「お待ちしておりました、お客様」
あの店主との約束の日、相手は何の疑いもなく時刻通りに現れた。
ビジネススマイルを浮かべ車に案内するさまは前と何も変わらない。
情報が洩れている心配はないことに安堵しつつ、俺は車に乗り込んだ。
そのまま、時間をかけて遠回りした後店に到着した。
「例のあれは?」
「ええ、もちろんです」
店主が趣味の悪いくすんだ金歯を見せる笑みを浮かべ心底虫唾が走る。
ばれないように作り笑顔をしながら店の奥に行こうとした瞬間、声が店全体に響き渡った。
それは邪教の館に所属する鎮圧部隊のモノだった。
よく見ればそこにはシズさんの姿もあった。
「うごくな!」
『バインドボイス*1』
『子守歌*2』
その直後、状態異常を起こす魔法が何発も店に打ち込まれた。
商品とされた悪魔は立ちどころに深い眠りに落ち、行動不能となった。
店主は状況が理解できたのか、即座に逃げようと店の奥へ走り出した。
「させねぇよ」
駆け出した右足の先へ自分の足を置き引っ掛ける。
店主はバランスを崩し横転し、俺がそのまま動かないように押さえつける。
もぞもぞと動くがどかせるほどではない無駄な抵抗だ。
「なぁ、貴様も」
「ご名答」
犬歯をむき出しでこちらをにらみつけてくる。
その顔からは不快なビジネススマイルは消え、怒りしか感じとれない。
「くそくそ!くそ!!くそ!!!くそ!!!!」
「なめてんじゃねー!!!!!!」
制圧隊も近づき捕縛しようとした直前に、なにかが砕けた音が響く。
俺じゃない、関節は固めているが骨までは折ってない。
制圧隊でもない、彼らはただ近づいているだけだから。
ならばこの音は、店主が出したもの。
「うおおおお!!!」
途端、筋肉が脈動するのが皮の上からわかった。
それは隆起しはじめ、抑えていた手を押し返し始めた。
体重で圧し潰そうにも地面に手をついているような感覚がする、もう抑えられない。
「コンバットドラッグ*3か」
「正解!」
おそらく歯かなにかに薬を仕込んでたんだ。
その場で飛びのいた一秒後、顔面があった場所に猛スピードの肉鞭が通過する。
衝撃波で顔にかすり傷がつく、皮膚の痛みが威力を雄弁に語っている。
店主は起き上がった後、腰に隠し持っていた瓶を投げつけた。
「てめぇら暴れろ」
四方に撒かれた瓶は檻にあたり、その中身を悪魔にかける。
その液体の独特な色と匂い。
中身はおそらくアムリタシャワー*4。
「sくあbたpぐえあい‘;‘:」
「oa-3hg@a9qk」
支離滅裂な悪魔の叫び声と共に鉄が捻じ曲がるような音。
選択肢は二つだ、一つはここに残り制圧隊と協力する。生き残りやすいが元凶は確実に逃がしてしまう。
二つ目は店主を追いかけること、危険だが元凶を捕まえられるかもしれない。
取るべきは──
「シズと店主を追ってくれ」
その声は制圧隊の隊長だった。
極端な焦燥も困惑もない、ある程度の緊張と冷静さを掛け合わせた声だった。
彼らにとってこの悪魔の大群は俺が居なくても対処できると判断したのだろう、ならそれに従おう。
「了解」
通路を進んでいくと、突き当りの部屋に到着した。
十中八九、やつはこの中にいる。
戦闘で使えるほどの腕はないが、とりあえずに拳銃を取り出す。
仲魔をすべて展開し、お互いの顔を見合わせる。
「いくぞ」
「はい」
中に入れば、やつはこちらに背を向けて壁掛けの巨大モニターの下で何か機械を動かしていた。
「うごくな!!」
銃を突き付けながらそう言うと、店主は気持ちの悪い笑みを浮かべながらこちらに振り返る。
その右手には何かが握られていた。
「今手に持っているモノを捨てろ」
