牙は揃った。蒼き翼を広げたN-ノーチラス号の艦隊が、静止軌道上から地球全土を
それは、重力に魂を縛られた者たちにとっての審判の刻であり、虐げられた者たちにとっての福音の時であった。
日本政府、そして有明派の旗頭たちは、ついに最終段階の号令を下した。
「……作戦開始。この星の『毒』を抜き取り、奪われた『魂』を略奪せよ」
それは、かつてアニメ『有明のキャプテンハーロック』の中で海賊たちが行った、あの峻烈なる地球掃除の完全なる再現であった。
◇◇◇
第一標的は、北の独裁国家、そして中東、アフリカ、南米に点在する、自由と誇りを踏みにじって肥え太った「独裁者という名の豚」どもであった。
空を割って降臨したのは、最新鋭のステルス機でも弾道ミサイルでもない。
垂直に大気を切り裂き、地表数千メートルに停止したN-ノーチラス号の巨躯である。その艦首にある二基の連装電子力砲が、独裁の象徴たる宮殿や、同胞を監禁する強制収容所の防壁を、ピンポイントの光で蒸発させていく。
「……抵抗は無意味だ。我々が望むのは、貴公らが私物化している『人間の未来』である」
艦隊からの広域通信が、独裁者たちの卑屈な叫びをかき消す。
ノーチラス号から発進した空間騎兵隊と、フランスの「アルバトール」志願兵たちが、収容所の鉄格子を重力サーベルで断ち切り、囚われていた人々に手を差し伸べる。
「乗るか? 自由の旗の下へ。……お前の『夢』を、こんな泥の中で腐らせるな」
救い出されたのは、数十年もの間、闇に葬られていた拉致被害者。
信念のために投獄された科学者。
そして、明日を夢見ることも許されなかった子供たち。
彼らがN-ノーチラス号のタラップを駆け上がる一方で、有明船団の略奪は「豚の脂」に対しても容赦なく行われた。独裁者が民衆から搾り取り、地下金庫に隠し持っていた金銀財宝、希少資源、そして腐敗した権力の源泉たる莫大な外貨。それら全てが、トラクタービームによって次々と蒼き戦艦へと吸い上げられていった。
「……悪党が蓄えた脂は、星の海を往く我らが船団の燃料として再生させる。文句があるなら、己の足で空まで追って来い」
◇◇◇
略奪の手は、先進諸国に蔓延る「見えない豚」たちにも及んだ。
私利私欲のために国家を私物化し、若者の希望を喰らい尽くしてきた既得権益の亡者たち。彼らが隠匿していた不正な資産、そして闇に葬られた技術データは、工作艦隊のハッキングとN-ノーチラス号の物理的な「回収」によって、文字通り根こそぎ奪い去られた。
UN連合や大国の政府は、この「主権侵害」に対し、最期の足掻きとして核ミサイルの発射を試みた。しかし、重力に縛られた古い火種が蒼き騎士たちに届くことはなかった。
N-ノーチラス号の重力障壁は、地上の全核兵器を同時に受け止めても揺らぐことのない、絶対的な断絶。
ミサイルは空中で沈黙し、発射施設は電子力砲の直撃を受けて沈黙した。
その夜。
地球全土の夜空を、宇宙へと昇っていく数万の光の帯が埋め尽くした。
ノーチラス号に救い出された何百万、何千万の「失くした夢」と、略奪された「世界の富」。それらが、若葉色の旗艦が待つ静止軌道上の都市艦隊へと帰還していく。
地上に残されたのは、富を奪われ、権威を剥ぎ取られ、ただの「ただの醜い老人」へと成り果てた豚たちの残骸と、空を見上げて初めて「自由」の意味を知った人々だけであった。
日本は、そしてフランスは、もはや国家という概念すらも略奪し、一つの「銀河の意志」へと昇華されたのだ。
◇◇◇
日本とフランス、この二つの国が掲げた髑髏の旗は、もはや国境という概念を焼き払い、全世界で重力に喘ぐ「友」たちの悲鳴に呼応した。
かつてアニメ『有明のキャプテンハーロック』において、有明が地方都市の片隅や病室の窓辺から、誰にも顧みられなかった「夢」を一つ残らず略奪していったように、現実の日本政府もまた、この星の全域から価値ある魂を回収することを決断した。
現実の地球に、銀河鉄道は走っていない。漆黒の宇宙を駆ける蒸気機関車は、いまだ物語の中の幻影に過ぎない。
だが、その欠落を埋めるための鋼鉄の翼は、既にこの星の引力を凌駕していた。
『カルネアデス計画・拡張(エクステンション)』。
それは、地球全土から「明日を信じる者」を根こそぎ救出するための、史上最大規模の略奪作戦であった。
