傭兵クラーク・スティル誕生 ~さらば、インテリジェンス~ 作:パワーポイント・レンジャー
ブラジルの太陽は、平等に降り注ぐわけではない。
少なくとも、ハイデルン傭兵部隊の訓練場においては、太陽は慈愛の光ではない。皮膚を焼き、体力を削ぎ落とす懲罰の鞭として機能していた。
地面から立ち昇る陽炎の向こうで、男たちがぶつかり合う鈍い音が響いている。
肉が弾け、骨がきしみ、荒い呼吸が熱気を含んだ大気に溶けていく。
今日の教官は、いつもの騒々しいラルフ・ジョーンズ大佐ではない。この部隊の頂点に立つ男、総帥ハイデルンその人だった。
彼は訓練場の隅にある監視塔の影に立ち、腕を組んで傭兵たちの模擬戦を見下ろしている。
その隻眼は、獲物を見定める猛禽類のように冷徹で、瞬きひとつしない。怒鳴り散らすわけでもないのに、その静寂がラルフの怒号以上のプレッシャーとなって、傭兵たちの背筋を凍らせていた。
クラークは滴り落ちる汗を拭おうともせず、目の前で繰り広げられる乱戦を観察していた。
情報将校としての癖は、泥まみれになっても抜けない。彼は無意識のうちに、目の前の暴力をデータへと変換していた。
「……正規軍の教範通りじゃないな」
クラークは独りごちた。
アメリカ陸軍で叩き込まれた現代陸軍格闘術は、効率的で画一的だ。誰もが同じ型を学び、同じ動きで敵を制圧するよう設計されている。個性を殺し、システムの一部となるための技術だ。
だが、ここは違う。
右手のリングでは、南米出身のハビエルが踊っていた。
彼のスタイルは変則的だ。カポエイラのようなリズムを刻んだかと思えば、ムエタイの鋭いローキックを放つ。泥臭い喧嘩殺法と格闘技が混ざり合い、予測不可能な軌道を描く足の暴力。
左手では、巨漢のロシア人傭兵アンドレイが、サンドバッグ代わりの古タイヤを殴りつけている。
サンボの投げ技よりも、その腕力を活かしたフックの連打を好むようだ。ラルフ大佐と同じく、
そして中央では、小柄なフランス人傭兵クロードが、まるで針鼠のような素早さで相手の懐に飛び込み、急所を突く連続攻撃を繰り出している。
統一感など欠片もない。だが、そこには強烈な実戦の匂いがある。
クラークはバンテージを巻き直し、スパーリングの相手を探し始めた。その時、視界の端で誰かが動いた。
「次だ、クラーク」
静かな、しかしよく通る声。振り向くとカズが立っていた。
普段は影のように気配を消している男だが、今はその瞳に、闘志という名の炎が揺らめいている。
「相手になってくれるか、カズ」
「手加減はしないぞ。総帥が見ている」
カズが顎でハイデルンの方向をしゃくった。
クラークは頷き、重心を落とした。得意とするレスリングの構え。相手がどう来ようと、懐に入ってタックルを決め、マウントポジションを奪えばこちらのものだ。
クラークはカズの動き出しを待った。
だが、カズの取った構えを見て、クラークの思考が一瞬停止した。
右腕を高く上げ、肘を直角に折り曲げる。
指先は切っ先のように揃えられ、手のひらを外側に向けている。
左手は低く構え、防御と牽制を担う。
その独特なフォームは、見覚えがあるどころの話ではなかった。
クラークは思わずハイデルンの方を盗み見た。監視塔の影に立つ男と、目の前のカズ。二人のシルエットが完全に重なる。
ハイデルン流暗殺術。総帥しか使いこなせないはずの絶対的な型だ。
「まさか……」
クラークの警戒レベルが最大値まで跳ね上がった。
ただの真似事か? いや、カズの身体から発せられるプレッシャーは、単なる模倣の域を超えている。空気が張り詰め、肌がチリチリと痛むような感覚がクラークを襲う。
「行くぞ」
カズが短く告げた。
次の瞬間、カズの右腕が霞んだ。
打撃ではない。斬撃だ。
カズが腕を振り抜いた瞬間、クラークの眼前の空気が歪んだ。
真空の刃――そう形容するしかない不可視の衝撃波が、