「ふふ、断る」
男は見せびらかすように軽く掌を開く。
そこには鈍色の棒が握られていた。
よく見れば親指が天辺にあるスイッチのようなものにかかっている。
……十中八九、起爆装置だ。
「脅しか?」
「いや、脅しじゃないとも」
「……ならなぜ逃げない」
「逃げる必要がないからさ」
そう言おうとした瞬間、目に光がなだれ込んだ。
光源は男の横にある三つのカプセル、一つ目の中には堕天使アンドロスと思わしき悪魔、二つ目は精霊エアロス、三つ目は夜魔だろうか。
手足がやせ細り、身体も未熟、肉体美を誇る夜魔とはとても思えない様相をしている。
顔つきもなんだか──
「……は?」
「気づいたか」
彼女の顔はまだ幼く、中学生頃のように見える。
そう、あの捜索用のポスターに書かれていた中学生とそっくりだ。
だが、ありえない。なぜ?覚醒者だったのか。
それならなぜ夜魔のような恰好を。
「お前ら気にならなかったか?」
「俺がどうやって人間合体の素材を集めているかをさ」
男は意気揚々とした顔をしている。
そしてモニターにとある画像が浮かべられた。
DDS、デビルドーターシステム、略してDDS。少女とよべるほどの子供と悪魔を融合し、悪魔人間を生み出す存在に変える邪法。
「まさか」
「……子供を」
「その通り!!!」
キンキンとした金切り声が部屋中に響く。
子供を実質的に殺しているはずなのに顔には曇り一つない。
むしろ、偉業を自慢するように胸を張っている。
「これが俺の編み出した裏技」
「名付けてDDS合体」
「ガキと悪魔を混ぜて覚醒者の代わりにできるってすんぽーよ!!」
曇りなく、ただ自慢するだけのように語る。
こいつは自分のやったことを理解しているのか。
「なんで、子供をそんなふうに……っ!」
「おいおい、甘ちゃんだねお嬢さん」
「悪魔業界にモラルなんてないだろ」
悪徳に怒るシズさんをコケにするようにやつは語る。
まるで自らの行いが正道であるかのように、人としての心をさかなでる。
拳銃のトリガーに指を掛ければ、煽るように起爆装置を振る。
「それに、俺の技術をバカにしない方がいいぜ」
「それでお前たちは殺されるんだからな」
その叫びと同時に床に何本もの光が走る。
それらは重なり、交わり、一つの図形を浮かび上がらせる。
悪魔使いならだれもが見慣れた、悪徳の六芒星が顕現する。
「はぁあはははは!!!」
「……シズさん、合わせて」
悪魔が閉じ込められたケースに液体が注がれる。
それは誘拐された少女も例外ではない。
何をされるのか分かるはずがない、それでも、弱弱しくケースを叩く。
その目は、助けを求めている。
「すまない」
ただ、それを見るしかできなかった。
「最強の悪魔の誕生だ」
液体が満ち、悪魔が情報へと解体される。
そして、一層激しく六芒星が明滅しはじめる。
──チャンスは一度だ。
「こい、エ」
合成によっておこる強い閃光が部屋を埋め尽くし目がつぶれた瞬間。
構えていた拳銃の引き金を引いた。
「うが!」
俺の拳銃の腕は悪いが狙う時間は多くあった。
発射された弾丸は寸分の狂いなくやつの手に向かって飛び、鉛色の起爆装置を指もろとも弾き飛ばした。
「がぁ!」
起爆装置が離れた瞬間、やつは不可視の力によって壁に叩きつけられた。
コンクリートが砕けたのか、骨が壊れたのか、何かがひしゃげた音をたてる。
これなら当分は動けないだろう。
あとは、
「やれるか?」
「くっ、はい」
それは俺たちの前に現れた。
蛇の体に女の上半身を持った神であり、怪物たちの母であり、最高神を討ったテュポンの妻。
名前を──
【邪神】エキドナ【LV68】