静止軌道上に待機していた増産型『ヱクセリヲン』級8700隻。全長七キロメートルに及ぶその巨躯が、一隻、また一隻と、大気圏への再突入を開始した。その周囲を、蒼き守護者たる『N-ノーチラス号』の艦隊が、物理法則を無視した機動で固める。
「……火蓋を切れ。我らが友を、一人残らずこの檻から解き放つのだ」
有明派の指導者たちの号令とともに、銀色の巨人が世界中の主要都市、そして打ち捨てられた地方の廃村、末期患者たちが眠るホスピスの上空に、音もなく降臨した。
ある場所では、砂漠の紛争地帯に。
ある場所では、独裁者が支配する暗い路地裏に。
ある場所では、経済という名の重力に押し潰された先進国のスラムに。
かつては絶望しか見えなかった夜空が、今はヱクセリヲン級の放つ若葉色の燐光によって昼間のように照らされた。N-ノーチラス号のバリアが展開する防壁の中で、地上の武器は何の役にも立たなかった。
「……略奪に来た。お前の胸に眠る、その『夢』と『希望』をな」
タラップを駆け下りた空間騎兵隊やフランスの志願兵たちが、驚愕する人々へ手を差し伸べる。
病室で余命を待つだけの老人が、明日への野心を取り戻した。
瓦礫の中で空を見上げていた孤児が、初めて自分の足で未来を踏みしめた。
既存の権力構造に絶望していた技術者が、星の海を往くエンジンの設計図を抱いて、鋼鉄のタラップを駆け上がった。
UN連合や大国が「主権の侵害」として送り出した迎撃艦隊は、ノーチラス号の電子力砲の一閃によって、その威圧的な陣形を瞬時に霧散させた。彼らが守ろうとしたのは、もはや中身のない「国家」という名のガワに過ぎない。
日本とフランスによるカルネアデス計画。それは、地球という惑星から「文明のエンジン」となるべき魂をすべて抜き取る、壮大な外科手術であった。
ヱクセリヲン級の巨大な船倉は、世界中から集まった「夢見る者たち」によって埋め尽くされていく。一億三千万の日本人に加え、数十億の「世界中の友」が、重力を捨てて宇宙へと昇っていく。
その夜、地球は静かに「空虚な殻」へと成り果てた。
富を独占し、他者を支配することに明け暮れていた豚たちは、もはや奪う対象すらも失った自分たちの領土で、二度と戻らぬ若葉色の光の尾を見上げるしかなかった。
日本は、そしてフランスは、もはや一地域ではない。
それは、一人の巨匠が描き、有明が略奪して見せた『
◇◇◇
かつてアニメという名の「美しい虚構」の中にのみ存在した、星の海への果てしない憧れ。
しかし、漆黒の夜空を仰げば、そこには太陽の光を跳ね返し、若葉色の燐光を放つ全長70キロメートルの巨躯──『ヱルトリウム』級の威容が静止衛星軌道上に居座っている。その周囲を、数千、数万の『ヱクセリヲン』級が護衛の如く取り囲む光景を前にして、もはやそれを「夢」と呼ぶ者は一人としていなかった。
アニメ『有明のキャプテンハーロック』において略奪されたのは、12億の魂であった。
だが、現実の連鎖が引き起こした熱狂は、その予測を遥かに凌駕した。
地球総人口82億人のうち、実に「30億人」が重力を捨てる決断を下したのである。
それは、一人の巨匠が遺した「夢と希望と野心」という名の種火が、現代社会という名の凍てついた大地で爆発的に燃え広がった結果であった。有明ナンバーカードを握りしめた30億の民は、国籍も人種も超え、一人の「乗組員」として、人類史上最大の民族大移動を完遂した。
船団の規模は、もはや一つの惑星の経済圏を完全に超越していた。
目標建造数は、ヱルトリウム級100隻、ヱクセリヲン級8万7000隻。
この空前絶後の鋼鉄の箱舟を完成させるべく、日本とフランスの連合工作艦隊は、アステロイドベルトから土星の小惑星帯にいたるまで、太陽系のあらゆる資源を「略奪」し、船団の血肉へと変えていった。
地上に残され、自らの既得権益と重力に魂を縛られたままの各国政府は、この一方的な資源採取を「全人類の財産を私物化する暴挙」であると激しく非難した。しかし、宇宙を見上げる30億の民と、有明派の指導者たちの答えは、冷徹なまでにシンプルであった。
「……悔しければ、己の足でここまで取りに来ればいい。宇宙は、自らの旗を掲げて上がってきた者にのみ、その門戸を開くのだから」
それは、かつて大航海時代に遅れた者が辿った運命と同じ、フロンティア開発における冷酷な真理であった。重力に縛られ、泥沼の議論と私欲に埋没した者たちに、光速の壁に挑む者たちの路を塞ぐ権利など最初から存在しなかったのである。
地球の夜空から星が消えたわけではない。
