「今日私は大臣との会合があるから遅くなる」
テーブルを少し隔てて、父親がトマトを掬いながら言う。
俺はそれを例のメイドに引いて貰った椅子に座りながら聞いた。
「わかった」
俺の返事に対し、父親はうむ、と一回頷く。
「お前は今日、何か用事はあるのか?」
「今日は特にねぇから、庭で訓練しとく」
「それは構わないが、勉強もしておきなさい」
父親の視線が鋭く俺を射抜く。
その視線は俺でも少し緊張するほどだった。
「まぁいい、取り敢えず食べなさい」
そう言って父親は再び静かに食べ物を口に運ぶ。
俺もそれに従って、目の前に置かれている良い香りのトマト煮を口に運んだ。
「何だこれッ旨ッ……」
口に運んだ瞬間、脳天を突き抜けるほどの旨味が俺を襲った。
いつもの料理より旨いぞ……?
「お前もそう思うか」
いつの間にか、父親が食事を口に運ぶ手を止め、こちらを見ていた。
「これを作ったのは君か」
そう言って父親が俺から視線を外し、向けたのは例のメイド。
当のメイドは、優雅に一礼した。
「はい、そうでございます」
「やはりか……他の料理人はどうした?」
「それにつきましては、暫く休暇を頂きたい旨の伝言を預かっております」
「……そうか」
父親はそれ以上特に何も言わずに、再び食事に戻った。
カチャカチャと小さな食器音が室内に響く。
俺もトーストを口に運ぶ。パンとは思えない美味しさだった。
やがて食べ終わったらしい父親が口元を拭きながら再び俺を見た。
「訓練場に行くんだったな?」
「ああ」
「だったら彼女も案内がてら連れていってやれ。お前の部屋付きだからな」
父親はそう言い終えると、俺の返事を待たずに専属メイドと執事を連れて部屋を出て行った。
残ったのは俺と二人のメイド。
一人は今屋敷にいない妹の専属メイドだ。
もう一人は俺のメイドになった例のメイド。
部屋の壁で姿勢を正したまま待機している。
それを見ながら俺は最後の一口を放り込み、席を立った。
「いくぞ」
「かしこまりました」
俺はメイドを引き連れて、食堂を後にした。
◆ ◆
広い広い廊下を歩く。
自身の前では、ご主人様こと西園寺蓮が堂々とその廊下を歩いてた。
改めて思うが、この屋敷は本当に広い。
東京ドーム分くらいはある。
流石は財閥やってるだけある、と元ニートだった俺は超然的に考える。
廊下を歩いていても、時々メイドなどとすれ違う。
だがここに今住んでるのは父親と息子だけだ。
母親は他界しているらしく、蓮(様)の二つ下の妹は現在屋敷にいないらしい。
静かな屋敷だなぁ……と思っていると、蓮(様)が前を向いたまま声をかけてきた。
「そういやお前、名前何て言うんだ?」
危ない。思わずあです、などとほざくところだった。
名前ねぇ……どうしようかな?
「ん?どうした?」
中々答えない俺に、蓮(様)が不思議そうに聞いてくる。
取り敢えず適当に決めるしかないか……
「いえ、何でもございません。私の名前は……あでございます」
「何だって?声が小さくてでございますしか聞こえない」
そりゃあ、ね。聞こえないよう発音してますから。
「あでございます」
「聞こえない。もういいわ」
蓮(様)がフンと鼻を鳴らす。
「ほら、着いたぞ。ここが道場だ」
そう言って立ち止まったのは、大きな和風の別棟。
カラカラと引き戸を開けて蓮(様)が中に入っていく。
俺も一礼してから中に入ると、中は綺麗な道場だった。
立派な神棚が一番奥に設置されており、床は綺麗でツルツルだ。
そして、部屋の隅には様々な器具が置かれていた。
「じゃ、俺は着替えてくるから中入ってその辺でゆっくりしといて」
そう言って蓮(様)が近くの小部屋に消えていく。
残された俺は、裸足になって上がってから、壁に立ち辺りを見回す。
よく見れば見るほど、床は綺麗だ。埃もほとんど見かけない。
ここのメイド達の優秀さが伝わってくる。
やがて蓮(様)が部屋から出てきた。
その服装はカジュアルなものから、勇ましさ溢れる剣道着になっていた。
その手には使い古された竹刀が握られている。
「お前も何かしたらどうだ? 暇だろ」
「いえ、お気になさらずに」
「だがお前、何かしらやってるだろ?」
蓮(様)が竹刀を構えながら、俺に鋭い視線を向けてくる。
よそ見だな。
「はい、一通りは」
「何やってたんだ?」
そう聞きますか。なら答えてあげるのが世の情け。
俺は脳内でステータスを思い浮かべる。
「柔道、空手、ムエタイ、弓術、少林寺拳法、ボクシングETCでございます」
「ETCをそんなんで使ってるやつ初めて見たわ」
そう蓮(様)が吐き捨てると、彼は素振りを始めた。
その軌道は、粗暴な口ぶりとは真逆で、いたって基礎に忠実な綺麗な剣筋だった。
因みにだがそれは今の身体の動体視力だから解説できるだけであり、前世は剣道もクソもやっていない。
そうやって自虐していると、蓮(様)が素振りを止めて此方を見てきた。
「なぁ俺の剣筋どう思う?」
「綺麗だと思います」
「遠慮はいらねぇ」
「では……恐れながら、基礎に忠実なのは素晴らしいですが、応用力に欠けるかと思います」
俺がカーテシーをしてからそう答えると、蓮(様)は微妙な顔をした。
「そうか……」
そう呟くと、彼は一度竹刀をブン、と振った。
そして、俺を見る。
「なぁ、一度俺とやらないか?」
「試合を、でございますか?」
「ああ、一度でいいから」
そう言う彼の表情は真剣そのもの。
……これは断れんね。だったら俺も体の性能テストを兼ねてやってみようかなぁ。
「かしこまりました。では――――――」
そう俺が言って竹刀を取りに行こうと白く華奢な足を出したときだった。
ズドン、と地面が爆発するような音と共に、世界が大きく揺れた。
西園寺蓮君、連じゃなくて蓮なのですが、もしかしたら連が混ざっているかもしれません。
あれば誤字報告してくれるとひじょーに助かりますす