傭兵クラーク・スティル誕生 ~さらば、インテリジェンス~   作:パワーポイント・レンジャー

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残酷なクリスマスプレゼント

 トラヴィスがパンジウェイ地区へ出発したのは、カンダハルに到着してから二日後の早朝だった。空は白み始めていたが、空気は既に熱を帯びていた。

 ストライカー装甲車の後部ハッチが閉まる直前、トラヴィスはクラークに向かって、いつものようににっと笑い、敬礼のような仕草をした。

 

 そこからの日々は、クラークにとって永遠に続くかのような緊張の連続だった。

 カンダハル空軍基地の指揮所。そこがクラークの生活の全てになった。彼は自らに課した誓いを守るため、狂気じみた執念で職務に没頭した。

 

 パンジウェイ地区――そこは「タリバンの精神的故郷」と呼ばれる場所だ。

 葡萄畑の泥壁が迷路のように入り組み、灌漑用水路が張り巡らされ、至る所に即席(I)爆発(E)装置(D)が埋設されている。

 装甲車が入れない小道が多く、兵士たちは降車してのパトロールを余儀なくされる。

 つまり、常に死と隣り合わせの場所だ。

 

 クラークは、担当地域の高解像度衛星画像と、無人偵察機からのリアルタイム映像を、瞬きさえ惜しんで見つめ続けた。

 通信傍受部隊が拾ったパシュトゥーン語の会話、現地協力者がもたらす不確定な情報、過去のIED埋設地点のデータ。

 それら全てを脳内で統合し、トラヴィスの部隊が進むルート上の「黒い点」を洗い出す。

 

『こちらアウトロー・ワン。チェックポイント・アルファを通過。これより徒歩で集落へ入る』

 

 無線機からトラヴィスの声が聞こえるたびに、クラークの背筋に電流が走る。

 

「アウトロー・ワン、こちら情報科。その先の三叉路、二時の方向にある土壁の崩れた建物に注意せよ。昨日、不審な掘削跡が確認されている。IEDの可能性がある」

 

『アウトロー・ワン、了解。迂回ルートをとる』

 

 画面上の友軍を示す青いアイコンが、危険地帯を避けて動く。

 数分後、工兵部隊からの報告が入った。クラークが警告した場所から、圧力板式のIEDが発見された。

 指揮所の中で、クラークは安堵の息を吐く。守れた。また一度、死神の手を払いのけた。

 だが、安らぎは一瞬だ。アイコンは動き続ける。戦争は終わらない。

 

 五月が終わり、六月、七月と、季節が進むにつれて暑さは殺人的になった。気温は五十度を超え、指揮所の空調は悲鳴を上げ、砂塵嵐が視界を奪う。

 戦闘の季節(ファイティング・シーズン)の到来だ。山岳地帯の雪が溶け、峠を越えて武装勢力が流入してくる。戦闘の報告が増え、無線は怒号と銃声で埋め尽くされるようになった。

 クラークは睡眠時間を削り、カフェインの錠剤を噛み砕きながらモニターにかじりついた。

 俺が眠っている間に、トラヴィスが死ぬかもしれない――その強迫観念が、彼をコンソールに縛り付けていた。

 

 時折、トラヴィスから基地内のイントラネットを通じて短いメールが届いた。

 

『昨日の情報は助かった。お前がいなきゃ、今頃俺の足は吹き飛んでたよ』

 

『エリーから写真が届いた。息子がハイハイしたらしい。早く帰って抱っこしてやりたい』

 

『こっちは毎日砂まみれだ。帰ったら冷たいビールを浴びるほど飲もうぜ』

 

 その文字列だけが、クラークの精神を繋ぎ止める命綱だった。

 俺が守る。必ず帰す――その一心で、クラークは夏を乗り越え、秋を耐え抜いた。

 

 そして十二月、アフガニスタンに冬が訪れた。殺人的な暑さは去り、代わりに骨身に沁みる寒さが荒野を覆う。

 一般的に、冬は戦闘が減少する時期だ。敵も寒さを嫌い、山に籠るかパキスタン側へ戻るからだ。

 指揮所の中にも、どこか弛緩した空気が漂い始めていた。もうすぐクリスマスだ。多くの兵士たちの話題は、休暇や家族へのプレゼントのことに移っていた。

 トラヴィスの部隊も、年明けには後方へローテーションで戻ってくる予定だ。

 あと少し。あと少しで、この張り詰めた糸を緩めることができる。

 

 

 

 十二月二十日。

 その日は、朝から低く垂れ込めた雲が空を覆い、無人偵察機の視界を妨げていた。

 トラヴィス率いる小隊は、パンジウェイ地区の最深部一帯の捜索任務に出ていた。最近、この地域で敵の指導者クラスの会合があるという情報が入っていたからだ。

 クラークは反対した。天候が悪く、航空支援が期待できない。情報も具体的ではない。リスクが高すぎる。

 だが、上層部は作戦の実行を決定した。戦争において、一介の少尉の懸念など、作戦目標の前では無力だった。

 

