閉店の札が裏返され、店内は静けさに沈んでいた。
外のネオンが、シャッターの隙間から細く差し込む。
リオンはカウンターに座り、両手でマグを包み込んでいる。
中身はもう冷めているはずなのに、離す気になれなかった。
「……ここにいるとさ」
独り言みたいに、声が落ちる。
「戦場にいたことが、嘘みたいに思える」
リーサンは答えず、黙って豆を片付けている。
いつもより動作がゆっくりで、音を立てない。
「……ねぇ、リーサン」
「…なんだ」
「私………怖いよ」
言ってしまった瞬間、胸が詰まった。
言うつもりなんてなかった言葉だった。
「負けたから、とかじゃない……」
「また、あの感覚になるのが…怖い」
視線を落とし、指先をぎゅっと握る。
「操縦席に座った瞬間、全部持っていかれる感じ」
「自分が、消えていくみたいで……」
声が震える。
「……情けないよね」
「傭兵なのに」
リーサンは、コーヒーを淹れ終えると、カウンターに置いた。
そのカップは、リオンのものじゃない。
空いている、もう一つの席の前に置かれた。
「……昔」
低い声。
「ここに、よく座る奴がいた」
リオンは、そちらを見る。
何もない椅子。
けれど、確かに“誰か”がいた気配だけが残っている。
「口数は少なかった」
「いつもそうだ。弱いくせに、強がって」
そこで、リーサンは一瞬だけ言葉を切る。
「金が貯まったら、自分も店をやりたいって言っていた」
「戦場とは、真逆の場所だ」
それ以上は語らない。
けれど、その沈黙が、十分すぎるほど語っていた。
「……私と、似てる?」
リオンが、恐る恐る聞く。
リーサンは否定しなかった。
「似ているから、言う」
視線が、真っ直ぐリオンに向く。
「壊れたまま前に出るな」
「それは、強さじゃない。自分に虚勢を張るだけだ」
リオンの喉が、ひくりと鳴る。
「……でも」
「私、止まったら……」
言葉が続かない。
「止まったら、置いていかれる気がして」
「誰にも必要とされなくなる気がして……」
弱さが、止められず、溢れる。
「……私、今までのことすら無駄だったんじゃないかって…」
「思うから…」
それを口にした瞬間、涙が出そうになって、慌てて俯いた。
リーサンは、カウンター越しに手を伸ばさなかった。
ただ、静かに言う。
「必要かどうかで、無駄かどうかで、人は生きてるわけじゃない」
一拍。
「生き延びた奴が、次を選ぶ」
「それだけだ」
リオンは、ゆっくりと呼吸を整える。
「……私、今は」
「選べないかもしれない」
「それでいい」
即答だった。
「選べない時に無理に選ぶと、それは必ず間違える」
リーサンは照明を少し落とす。
店内が、柔らかい影に包まれる。
「ここにいる間は、何者にもならなくていい。強がる必要も、焦る必要もない」
「ただの”客”でいろ」
リオンは、小さく笑った。
「……それ、傭兵には向いてない考え方だよ」
「だから、俺は辞めたんだ」
短い言葉。
それが、すべてだった。
リオンはカップを持ち上げ、今度はしっかりと飲む。
「……もう少しだけ」
「ここにいても…いい?」
「閉店後、ならな」
その返事に、胸の奥が少しだけ温かくなる。
覚悟は、まだ戻らない。
恐怖も、消えていない。
それでも――
灯りの下で、誰かと弱さを共有できた夜が、確かに残った。リーサンが少しだけ語ったのは、過去の本音だったのだろう。伝えられなかった、誰かへの。
感想っ!聞かせてくれたら大感謝!!!