ありきたりかもしれないが地獄は存在する。
あまりにも壮大な景色の山の頂上や、何階進んでも視界が変わらないような地下を降り続けた先にある施設、近所の公園とかにある場違いな小石で固められた水飲み場の周辺にある、オブジェの下にある子供なら通り抜けられそうな穴をくぐった先。───生憎、そのような場所に地獄は無い。
この現世と呼ばれるこの世界には存在しない、もっと遠く、遠くの更にとおく……感じられない程のはるか遠くにある異質な世界の片隅に、確かに地獄は存在する。
その世界は、それを彷彿しろと言われて万人が頭の中で描くような、まさにそんな光景が広がっていた。その世界に堕ちた人間は、罪を暴露され、指示されるままに罰を与えられる。苦痛に歪むような炎熱の中、恐ろしい形相の悪魔達に、何とも情けなく一方的に裁かれるのだ。人だったものは悲鳴をあげ、嘗ての自身が行った数多の犯罪の事を悔いる、そんな余裕もない程に痛めつけられていた。
何も痛めつけられるのは人だけに非ず。悪魔同士も野蛮であり人と似ながらも屈強な五体と、人智を上回る規模で自らの故郷を寧ろ壊しかねないような勢いで、お互いを傷つけ、或いは傷つけられ、怨恨消えぬ世界で怨嗟の楔に繋がれたまま争い続けるのだ。
そんな想像したくもない世界、そう、───そんな世界、だったのだ。
そこに、1人の天才が現れた。
◆
その悪魔は、病に倒れ亡くなりし先代閻魔大王の後の後継者争いに疾風の如く現れた。無数の実力者、有権者、或いは悪魔の中でさえ恐れられ、名を言うことすら憚られた魑魅魍魎の跋扈する内戦の中で怯むことなく唯、幼子のような我儘を貫く為に戦い続けた。
───そして争いは終わり、その悪魔が後継の閻魔大王となった瞬間。地獄は変わった。
幼き容姿、凡そ20代前半とも呼べる可憐な容姿。それでいて重々しい声で集いし地獄の民へとこう告げた。
「裁き、憎しみ、終わりの無い負の環境に居続けるのは今日この日までである!余が閻魔大王として、この地獄を余の望むままに、理想の世界に変えてやる!!!」
その勇気ある言葉に、感情を動かされ賛同した者もいれば、非難を抱き鬱屈としていた者も数多。それでも事実として、後日この地獄は生まれ変わったかのように変革を遂げた。
罪を裁く名目での人間への罰の執行を禁じ、別の手段での、対話や施設運用、教育による更生へと変え。更に悪魔同士の争いも治安維持の為に取り締まるようになったのだ。
初めは不服の声も上がったが、環境というものは人の心を濁らせもすれば澄ませもする。地獄の民である悪魔たちは徐々に大半が適応し、やがて閻魔大王の望むような世界の一歩を進み始めるに至った。
そして地獄は平和に───……なったものの。それでも困る者は出るのが世の常。
かつて『冷酷なる死神』とまで呼ばれた悪魔が、この出来事により酷く絶望する事になったのだ。
「もう戦争しないし、軍隊解散!!という訳で君達はクビ!!」
───あんな雄々しい演説をした閻魔大王から、そんな事を言われたのだから。
◆
───彼女は、死神だった。
地獄にいておいて、悪魔として見られずに兵器同然の扱いをされた。その理由は余りの強さ。武術も何も無い喧嘩殺法で、数多の悪魔の死体を現世の山々程に築いたのだから。現在の閻魔大王である四代目閻魔大王がこの座につけたのも、彼女たちの強力があったからと言っても過言では無い。
通称『死神の鎌(デスサイズ)』──。地獄の中でも最強と呼ばれし精鋭の軍隊である。
その隊長として戦い続け、敵にいつからか『死神』と呼ばれるようになった。名はサイトウ。これからも彼女自身は悪魔を、同族を殺し続けて行くのだろうと考えていた。
その日までは
「クビ!!!!」
彼女達は唖然とした。四代目となった閻魔大王である仕えてきた存在からの、命を賭けて戦った自分たちをもういらない、とまで言い切る程の言葉。呆れるを越して沈黙に至るものであった。
しかし隊長として、常に口数少ないながらも今回ばかりはと、少し乾いた唇を開いてこう言葉を連ねる。
「……今まで私達は命を削り戦った。報酬は確かに受け取りましたが、今更戦うことしか知らない私達に、戦うのをやめろと……?」
微かに震えすらある言葉に、閻魔は返した。
「うん。」
あまりにも呆気なく、そして残酷な返答にとうとう出る言葉も無かった。これからどう生きろというのか、先が見えずただ曖昧な視界の先を見つめることしか出来ず。
そのまま閻魔大王も語らず、その場を去っていく。
残されたもの達は、困惑を口にし戸惑いながらもそれぞれが割り切るように、徐々にその場を立って各自部屋に戻る。
……たった1人、隊長だった、死神だったものはその場に残された。決してこの場所に置けぬ絶望を背負いながら、常日頃身につけていた軍服も何処かよれて、暫く放心していた。
その場を立とうとした時、無意識に口からこんな言葉をこぼしてた
「やっとここまで来たのに」
◆
「……隊長?」
軍隊の中でも対して実力は無かったものの、ムードメーカーである男性の悪魔、アダチは唯一心配からか、仕事も無いのに職場のベンチに座っていたサイトウに声をかけていた。それに対してサイトウは相槌を返し挨拶を軽く済ませ、再度下を向く。
「……アダチ、他のみんなはどうです?」
サイトウはそう彼に聞いた。その言葉を聞いて笑顔と共に水を傍らに置いてやりつつ
「順調、……らしいっすよ?意外と力作業とか、或いは最近の罪人更生の職場にいったりとか。結構それはそれで楽しいとか言ってたので、それならいいっすけど……」
アダチは空気のような、どこか軽い笑いと共にそう伝えて、それを見て彼女は掠れたような笑みを浮かべつつ
「……あなた自体は、…私と同じって感じですかね?」
なんて自嘲気味に呟けば、気まずそうに彼も頷いて、中々新しい職場に1人だと行きにくくて、と呟くと、彼女に対して興味があったのか、アダチは少し声色を変えて
「そういう隊長はどうなんっすか???……上手くいってないのは、……まぁともかく!隊長程の人ならすぐ仕事なんて見つかりそうっすけど……」
彼女はそれを言われて露骨に、あまりにも分かりやすく嫌な顔を向けながら青ざめた顔で目元を泳がせつつ
「……なんか、私も働く為に志願したりはしてるんですがーー……なんか、」
「……なんか?」
アダチが聞き返す。
サイトウは少し声を詰まらせつつ、頭を抑えて
「……ムカつくから。私を露骨に下に見てるような視線で言葉を言われると、働きたくないって思って、その場で帰ってしまうんです。」
「……はは、…べ、別ベクトルの大変さっす」
アダチは苦笑。サイトウも少し笑いつつ、それでも状況は変わらない。お互い絶望のさ中……そんな中で、アダチが思い出したかのように彼女へとあるチラシを自前のバッグの中から、荒々しく取り出せば
「それならこーいうのはどうっすか??最近出たらしいッスけど、……サイトウさんならピッタリって思うんすけど。」
彼女は目をこらす。自分に合う仕事があるのかと疑心暗鬼になりながらも可能性を捨てずにまじまじと、真剣に目で文字を追いかける……
「…………、..現世と地獄を繋げる、管理する職員……
──────門番、募集??」
彼女の本格的な、それでいてとっても大変な就活が今始まったのだ。