ただ、人類がかつて「神」や「運命」と呼んでいた輝きが、今や自らが打ち込んだリベットと、自らが制御する核融合の火に置き換わっただけのこと。
30億の「夢を忘れなかった者たち」を乗せたカルネアデスの箱舟艦隊。
彼らは、抜け殻となった地球の悲鳴を背中で聞きながら、太陽系の資源を胃袋に収め、さらに巨大な、さらに強固な「銀河の城」へと進化を続けていた。
有明の空。
そこには、自分たちが信じた物語を現実の質量として昇華させ、星の海の最深部へと抜錨する、人類史上最も不遜で、最も美しい「海賊国家」の全貌が広がっていた。
◇◇◇
地球の静止衛星軌道は、人類がかつて目にしたことのない「鋼鉄の天蓋」によって完全に覆い尽くされていた。
全長七十キロメートルに及ぶ都市艦『ヱルトリウム』級百隻。
それを守護するように展開する全長七キロメートルの居住艦『ヱクセリヲン』級八万七千隻。
そして、その艦隊の端々に鋭い牙のごとく配備された万能宇宙戦艦『N-ノーチラス』級の群れ。
かつてアニメ『有明のキャプテンハーロック』に魂を射抜かれた一億三千万の日本人と、数千万のフランス人、そして世界中から「夢と希望と野心」を携えて集まった者たち――総勢30億4千万人の乗組員を乗せた「カルネアデスの箱舟艦隊」は、ついにその巨大な錨を地球の重力圏から引き抜こうとしていた。
◇◇◇
艦隊の威容は、もはや一つの星の如き質量を感じさせた。
若葉色の装甲は太陽の光を浴びて瑞々しく輝き、その内部では三十億の人生が拍動している。地球上のあらゆる資源を略奪に等しいパワープレイで宇宙へ運び上げ、自己増殖的に工廠を拡張し続けた結果、人類はわずか数年で「物語の中の未来」を現実の質量として構築してしまったのである。
「……ハッチ、完全閉鎖。全艦、縮退炉オンライン」
『ヱルトリウム』級一番艦のメインブリッジ。そこに座るのは、かつてお台場の地でアニメの結末に涙し、翌朝には退職願を叩きつけて造船ドックへと走った若き士官たちであった。彼らの胸には、ファンが自作し、今や公的な身分証となった「ドクロの有明ナンバーカード」が誇らしげに輝いている。
艦隊がゆっくりと、しかし確実な加速を開始したとき、窓の外には「空虚な殻」と化した地球が横たわっていた。
地上に残されたのは、約五十二億の人々。
「あんなものはカルトの妄想だ」と鼻で笑い続けた現実主義者たち。
他者の自由を奪うことで肥え太り、重力に縛られた利権を最後まで手放せなかった者たち。
そして、画面の中の「若草色の船」が救済のタラップを降ろしていたとき、それを子供騙しだと断じて背を向けた人々である。
彼らが今、暗くなった都市の街頭から見上げているのは、自分たちが「幻影」だと信じて疑わなかったものが、圧倒的な物理的質量を持って、自分たちの未来を根こそぎ奪って去っていく光景であった。
夢を信じた者が空を獲り、現実に固執した者が泥に沈む。
それは、自由を選び取った者が背負うべき「責任」と、選ばなかった者が支払うべき「代償」という名の、あまりにも残酷で公平な分水嶺であった。
◇◇◇
カルネアデス艦隊が地球の重力圏を完全に脱した瞬間、三十億の乗組員たちは一斉に沈黙した。
歓喜の叫びはない。あるのは、自分たちが地球という揺り籠を卒業し、二度と帰らぬ旅路へ就いたという、厳粛なまでの自覚であった。
護衛艦『N-ノーチラス』級の艦列が蒼い燐光を放ち、艦隊の進路を切り拓く。
彼らは知っている。この先に待つのは、アニメで描かれたような過酷な星の海であることを。
それでも、彼らの瞳に迷いはない。
一人の巨匠が遺し、有明という物語が繋いだ「夢」は、今や三十億の心臓を動かす本物のエネルギーへと転生していた。
地平線が弧を描き、漆黒の宇宙が全てを飲み込んでいく。
後方で豆粒のように小さくなっていく地球に、かつての住人たちは一度だけ敬礼を捧げた。
「……さらば、重力の檻よ」
誰かの呟きが、艦内ネットワークを通じて三十億の魂に伝播する。
次の瞬間、百隻の『ヱルトリウム』級と、それを取り巻く無数の箱舟たちは、光速の壁を突破するための次元跳躍へと移行した。
太陽系を離脱する光の河。
それは、人類が数千年の歴史の中で初めて手に入れた「本当の自由」の航跡であった。
カルネアデスの箱舟艦隊。
物語を現実へと略奪し尽くした彼らの旅は、今、漆黒の深淵の向こう側――「永遠(エターナル)」を目指して、静かに、そして力強く始まったのである。