 午前十時、作戦開始。

 トラヴィスの部隊が目標の集落に接近する。無線は静かだった。不気味なほどに。

 クラークはモニターのノイズ混じりの映像を睨みつけていた。熱源センサーには、羊の群れと、数人の村人の姿しか映っていない。

 

『こちらアウトロー・ワン。集落の入り口に到着。住民の姿が見当たらない。……静かすぎる』

 

 スピーカーから響くトラヴィスの声に、緊張が滲んでいる。

 

「アウトロー・ワン、こちら情報科。周辺に熱源反応なし。だが警戒せよ。待ち伏せの典型的なパターンだ」

 

『了解。慎重に進む……おい、あれは何だ? 屋上に――』

 

 その直後だった。ズガンッ、という音が無線の音声を歪ませた。

 爆発音ではない。複数のRPGが同時に発射された音だ。

 続いて、弾けるような銃声が重なり合い、絶叫が響く。

 

『コンタクト! コンタクト! 三方向から撃たれてる! RPGだ! 先頭車両が被弾!』

 

『衛生兵! 衛生兵を呼べ!』

 

『制圧射撃! 撃ち返せ!』

 

 指揮所が一瞬で戦場と化す。クラークはコンソールに身を乗り出した。

 

「状況を報告せよ! 敵の規模は!?」

 

『分からない! 全方位だ! 煙で何も見えねえ! くそっ、キャラハン少尉が……!』

 

「少尉がどうした!? 応答しろ!」

 

 だが、返ってきたのは激しい銃撃音と、誰かの呻き声だけだった。

 友軍位置情報システム(ブルー・フォース・トラッカー)上の青いアイコンが点滅し、一つ、また一つと停止していく。

 

「即応部隊を出せ! 医療搬送の要請だ!」

 

 グラント少佐が叫んでいる。だが、クラークの耳には何も入ってこなかった。ただ無線機に向かって叫び続けていた。

 

「トラヴィス! 応答しろ! トラヴィス!」

 

 ザザッ……ザザザッ……。

 砂嵐のようなノイズ。やがてそのノイズさえも途切れ、完全な沈黙が訪れた。

 通信途絶(ロスト・コム)。それは、現代戦において最も恐ろしい事態を意味していた。

 

 そこからの四日間は、記憶が曖昧だった。

 天候の回復を待って行われた捜索救助活動。クラークはずっと指揮所にいた。一睡もせず、食事も摂らず、ただ奇跡を祈っていた。

 

 ――何かの間違いだ。通信機が壊れただけだ。トラヴィスは生きている。あのタフなテキサス男が、こんな呆気なく死ぬはずがない。エリーと子供が待っているんだ。約束したんだ。

 

 

 

 そして十二月二十四日、クリスマスイブの日。

 基地のあちこちでクリスマスキャロルが流れ、食堂では七面鳥が焼かれていた。

 

 その日の午後、捜索部隊が帰還したとの連絡が入った。

 情報科の個室にグラント少佐が入ってきた。その手には、機密指定のファイルが握られている。彼の顔色は土気色で、ひどく老け込んで見えた。

 

「……ウェリントン少尉」

 

「生存者は?」

 

 クラークは掠れた声で尋ねた。少佐は首を横に振った。

 

「全滅だ。待ち伏せの後、彼らは……連れ去られ、処刑されたようだ」

 

 少佐はファイルを机の上に置いた。

 

「確認が必要だ。君に見せるべきか迷ったが……君は彼の親友であり、担当の情報将校だ」

 

 クラークは震える手でファイルを開いた。そこにあったのは、現場で撮影された高画質のデジタル画像だった。

 

 ……言葉にならなかった。

 脳が理解を拒絶した。

 そこに写っているのは、かつてトラヴィス・キャラハンだった「物体」だった。軍服は剥ぎ取られ、体には無数の銃弾と、拷問の痕跡が刻まれていた。

 特徴的な金髪は血と泥で固まり、あの陽気な笑顔を浮かべていた顔は、苦痛と恐怖に歪み、原形を留めていなかった。

 だが、左手の薬指には、奇跡的に残された結婚指輪が光っていた。

 嘔吐感がこみ上げてくる。クラークは口元を押さえ、床に崩れ落ちた。

 

 ――嘘だ。こんなことがあっていいはずがない。彼は英雄になるはずだった。家族の元へ帰り、子供を抱き、年老いるまで笑い合うはずだった。

 俺が守ると誓ったのに。全ての情報を駆使して、石ころ一つまでチェックすると言ったのに。

 俺の「情報」は、結局のところ、彼の死に様を鮮明に記録しただけだったのか。

 俺が画面の前で数字遊びをしている間に、彼は冷たい泥の上で、痛みと絶望の中で死んでいったのか……。

 

「……う、あああ……」

 

 喉の奥から獣のような呻き声が漏れた。涙は出なかった。涙などという生温かいものでは、この空洞を埋めることはできなかった。

 ただ、圧倒的な喪失感と、自分自身への激しい憎悪だけが、内側から彼を焼き尽くしていった。

 

 オフィスの外からは、誰かが流している陽気なジングルベルのメロディが微かに聞こえてくる。

 世界で最も残酷なクリスマスプレゼントが、クラークの目の前に置かれていた。

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