美食家の短編グルメ小説です

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せきみちくんのコンフィ

サイト-81██、かつて██村と呼ばれたその場所は、腐ったシロップとドブ川を煮詰めたような芳香で満たされていた。素晴らしい。悪臭とは、未整理の旨味の奔流に他ならない。

 

私は村のメインストリートを歩く。周囲から、ぐちゃ、ぐちゃ、と濡れた音を立てて()()らが集まってくる。SCP-████-JP-A、通称「せきみちくん」というらしい。 不揃いな眼球、ボコボコと沸騰するように泡立つ皮膚、大穴の空いた腹部。生理的嫌悪を催すデザインだが、美食家である私からすれば、実に脂が乗った食材であると言える。

 

一匹のせきみちくんが、私に向けて指をさした。 虫のような甲高い鳴き声が響いた。周囲の「せきみちくん」が私に向かって一斉に飛びかかってきた。さながら蝗である。おいしそうな点も共通している。

「せきみちくん」のうちの一匹が私に触れそうになり──瞬間、████████が自動発動する。

 

「活きがいいな。君にしよう」

 

私は████を行使。重力ベクトルを局所的に反転・固定する。 対象のせきみちくんは、見えないまな板に押し付けられたように空中で磔になった。

 

さて、下処理だ。 この食材の最大の問題は、その身に宿る()()()()()の概念である。物理的に洗うだけでは意味がない。

 

私は████の物質操作能力を発動する。 分子、原子、さらにはクォーク単位で対象の肉体をスキャン。腐敗由来の硫化水素やアミン類を分解し、炭素鎖を組み替えて芳醇なエステル結合――最高級の熟成肉が持つナッツのような香りへと変換する。

世の美食家たちは「その素材の味を引き出してこそ一流」という考えの者も多いだろう。しかし、私はそうではない。たとえ食品添加物まみれの加工した食材であったとしても、私は平等に愛する。特にこのような生き物は珍味として価値が高い。

 

「ギャァ、ア、ウ、ゥ……」

 

食材が何か言っているが、無視する。 次に、鮮度だ。こいつは()()ところ産まれてからずっと腐り続けている。 私は  を対象の「肉質」にのみ適用する。 対象の時間を、個体としての発生直後まで巻き戻す。ただし、熟成された旨味だけは現在の状態に残す。これを因果のフィレと私は呼んでいる。 新鮮な赤ちゃんの柔らかさと、長年熟成された古漬けの深みが同居する、矛盾した肉質が完成した。

 

最後に、内臓らしき未知の器官──フェロモンも生成する器官のようだ──を、████現実改変能力で極上のスパイスに書き換える。 もちろんすべてを変えたわけではない。フェロモンは風味として残してある。毒を旨味や風味に変えるのが一流だ。

 

 


 

 

さて、本日のメニューは『せきみちくんのコンフィ ~後悔と郷愁のソースを添えて~』だ。

 

眼前に即席の厨房(無菌室かつ絶対領域)を展開する。 肉を切り分ける。包丁は使わない。空間そのものを断裂させて切断する。断面の細胞一つたりとも潰さないためだ。

 

加熱調理に移る。 フライパンなどという野蛮な道具は不要だ。 対象の周囲の空間のエントロピーを操作し、分子運動を直接励起させる。 外側は数千度のプラズマで一瞬にして焼き目をつけ、内部は36.5℃の人肌温度でじっくりと火を通す。 メイラード反応が加速し、村中に充満していた悪臭が、突如として一流ホテルのキッチンを思わせる暴力的なほどの良い匂いへと変わった。

 

さすがに「せきみちくん」すべてを使うわけにはいかなかったので、用いた部位は特にもも肉と内臓である。飛び出ていた眼球も添えさせていただいた。火入れは完璧だ。

 

そして仕上げに、村全体に漂う████フェロモンを吸引・濃縮後に弱毒化し、ソースとして掛ける。 これで完成だ。

 

 

 

さて、食事には客が必要だ。 私は指を鳴らす。 空間が歪み、村の外縁部で監視任務にあたっていた財団のエージェント・佐藤と、研究員・鈴木が、私の目の前の椅子に転移させられた。

 

「えっ、あ、ここは!? サイト内部!?」 「転移!? 現実錨はどうなってるんだ!」

 

