海賊国家船団・有明の中枢管制センター。
そこは、12億の民の安寧を守る、この船団の「神経」とも言える場所。
深夜、静まり返ったセンターに、平時のアラートとは明らかに異なる、鋭く、規則的な電子音が鳴り響いた。
「……ッ!? 通常回線ではありません! エマージェンシーです!」
オペレーターの若者が叫ぶ。
その信号は、船団の全市民に配られている「有明ナンバーカード」から発せられたものだった。
ナンバーカードを特定の順序で折り畳むことで、内部の超薄型回路が起動し、次元波を用いた救助信号を発する……。
有明のハーロックが、もしも「友」がこの広大な星の海で迷い、あるいは窮地に陥ったとき、宇宙のどこにいても必ず見つけ出すために仕込んだ、最後にして最強の「絆」の装置。
「……コード照合! 登録名……ミャウダーです!!」
その名が出た瞬間、管制センターの空気が爆発する。
ミャウダー。
かつてアンドラード星の戦火の中で、両親を失い、泣きじゃくっていたあの少年。
ネオ・アルカディア号の艦橋で有明のハーロックに育てられ、数ヶ月前に一人前の戦士として旅立っていった、船団の「息子」とも言える若者。
「送信座標、惑星ラーメタル地上。……機械化帝国の聖地です!」
◇◇◇
ネオ・アルカディア号、艦橋。
報告を受けた有明のハーロックは、一切の躊躇なく、その重厚な木製の舵輪を握り締めた。
頬の十字傷が、怒りと決意で赤く昂る。
「……手間をかけさせたな。だが、それでこそ俺の倅だ」
有明の声が、船団全体へと響き渡ります。
「ネオ・アルカディア号、発進!! 第2方面軍、デスラー艦隊は続け! ……倅を迎えに往くぞ!!」
若葉色の巨艦が、エンジンの咆哮を上げ、ヘビーメルダーの衛星軌道を蹴り出した。
それに続くのは、青き光を放つガミラスの精鋭艦隊。
その中央には、船団の技術力の粋を集めて建造された、あの伝説の「デスラー艦」の姿があった。
◇◇◇
そのデスラー艦のブリッジでは、一人の男が感極まった表情で前方のスクリーンを見つめていた。
かつて1000年前の時空嵐から救出された、生粋のガミラス人艦長。
彼は、当初この艦を任されていた元・地球人の艦長から、職務を引き継いだ。
地球人の艦長は、「ガミラス船の魂を最も理解しているのは、本物の貴公だ」と言い残し、誇りを持ってその座を譲ったのだ。
さらに、彼らへの最大の贈り物として、猛将ドメルが愛した『ドメラーズIII世』をも再現し、艦隊に加わらせた。
ブリッジに並ぶ将兵の中には、かつての「七色星団」でドメルと共に戦った生き残りもいる。
「……有明のキャプテン。貴殿の粋な計らい、魂に刻んだぞ」
ガミラス艦長は、右手を胸に当て、力強く命じた。
「我らがキャプテンの倅が助けを呼んでいる! 誇り高きガミラスの戦士たちよ、今こそ受けた恩を返す時だ! 全艦、最大戦速!! ガーレ・アリアケ!!」
「ガーレ・アリアケ!!」
青い肌の男たちの叫びが、艦内を満たす。
彼らにとっても、ミャウダーは共に食卓を囲んだ「友」だった。
◇◇◇
惑星ラーメタル。
機械帝国の聖地であるその地上で、ボロボロになったミャウダーは、「折られたナンバーカード」を見つめていた。
背後からは、機械化兵の足音が近づいている。
だが、少年の瞳に絶望はなかった。
「……信じてるぞ、親父」
その時。
分厚い雲を突き破り、ラーメタルの空に「若葉色の太陽」が現れた。
それに続く、青い稲妻のようなガミラス艦隊の降下。
「……来た!!」
ミャウダーが叫ぶのと同時に、ネオアルカディア号の主砲が火を噴きました。
機械化兵の隊列を一瞬で蒸発させる、精密かつ圧倒的な一撃。
有明のハーロックは、艦橋からその光景を見下ろし、マントを翻した。
「……待たせたな、ミャウダー。帰り路を掃除しに来たぞ」
