有明のハーロック   作:星乃 望夢

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第54話

 

銀河超特急999号、その発車の刻限が、宿命の鐘の音のようにドック全体に鳴り響いた。

 

プラットホームに立つ顔ぶれは、かつての物語が用意した「別れ」の配役をことごとく拒絶していた。クレアは往時と同じウェイトレスの制服に身を包み、隣には再生した生身の身体を持つメタルメナが並ぶ。彼女たちは銃を取って前線に立つことはない。しかし、戦士の空腹を満たし、傷ついた魂を癒やすという「銃後の守り」を、自らの戦場と定めて999へと乗り込んだ。

 

そして、客車のタラップを上るのは星野鉄郎だけではなかった。その掌には、ミャウダーの分の乗車券も握られていた。魂の欠片としてではなく、血の通った「兄弟」として、鉄郎と背中を預け合い、惑星大アンドロメダに囚われた同胞を救い出すために。

 

客車へと向かう鉄郎の前に、黒い外套をたゆませたメーテルが歩み寄った。

 

「メーテル……」

 

その呼び声に、かつての少年が抱いていた疑心や迷いは微塵もなかった。今、鉄郎の瞳に宿っているのは、同じ重き運命を背負い、同じレールを往く同志への、峻烈なる共鳴であった。

 

「良いのね? 鉄郎」

 

「ああ。俺は親父と決着をつける。このままでは、大アンドロメダに囚われた仲間たちも、そして銀河の全てがサイレンの魔女に呑み込まれてしまう。……そんな未来を、俺は認めない」

 

鉄郎の言葉は、戦士としての揺るぎない覚悟によって研ぎ澄まされていた。物語が強いた悲劇の連鎖を断ち切り、自らの手で明日を略奪する。その意志を受け、メーテルは静かに、しかし深く頷いて客車へと消えた。

 

「通常動力の積み込み作業を急げ! 決戦に間に合わん奴は置いていくぞ!」

 

その号令に、船団の乗組員たちが、地鳴りのような怒号で応えた。

 

機械エネルギーを糧とするサイレンの魔女。その魔手から逃れ、暗黒の深淵で戦い抜くためには、かつての地球が頼りとした古色蒼然たる「物理の火」こそが唯一の防壁となる。

 

石炭を運び、重油を積み、蒸気機関に火を灯す。最新鋭の戦艦たちが、あえて「旧式の牙」を研ぎ澄ませるという、パラドキシカルな光景が船団全体に広がっていた。

 

 

◇◇◇

 

 

ヘビーメルダーの赤い空を、もはや「星空」と呼ぶことはできなかった。

 

視界のすべてを埋め尽くすのは、150隻の『ヱルトリウム』級都市艦が放つ次元エンジンの淡い燐光と、9万5000隻の『ヱクセリヲン』級居住艦が連なる巨大な鋼鉄の天蓋である。日本列島14個分に相当する圧倒的な質量が、一つの恒星系の中に静止しているという事実は、宇宙の物理的な均衡さえも変容させていた。

 

かつて、これほどのエネルギー総量が一点に集まれば、生命の火を喰らう「サイレンの魔女」を呼び寄せるのではないかという懸念が船団内を走った。しかし、国家戦略部門のエリートゲーマーたちが弾き出した演算結果は、冷徹なまでに安定的であった。

 

「……惑星大アンドロメダのエネルギー密度に比べれば、我々はまだ、暗黒に浮かぶ小さな火種に過ぎません」

 

有明のハーロックは、ネオ・アルカディア号の艦橋でその報告を受け、深く頷いた。もしこの規模で魔女が現れるのなら、この銀河にある主系列星のすべてが既に食い尽くされているはずだ。彼らはまだ、捕食者の視界に入るほど肥大化してはいない。

 

だが、軍事的な意味での「肥大化」は、もはや隠しようのない事実であった。大アンドロメダを12回は粉砕し得る火力を手に入れた船団に対し、機械化帝国はなりふり構わぬ猛攻を仕掛けてきていた。

 

窓の外では、次々とワープアウトしてくる帝国艦隊が、有明船団という名の「鋼鉄の壁」に激突し、瞬く間に火花となって消えていく光景が繰り返されていた。

 

