有明のハーロック   作:星乃 望夢

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第50話

 

開票速報を告げるテレビ画面は、もはや選挙番組の体をなしていなかった。画面の隅に流れる「L字テロップ」には、かつてこの国の利権を牛耳り、国民の誇りを泥で汚してきた大物議員たちの「落選確実」という文字が、無慈悲な弾幕のように連射されていた。

 

永田町の巨大な党本部。かつては組織票という名の「見えない重力」で盤石の地位を誇っていた保守派の重鎮たちは、モニターに映し出される惨状を前に、幽霊のように蒼白な顔で立ち尽くしていた。

 

「……ありえん。わが党の金看板が、どこの馬の骨ともわからぬ新人に……。組織票はどうした! 業界団体との約束は!」

 

彼らが叫ぶ「組織」は、もはや空洞であった。末端の構成員一人ひとりが、金曜の夜にドクロの旗の物語を観て、自らの魂に刺さった棘を抜き去っていたのだ。彼らは「組織の駒」であることを拒絶し、投票所で一人の「男」として、一人の「人間」として、己の信じる重力に従って鉛筆を走らせた。

 

重力に魂を引かれ、私利私欲という脂で肥え太った「豚」たちは、自らが積み上げた欲望の重さに耐えきれず、次々と奈落へと転落していった。

 

一方で、有明派の候補者たちが集まるささやかな事務所には、万歳三唱の騒がしさはなかった。

 

そこにあるのは、嵐の前の静寂、あるいは出港を待つ艦橋のような、心地よい緊張感であった。

 

「……当確です」

 

事務局員が静かに告げると、候補者はただ一度深く頷き、自らの背後に掲げられた「自由の旗」を見上げた。彼らの議席は、誰から与えられたものでもない。組織の便宜も、金の力も介在しない、国民一人ひとりが「自らの誇り」を託して投じた、純粋なる魂の結晶であった。

 

深夜、有明派の旗頭である総理大臣は、執務室で最後の一票が投じられるのを見届けていた。

 

彼の手元には、当選を祝う花束ではなく、一合の酒と、一本の戦士の銃のモデルガンが置かれていた。

 

「……見ていたか、有明。……この国は今、重力を振り切ったぞ」

 

総理は独り、窓の外の夜空を見上げて呟いた。

 

当選した議員たちは、保守でも革新でもない。ただ、己の旗を掲げ、その責任を一人で背負う覚悟を決めた「海賊」たち。新しい議会は、もはや利権の調整場ではなく、銀河の深淵へ向かう船団の「評議会」へと変貌しようとしていた。

 

この夜、日本から「政治」という名の古い重力は消失した。

あとに残されたのは、自らの足で立ち、自らの物語を紡ぎ始めた一億三千万の意志。

 

落選した亡者たちが、虚空を掴んで嘆き悲しむ声を他所に、当選した戦士たちは静かに、明日の日の出──「有明」の刻を待っていた。

 

 

◇◇◇

 

 

新しく発足した内閣、そして議事堂の光景は、これまでの日本の政治史において前例のない、異様なまでの「静寂」と「速度」に支配されていた。

 

かつての国会といえば、野次と怒号が飛び交い、重箱の隅をつつくような不毛な質疑応答が数ヶ月にわたって繰り返される、いわば「時間稼ぎの殿堂」であった。しかし、有明派が主導する新議会において、その悪習は一掃された。

 

議場に立つ議員たちの胸には、利権団体からの陳情書ではなく、自らの信念を記した「自由の旗」が宿っている。彼らが提出する法案は、どれもが簡潔にして峻烈。私利私欲を排し、国民の尊厳と自由を最優先としたその内容は、議論の余地を挟む必要がないほどに純粋であった。

 

「……異議なし」

 

議長の宣告とともに、これまで数十年停滞していた重要法案が、わずか数日で次々と可決されていく。その驚異的なスピードは、図らずも「これまでの政治がいかに腐敗し、いかに無駄な議論で国民の時間を略奪してきたか」という事実を、残酷なまでに浮き彫りにしたのである。

 

かつての政治家たちが「慎重な審議」という美名の下で行っていたのは、単なる責任逃れと利権の調整に過ぎなかった。彼らは議論をズルズルと引き延ばすことで、変化を拒み、自らの地位という名の「甘い蜜」を守り続けていただけなのだ。

 

新内閣の総理は、かつての停滞を「魂の酸欠」と呼び、次々と改革の号令を下した。

 

