傭兵クラーク・スティル誕生 ~さらば、インテリジェンス~   作:パワーポイント・レンジャー

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反撃開始

 翌朝、クラークが特殊作戦部のオフィスに入ると、異様な熱気が彼を出迎えた。

 まだ始業前だというのに、屈強な傭兵たちがクラークのデスクを取り囲んでいる。

 

「おい、来たぞ! 救世主のお出ましだ!」

 

「頼む、クラーク! 俺の報告書も見てくれ!」

 

「俺のが先だ! 昨日の日付のままだと殺される!」

 

 ハビエルから「魔法の報告書」の噂を聞きつけた隊員たちが、救いを求めて群がってきたのだ。

 彼らの手には、しわくちゃになったメモや、脂ぎったノートパソコンが握られている。戦場では鬼神の如き強さを誇るであろう男たちが、たかがA4用紙一枚の書類に怯えきっているのだ。

 クラークは苦笑しつつ、縋るような目で見つめている隊員たちを見回した。

 予想外の展開だが、悪くない。ここで彼らに恩を売っておくことは、今後のチーム内での立ち位置を確保する上で強力なカードになるだろう。

 

「わかった。全員、自分のデスクに戻って報告書を開いてくれ。順番に回る」

 

 クラークの静かな、しかし通る声に、傭兵たちは「イエッサー!」と歓声を上げて散らばった。

 

 そこからクラークの早撃ちが始まった。

 一人ひとりのデスクを回り、画面を覗き込む。文法ミス、誤字脱字、意味不明なスラング。それらを瞬時に見抜き、キーボードを叩く。そのタイピング速度は、マシンガンの連射速度(サイクル・レート)に匹敵した。

 冗長な表現を削ぎ落とし、軍事用語を用いて簡潔明瞭に再構築する。

 

「ここは『敵をボコボコにした』ではなく、『敵勢力を制圧、無力化を確認』だ」

 

「弾薬数は『たくさん』ではなく、正確な消費数をマガジン単位で記述する」

 

「総評に『楽しかった』は不要だ」

 

 クラークが通り過ぎた後には、完璧に整えられた報告書だけが残る。野太い歓声がオフィスに響いた。

 

「すげえ! 俺が書いたことになってるが、まるでシェイクスピアだ!」

 

「これで大佐に殴られなくて済む!」

 

「愛してるぜ、クラーク!」

 

 全員分の修正が終わる頃には、オフィス内はお祭り騒ぎになっていた。

 クラークは小さく息を吐いた。大した労力ではない。情報将校時代、無能な上官のレポートを修正していた日々に比べれば、彼らの報告書は素直で修正しやすいくらいだ。

 その時、重いドアが蹴り破られるように開いた。

 

「……あァ? 何がそんなに楽しいんだ、野郎ども」

 

 ラルフが入ってきた。不機嫌オーラ全開だ。昨日の書類仕事のストレスがまだ抜けていないのだろう。

 一瞬でオフィスが静まり返る。全員が反射的に姿勢を正し、敬礼する。クラークもそれに倣った。

 

 ラルフは唸り声を上げながら、部屋の奥にある大佐席――他のデスクより一回り大きく、書類の山で埋もれているデスク――の椅子にどかっと座った。

 舌打ち混じりにパソコンを立ち上げ、画面を睨んでいる。部下たちから送られてきた報告書をチェックしているのだろう。

 ラルフの眉間に深い皺が刻まれる。怒鳴り散らす準備をしているようだ。

 だが、予想に反してラルフは口を閉ざしたままだ。マウスをクリックするたびに、その表情から険しさが抜け、代わりに困惑の色が広がっていく。

 

 ……沈黙。

 そしてラルフはゆっくりと立ち上がり、部下たちを睨め回した。

 

「……お前ら、いつからこんな上等な報告書を書けるようになりやがった?」

 

 傭兵たちが視線を泳がせ、口ごもる。

 ラルフの鋭い視線が、ハビエルを、アンドレイを、そしてカズを射抜く。そして最後に、涼しい顔で立っているクラークで止まった。

 

「なるほどな。どうせこの情報屋(インテル)にペコペコ頭を下げて、教えてくださいって頼んだんだろ!」

 

