有明のハーロック   作:星乃 望夢

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第44話

 

戦闘の余韻がまだ残るドック。帰還したネオアルカディア号のハッチからは、かつての平和な日本から来たとは思えないほど手慣れた手つきで、機械化人の戦艦から剥ぎ取ってきた最新のセンサーユニットや装甲板を運び出すクルーたちの姿があった。

 

「壊しすぎると再利用できないからな、主砲の出力を絞るのがコツなんだよ」

 

「次はあの推進剤タンクを丸ごと略奪(スカウト)してこようぜ」

 

そんな会話を耳にしながら、鉄郎は不思議な安心感を覚えていた。この船団の人々は、きれいごとだけを並べる正義の味方ではない。自分たちの「自由」と「生活」を守るために、強かに、そして泥臭く生き抜く海賊なのだ。

 

「よう、鉄郎。いい汗かいたな」

 

肩を叩いてきたのは、ミャウダーだった。彼は戦闘服の襟を緩め、顎で娯楽艦『シネマ・アルカディア』の方を指した。

 

「警報も解けたし、ちょうどいいプログラムが始まるんだ。ちょっくら映画でも観ようぜ。お前さんの『予習』になるかもな」

 

「いいけど。予習って、どういうことなんだ?」

 

「まぁ、そいつは観てからのお楽しみってやつさ」

 

誘われるままに劇場へ入った鉄郎。暗転したスクリーンのなかで始まったのは、『劇場版 さらば銀河鉄道999』だった。

 

「……!」

 

鉄郎は息を呑んだ。そこに映し出されていたのは、つい数日前まで自分自身が身を置いていた、あの地獄のような地球の光景だった。

 

泥水を啜り、仲間の死を乗り越え、自分によく似た……けれど、どこか自分よりも孤独の影が濃い「星野鉄郎」。

 

映画の中の自分もまた、多くの親父たちの命を代償にして、999号へと乗り込んでいく。

 

だが、物語が進むにつれ、鉄郎のなかに違和感が芽生え始めた。

 

画面のなかでは、ヘビーメルダーの停車駅が破壊されており、999号は停車せずに通過してしまう。そして臨時停車した惑星ラーメタルで、ウェイトレスのメタルメナから「ここはメーテルの故郷だ」と聞かされる。

 

「……有明さんの船団が出てこない」

 

鉄郎は隣に座るミャウダーに囁いた。ミャウダーは「しっ」と口に指を立て、ニヤリと笑った。

 

そうなのだ。この映画の中には、20万隻の大船団も、12億人の仲間も、若葉色のネオアルカディア号も存在しない。

 

この映画は、有明が生まれるよりずっと昔に、地球という星で作られた「物語」だからだ。

 

鉄郎は悟った。

 

有明という一人の人間が、この映画や、数多の「物語」に魂を救われ、夢と希望を捨てずに生き抜いた。その純粋すぎる想いが、次元の壁を越えてキャプテンハーロックを呼び寄せ、ネオアルカディア号を動かし、結果としてこの巨大な「有明海賊船団」という名の現実を産み落としたのだ。

 

もし有明がいなければ、自分は今ごろラーメタルで、たった一人でメーテルを探して彷徨っていたのかもしれない。

 

もし有明がいなければ、隣でポップコーンを放り込んでいるこのミャウダーという男も、捕虜になって魂を抜かれ、死んでいたはずなのだ。

 

「……ありがとう、有明さん」

 

鉄郎はスクリーンを見つめたまま、心の中で深く感謝した。

 

この映画を作った人々、そしてそれを宝物のように抱えて生きてきた有明。

 

彼らがいたからこそ、悲劇は回避され、運命は略奪され、新しい「再会の物語」へと書き換えられた。

 

「アニメはアニメ。現実はこれだ」

 

ミャウダーが自分の有明ナンバーカードを指で弾き、火花が散るような笑顔を見せた。

 

鉄郎もまた、力強く頷いた。

 

物語を愛した男が作り上げたこの新しい世界で、自分は新しい未来を刻んでいく。

 

 

◇◇◇

 

 

劇場の暗がりのなか、大型スクリーンの光が二人の横顔を青白く照らしていた。

 

画面のなかでは、泥だらけの「鉄郎」が下水道を這いずり、機械化人の執拗な追撃に肩を撃ち抜かれ、絶望的な包囲をされていた。

 

「……痛そうだな、兄弟」

 

