有明のハーロック   作:星乃 望夢

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第43話

 

 鉄郎の震える肩を支えていたマントの重みを解き、彼を介助に当たった救護班に託す。一歩一歩、覚束ない足取りで居住区へと向かう若者の背中を見送り、俺は深く、肺の奥に溜まっていた熱い空気を吐き出した。

 

「随分と、俺の時とは違うじゃないかい?」

 

不意に背後から、少し尖った、だが以前よりずっと落ち着いた声が届いた。

 

振り返れば、そこにはハッチの影に寄りかかり、腕を組んでこちらを眺めているミャウダーが居た。ラーメタルで拳骨を落とした時とは違い、その瞳には悪戯っぽい光が宿っている。

 

「フッ、拗ねてるのか? ミャウダー」

 

「べつにぃ。たださ、俺の時は『死ぬ覚悟と生きる覚悟は違う』なんて説教と共に、頭にデカいお土産(たんこぶ)をくれたのになぁ、って思ってね。アイツにはマントで包んでハグかい? 待遇の差を感じるね」

 

「長男は弟を守ってやるもんだ。お前には背中で語り、アイツには肩を貸した。それだけの違いさ」

 

俺の言葉に、ミャウダーは一瞬だけ驚いたように目を見開き、それからどこか納得したように鼻を鳴らした。

 

「……アイツも、アンタの倅かい? キャプテン」

 

「ああ。義理の、な」

 

「……ったく、しゃあねぇな。はいはい、わかりましたよったく」

 

ミャウダーはバリバリと乱暴に頭を掻き、自嘲気味に笑う。

 

俺は数多くの『倅』を抱えている男だ。

 

この12億の船団に乗る若者たち、かつて地球で未来を見失い、俺の旗を信じて付いてきた者たち。彼ら全員が、俺にとっては守るべき、そして導くべき息子たちだと言える。

 

だが、特別な『義理の倅』は二人しかいない。

 

故郷を焼かれ、俺の手の中で戦士として芽吹いたミャウダー。

 

そして、黒騎士ファウストという巨大な宿命の影から、俺が独断で、強引に『略奪』してきた鉄郎だ。

 

「ミャウダー。鉄郎が落ち着いたら、お前から『船の掟』を教えてやってくれ。言葉じゃなく、酒の飲み方でな」

 

「へっ、高くつくぜ? キャプテン。俺の奢りじゃねぇからな」

 

「フッ、ツケにしておけ」

 

ミャウダーは肩をすくめて歩き出す。その足取りはもう、迷える孤児のものではなかった。

 

俺は再び、遠ざかる若者たちの背中と、ドックに並ぶ戦艦たちのシルエットを見つめた。

 

略奪。

 

そうだ、海賊とは奪うものだ。

 

俺は地上の独裁者から富を奪い、絶望から命を奪い、そして運命の脚本から、この若者たちの未来を奪い取った。

 

その略奪の報いが、この頬に刻まれた十字の傷なのだとしたら。

 

……悪くない。

 

俺はマントを翻し、ネオアルカディア号の艦橋へと続くエレベーターへと歩み出した。

 

 

◇◇◇

 

 

風呂上がりのさっぱりした感覚と、腕に刺さった点滴から流れ込む冷たい薬剤の感覚が、鉄郎の意識を現実へと繋ぎ止めていた。

 

真っ白で清潔なシーツ。かつて地球のメガロポリスで見た、冷酷な機械化人のための病院とは違う。ここには、人の手による温もりと、どこか懐かしい「生活の匂い」がある。

 

暇を持て余した鉄郎の視線の先、壁に埋め込まれたモニターでは、ちょうど「月曜日の国営放送」が始まっていた。

 

「……これ、俺か?」

 

画面の中に映っていたのは、自分よりもずっと幼く、背の低い、丸っこい顔をした少年だった。

 

それでも真っ直ぐな瞳。

 

鉄郎は、自分のゴツゴツとした、硝煙の染み付いた掌を見つめる。

 

そういえば、母さんを殺されて、必死にメガロポリスを目指していた頃の自分は、あんな顔をしていたのかもしれない。

 

あまりにも多くの死を潜り抜けすぎて、鏡を見ることも忘れていた今の自分には、そのあどけなさが眩しく、そして少しだけ痛かった。

 