 ラルフがデスクを叩く。屈強な傭兵たちが揃ってびくりと肩を震わせた。

 

「情けねえぞ、お前ら! それでも男か? てめえのケツもてめえで拭けねえで、特殊部隊員としての誇りはねえのか!?」

 

「大佐、それは――」

 

 カズが何か言おうとしたが、ラルフの怒号にかき消された。

 

「うるせえ! 俺が求めてるのはな、自分の頭で考え、自分の言葉で語れる兵士だ! 借り物の言葉で綺麗に取り繕った報告書なんざ、トイレットペーパーにもなりゃしねえ!」

 

 ……理不尽だ。クラークは眉をひそめた。

 ラルフの言っていることは精神論としては正しいかもしれない。だが、組織運営としては破綻している。

 報告書は事実を正確に伝えるためのツールであり、そこに個人の文才や精神性は必要ない。

 何より、部下が努力して――たとえ他人の力を借りたとしても――業務を遂行したことを評価せず、プライドの問題にすり替えて叱責するのは、リーダーとして未熟だ。

 

 クラークは自分のデスクを離れ、まっすぐに歩き出した。

 大佐席の前で足を止める。ラルフが鬼のような形相で睨みつけてきた。

 

「あァ? なんだ新入り。言い訳か?」

 

意見具申(サジェスチョン)を許可願います、大佐」

 

「許可しねえ。失せろ」

 

「部下に報告書の書き方を教えるのも、上官の役目ではないのですか?」

 

 クラークはラルフの拒絶を無視して言葉を続けた。一瞬にしてオフィスが凍りつく。

 

「彼らは戦闘のプロですが、事務処理のプロではありません。ならば、適切な指導を行うか、あるいは得意な者に任せるのが組織としての効率化(オプティマイゼーション)です。それを怠り、感情的に怒鳴り散らすのは、プロフェッショナルな振る舞いとは言えません」

 

「てめえ……」

 

 ラルフの額に青筋が浮かぶ。だがクラークは止まらない。毒を吐き出す好機だ。

 

「それに大佐。彼らが提出した個別の報告書を統括し、総帥へ提出する『統合任務報告書』を作成するのに、一体どれだけの時間をかけておられるのですか? 昨日は半日以上、パソコンの前で格闘されていたようですが」

 

「!!」

 

 図星を突かれたのだろう。ラルフの顔が赤黒く変色した。

 痛いところを正確に狙撃された猛獣が、椅子を蹴り倒して立ち上がる。

 

「新入りのくせに生意気な口を叩きやがって! そこまで言うなら、お前がやってみろ!」

 

「……は?」

 

「統合任務報告書だ! 全員分のデータをまとめて、分析結果をつけて、会議用の資料まで全部だ! 俺が半日かけた仕事を、お前のその『効率化』とやらでやってみせろ!」

 

 ラルフは腕時計を指さした。

 

「一時間だ。一時間以内に完璧なものを出せ。もしできなかったら、お前をこの窓からジャングルに放り投げるぞ!」

 

「承知しました」

 

 クラークは表情一つ変えず、ラルフが空けた席に座った。椅子の座面がラルフの体温で熱い。

 彼はキーボードに手を置いた。

 スイッチが入った。クラークの世界から雑音が消えた。

 

 全員分の報告書データを展開。テキストマイニングのようにキーワードを抽出。

 時系列を統合。矛盾点を修正。

 被害状況、弾薬消費、敵勢力の規模推移をエクセルに流し込み、グラフ化。

 パワーポイントを起動。スライドマスターを設定し、視認性の高いフォントと配色を選択。

 

 キーボードを叩く音だけが、静まり返ったオフィスに響き渡る。それは音楽的ですらあった。

 迷いがない。止まらない。

 背後でラルフが腕組みをして、仁王立ちで睨んでいる。だがクラークは淡々と、しかし凄まじい速度で「情報」という名の武器を組み立てていった。

 

 四十八分後、クラークはエンターキーを強めに叩き、振り返った。

 

「大佐。統合任務報告書が完成しました。それと、次期作戦に向けた傾向分析資料と、幹部会議用のプレゼン資料も作成しました」

 

