眼差し」に気づいていた。

 

画面の中では、脱線事故を防ぐために命を懸けるSDFの姿や、理不尽なテロから乗客を守り抜く隊員たちの死闘が描かれている。

 

自由を愛する海賊たちにとって、SDFは本来なら「自由を縛る秩序の番人」であり、敵対する存在であるはず。

 

しかし、この船団の住人たちは知っている。

 

この広大な宇宙で、自分たちが自由な旅を続けられるのは、誰かがその「道」を、文字通り命を懸けて守っているからだということを。

 

放送がクライマックスに達し、ビッグワンの主砲が星間犯罪者の艦隊を撃砕するシーン。

 

広場から、地鳴りのような歓声が上がった。

 

「いけぇぇぇ!! SDF!!」

 

「頼んだぞ! 鉄路の守り神!!」

 

海賊たちが、自分たちを捕まえるかもしれない「警察」に向かって、全力で声援を送っている。

 

その矛盾した、けれど真っ直ぐな熱量に、SDF隊員たちの頑なだった表情が少しずつ緩んでいった。

 

「……フッ。監視されているんじゃない。我々は『期待』されているんだ」

 

指揮官がそう呟いた時、発車のベルが鳴り響く。

 

管理局有明支部からの緊急入電。どこかの空で、また旅人の命が危機に晒されている。

 

シュウウウウウウウ……ッ!!

 

ビッグワンが重厚な蒸気を噴き上げ、ゆっくりと動き出しました。

 

その時、プラットホームに並んでいた数万人の海賊たちが、示し合わせたように一斉に動きを止めた。

 

カシャン。

 

黒いマントを翻し、一億人を超える「無法者」たちが、背筋を真っ直ぐに伸ばして、右手を額にかざしたのだ。

 

それは、自分たちの生活を守り、銀河の秩序を支える「名もなき盾」への、最大級の敬意。

 

海賊の掟すら超越した、男たちの誠実な敬礼。

 

デッキに立っていた若い隊員は、その光景に胸を突かれた。

 

管理局の本部でも、他のどの惑星の駅でも、これほどまでに熱く、真剣な敬礼を受けたことはなかったからだ。

 

「……なんだか、こそばゆいですね」

 

隊員は照れ隠しに帽子を深く被り直しながら、けれど、その指先はピシリと美しい敬礼を返していた。

 

胸の奥に、言葉にはできない小さな、けれど確かな「誇らしさ」が灯っていました。

 

ボオォォォォォォォォォォッ!!

 

ビッグワンが、感謝と決意を込めた高らかな汽笛を鳴らします。

 

銀色の巨体は光のレールを駆け上がり、海賊たちの「ヨーソロー!!」という叫び声を背に受けながら、再び冷たくて熱い、銀河の守り手としての戦場へと消えていった。

 

水曜日の夜、有明の空に響く汽笛。

 

それは「自由」と「秩序」が、一つの信念で結ばれたことを証明する、もっとも美しい共鳴の音だった。

 

 

◇◇◇

 

 

木曜日。海賊国家船団・有明において、この日は「魂の原液」を啜る日とされていた。

 

平日の15分や30分の放送ではない。数時間の人生を凝縮し、劇場の巨大なスクリーンと音響で叩きつけられる「劇場版」の集中投下。この日のために、船団随一の規模を誇る娯楽船『シネマ・アルカディア号』は、その全ハッチを開放していた。

 

『シネマ・アルカディア号』のメインロビー。

そこは、かつての地球にあった「昭和の映画館」と、未来の「宇宙ステーション」が融合したような、独特の熱気に包まれていた。

 

「……今日はどれにする?」

 

「やっぱり『わが青春のアルカディア』だろう。キャプテンの『傷』の物語を、あの迫力で見直したい」

 

「私は『さよなら銀河鉄道999』。黒騎士との決闘を劇場の音響で浴びたいんだ」

 

券売機の前に並ぶのは、令和の日本から来たサラリーマン、作業服姿の機械化人、そしてマントを羽織った古参の戦士たち。

 

ロビーにはキャラメルポップコーンの甘い香りと、有明キャプテンこだわりの「本物のコーヒー」の匂いが漂う。

 

壁一面に貼られた手描きの看板。

 