「くっ!」
クラークは本能的に上半身を逸らした。
鋭い風切り音が耳元を掠め、頬に熱い痛みが走る。
実体を持たないはずの風が、物理的な殺傷力を持って襲ってくる。常識では説明がつかない。だが、頬を伝う血の温かさが、これが現実だと告げている。
距離を取れば切り刻まれる。
クラークは瞬時に判断し、真空波の合間を縫って前へ出た。懐に入りさえすれば、あの長いリーチは封じられるはずだ。
クラークは地面を蹴り、低い姿勢からタックルを仕掛けた。
「遅い」
カズの声が頭上から降ってくる。
クラークがカズの腰に腕を回そうとした瞬間、カズの身体が独楽のように回転した。
遠心力を乗せた鋭利な手刀がクラークの首筋を捉える。
衝撃。
視界が白く明滅し、気づいた時には、クラークは背中から赤土の地面に叩きつけられていた。
「がはっ……」
肺から空気が強制的に排出される。
見上げると、ブラジルの青空を背景に、カズが無表情で立っていた。その手刀は、まだクラークの喉元に向けられている。
「そこまで」
ハイデルンの声が響いた。
カズは瞬時に構えを解き、いつもの物静かな男に戻って、クラークに手を差し伸べた。
「悪かったな、クラロ。少し入りすぎた」
「……冗談じゃない」
クラークはカズの手を借りて立ち上がり、土埃を払った。首筋がジンジンと痛む。
「あんな芸当ができるなんて聞いてないぞ。お前、魔法使いか何かなのか?」
「タネも仕掛けもある物理現象だ。ただ、少しばかりコツがいるがな」
カズは事もなげに言ったが、クラークには分かっていた。
あの一瞬の攻防。カズには一分の隙もなかった。
完敗だった。
訓練後のラウンジは、戦士たちの安息所というよりは、野戦病院の待合室に近い雰囲気だった。
あちこちから呻き声が聞こえ、氷嚢で患部を冷やす者、湿布の匂いを撒き散らす者がたむろしている。
クラークは首筋に冷えたビール瓶を当てながら、カズとハビエルとテーブルを囲んでいた。
「――で、どうやったらあの技を教えてもらえるんだ?」
クラークは単刀直入に切り出した。
悔しさがないと言えば嘘になる。だが、それ以上に探究心が勝っていた。
あの真空波のメカニズム、そしてそれを習得する条件。それを知らなければ、次に戦った時も同じ結果になる。
カズはビールを一口飲み、静かに答えた。
「あれはハイデルン流暗殺術の一種だ。教官が使う『ムーンスラッシャー』の応用……とでも言えばいいか。教官が直々に、適性があると見込んだ奴だけに伝授する」
「適性?」
「ああ。身体のバネ、動体視力、そして何より殺気のコントロールだ。ただ単に筋力があればいいってわけじゃない」
カズは自分の手を見つめた。
「俺は元々、外人部隊時代からナイフ格闘が得意でな。素手でナイフと同じ切れ味を出せないかと模索していた時に、教官に目をつけられた」
「選ばれし者、ってわけか」
クラークは自嘲気味に笑った。
自分は選ばれなかった。あの冷徹な隻眼の総帥は、クラーク・スティルという人間に、その適性を見出さなかったのだ。
エリート街道を歩んできたクラークにとって、それは小さな、しかし無視できない棘となって胸に刺さった。
「落ち込むなよ、クラロ」
沈黙を破ったのはハビエルだった。彼はピーナッツを放り投げ、器用に口でキャッチしてから言った。
「教官はな、えこひいきで技を教えてるわけじゃねえんだ。それぞれの傭兵の素材を見て、一番伸びるスタイルを仕込んでくれる。長所伸展法ってやつだ」
「長所伸展……」
「そうさ。俺には足技のコンビネーションを、カズにはその切れ味を。そしてアンドレイには破壊力を。お前だって、寝技や関節技に関しては何も言われてねえだろ? それはお前のレスリングが、すでに完成された武器だからだ」
ハビエルの言葉に、クラークは虚を突かれた思いだった。
軍隊では個人の特性など二の次だった。全員が同じライフルを持ち、同じ歩幅で歩くことが求められた。
