有明のハーロック   作:星乃 望夢

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第40話

 

惑星ヘビーメルダー、トレーダー分岐点。

 

星の海の十字路であり、全銀河の物流を握る心臓部。

 

普段ならば、風の吹くまま気の向くままにさすらう海賊国家船団・有明が、その巨大な錨を、珍しく一つの宙域に深く下ろし続けていた。

 

「……動かんぞ。一歩もな」

 

ネオアルカディア号の艦橋。有明のハーロックは、深紅のワインを揺らしながら、眼前のモニターを埋め尽くす不吉な光点を見据えていた。

 

機械化母星メーテルは崩壊した。

 

だが、それは機械化帝国の「心臓」の一つが止まったに過ぎない。

 

彼らにはまだ、もう一つの巨大な中枢──惑星大アンドロメダがある

映画『さよなら銀河鉄道999』に登場する、機械帝国の真の首都であり、生身の人間から「命の火」を抜き取り、エネルギーカプセルへと加工する悪魔の工場惑星。

 

「……アキレス腱は切ったが、奴らはまだ五体満足だ」

 

有明が低く唸る。

 

各地の方面軍は健在であり、生身の人間を捕獲し、家畜のように輸送し、大アンドロメダで加工する。

 

そのための大量輸送ルートを確保するには、このトレーダー分岐点を制圧することが絶対条件なのだ。

 

『……来たぜ、有明。識別信号、機械化帝国・特別輸送艦隊……いや、「幽霊列車」だ』

 

AIトチローの声が、怒りを滲ませて響く。

 

モニターの彼方から現れたのは、通常の戦艦ではない。

 

装甲を施された、窓のない黒塗りの列車型宇宙船。

 

銀河鉄道のレールを利用し、生きた人間を詰め込んで運ぶ、地獄行きの囚人護送列車だ。

 

「……魂を運ぶ列車か。趣味が悪いにも程がある」

 

有明はグラスを叩きつけるように置いた。

 

あの黒い箱の中には、数千、数万の同胞が押し込められ、恐怖に震えているはずだ。

 

彼らを「燃料」としてしか見ない連中に、この宇宙の交差点を通すわけにはいかない。

 

「総員、通達!!」

 

有明の号令が、20万隻の大船団、12億の国民へと飛ぶ。

 

「目の前の敵は、ただの侵略者ではない! ……人間の尊厳を食い物にする、ハイエナどもだ! このヘビーメルダーを一歩たりとも踏ませるな!」

 

『オオオオオオオオッ!!』

 

怒号のような歓声。

 

海賊国家船団・有明の「国民」たちは、ただの避難民ではない。

 

かつて地球で、あるいは他の星で、理不尽に耐えてきた者たちだ。

 

だからこそ、他者の尊厳を踏みにじる行為に対しては、我がことのように激昂し、牙を剥く。

 

「……全艦、主砲斉射!!」

 

ネオアルカディア号を筆頭に、デスラー艦、ヤマト、そして無数の戦艦が一斉に火を噴く。

 

それは弾幕ではない。光の壁だ。

 

トレーダー分岐点へと伸びる軌道上に、物理的な「死の壁」が出現する。

 

機械帝国の護衛艦隊が、次々と火球に変わる。

 

幽霊列車が急停車し、後退しようとするが、逃がしはしない。

 

「逃がすな! 拿捕しろ! 中の人々を救い出し、空っぽになった列車は叩き壊せ!!」

 

空間騎兵隊の強襲艇が、獲物に食らいつく猛禽のように殺到する。

 

略奪? 違う。これは「救出」だ。

 

奪われた命と自由を、あるべき場所へ取り戻すための戦い。

 

「……ここは俺たちの庭だ。通行料は高くつくぞ」

 

有明はマントを翻し、戦場を見下ろした。

 

機械帝国の野望が潰えるその日まで、このドクロの旗は、決してこの場所を退かない。

 

自由と誇りの防波堤として、海賊たちは今日も、星の海で仁王立ちを続けるのだ。

 

 

◇◇◇

 

 

惑星ヘビーメルダーの赤茶けた大地と、その衛星軌道を巡る氷の惑星ラーメタル。

 

互いに引かれ合いながら、決して交わることのない二つの星。

 

今、その間の宇宙空間には、かつてないほどの緊張が張り詰めていた。

 

ヘビーメルダーを制圧し、物流の要衝を守護するのは、海賊国家船団・有明。

 

