俺達が無事登録を終え帰ると、まるでそれを知っていたかのように丁度よく例のメイドが出てきた。
「お帰りなさいませ、蓮様」
「知ってたのか?俺達が外出してること」
「はい、勿論でございます」
そう言うメイドの表情はいつもと変わらない。
果たしてこのメイドの困る顔を見る機会はあるのだろうか。
そんなことを思っていると、千尋があれ?と声を上げた。
「僕のペットはどうしたの?」
「それでしたら、千尋様のお部屋でお昼寝でございます」
「え?僕のペットがお昼寝?したことないのに……」
驚愕の表情を浮かべる千尋。
そういえば言っていた気がする。
ペットがお昼寝とかまったくしなくて困っているとか何とか。
「それで、ご登録は無事に済ませられましたか?」
外出理由まで分かっているのか。
「ああ。これからは俺もダンジョンに潜ってレベル上げをしていこうと思っている」
「そうでございますか。レベルが上がること、心より応援申し上げます」
「ありがとう。取り敢えず今日は自室で勉強することにするわ」
「かしこまりました」
俺は家に入り、自室へと戻る。
学校はないと言っても、俺の年は勝手に上がっていく。
ゆえに勉強は欠かせないのだ。
勉強は学生の本業だと父親に言われたしな。
「おっと……気づいたらもうこんな時間か……」
勉強をしていると、気づけば夜だった。
コンコン、と部屋のドアが叩かれる。
「蓮様、勉強中のところ失礼致しますが、夕食のお時間です」
メイドの声だ。赤坂さんではなく、田中(多分偽名)の方だ。
「あれ、千尋の方にいってたんじゃなかったか?交換で」
「赤坂さんにもういいので戻れと言われまして。それで交換は終了となりました」
「なるほどな……ちょっと待ってくれ、すぐ行く」
シャーペンを置き、席を立つ。
ドアを開けると、昼頃と変わらない姿のメイドが立っていた。
表情までスンとしたまま変わらないのだから恐ろしい。
「源三様は既にご夕食は済まされましたよ」
「そうか。俺も早く食べないとな」
そこから俺はさっと食事や風呂を済ませ、再び勉強に戻る。
気づけば再び深夜になっていた。
「うげ、もうこんな時間じゃねぇか。寝るか……」
歯を磨こうと、部屋を出て洗面台に向かう。
その途中だった。
カチッ。
「……ん?」
廊下の床から変な音が鳴る。
次の瞬間、上から墨が落ちてきた。
「ぐぼ!な、何だこれ?!」
上を見ていたために、顔に墨が直撃する。
視界が真っ暗になり、服がぐっちょりとする。
「マジで何だこれ?!」
誰がこんなセコい仕掛けを?!
……いや、一人だけ可能性がある。
「千尋かぁ……」
昔から一見大人しいのに、やんちゃだからなぁ。
「うわ、これまた風呂に入らないといけないだろ……」
ギリ見えるようになった視界には、犯人のように全身黒くなった体が映る。
しかし問題がある。
我が家の風呂は大きいのが一つなので、使用時間帯に制限がある。
使用人やメイドなども使うからだ。
そして今の時間帯はメイド達が使っている時間だ。
「どうするかなぁ……」
いや、待て。シャワー室があるじゃないか。
浴場の隣にあるシャワー室は自由に使え、時間帯の制限もない。
どうせ墨を落とすだけだ。シャワーでいいか。
「取り敢えず明日千尋には文句言ってやる」
この時間にこれは流石にないだろ。
そんなことを思いながら墨が落ちないように慌てて廊下を進み、シャワー室に辿り着く。
ずっと点いている電気のおかげで、道を見失うことなかった。
滲む視界を頼りに、慌てて扉を開く。
「……え」
え……声?
滲む視界で恐る恐る見る。
そこには、タオル一枚の例のメイドの姿があった。
絹のように滑らかな肌がタオルから覗き、無機質な目とは反対の生命力のあるハリが伺えて――――――――
俺の脳はそこでフリーズした。
「どうやら気絶したようですね、立ったまま」
クソ笑える件。
残念ながら中身はただのゲーマー男なので、正直見られたところでいやんとか言わない。
にしてもたまたま入ってきたのが蓮様だったとは。
入口の使用中の札、付けといたはずなんだがなぁ。
墨のせいか。
浴場の方は同じメイドの人たちが使っているので使えない。
流石に体が同性とはいえ、中身は俺なのだから。
そこは弁えている。
「アリス、いますか」
「はいっす!」
俺が声を発すると、影からアリスがぬるりと飛び出してくる。
「蓮様をスキルで綺麗にしてベッドに運んでおいてください」
「了解っす!にしてもご主人様、綺麗な肌してるっすね」
「そうですか?」
「羨ましいくらいっす!」
「そうですか……まぁそれはいいのでよろしくお願いしますよ」
「了解っす!」
アリスがフリーズしたままの蓮様を担ぎ上げ、影に溶け込んで消える。
さぁてシャワーシャワー。
もう何日も過ごしたおかげで耐性が少し付いたからな。
流石は俺のメイドキャラ。デザインが素晴らしいのが恐ろしいところだ。
まぁ今考えなければならないのはそういうことではないのだ。
「魔王、どうしたものですかね……」
世界のどこにいるか不明な存在を一瞬で見つけるようなスキルはない。
アリスがちゃんと追跡してくれていれば一件落着だったが。
まぁ瞬間移動は初見殺しか。
やはりいくらレベルが低いとはいえ魔王。
ゲーム時代もさんざん苦渋を飲まされたからな、警戒をするに越したことはない。
墨は神の素晴らしい意図でたまたま蓮様にかかりました。
そうです。素晴らしい意図です。決してご都合展開とかじゃry)