-紅魔館、日常への余白-   作:幻想郷まったり書庫

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レミリアが二つのお願いのもと動き出した物語。
薄まった結界に吸血鬼の少女は動き出す。
めんどくさい依頼に博麗の巫女は紅魔館を訪れた。


第三話 動き出した1日

地下の静けさが、今日は薄い。

 

結界の“揺れ”が、いつもより近いのに刺してこない。

フランドールは床に座ったまま、その違いを舌で確かめるみたいに味わっていた。

 

外の魔力はうるさい。でも今日は、嫌じゃない。

 

胸の奥が、ずっと前から同じ言葉を繰り返している。

 

出たい。触れたい。壊したくない。でも、出たい。

 

理由なんて分からない。説明なんて来ない。

それでも、今日は“通っていい状態”になっているのが感覚で分かる。誰がそうしたかも、なんとなく分かる。

 

お姉さま。

 

その二文字が、喉の奥を甘く焼いた。

 

フランドールは立ち上がり、結界の前に立つ。

指先が勝手に上がる。触れたら壊れる。壊したら終わる。終わったら誰も来なくなる。

分かっているのに、熱望が指を押す。

 

「……だめ、だめだよ」

 

言い聞かせる声は、もう自分のものじゃない。

結界の表面は、目に見えない硝子みたいに冷たく硬い。

触れないのに、触れたような痛さがある。

 

なのに。ほんのわずか、結界が“薄い”。

 

パチュリーが圧を抜いたせいでもある。それだけじゃない。

以前、館に入り込んだ魔法使いがこの層に触れて、式に微細な傷を残していた。

そして、今日という日を選んだ“運命のズレ”が、ここに来てしまったことに、フランは気づいていない。

 

フランドールの指先が、結界に触れた。

 

次の瞬間、世界が息を吸って、吐いた。

 

硝子が割れるみたいな音ではない。もっと静かで、もっと嫌な音。

 

ピィ、と鈴の音と共に結界が、裂けた。

 

「……え」

 

驚いているのに、嬉しい。嬉しいのに、怖い。怖いのに、足が勝手に一歩踏み出す。

 

裂け目の向こうの空気が、肌に触れた。外の匂い。館の匂い。人の匂い。懐かしい紅茶の匂い。

胸が、きゅっとなる。泣きたいのに泣けない。笑いたいのに笑えない。

 

「……壊れちゃった…出ちゃった…」

 

言葉にした瞬間、背後の気配が濃くなった。

 

「——フランドール!」

 

パチュリー・ノーレッジの声。いつもの冷静さが、少しだけ割れている。階段を駆け下りてくる足音が、焦りと怒りと恐怖を混ぜて落ちてくる。

 

パチュリーが裂けた結界を見て、息を詰まらせる。壊されるはずのない構造。壊してはいけない距離。それが“壊れた”。

 

「……なに、して……!」

 

言いかけて、言葉が止まる。

 

フランドールの瞳が、乱れていない。

狂気の濁りも、破壊の恍惚もない。

あるのは、熱望と、怖さと、寂しさの混ざった、まともな顔。

 

「出たかったの」

フランドールは小さく言う。

「でも、壊したくなかったの。……でも、出たかったの」

 

パチュリーの胸の奥で、最悪の想像が少しだけ引いた。壊したいから壊したのではない。触れたかったから触れてしまった。

 

それは危険で、でも、救いでもあった。

 

「……最悪ね」

パチュリーは震える指で額を押さえた。

「でも、あなたが……その顔なら……」

 

言葉の続きを言う前に、館全体の警告魔法が鳴った。

耳ではなく、魔力の層に直接響く、不快な鐘。

 

侵入者。

 

パチュリーの表情が一気に“仕事”になる。

安心しかけた心を、無理やり切り捨てる。

 

「小悪魔!」

呼ぶより早く、影が現れる。

「主様、侵入者の反応です! 廊下から——!」

 

「分かった。迎撃に出る。あなたはここを——」

 

パチュリーは言いかけて、フランドールを見る。

結界の裂け目。外に出た妹。閉じ込め直すべきなのに、今はそれができない。

 

「……いい?」

パチュリーは低く言う。

「ここから先は危険よ、小悪魔と一緒にいて。約束できる?」

 

フランは、一瞬だけ目を伏せて、それから頷いた。

こうして話せることが、少しだけ嬉しくて、少しだけ怖い。

 

「……うん。」

 

「なら——」

パチュリーは小悪魔に視線を投げる。

「見てて。お願い」

 

小悪魔は飲み込むように頷く。

パチュリーは踵を返し、階段を駆け上がった。

 

地下に残されたのは、裂けた結界の冷たい風と、フランの熱い鼓動だけだった。

 

 

紅魔館の廊下は、いつもより“怒って”いた。

 