 オフィス中の視線が時計とクラークを往復した。一時間どころか、五十分も経っていない。

 

「……あァ?」

 

 ラルフは信じられないといった顔でモニターを覗き込んだ。

 

「まさか、適当にやったんじゃねえだろうな?」

 

 ラルフの目が画面を走る。粗探しをしてやろうという殺気に満ちている。

 だが、スクロールする指が止まらない。

 完璧な構成。簡潔で力強い文体。グラフは直感的に状況を理解させ、会議資料は要点が絞られている。

 ラルフが何時間も頭を抱えて唸りながら作っていたものが、そこには完成品として存在していた。しかも、彼が作るものより数段上であろうクオリティで。

 

「くそっ、どこにも穴がねえ……」

 

 ラルフが思わず漏らした言葉が、クラークの勝利宣言となった。

 

「ご満足いただけましたか?」

 

 ラルフは何も言わず、ただクラークを睨んでいる。クラークはゆっくりと立ち上がり、ラルフを見据えた。

 

「大佐。統合任務報告書の作成にこれほどお時間を要されたのは、戦場の脅威よりも、デスク上の情報整理の方が複雑なロジックを必要とするからでしょうか?」

 

 丁寧な口調に猛毒を混ぜる。皮肉という名の銃弾を浴びたラルフは、悔しそうに歯を食いしばり、拳を震わせている。

 

「私が作成した資料は、士官学校の基礎教程で学ぶ程度の分析に基づいております。お役に立てていただければ幸いです」

 

 さらにクラークは、自分のデスクに戻りながら言い捨てた。

 

「これで、パワーポイント・レンジャーにも価値があるとご理解いただけましたか? 銃の引き金を引く勇気と同じくらい、現代戦にはデータ・リテラシーも必要ですよ」

 

 オフィスの空気は凍りついていた。誰もが息を呑んで、新入りと指揮官の対決の行方を見守っている。

 ラルフは大佐席の前に立ち尽くしていた。その拳は白くなるほど握りしめられている。

 論理(ロジック)で完全に敗北した。その事実は、彼の高いプライドを粉々に粉砕したのだろう。

 だが、クラークの追撃はまだ終わっていなかった。彼は自分の席に着く直前、ふと思い出したように振り返った。

 

「そういえば大佐。士官学校の名誉規範をご存知ですか?」

 

 唐突な問いに、ラルフは眉をひそめた。

 

「あァ? ああ、あの有名なやつだろ。『士官候補生は嘘をつかず、騙さず、盗まず、またそうした行為を行う者を容認しない』だったよな。それがどうかしたか?」

 

「よくご存知で」

 

 クラークは口元に微かな笑みを浮かべた。それは、獲物を罠にかけた狩人の笑みだった。

 

「まさかとは思いますが、私が作成したこれらの資料を、さも大佐ご自身が作成されたかのように、会議中に喧伝されるおつもりはありませんよね?」

 

 クラークはわざとらしく首を傾げた。

 

「私の手柄を横取りして、盗みを働くような真似はされないでくださいよ、大佐。それは士官にあるまじき行為ですから」

 

「うるせええええ!!」

 

 ラルフがデスクを拳で叩き割らんばかりの勢いで殴りつけた。

 

「ここは士官学校じゃねえ! 傭兵部隊だ! 綺麗事抜かしてんじゃねえぞ、スノッブ野郎!」

 

 ラルフは顔を真っ赤にして叫ぶと、ドアを蹴り飛ばしてオフィスから出ていった。

 蝶番が悲鳴を上げ、ドアが半分外れかかる。嵐が去った後のような静寂が、一瞬だけ場を支配した。

 そして――

 

「ぶっ……あははははは!」

 

 ハビエルが腹を抱えて笑い出したのを皮切りに、オフィス中が爆笑の渦に包まれた。

 

「おい、見たか? あの大佐が尻尾巻いて逃げ出したぜ!」

 

「あの鬼大佐を皮肉でやり込めるとは、大したもんだ!」

 

「こりゃとんでもねえ大物ルーキーが来やがったな!」

 