画面の中の「999号」が、高らかな汽笛を鳴らして発車する。

 

だが、それを見た鉄郎の眉がピクリと動いた。

 

「……C62の、50? それに、なんだあのマークは」

 

自分の旅の相棒である「48号」とは違う、一桁進んだナンバー。そして、石炭車の横に派手に描かれた、銀河鉄道のエンブレム。

 

自分の知る999号は、もっと無骨で、ただひたすらに黒い、鉄の塊だった。アニメだからあんなに派手なのか、それとも、別の次元を走る列車なのか。

 

物語は、鉄郎の記憶にはないエピソードへと進んでいく。

画面に現れたのは、クイーン・エメラルダス。

 

だが、その姿は鉄郎が先ほどドックで見かけた、あの凛々しく恐ろしい女海賊とは似ても似つかなかった。

 

「エメラルダスが、病気……?」

 

ベッドの中で、鉄郎は思わず身を乗り出した。

 

画面の中のエメラルダスは、寝台に伏し、重い病に苦しんでいる。そして、その影武者であるアンドロイドがメーテルと決闘をし、彼女の若々しい身体を奪おうと画策しているという、信じられないようなお話だ。

 

「嘘だろ……。あの人が、あんなニセモノに……」

 

鉄郎は苦笑した。

 

もし、本物のエメラルダスがこの放送を観ていたら、今ごろ重力サーベルでモニターを叩き割っているに違いない。

 

それでも、鉄郎の目は画面から離せなかった。

 

劇中の「鉄郎」が、ニセモノを相手に必死に戦い、そしてメーテルと共にそのニセモノを倒した。

 

設定は違う。見た目も違う。

 

けれど、その根底に流れる「決して屈しない魂」の響きだけは、今、点滴を打って横たわっている自分と、完璧にシンクロしていた。

 

「……有明さんは、これを観て育ったのか」

 

鉄郎は天井を見上げた。

 

一人の男が、この「物語」を信じ抜き、ついにはそれを「現実」の艦隊として宇宙に具現化させた。

 

その凄まじい執念と、どこまでも純粋な愛。

 

「……ふっ、敵わないな」

 

鉄郎は小さく呟き、自分を抱き締めてくれた力強い腕を想う。

 

画面の中の999号の走行音が、本物のエンジンの鼓動のように心地よく響いている。

 

物語と現実。

 

過去と未来。

 

それらすべてを背負う大きな背中。

 

その背中に、鉄郎は言いしれぬ安堵を感じていた。

 

 

◇◇◇

 

 

カシャン、カシャン、カシャン……。

 

静まり返った病室の床を、あの乾いた金属音が叩く。

 

規則正しいそのリズムは、聴く者の背筋を無意識に正させる重圧と、不思議な安堵感を同時に運んできた。

 

自動ドアが滑らかに開き、漆黒のマントを翻した男が姿を現した。

 

「ああ、船長さん…………違いますね。ようこそ、キャプテンハーロックさん」

 

点滴のボトルを交換しようとしていた看護婦が、一瞬だけ目を丸くして、すぐに深々と頭を下げた。彼女は令和の地球から「有明」を追ってこの船に乗った元・看護師だ。

 

「流石は有明の倅だ。俺とアイツを見分けるのは中々出来んぞ」

 

「纏う空気が違うんですよ。こう、あーっと、そう。絹豆腐と木綿豆腐みたいに」

 

有明のハーロックは、どこか繊細で、優しさが芯にある。

 

対して、目の前の男は、幾千の戦火を潜り抜け、宇宙の孤独をその身に焼き付けた、岩のような硬質感がある。

 

「フッ、良い例えだ」

 

ハーロックの低い声が、マントの襟を震わせる。

 

「ありがとうございます。では、何かあったら呼んでください」

 

看護婦は、伝説の海賊に見守られる少年──否、若き戦士の幸運を祈るように微笑み、静かに部屋を後にした。

 

「っ、キャプテンハーロック……」

 

鉄郎が身を起こそうとするが、ハーロックはそれを手で制した。

 

「寝ていろ。有明にそう言われただろう」

 

「……はい」

 