12億の民がモニター越しに見守る中、海賊国家船団・有明の「親父」たちが、たった一人の息子のために、機械化帝国の心臓部へと殴り込みをかけたのだ。
自由の旗は、極寒のラーメタルの空で、これまでになく熱く燃え上がっていた。
それは、単なる救出作戦ではなかった。
かつて「物語」の中でしか交わされることのなかった、種族を超えた仁義と、世代を超えた意志の継承。
それらが一つの「現実」として結実した瞬間であった。
12億の魂が見届けたのは、最強の武力による略奪ではなく、たった一つの命を、たった一人の「友」を救うために全宇宙を敵に回すことを厭わぬ、有明のハーロックの不器用で、しかし絶対的な「愛」の形であった。
艦隊は、ラーメタルの凍てつく空を焼き払いながら、新たなる伝説のページをその主砲で刻み込んでいったのである。
◇◇◇
惑星ラーメタルの機械帝国防衛方面軍司令部は、未曾有の混乱に陥っていた。
冷徹な論理回路で構成された機械化人たちの計算を、有明海賊船団の行動はことごとく踏みにじったからである。
「報告せよ! ヘビーメルダーに沈座していた有明船団の動向は!」
「第2方面軍を主力とする約50万隻、船団全戦力の1/3が空間軌道を離脱! 本星ラーメタルへ向けて最短距離を驀進中!」
「馬鹿な……! 何の予告もなく、これほどの戦力を動かすなど、正規軍の論理ではありえん!」
モニターには、漆黒の宇宙を若葉色の光で切り裂くネオアルカディア号の勇姿が映し出されていた。そしてその両翼を固めるのは、青き誇りを纏ったデスラー艦と、かつて銀河を震撼させた猛将の座乗艦、ドメラーズIII世。
さらに後方には、本来ならば歴史の彼方に消え去ったはずのガルマン・ガミラス艦隊とイルミダス艦隊が、亡霊のごとき威圧感を放ちながら整然たる陣を組んでいた。
機械帝国の将官たちは知る由もなかった。
彼らが「下等な生身の残党」として制圧しているラーメタルの地下深くで、一人の若者が、己の誇りと仲間たちの命を天秤にかけ、震える指で「有明ナンバーカード」を折り畳んだことを。
◇◇◇
ラーメタル地下、崩落しかけたレジスタンスの拠点。
ミャウダーは、壁に背を預け、荒い息をつきながら手元で微かに発光するカードの破片を見つめていた。
「……すまない、親父。……俺一人でやり遂げたかったんだがな」
彼は、一人の「戦士」としてこの星に降り立った。有明のハーロックの息子としてではなく、自由を求める一人の若者として、機械帝国の支配に抗うラーメタルの民と共に戦ってきた。
だが、迫りくる機械化兵の物量、そして絶望的な包囲網を前に、彼は決断せざるを得なかった。ここで自分が死ぬのは構わない。だが、自分を信じて付いてきた仲間たちを、この冷たい地下墓地に沈めるわけにはいかない。
ミャウダーが発したエマージェンシー・コール。
それは、彼にとっての敗北宣言ではなく、信じられる唯一の「絆」への、断腸の祈りであった。
◇◇◇
「……見えたぞ。ラーメタルだ」
ネオ・アルカディア号の艦橋で、有明のハーロックは冷たく言い放った。
彼の視界には、機械帝国が誇る絶対防衛線──衛星軌道上に展開する無数の浮遊要塞と、迎撃艦隊の群れが映っていた。
「第2方面軍へ通達。……邪魔だ。どかせ」
その一言が、銀河鉄道の歴史に刻まれる虐殺的な一方的戦闘の幕開けとなった。
ガミラス艦隊の艦長が、デスラー艦の指揮官席で静かに手を振り下ろす。
「我らが主の倅が、あの星の地底で待っている。……ガミラスの誇りにかけて、道を切り拓け! デスラー砲、発射用意!」
「ドメラーズIII世、前進! 敵陣を食い破れ!」
かつての「亡霊」たちが、今の機械化帝国には存在しないはずの、狂気じみた「闘志」という名のエンジンを唸らせる。
最新鋭の機械帝国艦隊は、かつての伝説の再現に、なすすべもなく崩壊していった。彼らは理解できなかった。なぜこれほどの巨艦たちが、たった一人の若者の救出のために、一国家を滅ぼしかねないエネルギーを浪費するのか。
