有明のハーロック   作:星乃 望夢

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タイム・カム・アウト
第53話


 

時空の嵐──次元の境界線が狂い、因果律が激しく火花を散らす紫電の回廊。

 

一億三千万の日本人、数千万のフランス人、そして世界中から集まった三十億四千万の「夢追いたち」を乗せたカルネアデス艦隊は、その猛烈な重力波の洗礼に耐え抜き、光の壁を食い破った。

 

「……抜けたか」

 

『ヱルトリウム』級一番艦の艦橋。計器のノイズが晴れ、スクリーンに映し出された景色に、そこにいた全員が言葉を失い、震える手で自らの胸の「ドクロ」を握りしめた。

 

そこは、見覚えのある、けれど絶対に手が届かないはずだった「聖地」。

 

眼下に広がる赤茶けた大地、惑星ヘビーメルダー。

 

そして、その衛星軌道上を埋め尽くしていたのは、自分たちが数年間、一秒たりとも見逃さずに画面越しに追い続けてきた、あの伝説の光景であった。

 

全長七十キロメートルの都市艦50隻。

 

全長七キロメートルの居住艦8700隻。

 

そして、その周囲を無数の傷跡と誇りを纏って固める、20万隻の海賊船団。

 

海賊国家船団・有明。

 

現実という名の重力に絶望し、物語の中にしか救いを見出せなかった者たちが、自ら「物語」を造り上げ、加速し、ついに本物の「夢」の世界へと突き抜けたのだ。

 

「……いる。本当に、あそこにいるんだ」

 

モニターを拡大した一人の若き操舵士が、声を詰まらせた。

船団の中央、若葉色の輝きを放つ旗艦ネオ・アルカディア号。その艦橋の窓の向こうに、十字の傷を刻み、黒いマントを翻してこちらを見上げる、あの「男」の姿が見えた気がした。

 

現実世界の三十億人が、アニメの中の十二億人と邂逅した瞬間であった。

 

かつて人々は、自分たちの日常を「現実」と呼び、星の海を往く物語を「夢」と呼んで区別した。夢は儚いもの、いつかは覚めるものだと自分に言い聞かせ、魂を重力に縛り付けてきた。

 

だが、それは欺瞞であったことを、今、眼前に広がる圧倒的な「質量」が証明している。

 

夢は逃げたりはしない。

 

夢はいつだって、そこにある。

 

ただ、人間がそれを「ただの絵空事」だと切り捨て、磨き上げることを怠っていただけなのだ。

 

一人の男が掲げた不器用な旗を、億の民が信じて磨き続けた結果、物語は次元を侵食し、新たな宇宙を産み落としたのである。

 

三十億の魂は、次元の壁を超えた瞬間に理解した。

 

自分たちが地球から略奪してきた「夢と希望と野心」は、この星の海において、もっとも強力な「真実」という名の燃料であることを。

 

「……全艦、減速。……信号を送れ」

 

カルネアデス艦隊の旗頭が、感極まった声で命じた。

 

送られた信号は、暗号でも軍事コードでもない。

 

一億三千万の日本人が、そして世界中のファンが、かつて画面の前で、あるいは心の中で、幾千回、幾万回と唱え続けてきた、あの合言葉であった。

 

「ヨーソロー!! 自由の旗の下に!!」

 

これに応えるように、ヘビーメルダー上空の十二億の民、そして有明のハーロックが、全艦隊の汽笛を鳴らした。

 

真空の宇宙に、魂を震わせる咆哮が響き渡る。

 

海賊国家船団・有明。

 

そこに、現実から「物語」を勝ち取りにきた三十億の兄弟たちが合流した。

 

42億5千万の意志。150隻の都市艦。95000隻を超える居住艦。

 

それはもはや、銀河の勢力図などという矮小な枠組みを超え、宇宙そのものを「自由」という色で塗り替えていく、巨大な生命体へと進化した。

 

夢は今、最大の輝きを放ち、目の前でキラキラと瞬いている。

 

彼らはもう、振り返らない。

 

自分が自分であるために、己の旗を掲げ、終わりなき星の海へと、力強く、どこまでも真っ直ぐに舵を切った。

 

 

◇◇◇

 

 

惑星ヘビーメルダーの赤い空が、かつてないほどの巨大な影に覆い尽くされた。

 

ネオアルカディア号の艦橋に立つ有明のハーロックは、モニターに映し出されたその「質量」の群れを前に、持っていたグラスを危うく落としそうになった。

 

「……トチロー。計算の間違いじゃないだろうな?」

 