二人はパニックに陥り、標準装備のライフルを構えようとするが、私の██████能力により、彼らの肉体は食事のマナーが良い姿勢に固定されている。

 

「ようこそ。素晴らしい食材が手に入ったのでね。相席を頼むよ」

 

目の前のテーブルには、純白のクロスと銀の食器。そしてメインディッシュ。 黄金色に輝き、湯気を立てる肉塊――元・せきみちくん。 付け合わせには、カタツムリのように伸びた眼球のコンポート。野菜は私秘伝の酢漬け玉ねぎとマッシュポテト、パセリである。

 

「た、食べ物……? これ、まさか……」

 

鈴木研究員が震える声で尋ねる。

 

「さあ、食べたまえ。ここ最近で一番の出来栄えだとも」

 

二人は泣きながらナイフとフォークを手に取った。 佐藤エージェントが、震える手で肉を口に運ぶ。 覚悟を決めて、咀嚼する。

 

「ん……?」

 

佐藤の目が大きく見開かれた。

その後、すぐさま眦が下がり、ゆっくりとコンフィを噛み締める。

十分に咀嚼し飲み込んだころには、口を開けながら惚けていた。

 

 

さて。

私も一口、頬張る。

 

……素晴らしい。 まず歯を入れた瞬間に弾けるのは、衣のようにサクサクとした表皮だ。これはかつて血管がボコボコ浮き出た皮膚だった部分だが、物質再構成により極上のクリスピー食感になっている。 そして、中から溢れ出す肉汁。 これは単なる脂ではない。村の人々が代々注いできた歪んだ感情と義務感が、現実改変によって複雑な旨味やほのかな甘味へと昇華されている。

 

「う、うまい……なんだこれ……」

 

佐藤が呟く。

 

「悔しいけど、美味しいです……! 口の中でとろける……!」

 

鈴木は涙を流しながら食べるのを止められない。

 

味のレイヤーが深い。 トップノートは、母乳のような安心感を与える甘い香り。 ミドルノートに来るのは、熟成された肉の濃厚な旨味。 そしてラストノートに、ピリリとした刺激――「認識災害」だったスパイスが駆け抜ける。 このスパイスが、脳髄に直接作用し、「爪を剥がされる痛み」の幻覚を0.01秒だけ見せる。それがアクセントとなり、次のひと口の甘さを際立たせるのだ。これはフグ毒の痺れを楽しむのに似ている。

 

口休めに玉ねぎをいただこう。やはり、このさっぱりとして目の覚める酢漬けは素晴らしい。シャクシャクとし感触も残している。

マッシュポテトと一緒にコンフィを味わうのもいい。内臓の微かな苦みともも肉の旨味、マッシュポテトの柔らかでほくほくとした味わい。すべてが完璧に交わる。マリアージュだぁ……。

 

思わず天を仰いだ。

いけない。まだ食べていないものがある。

視線をまさに珍味といえる物に向ける。

 

喜ばしい。眼球のコンポートも絶品だ。 コリコリとした視神経の食感と、ゼリー状の硝子体が口の中で踊る。噛み潰すたびに、かつてこの眼球が見てきた「村の陰鬱な風景」が走馬灯のように脳裏をよぎるが、それを極上のワインソースが洗い流してくれる。フェロモンが材料だからだろうか、麻薬めいた恍惚感が身を震わせる。

 

「ああ……せきみちくん……大好きだ……」 「もっと……もっと、食べさせて……」

 

おやおや。 どうやら、味に感動するあまり、彼らの中の「認識」が変質してしまったようだ。 「せきみちくん」の持つ認識災害による寄生的な欲求が、「捕食して一体化したい」という根源的な食欲に上書きされたらしい。 これこそが、私の狙った最高のスパイス。 『被食者と捕食者の立場逆転』という概念だ。……ん? 一般人ならともかく、もしや財団職員では逆転は起こっていないか? いや、気にすることはない。たとえ最高のスパイスがなくとも、今回の調理は間違いなく大成功だったのだから。

 

「ごちそうさまでした」

 

私はナプキンで口を拭く。 皿の上には何も残っていない。 二人の財団職員は、恍惚の表情で空になった皿を舐めている。彼らはもう、この味を忘れることはできないだろう。 彼らが村に帰った後、報告書がどう書き換えられるか楽しみだ。

 

さて、次の食材を探しに行こうか。

 

 


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