『銀河鉄道999』――あのナレーションが聞こえてきそうな重厚な筆致。

『宇宙戦艦ヤマト 復活篇』――3Dで描かれた巨大な質量感が爆発するポスター。

 

人々は、自分がどの「人生」を追体験するかを選び、赤い絨毯を踏みしめて各シアターへと吸い込まれていく。

 

 

◇◇◇

 

 

【シアター4:『劇場版 銀河鉄道999 / さよなら銀河鉄道999』二本立て】

 

シアター内がゆっくりと暗転する。

 

完全な静寂。

 

ポップコーンを噛む音すら憚られるような、神聖な静寂。

 

そこに、あの重厚なストリングスのイントロが響き渡る。

 

巨大なスクリーンに映し出される、少年の日の星野鉄郎。

 

船団の住人たちは、自分自身の姿をそこに重ねる。

 

地球を捨て、夢を追い、悲しみを背負って旅を続ける一人の少年。

 

メーテルが「私は、あなたの少年の日の心の中にいた青春の幻影……」と告げるラストシーン。

 

暗闇の中、あちこちから鼻をすらす音が聞こえてくる。

それは「懐かしさ」だけではない。

 

「自分たちも今、まさにこの旅の中にいるのだ」という、震えるような当事者意識。

 

シアターを出てくる人々の目は一様に赤く、しかしその足取りは、コンクリートの大地を踏みしめるように力強い。

 

 

◇◇◇

 

 

【シアター1:『わが青春のアルカディア』】

 

ここには、ガミラス人やイルミダス人の「誇りある敗者たち」が多く集まっていた。

 

地球が占領され、屈辱の中で自由を誓うハーロックとトチローの姿。

 

「……信じられるか。あの『信念の銃』を、今の俺たちは持っているんだ」

 

一人の男が、自分の腰にある有明ナンバーカードをそっと撫でる。

 

スクリーンの中で、アルカディア号が地表を割り、髑髏の旗が初めて宇宙の風に翻る。

 

その瞬間、シアター内に熱い、目に見えない「火」が灯る。

誰も叫ばない。拍手もしない。

 

ただ、拳を握りしめ、自分たちの「旗」への誓いを新たにする。

 

その静かなる熱狂こそが、有明船団の木曜日の正体だった。

 

 

◇◇◇

 

 

【シアター7:『宇宙戦艦ヤマト』シリーズ】

 

ここでは、元自衛官の日本人とガミラス人が肩を並べていた。

 

地球を守るために、文字通り身を削って戦うヤマトの姿。

 

『復活篇』で描かれる、移動する人類の希望。

 

「……見てみろ。あのカスケードブラックホールに立ち向かうヤマトを。俺たちのネオアルカディア号だって、負けちゃいないだろ?」

 

「ああ。……だが、あの『覚悟』だけは、何度見ても背筋が伸びる」

 

一日の上映が終わる頃、娯楽船から出てくる人々は、誰もが「物語の原液」で魂を洗い流したような、清々しい顔をしていた。

 

木曜日の夜、有明の空。

 

12億人の胸には、それぞれの「劇場」が残っていた。

 

ある者は鉄郎の決意を、ある者はハーロックの孤独を、ある者は沖田艦長の遺志を。

 

有明のハーロックは、自室の小さなモニターで、AIトチローと共に見守っていた。

 

「……いいお土産話になったな」

 

『ああ、みんな最高の『目』をしてるよ。明日の仕事は、今日より捗るだろうねえ』

 

AIトチローが笑う。

 

木曜日の深い夜。

 

船団は、伝説を自分たちの「血」に変えて、また一歩、銀河の深淵へと進んでいく。

 

明日の金曜日、あの「生配信」が始まるその時まで、彼らは自分たちの中に芽生えた小さな英雄の種を、大切に抱いて眠りにつくのだった。

 

 

◇◇◇

 

 

金曜日の夜。海賊国家船団・有明を包む空気は、これまでの平日とは明らかに違っていた。

 

月曜の厳粛さ、火曜の敬意、水曜の規律、木曜の凝縮。

 

それらすべてを潜り抜けた先にある金曜日は、12億人のクルーにとっての「解放」であり、一週間を戦い抜いた男たち、女たち、そして異星人たちの「聖なる宴」の時間だ。

 

