有明のハーロック   作:星乃 望夢

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第51話

 

欧州の地において、一つの巨大な奔流が巻き起こっていた。フランス。かつて巨匠の魂を「アルバトール」という名で受け入れ、自らの血肉とした人々が、ついに決断を下したのである。

 

「アルバトールの旗に集え!」

 

この合言葉は、パリの街角から地中海の港町まで、電火の如く駆け巡った。人々は家を捨て、地位を捨て、ただ一振りの「自由の旗」を求めて移動を開始した。港には船が溢れ、空港には航路を問わぬ航空機が列をなした。彼らが目指すのは、極東の島国──新たなるアルカディアへの始発駅である日本であった。

 

この未曾有の大移動を支援したのは、日本各地で産声を上げたばかりの鋼鉄の巨人たちであった。北海道、東京、大阪、そして熊本。それぞれの地で、都道府県の誇りと技術の粋を集めて建造された『ヱクセリヲン』級が、その巨大な質量を震わせて重力を振り切った。

 

周辺諸国、とりわけ既存の秩序にしがみつく大国たちは、この日本の行動を「重大な領空侵犯」であると激しく糾弾した。外交ルートを通じて送られる抗議文と、国境線に展開する迎撃機。しかし、それら全ては、若葉色の旗艦に導かれた新星日本の前では、滑稽なまでの無力さを露呈することとなった。

 

「領空侵犯? ……我々は空など飛んでいない。宇宙を通っているだけだ」

 

有明派の政府は、冷徹にそう言い放った。

 

各都道府県から発進した『ヱクセリヲン』級は、垂直に大気を突き抜け、一度、静止衛星軌道へと到達する。そこから、重力に縛られた国々が規定する「領空」を遥か高みから見下ろし、フランスの地へと直接降下したのである。

 

大気を割り、白銀の航跡を引いてパリ上空に降臨した熊本の、そして北海道の『ヱクセリヲン』。その巨大なハッチが開放された時、フランスの人々は歓喜の涙を流し、かつての少年時代に夢見た「自由へのタラップ」を駆け上がった。

 

高度数万メートル。そこは国家という名の重力が届かぬ、真の自由領域。

 

水平線の向こう側を飛ぶ航空機の時代は終わり、垂直に宇宙を貫く意志の時代が到来したのである。国境線という名の地図上の線引き、あるいは他国の主権という名の「重力に縛られた価値観」は、もはや日本とフランスの連合船団を縛り付ける鎖にはなり得なかった。

 

「……古い地球の法が、星の海を往く者に通用すると思うな」

 

有明のハーロックがかつて告げたであろうその言葉は、今、一億三千万の日本人と、それに帯同する数千万のフランス人の共通認識となった。

 

日本各地のドックに続々と接舷する『ヱクセリヲン』。そこから降り立つフランスの「兄弟」たち。二つの国の魂が融合し、船団は今、地球という一つの惑星の枠組みを根こそぎ略奪せんとするほどに巨大化していった。

 

 

◇◇◇

 

 

日本各地のドックから、次々と銀色の巨躯が天を衝いた。青森、新潟、愛知、広島、そして鹿児島。四十七都道府県が威信を懸けて建造した『ヱクセリヲン』級は、静止軌道上で一列に並ぶと、迷うことなく欧州、フランスへとその艦首を向けた。

 

それはもはや「輸送」という概念を通り越し、一つの文明が別の文明をまるごと飲み込もうとする「重力の大移動」であった。

 

フランスの空は、昼夜を問わず降りてくる日本の都道府県船団によって若葉色の燐光に包まれた。この未曾有の事態に対し、自らの重力圏から「夢」と「有為な人材」が流出することを恐れたEU、そして既得権益の守護者たる国連(UN)は、ついにこれを「主権侵害」および「国家資産の略奪行為」と断定。武力による強制排除に踏み切った。

 

「これは略奪だ! 自由の名を借りた、フランスという国家の解体行為である!」

 

UN連合艦隊のスピーカーから響く非難の声。しかし、彼らが送り出した最新鋭のステルス戦闘機隊やミサイル駆逐艦が目にしたのは、人類がこれまで想像だにしなかった「暴力的なまでの技術格差」であった。