鉄郎は大人しくベッドに横になり、再び壁のモニターへと目を向けた。そこには今、1970年代の自分が、メーテルと共に機械化人の罠に立ち向かう姿が映し出されている。

 

「不思議ですよね。……僕の知らない、僕の物語が、こうしてこの国の『歴史』として流れている」

 

「ああ。だが、夢の詰まっている本物だ。俺は誰かのお陰で俺が在るとは思ってはいない。だが、その憧れが、この国を作った」

 

ハーロックは窓際へ歩み寄り、若葉色のネオ・アルカディア号と、それを取り囲む10万隻の灯火を隻眼で見据えた。

 

「夢と、希望と、野心を、この国の連中は持っている。有明という男が、俺という『物語』を道標にして、この巨大な現実を略奪してきたのだ。……この景色は、どんな銀河の奇跡よりも美しい」

 

「ええ。前よりも強く、それを感じます。有明さんが僕を抱きしめてくれた時……この船に乗っているみんなの温かさが、全部伝わってきた気がしたんです」

 

「大人になった、という奴だな」

 

ハーロックが、ふっと口元を緩めた。

 

少年の日は、いつか終わる。だが、その時に手に入れた「重み」こそが、次に進むためのエネルギーになる。

 

「……有明によろしく言っておけ。良い倅を持ったとな」

 

「……はい!」

 

鉄郎の返事を聞き、ハーロックは再びカシャン、カシャンと音を立てて部屋を出ていった。

 

モニターの中の999号が、汽笛を鳴らして次の停車駅へと向かう。

 

その様子を、12億人の「友」たちが、それぞれの場所で、噛み締めるように見守っていた。

 

 

◇◇◇

 

 

医療区画の個室に漂うのは、消毒液の冷たい匂いではない。

 

もっと暴力的で、それでいて何よりも人の心を安らげる、醤油と脂の焦げた香り。

 

眠っていた鉄郎の意識は、その匂いによって強制的に覚醒させられた。

 

腹の虫が、雷のように鳴る。

 

重い瞼を開けると、視界に入ってきたのは、ベッドの脇の椅子にあぐらをかき、湯気を立てる丼に顔を突っ込んでいる男の姿だった。

 

「……き、きみは……」

 

鉄郎が掠れた声で問うと、男は麺をすするのを止めずに、器用に片手を挙げた。

 

「んっ、ずるずる……んっ。……悪いな。伸びちまう前に食っちまおうと思ってさ」

 

スープを飲み干し、男が顔を上げる。

 

青みがかった肌に、尖った耳。

 

異星人だ。だが、その声色には、不思議と懐かしい響きがあった。

 

その死を看取った──トチローを思い出させるような、温かく、柔らかな響き。

 

「俺はアンドラード星のミャウダーだ。……そして、お前の兄貴だ」

 

「あ、あにき?」

 

鉄郎は目を丸くした。

 

兄弟なんていないはずだ。ましてや、異星人の兄なんて。

 

「おう。ってもまだ、だけどな」

 

ミャウダーはニカっと笑うと、懐から銀色のスキットルを取り出した。

 

そして、ラーメンのレンゲに、トクトクとその中身を注ぐ。

赤い液体。酒だ。

 

彼はそれを一気に煽ると、「くぅ~ッ」と唸り、再びなみなみと注いで鉄郎に差し出した。

 

「まぁ飲めよ。話はそれからだ」

 

「あ、ありがとう」

 

鉄郎は上体を起こし、レンゲを受け取った。

 

一口、飲む。

 

ツンとくるアルコールの刺激。その後に広がる、濃厚な果実の甘みと渋み。

 

「……これ、ワインだ。……それも、すごく辛いのに、旨い」

 

鉄郎の脳裏に、土星の衛星での記憶が蘇る。

 

「……タイタンの、ぶどう谷の味だ」

 

「お? イケる口か? ……や、お前さん、アンタレスの所で飲んでたんだっけ?」

 

ミャウダーが嬉しそうに身を乗り出す。

 

「アンタレスを知ってるのかい?」

 

「知ってるっていうか、一方的に知ってるだけさ。……お前さんの旅も、映画でさっき見たんだよ」

 

「え……?」

 

