《ACテスト 起動》
《機体データ ロード完了》
視界が切り替わる。
無機質な天井。影も匂いもない、作られた戦場。
リオンは、操縦桿を握ったまま動かなかった。
「……いつでも、止めていい」
通信越しのリーサンの声は、事務的だった。
「今回は勝ち負けじゃない」
「起動して、立って、見ろ。それだけだ」
リオンは、息を吸う。
HUDが展開され、正常に機能している。
表示される数字、ライン。
全部、知っているはずのものだ。
――なのに。
視界の端が、じわりと歪んだ。
音が遠く、推力音が別の音と重なる。
金属が軋む音。
警告音。
途切れ途切れの通信。
あの時の――
「……っ」
無意識に、操縦桿を強く握りしめる。
AC、メランダーが、前方に立っている。
見本用のAC。
動かない。ただ、そこにいるだけ。
それなのに。
――あの光景が、また脳裏に浮かぶ。
胸の奥が、ひゅっと縮む。
「……リーサン」
声が、かすれた。
「手…動かせない」
「距離感が、掴めない……」
いつも通りにやればいいはずなのに、頭に入ってこない。
手が、無意識にまた震える。
「……怖い」
言葉にした瞬間、体が反応した。
右手が、操縦桿から逃げようとする。
引き剥がすように、はっきりと震え始める。
「――止めろ」
リーサンの声が、低く落ちる。
《テスト終了》
視界が暗転するまで、ほんの一瞬。
その直前、リオンは見てしまった。
疑似空間のはずなのに。
動かないはずのメランダーが。
――あの黒いACと、重なった。
⸻
コクピットが開き、空気が戻ってくる。
リオンは、すぐに立ち上がれなかった。
脚が、震えている。
「……ごめん」
絞り出すような声。
「動けると思ったのに……」
「起動しただけで、あんな……」
リーサンは、何も言わない。
しばらくしてから、ようやく口を開いた。
「怖い…か?」
リオンは、首を振る。
「違う……」
「たぶん……」
言葉を探す。
「私、あそこに戻れる自分を……」
「まだ、許せてない」
一瞬の沈黙。
「……そうか」
リーサンは、それ以上評価しなかった。
「なら、今日はここまでだ」
「壊れてる場所が分かった。それで十分だ」
「……直せる…かな?」
リオンの問いは、小さかった。
「直す必要はない」
即答だった。
「まず、どこで折れたかを覚えろ」
「それを忘れない限り、前には進める」
リオンは、ゆっくりと頷く。
勝てなかった。
戦えなかった。
悔しさだけが残ったままテストモードは終了した。
ACテストが終了後、ガレージのベットに座っても、手の震えは止まらなかった。
リオンはグローブを外す。
指先が、まだ熱を持っている気がした。
「……起動しただけで、これか」
自嘲ともつかない声が漏れる。
今までも、怖かったことはあった。
被弾した時。
弾切れのまま追い詰められた時。
それでも――操縦している最中は、動けていた。
今回は違う。
始まる前に、体が拒否した。
視界を閉じると、思い出してしまう。
青く光るモノアイ。
距離を詰めてくる速度。
抵抗する余地すら与えられなかった、あの圧。
「……あんなのと、またやれって言われても……」
言葉にして、初めて実感が湧く。
敗北の記憶とそこに確かに存在する恐怖。
足音が近づく。
「水だ」
リーサンが、無言でボトルを置く。
「……ありがとう」
受け取ろうとして、手がわずかに震えた。
それをリーサンは見逃さなかったが、何も言わない。
「気負うな、さっきのは失敗じゃない」
淡々とした声。
「ACに乗れない状態で、無理に動かす方が危険だ」
「現役時代、何人もそれで死んだ奴らの話は聞いた」
リオンは、視線を落とす。
「……私は」
「また、足を引っ張ると思う」
ぽつりと、本音が零れた。
「一緒に出てる人がいても……」
「私だけ、動けなくなったら……」
それは、リーサンが一番聞きたくなかった言葉だった。
だが、彼は否定しない。
「だからテストだ」
「実戦で確かめることじゃない」
一拍置いて。
「お前は、“戦えない理由”を知ろうとしてる」
「それは、逃げではない」
リオンは、少しだけ驚いた顔をする。
「……そう、かな」
「少なくとも」
「何も考えずに突っ込んでく奴よりは、長生きする」
皮肉とも励ましとも取れる言い方だった。
沈黙が落ちる。
リオンは、再びモンクスフードを見る。
現実のモンクスフードはまだ右腕と右足がない。
ボロボロの姿だが、まだ壊れてはいない。
「……もう一回、やれるかな」
小さな声。
リーサンは、すぐには答えなかった。
「今日はやらない」
即答だった。
「無理に続けると、お前の頭が“拒否”を覚える」
「それは、一番厄介だ」
「……じゃあ」
「………次は、“戦場を再現しないテスト”だ」
「敵も、勝ち負けも気にしなくていい」
リオンは、少しだけ息を吐く。
「……それなら」
完全な自信はない。
でも、さっきよりはマシだった。
「……それなら、やってみる」
リーサンは、短く頷く。
「今日はそれでいい」
「起動できた。それだけで前進だ」
リオンは、ボトルを見つめる。
また戦場に戻る。これはそのためのテスト。
そして、戦場に戻るための一歩だ。
感想はなくてもよい。ただ言えるのは、私が下手になっているっ!?