 

『ヱクセリヲン』級。

 

その設計思想の根源は、かつて巨匠たちが描いた、全宇宙を喰らい尽くす絶望の軍勢『STMC(宇宙怪獣)』と戦うために生み出された「決戦兵器」にある。そのディテールを、有明船団の狂気じみた熱量で完璧に再現した船体は、地球の既存兵器が太刀打ちできるレベルを遥かに超越していた。

 

UN軍の放った最新鋭ミサイル群は、艦を取り囲むハリネズミのような対空パルスレーザー網によって、着弾の数キロメートル手前でことごとく爆華へと変えられた。たとえその網を潜り抜けたとしても、『イナーシャルキャンセラー(慣性無効化装置)』による次元の壁が、あらゆる物理衝撃を無効化し、熱エネルギーへと変換して霧散させる。

 

「馬鹿な……直撃したはずだ! なぜ傷一つ付かない!?」

 

動揺する連合軍に対し、都道府県船団は容赦のない「海賊の回答」を返した。

 

各艦に装備された連装メガ粒子砲が、空間を焼き切りながら閃光を放つ。それは破壊ではなく、もはや「消去」であった。UN軍の艦艇は、反撃の機会すら与えられず、そのレーダーから次々と光点を消していった。

 

もはや、地球上にこの船団を押し留める力は存在しなかった。

 

一億三千万の日本人に加え、数千万のフランス人が『ヱクセリヲン』の中へと収容されていく。彼らが持ち込んだのは、わずかな私物と、胸に抱いた「星の海への野心」のみ。

 

有明のハーロックがかつてアニメの中で行った「夢と希望の略奪」は、いま、現実の地球において完遂されようとしていた。

 

日本は、そしてフランスの同志たちは、この二年間の狂騒を経て、もはや地球という小さな揺り籠に収まる存在ではなくなっていた。核融合炉の拍動、メガ粒子砲の咆哮、そして次元を越えるための鋼鉄の意志。

 

恒星間航行という神の領域に手をかけた彼らにとって、地球の覇権を巡る小競り合いは、遠い過去の、重力に縛られた亡霊たちの羽音に過ぎなかったのである。

 

有明の空に、ふたたび高らかなる汽笛が鳴り響く。

 

それは、地球という母なる星への決別であり、全人類を「乗組員」と「居残り組」に分かつ、残酷なまでの自由の宣告であった。

 

 

◇◇◇

 

 

日本列島すべての地金を注ぎ込み、47都道府県の意地を結集した『ヱクセリヲン』47隻。しかし、その壮挙をもってしても、地球という閉じた器の限界は明白であった。アニメ『有明のキャプテンハーロック』が示した「十二億の魂を運ぶ大船団」という壮大な青写真に対し、現存する戦力はあまりに乏しく、全人類を重力から解き放つには到底及ばなかったのである。

 

そこで日本政府、および有明派の指導部は、アニメの記録を「既定路線」として再び紐解いた。

 

「ないのなら、ある場所へ取りに行く」

 

その海賊の論理に従い、日本は火星と木星の間に横たわる無尽蔵の資源の宝庫、アステロイドベルト(小惑星帯)への進出を決断したのである。

 

亜高速領域へと踏み込んだ47隻の『ヱクセリヲン』は、もはや単なる防衛艦ではなく、地球圏と深宇宙を繋ぐ巨大な輸送動脈へと変貌を遂げた。数億キロの彼方から運ばれる膨大な鉄、ニッケル、そして希少金属。それらは地球の静止衛星軌道上に集積され、人類史上最大の宇宙工廠を形成していったのである。

 

宇宙の只中でまず産声を上げたのは、船を造るための船──巨大な「工作艦隊」であった。重力の枷を外れた空間で、彼らは休むことなくレーザーを焼き、ナノマシンを散布した。そして、その火花散る工廠の只中で、全長七十キロメートルに及ぶ都市艦『ヱルトリウム』級の、巨大な竜骨が次々と組み上げられていったのである。