20時00分。

旗艦ネオ・アルカディア号から船団全域へ、有明のキャプテンの声が響き渡る。

 

「……皆、一週間の航海、ご苦労だった」

 

その一言を合図に、船団中の居住区、ドック、酒場、そして広場の全モニターが鮮やかに発色する。

 

映し出されるのは、漆黒の宇宙を往く深緑の巨艦。

 

横山菁児氏の手による、あの勇壮で哀愁に満ちたオーケストラの旋律が爆音で鳴り響く。

 

『宇宙海賊キャプテンハーロック』

 

この時間は、もはやお行儀よく座って観る「鑑賞会」ではない。

 

巨大居住艦のメインストリート。

 

そこら中に屋台が立ち並び、焼き鳥の煙とビール、そしてガミラスワインの香りが充満している。

 

「おい、来たぞ! オープニングだ!」

 

「歌え! 腹の底から声を上げろ!!」

 

ささきいさお氏の歌声に合わせて、数千万人がジョッキを掲げ、足を踏み鳴らしながら大合唱する。

 

『……宇宙の海はぁぁ、俺の海ぃぃぃ!!』

 

フランス人の一団は、自国の誇りである「Albator」のフランス語版歌詞を重ねて絶叫し、隣に座る元自衛官の日本人は、涙を流しながら「これだよ、この響きなんだよ!」と見知らぬアンドラード人の肩を抱いて揺れている。

 

ここでは、静かに観る者も咎められない。

 

酒場の隅で、独り静かにグラスを傾け、画面の中のハーロックの背中に己の孤独を重ねる老兵。

 

大皿料理を囲み、子供たちに「あのデスシャドウ号がどれだけ強いか」を熱弁する機械化人の親父。

 

有明のキャプテンは、この「無秩序」を、確信犯的に許していた。

 

 

◇◇◇

 

 

ネオアルカディア号の艦長室。

 

有明のハーロックもまた、絆創膏の取れた十字の傷を誇らしげに晒し、自らも宴の中にいた。

 

彼の前には、エメラルダスから贈られたヴィンテージと、トチロー銘柄の安酒が並んでいる。

 

「……いい光景だ、トチロー」

 

『ああ、最高だねえ。みんな、本当に「海賊」になったみたいだよ』

 

AIトチローが、モニター越しに船団各地の狂騒を映し出しながら笑う。

 

画面の中では、ハーロックがマゾーンの女王と対峙している。

 

その決定的な瞬間に、酒場からは「いけぇぇ!」「撃てぇぇ!」と地鳴りのような怒号が上がり、敵艦が爆散すれば、全艦のエンジンが呼応するように空吹かしされ、船体が歓喜に震える。

 

「自由っていうのは、こういうことなんだろうな」

 

有明は、画面の中の「本物」に向けてグラスを掲げた。

 

かつて地球で、独りでスマホを見つめ、ヘッドホン越しにこの音を聴いていた自分。

 

今は、12億人の仲間が、この物語を「自分たちの旗」として叫んでいる。

 

「掟を守り、己の旗を掲げる。……その重荷を背負った奴らだけが、こうして美味い酒を飲める」

 

 

◇◇◇

 

 

放送が後半に入ると、宴はさらに深まる。

 

アニメの音声に混じって、あちこちの酒場からパルチザンのハミングが聞こえ始める。

 

『ラララーラ、ララララ~……』

 

その歌声は、物語の悲劇を共有する涙の音であり、同時に「俺たちはまだ生きている」という強烈な生命の咆哮だった。

 

金曜日の夜、有明の空。

 

そこにあるのは、単なるアニメの放送ではない。

 

12億人のクルーが、自らの人生という航海を肯定し、明日への活力を得るための「魂のチャージ」だ。

 

有明のハーロックは、最後にマイクを握り、全艦へ短く告げた。

 

「……今夜は夜明けまで飲め。明日の朝、錨を上げる時には、全員最高の面構えで艦橋に立て」

 

『オオオオオオオオッ!!!』

 

10万隻の船団から上がる、地響きのような応諾。

 

金曜日の深い夜、若葉色の巨艦を先頭に、12億人の「友」を乗せた海賊国家は、伝説のメロディを銀河に響かせながら、どこまでも、どこまでも自由に、星の海を突き進んでいく。

 

