有明のハーロック   作:星乃 望夢

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第39話

 

「……勘違いするなよ、トチロー。俺たちは正義の味方じゃない」

 

有明は、眼下のヘビーメルダーを見下ろして鼻を鳴らした。

 

「あそこには、親友が眠る墓がある。……墓荒らしをのさばらせておくほど、俺は落ちぶれちゃいない」

 

『違いない! 俺の相棒の安眠を妨げる奴は、夢枕に立ってやるさ』

 

AIトチローが軽口を叩く。

 

そしてもう一つ、現実的な理由もある。

 

「それに……ここ(トレーダー分岐点)が落ちれば、行き場を失った難民や物流の混乱が、全て俺たちの所へ雪崩れ込んでくる。……そんな面倒ごとは御免だ」

 

物流の要衝を守ることは、巡り巡って自分たちの快適な海賊ライフ(おやつや酒の流通)を守ることに繋がる。

 

動機は不純で、極めて個人的。

 

だが、その結果として発揮される武力は、正義の軍隊よりも遥かに頼もしい。

 

「行くぞ、野郎ども! ……俺たちの『庭』を掃除する!」

 

ネオ・アルカディア号を筆頭に、20万隻の精鋭たちが展開する。

 

それは、都市艦を守る鉄壁の防波堤であり、敵を粉砕する鋭利な牙だ。

 

激戦の最中。

 

海賊国家船団・有明の「帰還」を知った周辺宙域の船々が、蜘蛛の子を散らすように、あるいは磁石に吸い寄せられるように集まってきた。

 

戦火に追われた商船、傷ついた反乱軍の艦艇、そして機械化帝国の支配から逃れてきた民間船。

 

彼らにとって、あの巨大な都市艦群は、砂漠に現れた蜃気楼ではなく、確かな実体を持った「星の海のオアシス」だ。

 

入国ゲートの前には、またたく間に長蛇の列ができる。

 

だが、審査官を務める老兵たちは、どんなに列が伸びようとも、その基準を曲げることはない。

 

「……次はあんたか。震えるな」

 

老兵は、モニター越しに相手の目を見る。

 

「金はいらん。身分証もいらん。……だが、これだけは誓ってもらう」

 

『自由の旗の下、友の自由を侵さぬこと』

 

『働かざる者、食うべからず(ただし、動けるようになってからでいい)』

 

「……守れるか?」

 

「ま、守ります! 働きます! トイレ掃除でも何でもします!」

 

「よし、合格だ。……入れ。今日からここが、あんたの家だ」

 

ゲートが開く。

 

そこにあるのは、無法地帯の恐怖ではない。

 

高度に整備されたインフラ、湯気の立つ食事、そして何より、誰もが対等に笑い合える「人間らしい暮らし」だ。

 

だが、甘い考えで近づく者には容赦がない。

 

「おい、そこの船! 密輸品(ドラッグ)を隠し持っているな?」

 

「へっ、バレなきゃ……うわぁぁぁッ!?」

 

警告なしの牽引ビームが、不届きな船を捕獲し、そのまま船団の外──遥か彼方へと放り投げる。

 

(もちろん、命までは取らないが、彼らは近くの小惑星まで漂流することになるだろう)

 

「……ここはゴミ捨て場じゃねえ。神聖なる海賊の国だ」

 

厳格な規律と、底なしの慈悲。

 

その二つが両立しているからこそ、この船団は「理想郷(アルカディア)」たり得る。

 

ヘビーメルダーの空を焦がす戦火を他所に、船団内部では、地球から来たエンジニアたちが現地の技術者と酒を酌み交わし、子供たちが異星人の子供とボールを追いかけている。

 

その日常を守るために、有明のハーロックは今日も最前線で、ドクロの旗をなびかせて戦い続けるのだ。

 

 

◇◇◇

 

 

土星の衛星、タイタン。

 

霧が立ち込める「ぶどう谷」。

 