『……ああ、親友。俺の電子頭脳もオーバーヒート気味だよ。……信じられるかい? 全長70キロのヱルトリウム級が100隻、ヱクセリヲン級が8万7000隻。……日本列島が12個、宇宙に浮かんでる計算になる。もはや艦隊じゃない……一つの『惑星』がワープしてきたようなもんだ』

 

有明は絶句した。

 

自分たちが令和の地球から「夢」を略奪し、2年かけて築き上げた50隻の都市艦隊でさえ、銀河の勢力図を塗り替えるには十分すぎる暴力的なまでの質量だった。

 

だが、今目の前に現れた「それ」は、そのさらに数倍。

 

漆黒の宇宙を埋め尽くす若葉色の鋼鉄の壁。

 

「……『トップをねらえ!』の地球帝国か?」

 

一瞬、最悪の事態が脳裏をよぎった。もし、あの過酷な物語の軍勢が、何らかの理由でこの銀河に迷い込んだのだとしたら。

 

だが、光学スクリーンが捉えたその艦隊のディテールに、有明の目は見開かれた。

 

どの艦の側面にも、どの艦首にも。

 

白く、誇らしげに描かれていたのは地球帝国の紋章ではない。

 

自分たちが掲げているのと同じ、あの「髑髏」のマークだった。

 

「……トチロー。あいつらは敵じゃない」

 

有明の言葉を裏付けるように、全周波数で通信が入った。

 

それは暗号化もされていない、あまりにもストレートで、あまりにも「聞き覚えのある」言語だった。

 

『……こちら、カルネアデス艦隊旗艦。……『有明のキャプテンハーロック』の放送は、まだ続いているかな?』

 

その瞬間、有明は全てを理解した。

 

そして、腹の底から突き上げるような、愉快でたまらない笑いが込み上げてきた。

 

「ハ……ハハハ! ハーッハッハッハッ!!」

 

有明は涙が出るほど笑った。

 

そうか。そういうことか。

 

自分がこの世界でドクロの旗を掲げ、物語を現実に変えようと藻掻いていた様子を、向こう側で見ていた奴らがいたのだ。

 

そして、そいつらもまた、自分に触発されて、重力に縛られた抜け殻の地球から「夢と希望と野心」を根こそぎ略奪して、ここまで追いかけてきたのだ。

 

「……トチロー。返信だ」

 

有明はマントを翻し、十字の傷を刻んだ顔を綻ばせた。

 

「……ようこそ、大バカ野郎ども! ちょうど今、第5話の放送が終わったところだ! 宴の準備はできているぞ!」

 

ヘビーメルダーの宙域で、12億の「物語の住人」と、30億の「現実の略奪者」が出会った。

 

42億の魂。

 

150隻の都市艦。

 

10万隻に及ぶ『ヱクセリヲン』の翼。

 

それは、松本零士という一人の巨匠が遺した「種火」が、二つの次元を焼き尽くし、一つの巨大な「自由の宇宙」へと統合された瞬間だった。

 

「……夢を磨くのを忘れていなかったのは、俺だけじゃなかったわけだ」

 

有明は、眼前に広がる42億の「友」の灯火を見つめ、静かにグラスを掲げた。

 

夢はいつもそこにあった。

 

ただ、それを現実へと引きずり出す「夢」を持つ者が、これほどまでにいたというだけのこと。

 

銀河鉄道の汽笛が、かつてないほど高く、誇らしく、宇宙の果てまで鳴り響いた。

 

 

◇◇◇

 

 

海賊国家船団・有明において、かつて地球で「ゲーマー」と呼ばれた者たちは、もはやただの趣味人ではなかった。彼らは、12億(そして新たに加わった30億)の民を守る、銀河最強の「特殊技能エリート部隊」として君臨していたのである。

 

地球という重力の底では「生産性がない」と蔑まれたその膨大なプレイ時間は、この星の海において、何よりも貴重な「実戦シミュレーションの蓄積」へと反転した。

 

ヱルトリウム級の各所に配置された無数の対空機銃や、主砲の照準。そこに座るのは、かつてモニターの前でコンマ数秒の反射神経を競っていた若者たちだ。

 

彼らにとって、敵艦の弱点を射抜くのは「ヘッドショット」の延長線上に過ぎない。

 

「偏差射撃? 当たり前だろ、弾速と距離を計算するのは呼吸と同じだ」

 

彼らはAIの予測を凌駕する「直感」で、機械化帝国の高速ミサイルを次々と叩き落としていく。

 

敵艦内への強襲。そこを任されたのは、サバイバルゲームで野山を駆け回っていた猛者たちだ。

 

「遮蔽物の使い方なら、体で覚えてる」

 