赤い絨毯の上を走る魔力の流れが荒く、壁の装飾すら棘に見える。博麗霊夢は、結界を張り直しながら眉をひそめた。

 

「攻撃が激しいわ……異変でもないのに、なにこれ」

 

妖精メイドが飛び交い、弾幕が花火みたいに散ってくる。

霊夢は札を投げ、最低限の動きで弾を流す。

派手にやる必要はない。ここは道。目的は奥。

 

なのに、奥から来る魔力が、さっきからずっと嫌な濃さを帯びている。

 

——魔法使い。

 

図書館の匂いがする。

 

霊夢が角を曲がった瞬間、空気が変わった。

湿った紙とインクの匂い。冷えた石の匂い。“そこ”からの圧が、一段階上がる。

 

そして、現れた。

 

紫の髪。眠たげな目。しかし魔力は眠っていない。むしろ、今日は喘息も調子がいいらしい。

 

「なによ またきたの?」

 

「また来たの」

霊夢は札を構えたまま答える。

その軽口に、パチュリーは苛立ちを少しだけ乗せた。

 

「今日は喘息も調子いいから とっておきの魔法見せてあげるわ」

 

霊夢は眉を上げる。

「……誰かに頼まれて迎えに来た感じじゃないわね」

 

パチュリーの瞳が細くなる。

「頼まれた? そんなわけないでしょ。侵入者が来たら迎撃する。それだけよ。……それとも、フランの所まで行く気でしょ」

その言葉に、霊夢の胸の奥が冷える。

 

(フラン……レミリアが言っていた壊す壊れないってやつ? つまり、この先が本番ってわけね)

 

「誤解してるなら言っとくけど——私は別に、ここを侵略しに来た訳じゃ」

 

「聞く耳持たないわ」

パチュリーは淡々と、でも苛烈に宣言した。

「ここで止める。紅魔館の防御は、もう“遊び”じゃないのよ」

 

空間がひび割れるように、弾幕が生まれる。

 

パチュリーは息を吸う。いきなり“とっておき”を使う。

 

「月符『サイレントセレナ』」

静けさが弾になる。音が消え、気配だけが刺さる。霊夢の感覚が一瞬遅れ、肩口を掠めた。布が裂ける。痛みは軽い。けれど、油断すると致命になる。

 

霊夢は舌打ちして札を散らして防御する。

攻撃が激しい。

弾幕ごっこじゃない、本気の防衛。

 

霊夢はそれを理解して、目が冷えた。

「……分かった。説得は後」

 

霊夢が踏み込む。

札が風になり、弾の流れに穴を開ける。パチュリーが初めて小さく顔を歪めた。

 

「まだ来るの?」

 

「当たり前でしょ。止めたいなら、もっと本気で止めなさい」

 

その挑発に、パチュリーの魔力が一段階濃くなる。

 

「——融合」

パチュリーの声が低く落ちる。

「水&火符『フロジスティックレイン』」

熱と冷気が同時に降る。蒸気が視界を奪い、そこへ刃のような粒が刺さる。降り注ぐ灼熱の玉と冷気の刃に霊夢は結界を球状にして、半径を絞る。守る範囲を削って、突破のための一瞬を作ろうとするが、パチュリーがそれを許さない。

 

続けざまに放たれるスペルカードの波。

「これで、消えなさい―—土金符『エメラルドメガリス』」

重さと硬さが、同時に襲う。壁が迫り、床が引きずり込む。霊夢は札を床に叩きつけ、結界ごと反発して空に跳ねる。身体が浮いた瞬間、弾幕の隙間が見え、パチュリーの姿が見えた。

 

「そこ!」

 

霊夢が一気に距離を詰め、札を投げこむ。

パチュリーの結界が揺れ、亀裂が大きく広がる。

しかしパチュリーは退かない。目だけが冷たい。

 

「……私が出てきたのは、侵入者を通すわけにはいかないからよ。ましてやフランのところへなんて——」

 

「そのフランがどうとか、私は知らないって言ってるでしょ!」

 

霊夢の声が少しだけ荒くなる。

パチュリーの眉が動く。わずかに、ほんのわずかに。

 

だが次の瞬間、警告魔法の残響が走り、パチュリーの集中が戻る。

館の防御が“自動で怒っている”状態。今は、誤解を解く余裕がない。

 

「もういいわ。終わらないと帰れないし、やらせてもらうわよ」

霊夢の札が、パチュリーの防御の継ぎ目を穿った。

 

パチュリーの身体が大きく揺れ、息が詰まる。魔力が乱れる。喘息の影が顔を出す。

 

「……っ」

 

霊夢は踏み込みを止めた。勝てる。潰せる。けれど、ここで倒すのが目的じゃない。

 

「——通るわよ。今はあんたたちの主人のお願いのために奥へ行くわ」

 

パチュリーは唇を噛んだ。悔しさと、焦りと、理解できない怒り。「レミィがあなたを……なんなの、もう…教えなさいよ……」

 