 

地上から見上げる夜空には、もはや星は見えない。

 

代わりにそこにあるのは、人類の新しい「大地」となるべき鋼鉄の影。太陽の光を反射し、若葉色に輝く未完成の巨躯たちが、地球という揺り籠を見下ろしながら、着々とその鎧を纏い始めていた。

 

それは、物語が現実を追い越し、物理的な質量となって銀河を塗り替えていく、峻烈なる「創造」のプロセスであった。恒星間航行に必要な「質量」を確保するため、日本は地球という惑星の枠組みを越え、宇宙そのものを自らの資材置き場へと変えたのである。

 

有明の空。

 

そこには、自分たちが打ち上げた工作機が、巨大な箱舟を組み上げていく様子をモニター越しに見つめる一億三千万の、そしてフランスの数千万の瞳があった。

 

彼らは確信していた。この鋼鉄の天井が完成したとき、彼らは真の意味で「地球人類」から「銀河市民」へと転生を果たすのだということを。

 

物語は今、単なる映像の記録から、物理法則をねじ伏せる巨大な「国家事業」へと完全に移行したのである。

 

◇◇◇

 

 

カルネアデスの箱舟──人類の全「夢と希望と野心」を積み込み、重力の檻を脱出せんとする超弩級船団。その守護を担う「牙」として選ばれたのは、巨匠・庵野秀明がかつて巨匠・松本零士への敬意を込めてスクリーンに放った伝説の遺産であった。

 

第四世代型超光速恒星間航行用大型万能宇宙戦艦『N-ノーチラス号』。

 

かつてアトランティスの超科学が産み落とし、数万年の時を経てタルテソスの地底から発掘されたあの蒼き名艦が、いま、有明の工作艦隊の手によって現代の宇宙に再誕したのである。

 

ヱルトリウム級都市艦が「大地」であり、ヱクセリヲン級居住艦が「街」であるならば、N-ノーチラス号はそれらを全方位から守護する峻烈なる「騎士」であった。一億三千万の日本人と数千万のフランス人は、この船の量産計画を、自らの「家」を護るための聖域建設として完遂させた。

 

アステロイドベルトから運ばれた高純度のオリハルコン代替素材が、核融合炉の熱で溶かされ、あの流麗かつ殺気ある船体へと成形されていく。艦首に備えられた二基の連装電子力砲、そして重力波を切り裂く『バニシング・モーター』。それらは単なる武器ではなく、自由を侵す全ての理不尽を拒絶するための、鋼鉄の意志そのものであった。

 

地上に残された大国たちは、この光景を絶望と共に仰ぎ見た。

 

かつては「フィクション」と笑っていた一隻の戦艦が、今や静止軌道上に数千、数万と並び、銀色の翼を広げている。一隻でさえ一個艦隊を壊滅させる出力を備えたN-ノーチラス号が、船団という巨大な「家族」を包み込むように陣形を組む。その威容は、もはや地上の既存兵器がいかなる奇策を講じようとも、決して届かぬ神の領域であった。

 

「……我々は略奪者ではない。だが、我らの家を汚す者には、容赦のない審判を下す」

 

新内閣の有明派議員たちは、議事堂の窓から夜空を横切る蒼い航跡を見上げ、静かにそう誓った。

 

ノーチラス号の量産。それは、日本とフランスが「地球の防衛」という狭い概念を完全に捨て去り、星の海という広大な戦場で自立するための、最終回答であった。

 

船団の奥深くでは、かつてアニメに熱狂したかつての少年たちが、今や本物の機関士として、N-ノーチラス号の『対消滅エンジン』の拍動を調整している。彼らの指先一つひとつに、巨匠たちが描き、有明が略奪して守り抜いた「ロマン」が宿っていた。

 

これより先、彼らが往く路を阻む者は、もはや人間であれ神であれ存在しない。

 

カルネアデスの箱舟艦隊。それは、一人の巨匠の遺志を、全人類の生存本能へと変換し、宇宙の深淵へと突き進む、人類史上最強の「家族」の姿であった。

 

 

 

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