だが、ハイデルンは違う。彼は傭兵たちを、使い捨ての兵隊としてではなく、それぞれ異なる能力を持ったチェスの駒として見ている。ルークにはルークの、ナイトにはナイトの動きを極めさせる。
「……なるほどな。柔軟だ」
クラークは素直に感嘆した。
あの氷のような男の中に、教育者としての情熱と理性が共存していることを悟ったからだ。
「だからこの部隊は強いのか」
「ま、中には規格外の化け物もいるがな」
ハビエルが声を潜め、視線で何かを示した。その方向に目を向けると、遠くの席で誰かと談笑しているラルフの姿があった。
「大佐のパンチの破壊力、知ってるか?」
「ああ。サンドバッグを何個も破壊したって話は聞いた」
「そんな可愛いもんじゃねえよ」
ハビエルはにやりと笑い、テーブルに身を乗り出した。
「大佐はな、パンチ一発で戦車をぶっ壊せるんだぜ」
クラークは思わず吹き出しそうになった。
「おいおい、ハビエル。いくらなんでも話を盛りすぎだ。戦車の装甲が何ミリあると思ってる? 複合装甲だぞ。対戦車ミサイルでもなきゃ貫通しない。それを人間の拳で?」
クラークは首を横に振った。ハビエルの話は物理法則への冒涜だ。いくらラルフがゴリラのような男だとしても、生身の人間であることに変わりはない。
「悪いが、そのホラ話には乗れないな」
「いや、本当だ」
横から、低く硬い声が割り込んだ。カズだ。
冗談を言うような男ではない彼が、真剣な瞳でクラークを見つめている。
「俺はこの目で見た。アフガンの山岳地帯での作戦中だ。弾薬が尽き、敵の旧式戦車に追い詰められた時……大佐は雄叫びを上げながら突っ込み、その拳で砲塔をひしゃげさせ、キャタピラを粉砕した」
「……本気で言ってるのか?」
「嘘は言わない。あの人は、怒りを推進力に変える
クラークは言葉を失った。カズが言うのなら、それは事実なのだろう。
真空の刃を生み出すカズ。戦車を粉砕するラルフ。そして彼らを束ねる、底知れない総帥ハイデルン。
クラークは改めて、自分が足を踏み入れた世界の深淵を覗き込んだ気分になった。
正規軍の常識など通用しない。ここは、人間の皮を被った化け物たちが跋扈する、神話と現実の境界線だ。
だが、不思議と恐怖はなかった。むしろ、その化け物たちの一員としてここに座っていることに、奇妙な高揚感を覚えていた。
「ま、そんな化け物たちでも、任務が終わればただの男だ」
ハビエルが空気を変えるように明るい声を出した。
「次の任務が終わったら、まとまった休暇がもらえるらしいぜ。クラロ、どこに行くか決めてるか?」
「休暇か……まだ何も考えてないな」
「だったら一緒にバンコクに行こうぜ、アミーゴ! あそこはパラダイスだ! 一年中暖かいし、飯は美味い。それに何より……」
ハビエルは下卑た笑みを浮かべ、両手で空中の何かを揉む仕草をした。
「酒も女も楽しめる。ちょっと足を伸ばせばパタヤのビーチもあるしな。物価が安いから、俺たちの給料なら王様気分だ。酒は飲み放題、綺麗なねーちゃんも抱き放題! 最高だろ?」
クラークは眉をひそめた。
女性経験がないわけではない。過去にはガールフレンドも何人かいた。だが、金で愛を買うという行為には、エリート教育を受けてきた彼なりの倫理的抵抗があった。
「衛生面はどうなんだ。病気でももらったら割に合わないぞ」
「かーっ! これだからインテリは! 夢がねえなあ!」
ハビエルが呆れた様子で肩をすくめた。
「俺はアムステルダムのほうが好みだな」
カズが静かに口を開いた。
「アムステルダム?」
クラークが意外そうに尋ねると、カズはグラスの縁を指でなぞりながら、薄い笑みを浮かべた。
「バンコクよりは物価が高いが、文化レベルも高い。運河沿いの街並みは美しいし、美術館も多い」
「へえ。お前、そういうのにも関心があるのか」