隣の席で、本物のミャウダーがポップコーンを口に放り込みながらボソリと言った。ラーメタルで、有明の親父に文字通り頭を叩き割られるほどの勢いで救われた今の彼にとって、画面の中の「孤立無援の自分」は、どこか遠い異世界の出来事のように見えていた。

 

鉄郎は、自分の左肩を無意識にさすった。

 

画面の中の自分が救われたあと、パルチザンの地下基地で鳴り響いた旋律──。

 

『さあ皆、盃を上げろ! 人間の未来の為に歌おう!』

 

劇中のパルチザン司令の号令とともに流れる、あの「ラララーラ、ララララ〜……」。

 

「……この歌だったんだね。船団の皆が歌っている、あの歌の原典は」

 

鉄郎の声は震えていた。有明船団の国歌として、12億の戦士たちが一つになって歌うあのメロディ。それが、この悲劇的な物語のなかで、絶望に抗う男たちの唯一の拠り所として生まれた歌だったのだと知り、胸の奥が熱くなる。

 

「……でも、アレで終わりじゃなかったんだ。てっきり終わったと思ってたのにっ」

 

スクリーンの中の鉄郎が吐き出したその悔恨の言葉に、今の鉄郎は深く、深く首を縦に振った。もし、あの機械化母星の破壊で全てが終わっていたのなら。もし平和が訪れていたのなら。地球で盾になって死んでいった親父たちは、今も生きていたはずなのだ。

 

「……俺は大変な大物を助けたってわけだな」

 

劇中のミャウダーが鉄郎の肩を叩くシーンで、現実のミャウダーがニヤリと笑った。

 

「へへっ、いいシーンじゃねえか。でもよ、鉄郎。今の俺なら、あんなにノロノロ近づいてくる機械化人は、物陰に隠れる前に全員ヘッドショットだぜ? 親父のしごきはもっとエグかったからな」

 

「そうだね。……でも、あの時のミャウダーの『黙っていれば、向こうから近付いてくる』って教え、僕も地球で何度も使わせてもらったよ」

 

物語は、メーテルの真実を巡る対立へと進む。

 

メーテルがプロメシュームの跡を継いだ。その衝撃的な言葉に、画面の中の鉄郎が逆上してミャウダーを殴りつける。

 

「……ったく、痛ぇなぁ」

 

ミャウダーは自分の頬をさすり、苦笑した。

 

「あっちの俺は、よく怒鳴り合いにならなかったな。……俺とお前が最初に出会った時、もしお前が俺を殴ってたら、俺も殴り返してたぜ。そのあとで酒を飲んで仲直りってのが、俺たちアンドラードの流儀だ」

 

鉄郎は、画面の中の「プロメシュームの絵画」をじっと見つめていた。

 

宿敵の顔。そして、最愛のメーテルの姿。

 

そのあまりにも残酷な重なりを、映画の自分はたった一人で受け止めていた。

 

「……ミャウダー。僕はこの映画を観ていて、少し怖くなった」

 

鉄郎が声を潜めて言った。

 

「もし、有明さんが現れなかったら。もし、この『船団』がなかったら。僕たちはこの映画の通り、ラーメタルで、絶望的な別れを迎えていたのかもしれない」

 

汽笛が鳴る。劇中の999号が発車を告げる。

 

「俺が送ってやると」と言う映画の中のミャウダー。

 

それは、彼が死地へと向かう前の、最後の友情の証だった。

 

「……そうだな。だが、俺たちは違うだろ?」

 

ミャウダーがそう言って、鉄郎の前に自分のグラスを差し出した。

 

中身は、映画のような濁った酒ではない。船団の農業艦で大切に醸造された、最高級のビールだ。

 

「有明のクソ親父が略奪したのは、俺たちの『死に場所』だけじゃない。この『悲しい結末』そのものを、あいつは銀河から盗み去ったのさ。……だから、俺たちは今、生きて隣同士で座ってられるんだぜ」

 

鉄郎は、ミャウダーのグラスに自分のミルクのグラスを合わせた。

 

カチン。

 

硬質な音が、劇場の静寂に響く。

 

「……そうだね。僕たちは、この先にあるはずの悲劇を、もう受け入れなくていいんだ」

 

鉄郎は、真っ直ぐにスクリーンを見据えた。

 

物語の鉄郎は、これから「死」と「別れ」に向かって走っていく。

 