 傭兵たちが次々とクラークの周りに集まり、肩を叩き、口笛を吹く。そこにはもう、昨日までの邪魔者を見るような目はなかった。

 実力でボスを黙らせた男。

 傭兵たちの価値観は単純だ。強い者が正しい。それが腕力であれ、知力であれ、結果を出した者は認められる。

 クラークは苦笑しながら、彼らの歓待を受け入れた。これでやっと「席」に座れた気がした。

 だが、その喧騒の輪の外で、カズだけが真剣な表情でクラークを見ている。

 彼が近づいてきて、ぼそりと呟いた。

 

「……おい、クラーク」

 

「なんだ、カズ」

 

「痛快だったが、やりすぎたかもしれんぞ。大佐は根に持つタイプじゃないが、負けず嫌いだ。昼から、もっとひどい地獄を味わうことになるぞ」

 

 カズは同情するような目でクラークを見た。

 

 

 

 カズの予言は的中した。

 午後の訓練。それは地獄という言葉すら生ぬるい、ラルフ・ジョーンズによる私刑に近いものだった。

 メニューは近接戦闘訓練。

 だが、ただの模擬戦ではない。ラルフがアタッカー、クラークがディフェンダーという設定だが、ラルフはプロテクターを最小限にし、クラークには防具をフル装備させた上で、ペイント弾ではなく、痛みが強烈な訓練用弾薬(シムニッション)を使用する実戦形式だった。

 

「どうしたエリート! 口ほどにもねえな! パワーポイントで俺を止められるか!?」

 

 ラルフの怒号と共に、容赦ない射撃と体術が飛んでくる。

 クラークは必死に防戦するが、元デルタフォースの猛攻は凄まじかった。

 タックルで吹き飛ばされ、泥水の中に叩きつけられる。起き上がろうとすると、至近距離から制圧射撃を受け、身体中に激痛が走る。

 

「ぐっ……!」

 

 クラークは何度も転がり、泥まみれになりながらも立ち上がった。

 午前中の事務処理で見せたクールな姿はない。だが、彼は決して降参しなかった。

 ラルフが投げ技を仕掛けてきた瞬間、クラークはレスリングの技術で受け身を取った。一瞬の隙を突いてラルフの腕を取り、アームロックを極めにかかった。

 

「くっ……やるじゃねえか!」

 

 ラルフは強引に振りほどき、逆にクラークを投げ飛ばした。背中を強打し、肺の空気が抜ける。

 

「まだだ! 立て! かかってこい!」

 

 ラルフが吠える。

 クラークは震える足で立ち上がった。不屈の闘志を燃やしながら。

 

「……イエッサー、大佐! まだ、終わっていません!」

 

 その姿を見ていた周囲の傭兵たちの目が変わっていった。

 午前中の件で「頭のいい奴」だとは認めた。だが今、彼らはクラークを「タフな野郎」として認め始めていた。

 大佐の理不尽な猛攻を受けても、音を上げず、食らいついていく。

 口先だけのインテリではない。こいつもまた、俺たちと同じ血と泥の住人だ――彼らの眼差しがそう語っていた。

 

 

 

 すっかり日が暮れた頃、訓練は終わった。

 クラークは全身打撲と筋肉痛で、指一本動かせないほど消耗していた。

 地面に大の字になって空を見上げる。ブラジルの星空が滲んで見える。

 視界の端に、ラルフの顔が現れた。彼もまた息を切らし、泥まみれだった。クラークの関節技で痛めたのか、右腕をさすっている。

 

「……へっ、しぶとい野郎だ」

 

 ラルフはクラークの顔の横に、ペットボトルの水を放り投げた。

 

「報告書の件は借りにしておく。だが勘違いすんなよ。俺はまだお前を認めたわけじゃねえ」

 

「……ええ、わかっています」

 

 クラークは体を起こし、泥だらけの手で水を受け取った。

 

「次こそは、フィジカルでも負けませんよ、大佐」

 

「ハッ! あと百年早えよ!」

 

 ラルフはにかっと笑い、背を向けて歩き去っていった。

 その背中は、朝のオフィスで見せたような拒絶の背中ではなく、認めた部下に背を預ける指揮官のそれに見えた。

 クラークはペットボトルを開けて口をゆすぎ、冷たい水を喉に流し込んだ。最高に美味い水だった。

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