俺は蓮(様)の背後を付いていく。
今向かっているのは彼の父親の部屋である。
流石は西園寺家の当主なだけあって、書斎は図書館かなと疑うほどには広い。
それはそれは広い。
羨ましいな、などと思っていると心地よい風が俺達を吹き抜けた。
すると、それを契機に前を歩く蓮(様)が俺に聞いてきた。
「なぁ……お前、本当に名前何なんだ?」
あです。とはやはり言えない。恨ましいぞその名前。
お、今いいこと思いついた。
「そうですね……田中、と申します」
「……偽名じゃないだろうな?」
蓮(様)が歩きながらも振り返って俺をジーッと見る。
何だか可愛く見える。父性的なものか、いやここでは母性?
「……いえ」
「その余白は何だ」
「気のせいです」
白々しく言う俺に、蓮(様)は言い捨てるようにフンと鼻を鳴らした。
「意味分からん。名前を言うとき、そうですねなんて言うかよ」
「さぁどうでしょう」
俺が肩を竦める。きっと無意識に笑みを浮かべているだろう。いやはや、若者弄りが醍醐味になりそうだ。
だがふと背後から声がかかった。
「……お前たち、おしどり夫婦をするのは構わないが、私の書斎の前ではやめてくれないか」
気づけば俺達は書斎の前に着いていたようで、蓮(様)の父親であるイケおじが苦笑しながら俺達を見ていた。
「失礼しました」
俺が頭を下げる一方で、蓮(様)は滅茶苦茶不満気だった。
「はぁ?!変な言い方すんなよ」
だがイケおじはそれを優しい笑みで見ているだけだった。
「フフフ、私にもそんな時代があったな……まぁとりあえず入りなさい。用事があるのだろう?」
そう言ってイケおじが書斎の扉を開く。その扉も質素ながらしっかりとした作りで、実に高そうだ。
「失礼します」
中に入ると、それはそれはもう広い部屋で、大きな棚とデスクが俺達を迎え入れた。
そのデスクにイケおじが座りながら俺達を見る。鋭く、威厳のある目だった。
「さて、用事はやはり、ダンジョンとステータスバーなるもののことについてかな?」
「そうだ、俺の職業欄に”勇者”と書いてあった」
蓮(様)が一歩出て堂々と答える。
「そうか……私は”策士”だったよ。しかし、勇者か。ということは反対――――――魔王という職業も存在する可能性が高いな」
「だったらどうするんだ?」
「職業柄、獲得者は何かしら社会に対して不満を持つ者だろう。今のうちに目星をつけておきたいのだよ」
イケおじがデスクの一番上の引き出しを開けると、そこには一つの粒上の宝石みたいなのがケースに収まっていた。
「これは先ほど洞窟――ダンジョンに調査に入った私の者が回収してきたものだ」
「何だそれ?」
蓮(様)が眉を顰めながら、頭を傾げる。
その一方で、俺にはそれが何なのかよくわかる。
ゲームでも腐るほど見てきた、魔力核だった。
魔物を倒すとドロップするもので、レベリングにも使えたりする便利なものだ。
「どうやら未確認生物を殺した際に出現したらしい。まだ検査にはかけていないが」
イケおじがケースから魔力核を取り出し、俺たちの前に差し出す。
「だが私は感覚で分かるんだ。これには大変な利用価値があると。お前たちはどう思う?」
「いや俺に聞かれても、綺麗だなとしか言えないな」
蓮(様)が肩を竦める。
「なら君はどう思う?」
今度はイケおじが鋭い視線を俺に向けながら問いかけてくる。
この世界での魔力核の使い方ははっきりとは分からないが、まぁゲームでも重要アイテムだったので、きっと、多分、恐らく重要だ。
「は、恐れながら、当主様の意見に同意いたします」
「根拠はあるかね?」
「いえ、感覚でございます」
俺がつらつらと答えると、イケおじは納得したように息を吐いた。
「そう、か」
イケおじが魔力核を手で上にかざす。
和風シャンデリアの光で照らされたそれは、キラリと光った。
「取り敢えず鑑定にかけよう。そして、我々はダンジョンの対策を考えねばならない。でなければ民衆に危険が及んでしまう」
魔力核を見つめるその瞳は、覚悟の瞳だった。
★
薄暗い夜。
路上で倒れている一人の少年がいた。
ボロボロの衣服を身にまとい、光を反射しない目が、ただただどこかを見つめている。
少年は全てに見捨てられていた。
親に、近所に、社会に。
行く当ても、食べ物も、寝床もなかったために、少年の命は尽きようとしていた。
だが、ふと少年の前に半透明の板が現れた。
それを見て、少年は大きく目を見開いた。
「……アハハ、今の僕にはぴったりな職業だね」
ゆらり、と立ち上がる。
ふらふらとしていて、とても虚弱に見えたが、その瞳は狂気に溢れていた。
「いいね……僕はこれで社会に復讐してあげよう。これさえあれば……それができるんだから」
雲から現れた月が、少年を薄気味悪く照らす。
少年―――風間牧の職業。
それは、悪を統べる為の職業。
それは、勇者と並び最強の一つと言われる職業。
――――魔王だった。