「……トチロー。敵の規模はどうだ」

 

『……おかしいね、有明。数は以前の3倍を超えている。けれど、戦術がまるで素人だ。掻き集めた部隊を、ある程度纏めたら順番に俺たちの射程内へ放り込んできている。……まるで、わざと削られに来ているみたいだよ』

 

AIトチローの指摘に、有明は右頬の十字傷をなぞり、不敵に笑った。

 

その違和感の正体、そしてその背後にある「意志」を、彼は直感的に理解していた。

 

黒騎士ファウスト。

 

あのアンドロメダの魔女の懐刀は、この有明船団という巨大な「砥石」を使って、機械化帝国の肥大化した膿を削ぎ落とそうとしているのだ。帝国の戦力を逐一投入し、有明という「未来の種」に経験値と資源を与え、同時に帝国の内部を空っぽにする。

 

「……フッ。食えない男だ」

 

ファウストは、この船団を「帝国解体のための執行人」に選んだ。

 

ならば、その役を降りる理由はない。

 

「全艦に通達。……この宙域は動かん。来る敵はすべて受け止め、その全てを我らの血肉とせよ。……これは訓練ではない。我らが日常の、最高の『ボーナスステージ』だ!」

 

その号令とともに、の有明海賊船団が一斉に咆哮した。

 

ヱクセリヲン級の主砲が、デスラー艦の瞬間物質移送器が、そしてヤマト級のショックカノンが、計算され尽くした「効率」で帝国艦隊を解体していく。

 

落ちた戦艦の残骸は、工作艦隊によって回収され、新たな居住区やエネルギーへと再生される。

 

機械化帝国が兵を送り込めば送り込むほど、有明船団はさらに太り、さらに強固な要塞へと進化していく。

 

ヘビーメルダーの赤い大地に眠るトチローの墓標。

 

その真上で、34万隻の巨神たちは、降りかかる火の粉をすべて「燃料」に変えながら、静かに、しかし圧倒的な威圧感をもって錨を下ろし続けていた。

 

 

◇◇◇

 

 

冷徹な電子の光が明滅する大アンドロメダの中枢。

 

黒騎士ファウストは、自身の執務室でモニターに映る「戦死者リスト」を眺めながら、薄い唇を歪めた。それは悲しみではなく、計画通りに事が進んでいることへの、冷ややかな満足感からくる笑みだった。

 

先日、彼は単独での空間転移を行い、有明船団の深部へと潜入した。

 

誰にも感知されず、影のように船内を歩き、彼は「それ」を見た。

 

船内のアーカイブに残されていた、『さよなら銀河鉄道999』という名の映像記録。

 

そこには、自身の最期が描かれていた。

 

鉄郎と戦い、わざと隙を見せ、息子に撃たれて死ぬ自分。

 

そして、崩壊する大アンドロメダと、サイレンの魔女。

 

(……なるほど。有明、貴様が私を『獅子身中の虫』と呼んだ意味が、ようやく腑に落ちたぞ)

 

有明は知っていたのだ。ファウストという男が、機械帝国の忠実な下僕などではなく、息子を「男」にするために、あえて悪役を演じきる「親父」であることを。

 

映像の中で死にゆく自分を見ても、ファウストの心は揺らがなかった。むしろ、長い間抱えていた霧が晴れたような、清々しい納得感があった。

 

「……悪くない脚本だ。息子に撃たれて散るならば、それもまた我が宿命」

 

だが、ただ座して死を待つつもりはない。

 

ファウストは、手元のコンソールを操作し、次なる出撃命令書にサインをした。

 

「第18艦隊、および第24遊撃部隊。……出撃せよ。目標、ヘビーメルダー宙域。聖地ラーメタルを、汚らわしい有機生命体の手から奪還するのだ」

 

『ハッ! 黒騎士閣下の御為、必ずや聖地を取り戻してご覧に入れます!』

 

通信機から聞こえるのは、功名心に逸る若き指揮官や、自らの地位を守ることに必死な老将たちの声。

 

彼らは知らない。

 

自分たちが、単なる「間引き」の対象であることを。

 

戦力の逐次投入。

 

兵法において最も忌むべき愚策。

 

だが、ファウストはそれを、あえて「全力」で行った。

 