有明船団の古参兵も、彼らの無駄のない動きと、弾幕の潜り抜け方を見て舌を巻いた。彼らにとっての戦場は、かつての週末の延長であり、その「遊び心」が死地での生存率を劇的に引き上げていた。

 

参謀本部のモニターを見つめるのは、『Hearts of Iron』や『Civilization』、あるいは数々のSLGをやり込んだ知略家たち。

 

空前絶後の船団ロジスティクスを管理し、燃料の配分から敵艦隊の包囲網形成まで、彼らは「ゲーム画面」を見るかのように冷静に、かつ大胆に采配を振るう。

 

「資源管理をミスれば詰みだ。そんなの初歩だろ?」

 

彼らの冷徹な最適化が、船団の巨大な胃袋を支えていた。

 

そして、船団内で最も「変態(敬称)」と恐れられ、敬われているのが、複雑怪奇な操作系を必要とする戦闘メカのパイロットたちだ。

 

特に『アーマード・コア』プレイをしていた者や、『戦場の絆』や『バーチャロン』で戦場を疑似体験していた者たちは、船団が開発した最新の機動兵器を、まるで自分の手足のように操る。

 

「この機体、旋回性能が甘いな。リミッターをあと3段階外してくれ。追従性が追いつかない」

 

機械化人のエースパイロットさえも翻弄するその機動は、もはや人間の限界を超えた「ゲーム的直感」の産物であった。

 

 

『エースコンバット』や『World of Warships』を愛した者たちは、航空隊のトップエースや、各護衛艦の艦長に抜擢された。

 

空の読み方、艦隊決戦における「T字戦法」のタイミング。

 

彼らは教科書ではなく、数万回の勝利と敗北から学んだ独自の戦術理論を持って、実戦の海を渡り歩く。

 

ネオアルカディア号の艦長席で、有明のハーロックは、各部門から上がってくる驚異的な戦果を眺めて、ニヤリと笑った。

 

「……トチロー。地球には、これほどまでの『天才』が溢れていたのか」

 

『ああ、有明。……あっちじゃ「時間の無駄」なんて言われてたけどね。……見てな、彼らにとっては、この銀河全部が「神運営の新作ゲーム」みたいなもんなのさ』

 

AIトチローが愉快そうに応じる。

 

かつて、部屋の隅で、あるいはゲーセンの片隅で磨き続けた「無用の長物」。

 

それが今、ドクロの旗の下で、全人類の未来を切り拓く最強の剣へと姿を変えた。

 

彼らはもはや「ゲーマー」ではない。

 

銀河の不条理という名のバグを、自らの指先一つで修正し続ける、誇り高き「有明の戦士」たちであった。

 

 

◇◇◇

 

 

暗黒の宇宙空間に、氷の城塞のごとく鎮座する機械化帝国・大機動要塞。

 

その最奥、冷徹な電子音が支配する司令室において、黒騎士ファウストは独り、グラスを傾けていた。

 

彼にとって、有明による惑星ラーメタルの解放は、計算外ではあったが、決して悪い話ではなかった。

 

むしろ、膠着していた盤面を動かす絶好の機会と言えた。

 

(……有明よ。貴様がラーメタルを落としたことで、私は大義名分を得た)

 

「聖地奪還」。

 

その言葉は、機械化帝国の硬直した思考回路を刺激するには十分すぎる劇薬だ。ファウストはこの名目の下、帝国中枢にはびこる無能な古参幹部や、思考停止した機械兵団を、次々とラーメタル奪還艦隊として送り込む算段を整えていた。

 

目的は二つ。

 

一つは、有明船団という「砥石」を使い、帝国という巨大な組織の贅肉を削ぎ落とすこと。

 

もう一つは、その戦火の中で有明自身をさらに練磨し、来るべき時──機械の支配が終わる時──の為に、最強の後継者として育て上げること。

 

だが、その緻密な脚本は、たった一つの報告によって、物理的に粉砕されることとなった。

 

「……報告します。ヘビーメルダー宙域に、大規模な時空震を観測。……直後、所属不明の大艦隊が出現しました」

 

機械兵の無機質な声に、ファウストはグラスを置くこともなく、視線だけで先を促した。

 

「有明の増援か。……精々が数千といったところだろう。辺境のレジスタンスでもかき集めたか?」

 

「いえ……数が、合いません」

 

「何?」

 

「確認された増援艦艇数、約15万7100隻と観測されました」

 

カラン、と。

 

ファウストの手の中で、氷が乾いた音を立てた。

数千ではない。十数万だと?