ラーメタルの空が、爆炎で赤く染まる。
それは、息子を想う親父の怒りであり、友を救わんとする戦士たちの咆哮であった。
海賊国家船団・有明。
彼らにとって、ミャウダーの命は、銀河のどの領土よりも、どの資源よりも重い。
若葉色の死神と青き狼たちは、逃げ惑う帝国軍を蹂躙しながら、愛すべき倅の待つ大地へと、その鋭い牙を突き立てようとしていた。
◇◇◇
ラーメタルの凍てつく風が吹き荒れる地表に、若葉色の巨艦ネオ・アルカディア号が吐き出す熱気が混じり合う。
雪を割り、泥にまみれたパルチザンの戦士たちは、天を覆う巨大なドクロの旗を見上げ、自分たちがもはや孤独ではないことを悟っていた。
「礼を言う。キャプテンハーロック」
初老の指揮官の掌は、硝煙と鉄の匂いが染み付いていた。その固い握手は、物語の中の伝説に縋る者のそれではなく、同じ「自由」という名の地獄を生き抜く戦士としての共鳴であった。
「俺は倅を迎えに来ただけだ。むしろ、目と鼻の先に居て何もしなかった事を恨まれても構わん」
「己の自由は己で掴むものだろう? 海賊」
「フッ、違いない」
有明のハーロックは、その十字傷の刻まれた頬を緩め、不敵に笑い返した。
背後では、船団から降り立った救護班が、慣れた手つきでパルチザンたちを収容していく。かつて令和の日本で救急救命に携わっていた者、異星の戦場を渡り歩いてきたアンドロイド。彼らの連携には、今の銀河のどこにもない「命への執着」が宿っていた。
空を見上げれば、燃えるような紅蓮と蒼光の火花が散っている。
1000年前の誇りを今に蘇らせたガミラス艦隊と、滅びの宿命を振り切ったイルミダス艦隊が、機械化帝国の防衛線を紙細工のように引き裂いていた。彼らにとって、この戦いは単なる救援ではない。自分たちの居場所を創り上げた「親父」の倅を救う、意地と名誉の戦いなのだ。
「キャプテン……」
バツの悪そうにうなだれるミャウダーの前に、有明が立つ。
彼は無言のまま、ミャウダーの両肩を、肉と骨が鳴るほどの重みで叩いた。
「うっ、いってぇなあ。クソ親父」
「俺より先に死のうとした罰だ。仲間の為に選んだそれを後悔するなら、次は拳骨が落ちるぞ」
「はいはい。ちっくしょう。次はぜってぇやらねぇ。ぐおっぐぅ」
言葉の途中で、有明の拳骨がミャウダーの頭に鋭く落ちた。
それは、力でねじ伏せるための暴力ではない。かつて昭和の父親たちが、そして物語の中の男たちが、言葉にできない愛を込めて放った、重く温かい「教え」であった。
「死ぬ覚悟と、命を捨てて生きる覚悟は違う。……このバカ息子め。後で教育し直してやる」
「うへぇ。墓穴掘っちまったぜ」
ミャウダーを伴い、ハッチが閉ざされる。
ネオアルカディア号が重力を振り切り、氷の大地から離陸した。
有明のハーロックは、艦橋のメインスクリーンに映るラーメタル全域の戦況図を見据えた。
機械化帝国の支配を示す黒い輝きが、ドメラーズIII世とデスラー艦の猛攻によって、一点、また一点と塗り替えられていく。
「ついでだ」
有明は、マントを翻し、全艦隊に向けて非情かつ慈悲深い号令を発した。
「ラーメタルを解放する。……ヘビーメルダーの静寂を乱す塵芥を、今のうちに全て掃き清めておくぞ」
その一言により、単なる救出作戦は、惑星規模の解放戦争へと変貌を遂げた。
10万隻の海賊船団が、その牙をラーメタルの深淵へと剥く。
自由の旗の下、自分たちの領分を汚す者に容赦はしない。それが海賊国家船団・有明の流儀であり、この宇宙で最も正義に近い「我儘」であった。
若葉色の閃光が、ラーメタルの雲を焼き払い、漆黒の宇宙へと昇っていく。
その航跡は、一人の少年の生還と、一つの星の運命が塗り替えられたことを告げる、輝かしい凱歌であった。