微かに聞こえる声を背中に、霊夢は返事をしない。ただ、魔力の濃いほうへ歩き出した。

 

大図書館の扉が見える。冷たい紙と魔力の匂いが、隙間から漏れているのが離れていても感じ取れる。

 

妖精メイドの弾幕が、相変わらず派手に散る。霊夢は最短の札で道を作りながらようやく扉にたどり着く。

「攻撃が激しい……さっきの魔法使いが何かしたのかしら」

 

霊夢が扉を開けた瞬間、奥の闇から声が落ちた。

 

「甘いわ! そこの紅白!」

 

霊夢が視線を向ける。幼い影が、そこにいる。

赤い瞳が、期待と喜びで光っているように見える。

さっきまで沈んでいた顔が嘘のように輝いている。

まるで、子供が新しいおもちゃを見つけたかの様に。

 

「おかしな奴がいるのね…」

あきれ顔で件の吸血鬼に対して視線を向ける。

 

「おまたせ」

「誰? 前来た時にはいなかったような気がするけど…」

わかりきっている相手に対して、わざと乗ってあげる。私はいったい何をしているのだろうか…でも、こういうのも悪くないと少し、思ってしまう。

 

「居たけど見えなかったのよ! あなた、人間?」

「そうよ、人間。みたことないの?」

レミリアが言ってた壊す壊さないがこの子のこと? 本当は違う?

目の前の無邪気な吸血鬼にそれが感じられず、つい話を進めていく自分がいる。

 

「人間は、飲み物でしか見たことなかったから。パチュリーや美鈴とほとんど変わらないんだね」

興味を隠さず顔や瞳に移しながらまじまじと霊夢の全身を見つめるフラン。

対する霊夢は段々とめんどくさくなっていく。

 

「人間はお茶やお菓子より複雑なのよ……ほとんどの人間はね」単純明解な親友の姿が頭をよぎり、少し言葉に詰まってしまう。

 

そんな霊夢を見ながらフランは悪気ない言葉を放つ。「鶏って―」「あー?」私が鶏って言いたいのか、この子は…と、腹立たしい気持ちへどんどん変わる。「人と同じように捌いたりできるの?」

 

あー、吸血鬼なのね。と霊夢は現実に戻ったように感じる。人を食すことに罪悪感なんてものがまるでない。本当に子どものよう。

「あんたんとこのお姉さま、レプリカだっけ? 捌いたりはできないと思うわよ」

私も子供か…こんな挑発しちゃって。

 

「れ・み・り・あ! レミリアお姉さまよ!!」

「あーはいはい、レミリアね。悪魔ね」

「吸血鬼よ!!!」

地団駄を踏みながら顔を膨らませ、背中の羽の結晶がゆらゆらと揺れて怒りを全身で表す。

本当に子どもだ。レミリアのように落ち着いた雰囲気はかけらもない。

 

「なんだっていいわ、あんたに言いたいことがあんの。そのレミリアお姉さまが神社に入り浸って迷惑なのよ。妹のあんたからなんか言ってくれない?」

 

その言葉を聞いたフランの温度が急に下がるのを霊夢は肌で感じた。

さっきまでの保育園のワンシーンのような空気が、殺伐とした最前線の戦場にいるかのような緊張感が空間を支配する。

 

「私の部屋には来ないのに…そっちにはいくの。そうなの? そうなんだ…いやだ、なんで。私の所にはずっときてない。なんで人間の所なんかに行くの、いやだいやだいやだ!」

段々と膨れ上がる魔力に空間が音を立てる。

霊夢は一歩下がり結界を結びなおし、目の前の吸血鬼をしっかりと視線にとらえる。

これがレミリアの言っていた…あいつよりたちが悪い、この力は一体…

 

「495年も地下に閉じ込めておいて!! 人間と楽しくだなんて許せない!!!」

空間が溢れ出る魔力によって悲鳴を上げる。

力の制御をまるでする気のない小さな吸血鬼の指先が、鋭く刃物のように伸びていく。

 

「……過去のあんたのことなんて知らないけど、弾幕ごっこならつきあってあげるわよ」

もともとその話のはずだ…だが、まずそんな状態にならないと感じながらも、念のためいう必要はある。

霊夢にとってこの程度の相手に、怯える必要もない。

 

「……いいわ、付き合ってあげる。弾幕ごっこ」

「あらそう? パターンつくりごっこは私得意よ」

 

 

【挿絵表示】

 

 

ブワッ、と音を立てるように広がる強烈な魔力。広がる翼、揺れる7色の結晶。

その目に宿るのは楽しさから狂気に代わっていた。だが、狂ってはいない。確実に霊夢を射抜く視線には殺意だけが感じ取れた。

 

赤い夜とは別の劇場が、静かに紅魔館で始まった。

 

 

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