だが、今の自分は違う。

 

12億人の仲間が、二人のハーロックが、エメラルダスが、そして生きているミャウダーが、自分の背中を支えている。

 

「続きを観よう。……俺たちが、どんな未来を『略奪』しなきゃいけないのか。最後まで見届けようぜ、兄弟」

 

ミャウダーの言葉に、鉄郎は力強く頷いた。

 

 

◇◇◇

 

 

劇場の巨大なスピーカーが、アルカディア号の重厚なパルサーカノンの咆哮を響かせ、客席の床を小刻みに震わせていた。

 

スクリーンの中では、深緑の巨艦が次々と機械化兵をなぎ払い、鉄郎のために血路を切り開いていく。

 

「……キャプテンハーロックだ」

 

鉄郎は、隣のミャウダーに聞こえるか聞こえないかの小さな声で呟いた。その瞳には、救世主を見つめるような憧れと、それ以上の「納得」があった。自分一人の力ではどうにもならない絶望の壁を、あのドクロの旗が粉砕してくれる。それは、今の自分にとっても、映画の中の自分にとっても変わらない真実だった。

 

「へっ、やっぱりあのおっさんは派手な登場が似合うぜ。……でもよ、鉄郎」

 

ミャウダーが、暗がりのなかで不敵に笑った。

 

「映画の中に『有明の親父』はいない。つまり、本来ならあのアルカディア号一隻が、この銀河のすべての『意地』を背負って戦ってたってことだろ? ……今の俺たちには、ネオアルカディアも、20万隻の船団も、12億人の仲間もいる。そう思うと、なんだかこのスクリーンの中の景色が、ものすごく寂しく見えるな」

 

「……そうだね。僕もそう思うよ」

 

鉄郎は、戦士の銃を握り直した。映画の中の自分は、ミャウダーのバイクの後ろに乗って、たった一人で「戦場」へと向かっている。

 

そして、場面は別れのシーンへと移った。

 

『俺より先に死ぬなよ? 男の約束だぞ』

 

『いいとも』

 

スクリーンの中の二人が交わしたその言葉が、現実の二人の耳に突き刺さる。ミャウダーは、有明のキャプテンから頭に拳骨を落とされた時の感触を思い出し、無意識に自分の頭をさすった。

 

「……『男の約束』か。映画の中の俺も、粋なこと言い残してやがる」

 

「ミャウダー。……映画の中の君は、このあとラーメタルに残って……」

 

鉄郎が言いかけると、ミャウダーは「わかってるよ」と短く遮った。

 

「『パンチが効いたぜ』なんて、強がって去って行くんだろ? ……でもな、鉄郎。俺は今、こうしてお前と並んで座ってる。あの時、有明の親父がラーメタルの空を割って降りてこなかったら、俺もこの映画と同じように、ただの『思い出』になってたはずだ」

 

画面では、蒸気の向こうからメーテルが姿を現した。

 

『メーテルーーーー!!!!』

 

映画の中の鉄郎の叫びが、劇場中に響き渡る。再会の喜び。しかし、その背後で一人、丘の上から999号を見送るミャウダーのシルエット。

 

「……あいつ、一人ぼっちだな」

 

ミャウダーは、スクリーンの中の「自分」を見つめながら、自嘲気味に笑った。

 

「あそこで999を見送って、俺の役目は終わる。……でもな、今の俺には帰る場所があるんだ。この若葉色の船の中に、12億人の家族がな」

 

鉄郎は、そっとミャウダーの肩に手を置いた。

 

「……ミャウダー。僕はメーテルと再会できて嬉しい。でも、君が死ななかったことが、同じくらい嬉しいんだ。この映画は、僕たちにとっての『もしもの話』なんだね」

 

「ああ。有明の親父が書き換えた、最高の『現実』がここにある」

 

ミャウダーは、最後の一口のポップコーンを放り込むと、背筋を伸ばした。

 

「さあ、来るぜ。物語はここからだ。……黒騎士との決闘、そして地獄の惑星大アンドロメダ。俺たちが、これからどんな『絶望』を略奪しなきゃいけないのか。……瞬きするなよ、鉄郎」

 

鉄郎は、溢れそうになる涙をマントの袖で拭い、真っ直ぐに前を見据えた。

 

スクリーンの中の999号は、漆黒の宇宙へと昇っていく。

運命の終着駅に向かって。

 