クラークが少し見直したところで、カズが続けた。
「それに、飾り窓の質も高い。加えて、合法的にハッパも吸える」
クラークのカズに対する評価は一瞬で地に落ちた。
「真面目な顔をして、サラッと言ってくれるな」
「リラックスする方法は人それぞれだ。アムステルダムのコーヒーショップは、コーヒーを飲むだけの場所じゃない。紫煙の中でゴッホの絵画について思索に耽るのも、悪くない休暇だぞ」
カズがにやりと笑う。その笑顔は、訓練中の殺人マシーンのような冷酷さとは無縁の、悪戯っ子のそれだった。
クラークは頭を抱えた。こいつらときたら、欲望に忠実すぎる。
「どうだ、クラロ。お前も来るだろ? バンコクか? それともアムステルダムか?」
ハビエルが楽しそうに迫ってくる。
「どっちも遠慮しておくよ。俺は静かな場所で本でも読んで……」
「ダメだダメだ! 付き合いが悪いぞ! クラロ、バンコクに行くぞ!」
「待て。多数決で決めよう。クラロ、アムステルダムを選べ。お前には最高のスペースケーキを食わせてやるよ」
「おい、やめろ。俺を共犯にするな」
クラークの抗議は二人の笑い声にかき消された。
この調子では、任務明けには無理やり飛行機に乗せられ、ゴーゴーバーがひしめく猥雑な風俗街か、飾り窓のネオンの下を引きずり回されるだろう。
だが、クラークは内心でその未来を楽しみにしている自分に気づいた。
かつては品行方正を強要されることに窒息しそうなほどの嫌悪感を抱いていたが、彼らの品性下劣な誘いは、なぜか嫌な気がしなかった。それはきっと、彼らが家柄や肩書きを見ているわけではなく、ただの戦友として接してくれているからだろう。
くだらない話で盛り上がり、馬鹿笑いをして、ビールを飲む。トラヴィスと過ごした日々とはまた違う、荒々しくも温かい絆がそこにはあった。
そんな平和な日々は唐突に終わりを告げた。
クラークが正式にハイデルン傭兵部隊の少尉として採用されてから、ちょうど二ヶ月後のことだ。
基地内に、作戦行動開始を告げる無機質なアラートが鳴り響いた。
「ラルフ・ジョーンズ大佐、クラーク・スティル少尉、カズヤ曹長、ハビエル軍曹、マティアス中尉。至急、第一ブリーフィングルームへ集合せよ」
アナウンスが終わるか終わらないかのうちに、オフィスの空気が一変した。
先ほどまでふざけ合っていたハビエルの顔から笑みが消え、カズの瞳に再び鋭い光が戻る。
「来たな」
カズが短く呟き、飲みかけのコーヒーを流し台に捨てた。
「ああ。遊びは終わりだ」
クラークもまた、心の中のスイッチを切り替えた。
ここからはクラロではなく、冷徹な情報将校としてのスキルを持つ傭兵、クラーク・スティルの時間だ。
ブリーフィングルームに入ると、すでにラルフ大佐が最前列の席で腕を組み、険しい表情で貧乏ゆすりをしていた。
その隣には、ドイツ人のマティアス中尉がいる。彼は特殊作戦部の中で唯一、大型輸送機から戦闘ヘリまであらゆる軍用機を操縦できるエキスパートだ。
彼が呼ばれたということは、空輸を伴う大規模な作戦であることを意味している。
やがて部屋の照明が落ち、ハイデルンが音もなく入室してきた。
全員が起立し、敬礼する。
「座れ」
ハイデルンの一言で、全員が着席する。その場の空気密度が一気に高まったようだった。
ハイデルンは手元のリモコンを操作し、スクリーンに一枚の地図を映し出した。
南米大陸の北端、コロンビアの国境付近に広がる、深い緑色の領域だ。
「場所はコロンビア南部の密林地帯。地図にも載っていない『空白の座標』だ」
ハイデルンがポインターでその位置を示した。
「表向きは、麻薬カルテルが放棄した精製工場跡地とされている。だが、それはカモフラージュだ。この地下深くに、ある極秘の研究施設が存在する」
ハイデルンがリモコンを操作すると、スクリーンの画像が切り替わった。