そこに、若草色の巨艦ネオアルカディア号が、翼を休める巨鳥のように静かに着陸していた。

 

タラップを降りた有明のハーロックを出迎えたのは、銃を担ぎ、荒々しい風貌をした男たちだった。

 

大山賊アンタレスが率いていた、誇り高き子分たち。

 

そして、彼らの足元には、親を機械化人に殺され、アンタレスに拾われた多くの孤児たちが、不安げな瞳でこちらを見つめていた。

 

「……(おやじ)は?」

 

子分の一人が、低い声で問うた。

 

その問いには、既に答えを予感している響きがあった。

 

あの大山賊が、そう簡単に戻ってくるはずがない。いつかどこかの戦場で、派手に散るのが似合いだと、彼らは心のどこかで覚悟していたのだ。

 

有明は、マントの下で姿勢を正し、告げた。

 

「……アンタレスは、死んだ」

 

谷に、重い沈黙が落ちる。

 

だが、有明は言葉を継ぐ。

 

「だか、無駄死にではない。……あの子らと同じく、親を機械伯爵に奪われた一人の少年──星野鉄郎の血路を開くために、その命を燃やし尽くしたのだ」

 

有明は、時間城での壮絶な最期を語った。

 

体内の不発弾を自ら起爆させ、鉄郎を守る盾となり、剣となった男の生き様を。

 

そして、その鉄郎の手によって、憎き機械伯爵が討たれたことを。

 

「……そうか。鉄郎のために……」

 

「あの小僧っ子の盾になったか……。へっ、親父らしいや」

 

強面の男たちの目から、大粒の涙がこぼれ落ちる。

それは悲しみの涙ではない。

 

自分たちの「親父」が、ただの山賊として野垂れ死んだのではなく、立派な戦士として、次代の希望を守って散ったことへの、誇りの涙だ。

 

彼らは乱暴に袖で顔を拭うと、ニカっと笑った。

 

「……礼を言うぜ、キャプテン。あんたの口から聞けてよかった」

 

伝説の宇宙海賊、有明のハーロックに「立派に戦った」と認められた。

 

これ以上の手向けはない。

 

有明は、彼らを見渡し、そして足元の子供たちに視線を落とした。

 

「……アンタレスは逝った。だが、彼が愛したこの谷の宝を、路頭に迷わせるわけにはいかん」

 

有明は、ネオアルカディア号を親指で指した。

 

「俺は、親父の代わりに、倅たちを預かりに来た。……この船に乗れ」

 

子分たちは顔を見合わせた。

 

この谷は、彼らの故郷だ。

 

だが、アンタレスという支柱を失った今、機械帝国や、無法者たちから子供たちを守りきれる保証はない。

 

何より、親父が命を懸けた「自由」の意味を、この子供たちに教えるには、狭い谷よりも広い宇宙の方が相応しい。

 

「……いいのかい? 俺たちゃ、しがない山賊だぜ?」

 

「山も海も変わらん。……大事なのは、何を守るかだ」

 

有明はニヤリと笑った。

 

「それに、俺の船団(くに)は人手不足でな。……腕の立つ『保父さん』が必要なんだ」

 

その言葉に、男たちは吹っ切れたように笑った。

 

「違いねえ! 子守りなら任せときな! 親父仕込みだ!」

 

「今日から俺たちゃ、山賊改め、宇宙海賊だ!」

 

男たちは、子供たちを抱き上げ、あるいは背負い、タラップへと歩き出す。

 

子供たちの顔にも、不安の色は消え、これから始まる冒険への期待が灯っていた。

 

ぶどう谷の風が、彼らの背中を押す。

 

アンタレスが愛したブドウの香りが、微かに鼻を掠めた気がした。

 

「……行くぞ。野郎ども」

 

有明は、空を見上げた。

 

そこには、アンタレスが星になって見守っているような気がした。

 