そして、その結末を「歴史」として知る二人の若者は、自分たちが生きる「今」という奇跡を噛み締めながら、物語の続きへと没入していった。

 

 

◇◇◇

 

 

劇場の空気が、鉛のように重く沈んでいた。

 

スクリーンの中では、若き日の鉄郎が過去の幻影に囚われ、母を殺される光景を見せられていた。その絶叫がスピーカーを通じて響き渡る。

 

本物の鉄郎は、膝の上で拳を白くなるまで握りしめていた。

 

「……あいつ、ひどいことをしやがる」

 

ミャウダーが低く、怒りを孕んだ声で呟いた。彼にとって、親代わりである有明が「親父」として君臨する今の生活からは想像もできない、冷酷な「父親」の姿がそこにはありました。

 

「……違うんだ、ミャウダー」

 

鉄郎が、掠れた声で応えた。

 

「あの時の俺は、ただ……母さんの仇を討つことだけが全てだった。でも、あのファウストって男……黒騎士は、俺に『生身の虚しさ』を叩き込もうとした。でも、俺には親父たちがいた。アンタレスや、トチローさんや……。俺のために血を流してくれた、たくさんの親父たちがいたんだ」

 

画面の中では、鉄郎がファウストに向かって「赤い血の染み込んだ大地へ、必ず生きて帰る」と宣言していた。

 

「親父に誓った、か……」

 

ミャウダーは、自分の胸にある有明ナンバーカードを指でなぞった。

 

「映画の中のお前は、死んでいった奴らを『親父』と呼んだ。でも、今の俺たちには、生きてマントを翻してる本物の『親友』がいる。……皮肉なもんだな。この映画のファウストは、お前に『絶望』を教えようとして、お前を一人ぼっちの戦士に仕立て上げようとしているみたいだ」

 

そして、暗闇の中での決闘シーン。

 

『焦るな鉄郎。じっとしていれば敵は動く。敵の方から近付いてくる』

 

ミャウダーの声が劇場の音響システムから響いた瞬間、ミャウダー本人が「おっ」と短く声を上げた。

 

「へへっ、いいタイミングで俺が出てくるじゃねえか。……そうだよ、鉄郎。機械化人は目がいい分、動くものには敏感だが、静止しているものを捉えるのは意外と苦手なんだ。……あっちの俺も、いいこと教えやがる」

 

「……ああ。ミャウダーのあの言葉があったから、俺は暗闇の中でも迷わずに済んだんだ」

 

鉄郎は、画面の中で語られる「絶望」という言葉の重みを噛み締めていました。映画のファウストは、999の行く先が「地獄」であることを告げ、鉄郎を揺さぶる。

 

「機関車も、メーテルも、行き先を知っている……か」

 

鉄郎は、劇場の外、ドックに停まっている999号と、エメラルダス号へと戻っていったメーテルの姿を思った。

 

「ミャウダー。映画の中のメーテルは、プロメシュームの後を継ぐために俺を連れて行く。……でも、今のメーテルは違うよね? 有明さんがいて、船団があって……」

 

「当たり前だろ」

 

ミャウダーは力強く頷いた。

 

「エメラルダス様が助けに来るシーンを見てみろよ。あの人は、妹を……メーテルを絶対に一人にはしない。それはあっちの世界もこっちの世界も同じだ。……でも、こっちには『有明』っていう、運命のレールを無理やり引っこ抜く大馬鹿野郎がいるんだ」

 

スクリーンでは、エメラルダスが鉄郎に「メーテルを守るのはあなたの義務」だと告げ、飛び去っていく。

 

「……男なら、ね」

 

鉄郎は、その言葉を自分に言い聞かせるように繰り返した。

2年間、地球でボロボロになりながら戦ってきた今の自分。

かつてメーテルに守られるだけだった少年は、もういない。

 

「ミャウダー。俺、最後まで観るよ。……自分がどんな絶望を乗り越えてきたのか。そして、有明さんが俺たちのために、どんな悲劇を『略奪』してくれたのかを、この目に焼き付けておきたいんだ」

 

「おうよ。付き合うぜ、兄弟。……さて、次はついにあの『惑星大アンドロメダ』だ。……地獄の沙汰も、俺たちの 根性次第だぜ!」

 

二人の若者は、互いの視線をスクリーンへと戻した。

 

物語は、いよいよ光のない暗黒の終着駅へと向かおうとしていた。

 

 

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