複雑怪奇な規制はパルサーカノンで吹き飛ばすかの如く撤廃され、国民の負担を強いるだけの無駄な支出は、重力サーベルで一刀両断にされた。そこに一切の言い訳はなく、ただ「それが誇りある生き方か否か」という一点のみが判断基準とされた。

 

この圧倒的な効率化を前に、重力に縛られたまま落選した旧勢力の亡者たちは、メディアを通じて「独裁だ」「性急すぎる」と負け惜しみを叫び続けた。しかし、自らの足で立ち始めた一億三千万の国民に、その声が届くことはなかった。

 

国民は気づいたのである。

 

政治とは、本来これほどまでにシンプルで、力強いものだったのだということに。

 

「自由」とは、誰かに許可を求めるものではなく、正しい政策によって土壌を整え、己の手で掴み取るものだということに。

 

日本の政治は今、空転を続ける古びたエンジンを捨て、未知なる銀河へ突き進む「次元機関」を手に入れた。

 

議事堂に翻る旗は、もはや党利党略のシンボルではない。それは、この星の海で最も不器用で、最も気高き「海賊たちの評議会」の証であった。

 

 

◇◇◇

 

 

新内閣が断行した財政改革により、日本の消費税率は25%という、かつての倍以上の水準へと引き上げられた。数字だけを見れば、それは国民生活を圧迫する暴政に他ならない。しかし、新生日本の街並みに悲壮感はなく、むしろかつてない活気と「生の輝き」が溢れていた。

 

このパラドックスを成立させたのは、有明のキャプテンハーロックという物語がもたらした「魂の外科手術」であった。

 

第一に、利権という名の泥濘に沈んでいた莫大な公金が、有明派の重力サーベルによって一刀両断された。これまで「働かざる豚」たちが中抜きし、私物化していた「甘い蜜」が、本来行くべき場所──教育、医療、そして先端技術開発へと、濁流のごとく流れ込み始めたのである。

 

第二に、有明船団がもたらした「物語の経済効果」が、国民の生産性を劇的に向上させた。人々は「誰かのために、誇りを持って働く」という海賊の掟を、日々の労働に重ねるようになった。経済の歯車は私欲ではなく「夢と希望」を潤滑油として回り出し、国民一人ひとりの実質所得は、増税分を遥かに上回る速度で膨れ上がっていったのである。

 

その結果、北欧のスウェーデンや中欧のスイスをも凌駕する、徹底した「透明な社会保障制度」が構築された。

 

納めた税が、どのような形で隣人の救いとなり、未来の若者の盾となっているか。それがデジタル技術と「有明ナンバーカード」によって可視化されたとき、納税は「奪われる苦痛」から「船を動かすための光栄ある維持費」へと昇華された。

 

納税者たちは、もはや文句を言わない。

 

彼らにとっての25%は、かつての所得が低かった時代の3%や5%よりも遥かに軽く感じられた。十分な富を得て、なおかつ社会が自分と家族を「自由の旗の下」で守り抜いてくれるという確信。それは金銭では購えない、絶対的な安心感であった。

 

一方で、この新秩序の中で慟哭し、野垂れ死ぬ者たちがいた。

 

かつて国民の血税を啜って肥え太っていた政治家、天下り官僚、そして他者を踏み台にして富を築いてきた亡者たち。彼らは「重力に魂を引かれた人々」であり、自ら汗を流さず、他人の自由を侵すことでしか生きられなかった「豚」に他ならない。

 

彼らにとって、透明化された25%の社会は、逃げ場のない監獄に等しかった。これまでのような不透明な還流も、卑屈な接待も通用しない。彼らが積み上げてきた虚飾の権威は、若葉色の旗艦が放つ光に照らされ、文字通り塵となって霧散していったのである。

 

 

◇◇◇

 

 

日本国民の熱狂は、もはや地上の枠組みに収まるものではなかった。

 

「星の海」への渇望。無限の深淵へと自らの足で踏み出したいという、かつては「子供の夢」と切り捨てられていた純粋な野心は、新生日本の国家運営における最優先事項へと昇華された。一億三千万の国民は、もはや単なる居住者ではなく、銀河へと漕ぎ出す「未来の乗組員」としての自覚を持って、宇宙開発という名の聖戦に心血を注ぎ始めたのである。

 

研究段階で足踏みを続けていた技術群は、利権の足枷から解き放たれたことで、驚異的な加速を見せた。核融合炉は実用的な「船の心臓」へと鍛え上げられ、理論上の存在であったメガ粒子砲は、自由を侵す者を退ける「確かな牙」として具現化した。