出し惜しみなく、数を揃え、装備を整えさせることで、彼らに「本気で奪還しようとしている」という欺瞞を植え付ける。

 

そうすれば、彼らは疑いもせず、勇んで死地へと飛び込んでいく。

 

(行け、愚か者どもよ。……貴様らが有明に焼かれることで、この星の「総エネルギー量」は減る)

 

大アンドロメダを脅かす最大の恐怖、サイレンの魔女。

 

彼女は、過剰なエネルギーの集積を嗅ぎつけてやってくる。

ならば、機械帝国の贅肉を削ぎ落とし、エネルギー総量を極限まで減らせば、あるいは魔女の捕食から逃れられるかもしれない。

 

これは、帝国を救うための瀉血(しゃけつ)治療だ。

 

もし、それでも魔女が来るなら──その時は、あの映画の通りにするまでだ。

 

「……有明よ。貴様も私の意図に気づいているな?」

 

ヘビーメルダーから一歩も動かず、来る敵を淡々と処理し続ける有明船団。

 

それは、「掃除が終わるのを待っている」という、無言のメッセージだ。

 

「ならば、付き合ってもらおう。……私の『業』が清算される、その時まで」

 

ファウストは、赤ワインの入ったグラスを、虚空の「友」へ向けて静かに掲げた。

 

モニターの中では、また一つの艦隊が、勇ましいファンファーレと共に、二度と帰らぬ旅路へと発っていく。

 

その光景を、ファウストは道化芝居でも見るかのように、冷たく、そしてどこか哀れむように嗤って見送った。

 

 

◇◇◇

 

 

銀河超特急999号が、海賊国家船団・有明の巨大ドックにその身を潜めてから、既に一週間が経過していた。本来の停車時間「99時間9分」は疾うに過ぎ、黒鉄の機関車C62-48は、苛立ちを隠しきれないかのように重い蒸気を何度も吐き出していた。

 

「……長すぎる。何かがおかしい」

 

999号を降り、若葉色の巨艦ネオ・アルカディア号の艦橋へと駆け込んだ鉄郎は、開口一番にそう口にした。その背後には、メーテル、ミャウダー、そして生身の体を取り戻しつつあるクレアとメタルメナが、一様に不安な面持ちで控えていた。

 

モニターに映し出されるヘビーメルダー宙域の情景は、まさに地獄の釜をひっくり返したような惨状だった。ワープアウトの閃光が止むことはなく、機械化帝国の増援艦隊が、まるで死を急ぐ列を作るように、有明船団の火線へと飛び込み続けている。

 

「キャプテン! このままじゃ、大アンドロメダの仲間たちが魂を抜かれてしまう! それに……」

 

鉄郎は、映画『さよなら銀河鉄道999』で観た凄絶な最期を思い出していた。

 

「時間がないはずだ。これだけ足止めを食らっていれば、もう『サイレンの魔女』が星を飲み込んでいてもおかしくないはずなのに……」

 

その焦燥を受け止めたのは、舵輪の傍らに静然と立ち、深紅のワインを揺らす有明のハーロックであった。彼の右頬に刻まれた十字の傷は、激しい光の明滅を受けて、深淵のような影を落としていた。

 

「……焦るな、鉄郎」

 

有明の声は、真空の静寂よりも深く、低く響いた。

 

「敵は、この分岐点を奪還するために全力を注いでいる。……いや、注がされている、と言った方が正しいか」

 

有明は、困惑する若者たちに背を向けたまま、モニターの端に映る敵艦隊の無機質な残骸を見つめた。

 

「機械化帝国という名の巨大な肉腫から、今、余計な脂(あぶら)が絞り出されている最中だ。……お前の父親が、この戦場を巨大な『排出口』として選んだのさ。エネルギーの総量が減れば、魔女の空腹も一時的には凌げる。……皮肉な話だがな」

 

「親父……ファウストが?」

 

鉄郎が絶句する。救うべき仲間たちのために、自分たちの行く手を阻む敵をあえて有明にぶつけ、帝国の出力を調整しているというのか。

 

「だが、これでは999が発車できない! 仲間を助けられないじゃないか!」

 

ミャウダーが声を荒らげる。有明はゆっくりと振り返り、その隻眼で若き戦士たちを射抜くように見つめた。

 