対するラーメタルは、機械帝国の女王プロメシュームの故郷であり、帝国の聖地として鉄壁の要塞と化している。

 

目と鼻の先での睨み合い。

 

だが、銀河全体の戦況図を見れば、黒いインクがじわじわと地図を塗りつぶしているのは明らかだった。

 

「……管理局(ディスティニー)が、落ちたか」

 

ネオアルカディア号の艦橋で、有明のハーロックは苦い顔で報告を聞いた。

 

銀河鉄道株式会社・管理局本部。

 

全宇宙の鉄道網を統べる絶対的な中枢が、機械帝国の尖兵──黒騎士ファウストの手によって制圧されたのだ。

 

それは、銀河の「血管」が癌細胞に侵されたことを意味する。

 

ダイヤは改竄され、ポイントは切り替えられ、夢を運ぶはずの列車は、機械化人の兵員輸送や、人間狩りのための罠へと変えられていく。

 

「……戻れる場所を失った列車たちが、雪崩れ込んでくるぞ」

 

有明の予言通り、海賊国家船団・有明の「第二トレーダー分岐点」には、行き場を失った銀河鉄道の車両たちが、命からがら逃げ込んで来ていた。

 

111号、222号、……777号。

 

傷つき、ダイヤを乱され、それでも乗客を守ろうとする機関車たちが、最後の希望として「海賊の港」を目指す。

 

そして、その列車たちを守るために、本来なら海賊を狩るべき「番犬」もまた、牙を収めてこの港に停泊していた。

 

巨大交易艦のドック。

 

そこには、奇妙で、そして熱い光景が広がっていた。

 

海賊船団の整備兵(元・国鉄マンのドローンやアンドロイド)たちが、ボロボロになった銀河鉄道の車両を懸命に修理している。

 

そして、その周囲を警戒するのは、ドクロの旗を掲げた空間騎兵隊と、制服に身を包んだ空間鉄道警備隊(SDF)の隊員たちだ。

 

「……皮肉なものだな、有城隊長」

 

有明のハーロックは、プラットホームに立ち、目の前の銀色の巨体──SDF旗艦『ビッグワン』を見上げた。

 

そのタラップから降りてきたのは、シリウス小隊の隊長、有城学。

 

「……ああ。海賊の巣窟で、海賊に背中を守られながら列車を整備する日が来るとはな」

 

有城は、疲労の滲む顔で、しかし真っ直ぐに有明を見た。

 

本来なら、逮捕するか、撃ち合うかの関係だ。

 

だが、今の銀河にそんな余裕はない。

 

「本部は沈黙した。……だが、レールがある限り、俺たちは走らねばならない」

 

有城の声には、職務への忠誠と、ファウストへの静かな怒りが燃えていた。

 

「同感だ。……俺たちにとっても、銀河鉄道はロマンの象徴だ。それをファウストごときに汚させはしない」

 

有明は、有城に手を差し出した。

 

「ここは『第二の分岐点』だ。……管理局が機能しないなら、俺たちが代わりを務める。燃料も、弾薬も、修理ドックも使い放題だ」

 

「……恩に着る、キャプテン」

 

有城はその手を力強く握り返した。

 

呉越同舟。

 

だが、その舟は20万隻からなる超巨大船団であり、その舵を取る者たちは、誰よりも「銀河の自由」を愛する男たちだ。

 

「……急げ! ファウストの艦隊が嗅ぎつけてくるぞ!」

 

「SDF全小隊、及び海賊艦隊、迎撃配置!」

 

警報が鳴り響く。

 

敵は、銀河鉄道を完全に支配下に置くべく、この「最後の聖域」を潰しにかかるだろう。

 

だが、有明は不敵に笑う。

 

「来るなら来い。……ここには、海賊とSDF、そして行き場を失った全ての鉄路の怒りが集まっている」

 

ネオ・アルカディア号とビッグワン。

 

海賊旗と管理局のエンブレム。

 

相反するはずの二つのシンボルが並び立つ時、それは絶望的な戦況を覆す、最強の防衛線となる。

 

機械化帝国の支配する暗黒の宇宙で、有明海賊船団は、唯一消えることのない「灯台」として、今日も輝き続けていた。

 

 

◇◇◇

 

 

ヘビーメルダーの宙域に、張り詰めた緊張の糸が走る。

 

機械化帝国の高速機動艦と、ネオアルカディア号。

 