それは船団長有明が、最も愛し、最も守りたかった「海賊たちの休息」の風景だった。

 

 

◇◇◇

 

 

土曜日の夜。

 

海賊国家船団・有明を包むのは、昨夜の狂騒とは一線を画す、静かで重厚な「男たちの時間」だった。

 

金曜日の宴で魂を解き放った12億人の乗組員たちは、今夜、居住区のバーや展望デッキのモニターで、一つの物語を見つめていた。

 

『コスモウォーリアー零』。

 

それは、機械化人と生身の人間が共存する世界の歪みの中で、自らの「正義」を貫こうとする二人の男の物語。

 

一人は、地球連邦軍の艦隊司令官でありながら、誰よりも平和と誇りを愛する男、ウォーリアス・ゼロ。

 

もう一人は、自由の旗を掲げ、全宇宙からお尋ね者として追われる男、キャプテンハーロック。

 

かつて同じ志を抱きながら、歩むべき道の違いゆえに、今は銃口を向け合わねばならない宿命。

 

「……ゼロ。あんたも、苦労してるんだろうな」

 

元・海上自衛官の日本人クルーが、カウンターで安酒のグラスを揺らしながら、画面の中のゼロの苦悶に満ちた表情に、かつての自分を重ねていた。

 

船団の日本人の多くは、かつて日本という国、地球という場所を守るために、組織の理不尽や現実の重みに耐えてきた者たち。

 

彼らは知っている。

 

自由を求めて海賊になることも勇気なら、腐りきった場所だと知りながら、そこにある「名もなき人々の日常」を守るために、泥を啜って留まり続けることもまた、一つの気高い「勇気」であることを。

 

「……あいつは今も、あの青き星(地球)を守っているんだろうな」

 

誰かがポツリと漏らしました。

 

今、この海賊船団のすぐ隣には、深緑のアルカディア号が並走しています。その艦橋には、本物のハーロックが座っている。

 

けれど、この物語のもう一人の主人公、ウォーリアス・ゼロは、ここにはいない。

 

彼は今この瞬間も、次元を超えた遥か彼方の地球で、理不尽な上層部の命令と戦いながら、それでも地球の重力に縛られた人々を守るために、独り歯を食いしばっているかもしれない。

 

画面の中で、ゼロとハーロックが互いの正義を賭けて対峙する。

 

その瞬間、船団中の酒場にいた戦士たちが、一斉にグラスを掲げました。

 

「……友へ」

 

その呟きは、隣に座る仲間に向けられたものではない。

 

自分たちが捨ててきた故郷、地球。

 

そこに今も残り、ボロボロになりながらも「誰かのための正義」を貫き通している、誇り高き戦士へ。

 

そして、この有明のキャプテンがそうであるように、かつて物語の向こう側にいた英雄たちへ向けられた、魂の通信だった。

 

ネオ・アルカディア号の艦長室。

 

有明のハーロックもまた、窓の外に浮かぶ地球の残像を見つめ、静かに酒を煽っていた。

 

「……ウォーリアス・ゼロ。お前の正義、俺は嫌いじゃない」

 

『……厳しい道だねえ、あっちの「正義」は。俺にはとても真似できないよ』

 

AIトチローが、少しだけ寂しそうに声を潜める。

 

「……ああ。だからこそ、俺たちはここで旗を掲げるのさ。あいつが守り抜いた人々が、いつか自由を求めて宇宙へ飛び出した時、温かく迎えるための『港』としてな」

 

土曜日の夜、有明の空。

 

そこには、自分勝手な自由を謳歌する「海賊」の姿ではなく、それぞれの場所で戦い続ける「友」を想い、自らの背中を律する男たちの、真摯な静寂が広がっていた。

 

グラスを合わせる音。

 

それは、次元と距離を超えて、地球を守るゼロの耳に、微かな風の音となって届いたかもしれない。

 

「お前はお前の戦場を。俺は、この自由の海を守り抜こう」

 

土曜日の深い夜。

 

12億人の魂は、自分たちが選んだ「自由」の重みと、誰かが守ってくれている「秩序」への感謝を抱きながら、静かに、そして誇り高く、明日の航海を見据えていた。

 

それは、かつて組織の中で「戦士」であった者たちが、最も心揺さぶられる、土曜日の鎮魂歌(レクイエム)

 

 

 

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