「……あばよ、大山賊。……あんたの子供たちは、俺が責任を持って、立派な戦士に育ててやる」

 

ネオ・アルカディア号は、新たな家族を乗せ、タイタンの重力を振り切って上昇する。

 

山賊から海賊へ。

 

守る場所は変わっても、その胸にある「仁義」と「愛」は変わらない。

 

有明海賊船団に、また一つ、熱く、そして優しい魂たちが加わった。

 

 

◇◇◇

 

 

土星の衛星タイタン。

 

霧を切り裂き、ネオアルカディア号が上昇していく。

 

その船倉には、アンタレスの遺した孤児たち──次代を担う「未来」が詰め込まれている。

 

有明のハーロックは、舵輪を強く握りしめながら、後方のモニターではなく、遥か彼方の闇に浮かぶ、一点の青い輝きを見据えていた。

 

地球。

 

かつての故郷であり、今は機械化人と、それに抗う熱き血潮を持った人間たちの戦場。

 

「……聞こえるぞ、鉄郎」

 

有明は、心の中で呟いた。

 

あの青い星の地表で、ボロボロになりながら、それでも歯を食いしばって銃を撃ち続ける少年の息遣いが、時空を超えて伝わってくるようだ。

 

(……俺が舵を回せば、そう掛からずお前の元へ行ける)

 

ネオアルカディア号の火力があれば、地球に巣食う機械化人の艦隊など、一掃するのは造作もないことだ。

 

鉄郎を助け、楽な勝利を与えることはできる。

 

だが、有明は舵を切らない。

 

(……だが、それは俺の役目ではない)

 

彼は、背後の船内──子供たちの声がする方向を背中で感じた。

 

かつて惑星アンドラードで、男たちが戦場に残り、女子供をこの船に託したように。

 

今、この船は「未来」を運ぶ箱舟だ。

 

戦火から遠ざけ、種を守り、育てること。それが今の俺たちに課せられた使命。

 

そして、戦場に残った男──星野鉄郎には、彼自身の戦いがある。

 

彼が自らの手で勝ち取らなければならない「明日」がある。

 

そこに土足で踏み込み、手出しをすることは、彼の誇りを傷つけることだ。

 

「……信じているぞ」

 

有明は、青い輝きに向かって語りかける。

 

「挫けるな。……絶望の淵に立たされても、その胸の希望を捨てるな」

 

機械の体がなんだ。永遠の命がなんだ。

 

限りある命を燃やし、泥にまみれてあがく姿こそが、何よりも美しい人間の証明だ。

 

「……お前が今日を生き抜けば、俺たちが守ったこの『未来』が、いつかお前の元へ帰る場所となる」

 

俺たちは種を運び、お前は土を耕す。

 

役割は違う。だが、目指す場所は同じだ。

 

「……死ぬなよ、鉄郎」

 

有明は、万感の想いを込めて、スロットルを押し込んだ。

 

ネオアルカディア号が加速する。

 

背後に遠ざかる太陽系。

 

だが、その繋がりが切れることはない。

 

有明のハーロックは、友の戦いを背中で感じながら、広大な星の海へと、新たな航路を切り拓いていった。

 

 

◇◇◇

 

 

窓の外に遠ざかる、美しくも残酷な太陽系。

 

136人の「最初の日本人」の一人である老兵が、静かにその景色を見つめていました。

 

「……キャプテンは、行かないんだな。地球へ」

 

隣に座るガミラスの戦士が、不思議そうに問いかけます。

 

「今の我々の戦力なら、地球の機械化人を根絶やしにすることも容易い。なぜ、あの少年を助けに行かないのだ?」

 

老兵は、自分たちの手元にある「有明ナンバーカード」を愛おしそうに指でなぞりながら答えました。

 

「……助けに行くことが、必ずしも『救い』になるとは限らないのさ。鉄郎には、彼にしかできない戦いがある。それを奪っちまったら、彼は一生、キャプテンやメーテルの影から出られなくなる」