「鉄郎、ミャウダー。……戦場において、焦りは余裕を奪う。余裕がなくなれば、足元を掬われる。それは己だけでなく、背中を預ける友の命まで奪うことになるのだぞ」

 

その言葉は、数多の修羅場を潜り抜けてきた男だけが持つ、絶対的な重みを持っていた。

 

「準備は万全にしておけ。……路が空く瞬間は、必ず来る。その一瞬を掴み取れるかどうか、それはお前たちの『心』次第だ」

 

有明のハーロックは再び前方を向き、マントを翻した。

 

「今は休め。……この嵐を抜けるための力を、その身体に蓄えておけ」

 

艦橋に、計器の駆動音と、遠くで鳴り響くパルサーカノンの重低音だけが響く。焦る鉄郎たちの瞳には、有明の背中が、まるで動かぬ山のように巨大に映っていた。

 

 

◇◇◇

 

 

ヘビーメルダー宙域に、不気味な静寂と爆炎の残光が交互に明滅する二週間目が訪れた。

 

「……トチロー、敵の動きが変わったな」

 

若葉色の旗艦ネオ・アルカディア号の艦橋で、有明のハーロックはモニターに映し出される機械帝国艦隊の残骸を冷徹に観察していた。送られてくる敵艦のデータは、一週間前とは明らかに質が異なっている。装甲の劣化、火器管制の精度低下、そして何より、特攻に近い無軌道な突撃。ファウストが帝国の「膿」を出し切り、戦力が底を突き始めている証拠だった。

 

有明はマントを翻し、全艦隊、全乗組員へと通達する。

 

「機は熟した。これより本船団は、銀河超特急999号の進路を力尽くでこじ開ける」

 

有明の号令一下、34万隻の大船団が、巨大な生き物のようにその陣形を組み替えていく。

 

「第2方面軍、デスラー艦隊。および第4方面軍、カルネアデス所属ノーチラス艦隊。貴様らは船団の盾となれ。同胞とその家を、身を挺して守り抜け」

 

デスラー艦のブリッジでは、かつて時空の彼方から救われたガミラス人の艦長が、右手を胸に当てた。そこには総統の姿はない。だが、誇り高きガミラスの遺志を継ぐ男の瞳には、かつての栄光に勝る不退転の決意が宿っていた。

 

また、一万隻を超えるN-ノーチラス号の編隊も、カルネアデス世界の艦長たちの手によって一糸乱れぬ守備陣を敷く。彼らは知っている。自分たちの背後にある都市艦こそが、略奪し守り抜いた「家」そのものであることを。

 

「第1、第3方面軍、前進! 地球連邦宇宙軍、および二隻のヤマト……。その大火力を以て、敵の流入を一時的に完全遮断する『断絶の壁』を構築せよ!」

 

最前線へ躍り出たのは、昭和の泥臭さを残す初代ヤマトと、精密なディテールを纏った2199ヤマト。艦長席は空席のままだが、その傍らに立つ有明船団の艦長代理たちが、血を吐くような思いで絶叫した。

 

「全艦、対ショック、対閃光防御! 補助エンジン最大出力! ターゲット、敵ワープアウト予想宙域全域!」

 

一億三千万の日本人と、志を共にする地球人たちが操る数万隻の連邦艦艇が、一斉に砲門を開く。

 

「波動砲、拡散波動砲、各艦の判断で発射!! 宇宙を焼き払い、路を作れ!!」

 

漆黒の宇宙が、青白い光によって白銀の世界へと塗り替えられた。数千発の波動エネルギーの奔流が、重なり、干渉し、巨大な光の濁流となって機械帝国の後続部隊を飲み込んでいく。それは戦いではなく、空間そのものを再定義する力技。

その光の壁が敵を押し留めている、わずかな「空白」の時間。

 

「……今だ! 行け、鉄郎!!」

 

有明の叫びに応えるように、巨大ドックから黒鉄の巨体が飛び出した。

 

銀河超特急999号。

 

C62-48が吐き出す煙が、ヤマトの放った波動の光に照らされて若葉色に輝く。

 

ポォォォォォォォォォォォッ!!!

