あれから、ひと月が経っていた。
傷は塞がり、痛みも引いた。
ACに触れることもできる。操縦席に座れば、震えも出ない。
ただし――まだ長くは続かない。
「乗れる」と「戦える」の間には、まだまだ深い溝があった。
⸻
その日は、喫茶店の休日だった。
看板は裏返され、照明も落とされている。
リーサンはカウンターの奥で豆を選び、リオンは窓際の席でコーヒーを飲んでいた。
静かだった。
外の雪を踏む音すら遠い。
――だからこそ。
扉が開いた瞬間、リオンは反射的に身体を強張らせた。
音。
人の気配。
視線を上げるより早く、リーサンが言う。
「……構うな」
「俺が呼んだ」
それだけだった。
リオンは一瞬だけ、リーサンを見る。
リーサンは頷く。
それで十分だった。
「店内は暖かいですなぁ」
男は、そう言って店内に入ってきた。
茶髪に、黄色がかった瞳。
小太りな外見だが、歩みが早い。
スーツ姿は場違いなはずなのに、不思議と浮いていなかった。
「ああ、自己紹介を…。私、ブロンズと申します」
「今日は、お話があるとのことでしたが…」
言葉が途切れ、視線が、リオンに向く。
「あなたが、ルーカスの言っていた…独立傭兵のリオン…ですかな?」
リオンは答えなかった。
代わりに、リーサンが言う。
「わかってるなら聞く必要はないだろう。話は手短にしろ」
「ふむ…まあそれもそうですな」
ブロンズは肩をすくめる。
「では話に入る前に、リオン様のACを見せてもらいたい」
「状態確認は基本ですからなぁ…」
空気が、わずかに張り詰めた。
リオンは、すぐには答えなかった。
躊躇――というより、確認だった。
リーサンを見る。
リーサンは、もう一度だけ頷いた。
「……分かった」
⸻
ガレージは、相変わらず無機質だった。
そして、その中央に――
モンクスフードが固定されている。
右腕はなく、切断された右脚も内部構造が露出し、補助フレームで吊られている。
立つことさえ難しい状態。
戦場に行く以前の問題だった。
ブロンズは、しばらく黙って見ていた。
近づきもしない。
触りもしない。
ただ、観察する。
「……ふぅむ…これは」
小さく、息を吐く。
「手酷くやられましたなぁ……?」
同情でも、非難でもない。
事実を口にしただけの声だった。
「MTの武装による被弾……近接武装による切断…主にこれらの傷が目立ちますな?」
「…ふむ、なるほど」
リオンは、何も言わない。
ブロンズは一歩引き、顎に手を当てる。
「修理するには、やはりコストがかかりますな」
「今の状態だと、所持金額も…ふむ…」
そこで、ふっと表情が変わった。
「メランダーの腕部と脚部が、私の商会に余っていましてね」
「売れ残りですが、性能は問題ない」
リオンは、思わず聞き返した。
「……売れ残り?」
「ええ」
「この星に来てからの商売は、中々難しいのでしてなぁ」
ブロンズは、にこりと笑う。
「リオン様になら、割引しますよ」
「その方が、お互いに得でしょう?」
一瞬、言葉が詰まる。
それは――
あまりにも都合が良すぎた。
「……条件は…何?」
リオンが言うと、ブロンズは満足そうに頷いた。
「はっはっ…話が早い」
その声が、少しだけ低くなる。
「我々ブロンズ商会からの依頼を一つ」
「引き受けていただきたい」
依頼。
だが、企業からではない。
商人個人の依頼。
リオンは、無意識に拳を握った。
「……危険な仕事?」
「危険じゃない仕事がありますかな?」
ブロンズは、あっさりと言った。
「どうであれ、それを決めるのは、リオン様ですよ」
リーサンが、初めて口を挟む。
「内容を聞いてからだ」
「もちろんですとも」
ブロンズは一礼する。
「腕部と脚部、武装も先払いにしてあげますよ」
「そして、君が“動ける”ようになってからでいい」
視線が、モンクスフードに戻る。
「壊れたままでは、選ぶこともできないでしょう?」
その言葉が、胸に残った。それはモンクスフードに言った言葉か、それとも私に向けられた言葉なのか…。
リオンは、しばらく黙っていたが――
やがて、静かに言った。
「……分かった」
「受ける…」
即答ではなかった。
だが、逃げでもなかった。
ブロンズは、満足そうに笑った。
「ありがとうございます。では、交渉成立ですな」
ガレージの灯りが、モンクスフードの残骸を照らす。
それは、再起ではない。
だが――
止まっていた歯車が、再び動き出す音だけは聞こえた
読んでくれて感謝の極み