「まさか、ラーメタルで俺とお前は出逢って、それで仲良くなって……俺は機械帝国の捕虜んなって魂抜かれておっ死ぬ終わりなんて思わなかったけどな」

 

ミャウダーは、まるで他人の失敗談を語るように、あっけらかんと言い放った。

 

だが、鉄郎の顔色はサッと青ざめる。

 

「ミャウダー……」

 

画面の中で見た物語。そこでの悲劇的な結末。

 

それが、目の前の「兄貴」が辿るはずだった運命なのか。

 

「……そうシケた顔するなよ、兄弟」

 

ミャウダーは、鉄郎の肩をバンと叩いた。

 

「俺の運命は変わってる。……アニメん中で、あのクソ親父は出て来ないだろ?」

 

彼は親指で、ネオアルカディア号の方角を指した。

 

「居ないはずの人間が、世界を変えて、ここに生きて、俺の親父になって……俺とお前は戦友になる前に兄弟になった」

 

ミャウダーの瞳には、死の影など微塵もない。

 

あるのは、生きている者の強烈な光だ。

 

「アニメはアニメさ。……今の未来を作ってるのは、俺たち生きてる人間さ」

 

その言葉に、鉄郎の胸のつかえが取れた気がした。

 

そうだ。ここは、過去が決まった物語の中じゃない。

 

俺たちが血を流し、汗をかいて切り拓く、新しい現実なんだ。

 

「……ああ、そうだな」

 

鉄郎が力強く頷くと、ミャウダーは満足げに頷いた。

 

「いい面構えだ。……よし、一先ず飯にしよう。俺も腹減っちまってるからよ」

 

「うん」

 

ミャウダーは、サイドテーブルに置いてあった大皿のチャーハンを鉄郎に差し出した。

 

山のような量だ。だが、今の鉄郎なら食える。

 

「食え! 食って血肉に変えろ!」

 

そしてミャウダー自身は、分厚いビフテキをフォークで突き刺し、野獣のように齧りついた。

 

「んぐっ、むぐ……! ……うめぇ!」

 

「はぐっ……うん、美味しい!」

 

二人の若者が、肩を並べて飯を食らう。

 

言葉はいらない。

 

食うことは、生きることだ。

 

そして、同じ釜の飯を食ったその瞬間から、彼らは本当の「兄弟」になった。

 

胃袋が満たされるにつれ、鉄郎の身体に力が戻ってくる。

もう迷わない。

 

この頼もしい兄貴と、有明のキャプテン、そして伝説のハーロックたちがついている。

 

次の戦場がどこであれ、負ける気がしなかった。

 

 

◇◇◇

 

 

腹を満たした鉄郎は、ミャウダーに促され、久しぶりに有明船団を──始めて訪れる巨大居住艦の市街地へと足を踏み出した。

 

そこは、鉄郎が知るどの惑星の都市とも違う。

 

機械の冷たさがなく、人々の生活の熱気が満ち溢れた、懐かしい商店街のような匂いがした。

 

すれ違う大人たち──地球から来た日本人、異星人の労働者、機械化人の職人たち。

 

彼らは鉄郎の姿を認めると、作業の手を止め、あるいは道を空け、短く声を掛けてくる。

 

「……おかえり」

 

「おかえりなさい」

 

ただ、それだけだ。

 

「頑張ったな」とも、「辛かったろう」とも言わない。

 

「偉いぞ」と頭を撫でることもない。

 

彼らは知っているのだ。

 

この少年が、たった一人で地球という地獄に残り、泥水を啜り、血反吐を吐きながら、いくつもの骸と夜を越えてきたことを。

 

そんな壮絶な時間を、「大変だったね」などという安っぽい慰めの言葉で括ることは、戦士に対する最大の侮辱だと理解しているのだ。

 

だから、ただ日常の延長のように、「おかえり」と言う。

 

まるで、ちょっと長い旅から帰ってきた近所の子供を迎えるように。

 

(……痛いな)

 

鉄郎は、ボロボロのマントの下で拳を握りしめた。

 

そのさりげない優しさが、かさぶたになったばかりの心の傷に沁みて、涙腺を刺激する。

 

「おかえり」と言われるたびに、脳裏に浮かぶのは、地球の土の下に眠る「親父たち」の顔だ。

 