 

そして、日本は「ロケット」という旧時代の重力からの脱却を宣言した。

 

目標は、カルネアデスの箱舟。ロケットの推力に頼らずとも、自らの意志で大気を割り、次元を越えて宇宙へと這い上がる超弩級万能宇宙戦艦『ヱルトリウム』級。その壮大な建造計画を完遂するため、日本列島は文字通り、巨大な造船所へと変貌を遂げたのである。

 

まずはその地金技術を磨き、建造ノウハウを蓄積するための習作として、全長七キロメートルを誇る『ヱクセリヲン』級の建造が、日本各地の都道府県で一斉に開始された。

 

北海道の広大な平野に、三陸の深い入り江に、東京湾の埋立地に、そして九州の火山を望むドックに。

 

かつては分断されていた各地方の職人、技術者、そして志願した若者たちが、かつての日本が誇った「匠の技」と最新の「波動工学」を融合させ、巨大な鋼鉄の龍を組み上げていく。

 

四十七都道府県。それぞれが自負と誇りを懸けて、一隻の『ヱクセリヲン』を産み落とす。それは、地域経済の活性化という次元を超えた、日本という民族全体の「魂の鍛造」であった。

 

この熱狂の渦中で、かつての「重力に魂を縛られた者たち」の冷笑は完全に消え去った。

 

地響きのような溶接の火花と、空を突くクレーンの群れ。それらは、日本が地球という揺り籠を卒業し、銀河の荒波へと漕ぎ出すための、不退転の決意の証であった。

 

 

◇◇◇

 

 

核融合炉が放つ赫々たる光と、メガ粒子砲が蓄える峻烈なるエネルギー。日本各地の造船所で産声を上げつつある『ヱクセリヲン』級の巨躯は、重力に魂を縛られた諸外国にとって、もはや羨望を通り越した「脅威」であり、同時に略奪すべき「果実」へと変貌していた。

 

大陸の四千年の歴史を自称する大国、北の極寒に沈む赤き帝国、そして自由を標榜しながらもフロンティアを暴力で支配せんとする西の警察国家。彼らが突きつけたのは、共同開発という名の技術供与、そして拒絶すれば武力行使も辞さないという、旧時代の論理に基づく最後通牒であった。

 

しかし、新生日本、そして有明派の旗頭たる政府は、それら全ての恫喝を「一考の価値なし」と断じた。

 

「……友から奪うな。友を殺すな。友の自由を尊重してこそ、己の自由は尊重される。それが、我ら有明船団、そしてこの星の海に生きる者の不文律である」

 

国会の壇上で総理が放ったその宣言は、もはや一国家の外交辞令ではなく、宇宙海賊の「掟」そのものであった。他者の技術を武力で奪おうとする者、自らの覇権のために他者の自由を蹂躙する者。それらは最早「友」ではなく、排除すべき「宇宙の塵」に過ぎない。日本は、重力に縛られた国々との決別を、全世界に向けて毅然と宣告したのである。

 

この一触即発の事態において、世界が驚愕する事態が起きた。欧州の雄、フランスが、既存の同盟関係を破棄し、日本への全面的な支持と帯同を表明したのである。

 

彼らを突き動かしたのは、地政学的な利害ではない。かつて巨匠の作品を『キャプテン・アルバトール』として愛し、その高潔なる孤独と自由の精神を国民の血肉としてきた、魂の共鳴であった。

 

「我らは、重力に従う豚の軍門には降らない。……キャプテン・アルバトールの名の下に、自由の旗を掲げる日本と共に往く」

 

パリの空に翻ったのは、三色旗(トリコロール)と、そして誇らしげな「髑髏の旗」であった。フランスは、自らの海軍力と技術力を日本の『ヱクセリヲン』建造計画へと合流させ、二国間同盟を超えた「自由の船団」としての第一歩を踏み出したのである。

 

日本各地のドックでは、日本人とフランス人の技術者が肩を並べ、メガ粒子砲の最終調整に汗を流している。彼らの背後には、もはや国境など存在しない。あるのは、無限の星の海への憧れと、それを阻む者への峻烈なる闘志のみであった。

 

日本とフランス。自由の魂を略奪されないために立ち上がった二つの国は、鋼鉄の翼を研ぎ澄ませ、重力に狂った世界を眼下に、静かに、しかし力強く抜錨の時を待っていた。

 

 

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