本来なら問答無用で火花を散らす両者が、今は静かに相対し、接舷していた。

 

艦長室の重厚な扉が開く。

 

現れたのは、漆黒の装甲服に身を包み、冷徹な仮面の下に素顔を隠した男。

 

機械化帝国の最高幹部にして、女王プロメシュームの懐刀。

 

黒騎士ファウスト。

 

俺は椅子から立ち上がらず、グラスを揺らしたまま彼を迎えた。

 

ミーメが音もなく歩み寄り、ファウストの前にワインの入ったグラスを置く。

 

毒など入っていない。海賊の礼儀だ。

 

「……要件は一つだ」

 

ファウストは立ったまま、低い、機械合成されたような、しかし確かに人間の響きを残した声で告げた。

 

「このトレーダー分岐点から手を引け。……そうすれば、我々はお前たちに危害は加えんと約束しよう」

 

「……断れば?」

 

「ハイパー量子ミサイルを、この船団を10回は破壊できる量を用意している」

 

脅しではない。事実だろう。

 

機械帝国の生産力と科学力を以てすれば、この宙域ごと消し飛ばす兵器など造作もない。

 

だが、俺はニヤリと笑い、カードを切り返した。

 

「……こちらには、伝説のヤマトが2隻とデスラー艦、そしてこのネオアルカディア号がある」

 

俺はファウストの仮面の奥を見据える。

 

「これだけの火力が一斉に火を噴けば、機械帝国の首都・大アンドロメダを4回は鼻歌を歌いながら破壊できる。……と分かっていてもか?」

 

沈黙。

 

互いにジョーカーを見せ合い、引かない。

 

冷や汗が背中を伝う。

 

かつては、ただのアニメ好きの中年だった俺が、今や12億の民を背負い、銀河の支配者と机の下でミサイルの照準を突きつけ合っている。

 

人生とは、分からないものだ。

 

(……グレート・ヤマトがいれば、もう少し強気に出れるんだがな)

 

心の中で舌打ちする。

 

太陽系連邦の旗艦は今、ビッグアース船団の護衛で遠く離れている。

 

『さよなら銀河鉄道999』で太陽系が機械化帝国の手に落ちたのも、主力が不在という隙を突かれたからだろう。

 

歴史の修正力か、あるいは必然か。

 

「……平行線だな」

 

ファウストが踵を返そうとする。

 

交渉決裂。次は戦場で会うことになる。

 

だが、俺はその背中に、どうしても投げかけたい言葉があった。

 

「……お前の息子は」

 

ファウストの足が止まる。

 

鉄の背中が、微かに反応した。

 

「……ん?」

 

「鉄郎は、母の仇を討ったぞ」

 

俺は告げた。

 

機械伯爵を倒し、時間城を崩壊させ、少年が男になったことを。

 

それは、父である彼が、あえて捨て、遠くから見守っていた息子の成長の証だ。

 

「……そうか」

 

短く、感情を押し殺した声。

 

だが、俺には分かっていた。

 

この男が、ただの機械の走狗ではないことを。

 

かつてハーロックの友であり、エメラルダスの理解者であった男。

 

鉄郎に試練を与え、乗り越えさせることで、機械帝国の支配構造そのものを内側から食い破らせようとしているのではないか。

 

「…………獅子身中の虫、か」

 

俺の呟きに、ファウストは仮面越しに俺を見た気がした。

 

「……さてな。好きにすれば良い」

 

否定も肯定もしない。

 

だが、その曖昧さこそが、最大の答えだった。

 

俺はミーメからグラスを受け取る。

 

ファウストもまた、置かれたままだったグラスに手を伸ばした。

 

敵同士の、最初で最後の杯。

 

「……明日を見つめる倅の瞳に」

 

俺が掲げると、ファウストは一瞬だけ沈黙し、そして静かにグラスを合わせた。

 

「……倅、か。……好きにしろ」

 

カチン。

 

硬質な音が響く。

 

黒騎士ファウストは、ワインを一気に飲み干すと、マントを翻して部屋を出て行った。

 

その背中は、冷酷な支配者のものではなく、不器用で、孤独な「父親」のそれに見えた。

 

俺は残された香りを楽しみながら、深く息を吐いた。

戦いは避けられないだろう。

 

だが、この星の海には、敵味方を超えた「男の理屈」が確かに流れている。

 

ならば、俺たちは全力で受けて立つだけだ。

 

 

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