 

だが、ファウストは即座に己の動揺を封じ込めた。数が多ければ良いというものではない。烏合の衆がどれだけ集まろうと、機械帝国の精鋭の前では塵に等しい。

 

「数は力だが、質が伴わなければ意味はない。……映像を出せ」

 

「ハッ」

 

司令室の巨大スクリーンに、ヘビーメルダー宙域の映像が投影される。

 

その瞬間、鉄の意志を持つ黒騎士の双眸が、限界まで見開かれた。

 

常に冷徹な仮面を被り続けてきた彼の口から、信じ難い言葉が漏れる。

 

「……な、んだ……これは……?」

 

そこに映し出されていたのは、艦隊ではなかった。

 

移動する「国家」。いや、移動する「星系」そのものだった。

 

有明船団の中核を成していた、全長70キロメートル級の超弩級武装都市艦『ヱルトリウム』。

 

それが、さらに100隻以上、整然と並んでいる。

 

その周囲を固めるのは、全長7キロメートル級の『ヱクセリヲン』。

 

以前のデータでは8700隻だったはずのその巨艦が、画面を埋め尽くすほどの密度で──解析によれば9万5700隻も──増殖していた。

 

さらに、その隙間を埋めるように展開する無数の巡洋艦、駆逐艦、そして見たこともない流線型の万能戦艦たち。

 

総数、34万隻。

 

「馬鹿な……。これほどの質量、何処から湧いて出た……?」

 

ファウストは、スクリーンに映る艦艇のディテールに目を凝らした。

 

無骨な装甲、漢字やアルファベットで書かれた艦名、そして……全ての艦に刻まれた、あの不敵なドクロのマーク。

それは、機械化帝国のデータベースにあるどの星系の技術体系とも異なっていた。

 

だが、その根底に流れる「設計思想(イデオロギー)」だけは、痛いほどに伝わってきた。

 

『夢』と『希望』と『野心』。

 

効率を度外視し、ただひたすらに「遠くへ行くこと」「生き延びること」を目的とした、人間臭い、あまりにも人間臭い鉄の塊たち。

 

「……別の宇宙から、略奪してきたとでもいうのか。……地球そのものを」

 

ファウストは、椅子の背に深く身体を預け、天井を仰いだ。

 

彼の計算では、有明が機械帝国と対等に渡り合えるようになるまで、あと数年はかかると踏んでいた。

 

だからこそ、自らが汚れ役となり、帝国を弱体化させる必要があったのだ。

 

だが、違った。

 

有明のハーロックという男は、ファウストの想定していた「盤面」そのものをひっくり返したのだ。

 

自分の手駒を育てるのではなく、盤の外から最強の駒を、山のように持ってきたのである。

 

有明船団50隻の都市艦に、新たな100隻が加わり、計150隻。

 

護衛艦隊を含めれば、その戦力は単独で銀河の一大勢力どころか、機械化帝国の中枢艦隊すら凌駕する質量と熱量を持っている。

 

もはや、小細工は不要だった。

 

工作も、調整も、弱体化も、全てが無意味だ。

 

「……フッ、ハハハハハ……ッ!」

 

静寂な司令室に、黒騎士の乾いた笑い声が響き渡った。

 

それは、自らの敗北を悟った嘆きではない。

 

あまりにも規格外な「後継者」の登場に対する、清々しいほどの歓喜だった。

 

「見事だ、有明。……貴様は私の想像を遥かに超えていった」

 

ファウストは立ち上がり、スクリーンの中で輝く34万の灯火を見つめた。

 

その光は、かつて自分が鉄郎に託そうとした「未来」そのものだった。

 

「伝令。……全軍に通達せよ」

 

ファウストの声には、かつてない力が漲っていた。

 

「ラーメタル奪還艦隊の規模を、当初の予定の10倍とする。予備兵力の全てを投入せよ」

 

「は、ハッ! ……しかし、それでは帝国の防衛が……」

 

「構わん。……全力をぶつけろ。手加減などというものは、もはや彼らには通用しない。それにだ。アレをここに釘付けにしなければ本星が危うい。急げ!」

 

「ハッ!」

 

ファウストは、黒いマントを翻し、スクリーンに背を向けた。

 

星の海の趨勢は決した。

 

この銀河の覇権は、もはや機械の冷たい歯車にはない。

 

あの熱く、無謀で、そして無限の可能性を秘めた「海賊」たちの手に、完全に渡ったのだ。

 

「さあ、見せてみろ有明。そして鉄郎。……この巨大な機械の帝国を、貴様たちの『自由』で、どう料理してくれるのかを」

 

黒騎士の瞳には、来るべき終焉への確信と、その先にある新たな始まりへの期待が、静かに燃えていた。

 

 

 

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