『行け』と背中を押してくれた手。瓦礫の下から突き出された腕。

 

彼らはもう、「ただいま」と言う場所を持たない。

 

鉄郎がうつむきかけた、その時だった。

 

「わあ! 鉄郎だ!」

 

「すげえ! 本物の鉄郎だ!」

 

「ねえねえ、その銃、本物? 重いの?」

 

足元に、小さな子供たちが駆け寄ってきた。

 

彼らに遠慮はない。

 

キラキラした瞳で、鉄郎を見上げ、無邪気な質問を浴びせかけてくる。

 

「痛かった? 怖かった?」

 

「機械化人と戦ったんでしょ? どっちが勝ったの?」

 

大人たちが飲み込んだ言葉を、子供たちはストレートに投げてくる。

 

その純粋な好奇心と憧れの眼差しを受けた瞬間、鉄郎の背筋が、反射的にスッと伸びた。

 

(……そうか。俺は、この子たちの憧れなんだ)

 

鉄郎は悟った。

 

この子達にとって、自分は「戦場から帰ってきたヒーロー」なのだ。

 

ならば、膝を折るわけにはいかない。辛気臭い顔を見せるわけにはいかない。

 

俺は、この子達の明日を守るために、夢を守るために戦ってきたのだから。

 

鉄郎は、ひきつりそうになる頬に力を込め、ニカっと笑ってみせた。

 

「……ああ。重いぞ、この銃は」

 

鉄郎は、腰の戦士の銃を軽く叩いた。

 

「痛かったし、怖かったよ。……でもな、逃げなかった」

 

「すっげー!」

 

「ねえ、話してよ! 地球で何があったの?」

 

子供たちにせがまれ、鉄郎は近くのベンチに腰を下ろした。

話していいのだろうか。

 

あんな、血の匂いと硝煙と、腐った泥の匂いしかしない日々のことを。

 

英雄譚などではない。ただの泥臭い消耗戦の話を。

 

それでも、鉄郎はポツリポツリと語り始めた。

 

「……すぐに戦いが始まったわけじゃないんだ」

 

どちらが先に引き金を引いたのか、今となっては分からない。

 

ただ、気づいた時には銃を手に取っていた。

 

「……俺は、強くなんかない。何度も泣いたし、何度も諦めそうになった」

 

鉄郎は嘘をつかなかった。

 

キャプテンハーロックのように無敵でもない。

 

エメラルダスのように気高くもない。

 

有明のハーロックのように、大勢の仲間を率いる力もない。

ただの、一人の人間だ。

 

「でも、俺には仲間がいた。……たくさんの親父たちが、俺を支えてくれたんだ」

 

子供たちは、息を呑んで聞き入っている。

 

鉄郎の話には、派手なビームも、カッコいい必殺技も出てこない。

 

だが、そこにある「生」の重みが、子供たちの心に何かを刻み込んでいく。

 

鉄郎は語りながら、自分自身にも言い聞かせていた。

 

地球では、誰にも話さなかった。話す暇もなかったし、話したところで誰が信じるだろう。

 

「俺が機械化母星を滅ぼした」なんて言えば、救世主として祭り上げられるか、嘘つき呼ばわりされるかだ。

 

だが、どちらも御免だ。

 

俺は神様じゃない。

 

誰かに「旗印」として担ぎ上げられ、祭り上げられるのはまっぴらだ。

 

(……旗は、自分で掲げてこそ意味がある)

 

鉄郎の脳裏に、三人の海賊の背中が浮かぶ。

 

彼らは誰に頼まれたわけでもなく、自分の意志でドクロを掲げ、自分の足で立っている。

 

だからこそ、人は彼らに憧れ、彼らのもとに集うのだ。

 

「……俺も、そうありたい」

 

鉄郎は、子供たちの頭を撫でて立ち上がった。

 

「……ありがとうな、みんな。話を聞いてくれて」

 

「えー、もう行っちゃうの?」

 

「うん。……次の列車が待ってるからな」

 

鉄郎は子供たちに手を振る。

 

少年はもう、誰かに守られるだけの存在ではない。

 

自らの旗を心に掲げ、星の海を往く、一人の「男」になっていた。

 