 

万感の想いを乗せた汽笛が、戦場の喧騒を圧して響き渡った。客車の窓には、拳を握りしめる鉄郎、静かに前を見据えるメーテル、そして共に往くミャウダー、クレア、メタルメナの姿がある。

 

「すべての運命に決着をつけるには、こうするしかない。……行ってこい、俺たちの息子たちよ」

 

有明のハーロックは、舵輪を強く握りしめ、遠ざかる列車の光跡を隻眼に焼き付けた。

 

150隻のヱルトリウム級が放つ重力波が、999号の加速を助ける。

 

10万隻の海賊船団が放つ咆哮が、少年の背中を押す。

 

二隻のヤマトが作り出した「光の道」を、銀河鉄道は迷うことなく駆け抜けていく。

 

目指すは、惑星大アンドロメダ。

 

宿命を略奪し、新しい物語を創るための、最後の戦場へ。

 

有明海賊船団は、背後に迫る敵をなぎ払いながら、友を見送るその瞬間まで、宇宙で最も熱く、最も不敵な「防波堤」としてそこに君臨し続けた。

 

 

◇◇◇

 

 

大アンドロメダの指令中枢、漆黒の虚空に浮かぶホログラムモニターが、ヘビーメルダー宙域での急激な戦況の変化を映し出していた。

 

数千、数万の波動エネルギーが重なり合い、宇宙そのものを焼き払う「断絶の壁」。その眩い光の向こう側から、一本の黒い鉄の矢が、迷うことなくこちらへ向けて放たれた。

 

「動いたな、有明。……そして、鉄郎」

 

黒騎士ファウストは、玉座に深く沈み込みながら、仮面の奥で静かに呟いた。

 

彼の眼前には、いまだ健在な大アンドロメダ防衛主力のデータが並んでいる。最新鋭の重力衝撃砲を備えた親衛隊艦隊、そして星そのものが巨大な砲台と化した防衛要塞。だが、彼はそれらを動かそうとはしなかった。

 

「全軍に伝達。接近中の銀河超特急999号には一切の手出しを禁ずる。……あれには女王プロメシュームの娘、メーテルが乗っている。万が一にも傷つけることは、帝国への反逆と見なす」

 

冷徹な命令が帝国軍の全回路を駆け巡る。将官たちは不審に思っただろう。なぜ、反乱の火種をわざわざ招き入れるのかと。だが、ファウストにとって、それは二の次の問題であった。

 

彼がこの数週間、あえて旧式の戦艦や予備兵力のみをヘビーメルダーへ送り込み続けたのは、単なる戦力削減のためではない。

 

「……気づいたか、有明」

 

逐次投入される弱体な艦隊。それは、この星のエネルギーが枯渇し始めているという欺瞞であり、同時に、最悪の捕食者である「サイレンの魔女」が、いまだこの空域に現れていないことを伝える、モールス信号──戦友への唯一の通信手段であった。

 

有明のハーロック。

次元を超えて現れたその「友」は、あえて悪役を演じるファウストの指先が奏でる、無粋なほどに分かりやすい潮目の変化を正しく読み取った。だからこそ、彼は全戦力を盾にして、999を解き放ったのだ。

 

「……有明。貴様がこの宇宙に現れたことで、物語の歯車は狂い、そして新しい路(レール)が敷かれた」

 

ファウストは、モニターの中を突き進む999号の光点を見つめた。

そこには、自分を否定し、自分を乗り越えるためにやってくる、愛おしき「倅」が乗っている。

 

これより始まるのは、帝国の崩壊か、それとも魂の再生か。

ファウストは、自らの手で整えた「絶望という名の舞台」に、まもなく主役たちが到着することを確信していた。

 

仮面の下の瞳に、かすかな熱が宿る。

 

それは、冷たい機械の身体では決して生み出せない、人間としての情念。

 

父として、師として、そして一人の戦士として、彼は最期の時を待つ。

 

「……来い、鉄郎。お前が掴み取った『自由』の重さを、この私に証明してみせろ」

 

惑星大アンドロメダの心臓部は、訪れるべき「決着」の刻を控え、かつてないほどに静まり返っていた。宿命の幕が上がるその瞬間まで、黒騎士は動かぬ石像のように、ただ暗黒の深淵を見据え続けていた。

 

 

 

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