それは衛星写真ではなく、何者かが内部から持ち出したと思われる、薄暗い実験室の設計図だった。
「ターゲットは、この地下施設で研究されている『人体兵器』のデータだ」
「人体兵器……?」
クラークは思わず眉をひそめた。
核ミサイルや細菌兵器なら、かつての情報将校としての知識にある。
だが、人体兵器とは何だ? 薬物による強化兵士か、それともサイバネティクスか。
「倫理を度外視した肉体改造、および脳への直接的な戦闘プログラミング。彼らは人間を、引き金を引くだけの部品に変えようとしている」
ハイデルンの隻眼が、冷ややかな光を帯びてクラークたちを見渡した。
「我々の任務は三段階だ。第一に、敵の警戒網を突破し、基地内部へ潜入する。第二に、メインサーバーから研究データをすべて抜き出すこと。そして第三に――」
ハイデルンはそこで言葉を区切り、無慈悲な宣告を下した。
「施設を爆破し、完全に破壊せよ。研究成果も、設備も、灰にするのだ」
クラークは喉をごくりと鳴らした。
潜入、奪取、そして破壊。
特殊作戦としては王道だが、相手は人体兵器を研究している狂気の集団だ。何が待ち受けているか予想がつかない。
ふと横を見ると、ラルフが獰猛な笑みを浮かべ、バキボキと指を鳴らしていた。
「人体兵器、ねえ……。くだらねえ研究だ。人間ってのは、そんな小細工をしなくても十分凶器になり得るってことを、俺が教えてやる必要がありそうだな」
――確かに。真空の刃を飛ばす男や、素手で戦車を破壊する男がここにいる。彼らにとっては、科学で作られた兵器など模造品に過ぎないのかもしれない。
ラルフの言葉に、クラークはラウンジでの会話を思い出し、奇妙な納得感を覚えた。
「作戦立案において、クラーク、お前の分析能力を当てにしている。侵入ルートの選定と、脱出時のタイムスケジュールの管理だ」
ハイデルンに見据えられ、クラークは緊張に背筋を伸ばした。
「了解。最短かつ、最も敵の意表を突くルートを算出します」
「ラルフ、現場指揮はお前だ。破壊工作はお前の得意分野だろうが、データを確保する前に吹き飛ばさんようにな」
「善処しますよ、教官。……ま、相手が素直にデータを渡してくれればの話ですがね」
ラルフがにやりと笑う。
「マティアス」
「はっ」
唯一のパイロットであるドイツ人傭兵が姿勢を正した。
「降下ポイントは気流が乱れやすい峡谷だ。お前の操縦技術にかかっている」
「お任せを。針の穴を通すように機体を着けてみせます」
「出発は0400。装備を整えろ。以上だ」
ハイデルンが退出すると、部屋には重苦しい、しかし燃えるような熱気が残された。
「聞いたか、クラロ!」
ハビエルが興奮気味にクラークの肩を叩く。
「お前はいよいよ初陣だな! コロンビアのジャングルか……懐かしい匂いがしそうだ」
「感傷に浸っている暇はないぞ、ハビエル。人体兵器の実験体がうろついているかもしれないんだ」
カズが冷静に釘を刺しながら、すでに銃器のチェックを始めている。
「カズの言う通りだ。気を引き締めて行こう。必ず任務を遂行して、全員で帰還を果たすぞ」
クラークはトラヴィスのドッグタグを握りしめた。今度こそ仲間を死なせはしないという決意とともに。
「よし。行くぞ、野郎ども! 人体兵器が来ようがタイラントが来ようが、俺たちの銃と拳で木っ端微塵に吹っ飛ばしてやるぞ!」
ラルフの出撃宣言が雷鳴の如く轟いた。彼の大声に負けじと、クラークたちも声を揃えて「イエッサー!」と叫んだ。
指揮官のラルフを先頭に、特殊部隊員たちが続々とブリーフィングルームを退出する。
クラークは唇を真一文字に引き結び、自分の拳を見つめた。
正規軍のバックアップも、父の権力による守りもない。頼れるのは、隣にいる化け物たちと、自分自身の力だけだ。
(トラヴィス、見ていてくれ)
クラークは心の中で亡き親友に呼びかけ、仲間たちと共に武器庫へと続く廊下を歩き出した。