 

◇◇◇

 

 

銀河超特急999号の停車時間、99時間9分。

 

それはこの巨大な船団という名の「国」が、ひとりの若き戦士に与えた、つかの間の休息であり、次なる過酷な旅路への「命の洗濯」の時間でもあった。

 

子供たちに囲まれ、地球での泥臭い、けれど誇り高い戦いの日々を語り終えたその時、平穏な空気が一変した。

 

『警報!警報!機械帝国艦艇、大質量ワープアウトを確認!予測進路、惑星ラーメタル!ラーメタル奪還艦隊と思われる。第一級戦闘配置発令!!各艦任意で出撃せよ!!』

 

艦内放送が響き渡った瞬間、さっきまで「おかえり」と穏やかに微笑んでいた大人たちの目が、一瞬にして猛獣のそれに変わった。

 

避難を誘導する者、整備用の重機をそのまま戦闘用へと換装する者、そして、マントを翻してドックへと駆けていく者たち。

 

鉄郎もまた、反射的に腰の戦士の銃に手をかけ、走り出そうとした。

 

しかし、その肩を分厚い掌が掴みました。

 

「……キャプテンに休めって言われただろアホ! それに、自分の船も持ってねぇ奴がどこへ行く! これは俺たちの、海賊の戦いだ!!」

 

見上げれば、さっきまでニコニコと鉄郎の話を聞いていた元・サラリーマンの日本人が、見たこともないほど勇ましい「兵士」の顔で立っていた。

 

一人の未熟な「倅」として、未熟な部分をズバズバと指摘される。その遠慮のなさが、鉄郎には堪らなく心地よく、そして誇らしく感じられた。

 

「……あはは、そうだね。わかったよ、おじさん!」

 

鉄郎は笑いました。

 

自分が今やるべきことは、銃を抜くことではない。

 

彼は翻り、怯える子供たちの手を引きました。

 

「さあ、みんな! 俺についてきて! シェルターへ行くよ!」

 

その背後では、宇宙の歴史上、決してあり得なかったはずの合唱が始まっていた。

 

『ガーレ・ガミロン! ガーレ・ガミラス!』

 

『ガーレ・デスラー! ガーレ・アリアケ!!』

 

ドックから飛び出す青い艦隊。かつては侵略者の象徴だった国歌が、今は「家」を守るための誇り高き凱歌として響き渡る。

 

『ガミラス人に遅れるな! ゼーダ総司令の誇りと、この我らの母星を、宇宙のガラクタどもから守り抜くぞ!!』

 

イルミダス軍の戦士たちが、ドクロの旗を掲げて突撃を開始する。かつてヤマトと死闘を演じた者たちが、ハーロックと戦った者たちが、今はこの船団を守るために命を懸けている。

 

『愛を守れ! ガトランティスの意地を見せろ!!』

 

『同じ機械化人でも奴らは冷たい鉄屑だ! スクラップにして俺らの予備パーツにしてやれ!!』

 

『フッ、有機生命体はこれだから困る。だが……我らの星を黙って明け渡す道理はないな』

 

『俺たち血の通った人間の底力って奴を教えてやる!』

 

メタノイドが、機械化人が、異星人が、地球人が。

 

種族も、かつての敵味方も、次元の壁さえも超えて。

 

12億の民は、有明のハーロックという一人の男が「略奪」してきたこの奇跡の場所を守るため、ひとつの意志を持つ巨大な牙となりました。

 

シェルターの扉が閉まる直前、鉄郎は窓の外を見上げた。

 

若葉色の旗艦ネオ・アルカディア号を中心に、漆黒の宇宙を埋め尽くすほどの光の帯が、機械帝国の艦隊へ向けて一斉に抜錨していく。

 

その圧倒的な質量と、爆発的な魂の熱量。

 

鉄郎は、自分がその一部であることを確信し、強く拳を握りしめた。

 

「……これが、有明さんの言っていた『自由』なんだな」

 

星の海に、かつてないほど激しい戦火が上がろうとしていた。

 

けれど、鉄郎の心には少しの不安もない。

 

この船団(くに)には、世界中の誰よりも「諦めの悪い」最高に格好いい大人たちが、12億人もついているのだから。

 

 

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