 

老兵の視線は、艦橋に座る有明のハーロックの背中に向いていました。

 

「キャプテンは、あえて『冷徹な傍観者』になろうとしてるんだ。12億の民を守る盾になりながら、一人の少年の成長を信じて待つ……。それは、戦うことよりずっと辛いことなんだぜ、本当はな」

 

 

◇◇◇

 

 

巨大都市艦『ヱルトリウム』級 3番艦:居住区広場

 

「……おい、泣くな。ここにはもう、機械化人の『人間狩り』は来ねえ」

 

かつて令和の日本でトラック運転手をしていた大柄な男が、タイタンから連れてこられたばかりの震える少年の肩を抱いていた。

 

少年の服はボロボロで、タイタンの霧の匂いが染み付いています。しかし、男が差し出した「船団特製」の温かいココアの湯気に、少年の強張った表情が少しずつ解けていった

 

広場には、アンタレスの子分だった山賊たちが、場違いなほど豪華な都市艦の設備に戸惑いながらも、自分たちが連れてきた子供たちの様子を心配そうに見守っていた。

 

「……すまねえな、旦那。俺たちゃ、泥を啜って生きてきたガサツな連中だ。こんな綺麗な場所は、どうにも落ち着かねえ」

 

髭面の山賊が頭を掻きながら言うと、ボランティアとして集まった日本人主婦たちの一人が笑って首を振った。

 

「いいのよ。ここはみんな『はみ出し者』の集まりなんだから。それに……アンタレスさんのことは、私たちも知ってるわ。あの人が守りたかった子供たちなら、私たちの子供も同じよ」

 

彼女たちの手には、タイタンの「ぶどう谷」を偲んで、船団の農業艦で急遽栽培が始まったブドウの苗木があった。

 

「いつか、この船の中に『新しいぶどう谷』を作りましょう」

 

その言葉に、強面の山賊たちの目が赤く潤んだ。

 

 

◇◇◇

 

 

工作艦隊 修練場

 

「いいか、これからは銃の代わりに、この船の『牙』を操ってもらうぞ!」

 

アンドラード星のベテラン砲術士が、山賊出身の若者たちに、ネオ・アルカディア号の副砲の操作手順を叩き込んでいた。

 

山賊たちは、タイタンの荒野で培った野性の勘と、死線を潜り抜けてきた度胸を持っている。それは、精密な計算機よりも時に頼りになる「戦士」の資質でした。

 

「親父に教わった『撃つ時の心得』は忘れてねえな! 『迷わず、恐れず、誇りのために』だ!」

「応ッ!!」

 

彼らの咆哮が、金属質の修練場に響き渡る。

 

山賊から海賊へ。

 

彼らは自分たちの新しい役割に、アンタレスが命を懸けて示した「自由」の重みを感じ取っていた。

 

 

◇◇◇

 

 

船団のいたるところで、タイタンの孤児たちと、地球の大人たちが手を取り合っていた。

 

アンタレスが遺した「命の種」は、12億人の温かな土壌に蒔かれ、芽吹き始めています。

 

「……おじちゃん、これ、お父さんの銃なの?」

 

一人の少女が、山賊の腰にある古びたコスモガンを指差した。

 

「ああ、そうだ。……お前の父ちゃんはな、全宇宙で一番強くて、一番優しい男だったんだぞ」

 

山賊は少女を高く抱き上げ、ネオアルカディア号に掲げられた誇らしげなドクロの旗を見せた。

 

「あの旗を見てみろ。あそこには、親父の魂も、俺たちの魂も、全部乗ってるんだ」

 

タイタンの霧は晴れ、船団の窓の外には無限の星空が広がっていた。

 

12億の家族は、自分たちが運ぶ「未来」の重みを噛み締めながら、鉄郎という希望がいつか自分たちに追いつく日を信じ、銀河の深淵へと舵を切るのだった。

 

 

 

 

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