そのバーボンは、今現在ジンの依頼を受けてその中間報告に、『黒ずくめの組織』が飼っている闇医者の医院へと出向いていた。ジンとその相棒のウォッカは、現状そこに入院中なのだ。もっともジンの方はせいぜい検査入院と言ったところだが。ウォッカは体内を強烈な電撃が通電したせいで、相当なダメージを負っている。
エイトマン・ネクストは、初代エイトマンやエイトマン・ネオの様に優しくないのだ。自身でも『純粋な正義にはなれない』と哀し気に語っている事だし。だから、相手が敵となれば生身の人間でも、平気で後遺症残りかねない攻撃をする。
「……やれやれ、あなたともあろう人が、手ひどくやられましたねジン」
「黙れ、殺すぞ」
ジンの右前腕皮膚は、エイトマン・ネクストの放った電撃をアースに逃がすために腕に巻いたワイヤーに通電したため、ワイヤーが発熱したせいで酷い
「それより報告しろ」
「了解です。エイトマン・ネクストについてですが、出現時、撤収時の双方で完全に姿を消すために、その行方を掴む事はできませんでした。ただ……」
「ただ、なんだ」
「幾つかの予想に従い、人工麻薬の取引現場に高速度カメラを仕掛けて置いたところ、候補の1つにエイトマン・ネクストが出現。画像を解析しましたが、エイトマン・ネクストは高速度カメラですらボケて映るほどの超々高速で移動していることが判明しました。画像を解析して計算したところ、亜音速から遷音速で超機動しているとの事です」
「ふん、その辺は予想通りか」
そう言いつつも、ジンは視線の端でバーボンを捕えて逃がさない。ジンは安室透を何処かの公的組織のNOCだと疑いを掛けているのだ。まあ本当に公安のNOCなのだが。まあでも『組織』に信用させるためならコロシを始めとした重犯罪に平然と手を出せる外道でもあるし。
「で、次の写真を最新のコンピュータープログラムで処理したものですが」
「おん……な?」
「エイトマン・ネクストが疾走して高速度カメラの写界から外れる直前ですが、ボヤけていますが身長160cm程度の女、おそらくは女子高生程度? に姿を変えている事がわかりました。180cm以上はある、エイトマン・ネクストが、です」
ジンは考え込む。油断なくバーボンを視線の隅に捉えたままで、深く考え込む。
「この女……」
「僕の伝手の限りを尽くして調査しましたが、僕の『探し屋』としての触覚にまるっきりかけらも触れません。写真がボケてるのも理由の1つですが、『存在しない』女です、おそらくは。
あと、今もその女の姿だと言う可能性も低いです。更に言えば、今もまだ160cm前後だとも、180cm以上だとも限りませんよ」
「……フン」
「では僕はこれで」
ジンは黙って病室から出て行くバーボンを見送る。ジンにとってバーボンは信用はできない。だがその技量は信頼できる。利用できる内は利用して、そしてNOCの化けの皮が剥がれたら無様に殺してやるつもりなのだ。
「……超高速。下手したら、超音速。訓練を受けた野郎を、ウォッカを一撃で昏倒させられる高出力の放電能力。更には、身長すらも自由自在な変装、いや変身能力? もしかしたら体重すらも何らかの手段で誤魔化していやがるのか?」
ジンは現状で判明したエイトマン・ネクストの能力を推察する。そして決意する。次に奴に
*
バーボン……安室透こと降谷零は、内心で自分でも気づかずに苛立っていた。
(……何者だ、エイトマン・ネクスト。いや、そうじゃない。何処だ、エイトマン・ネクストを製作した組織は。あれだけの高性能のアンドロイド型人間大ロボット)
彼にとって、国家の指示によらず超法規的に動いているエイトマン・ネクストは、どちらかと言うと『敵』に近い存在だ。たとえ正義のために動いているとしても、である。
(……まあ、今のところは良いさ。『組織』がアレに気を取られていれば、
上手く使えるようなら、上手く踊ってもらって『組織』と相打ちになってもらったり、めくらましになってもらうのも良いな)
公安警察のNOCである彼にとって、日本人どころか人間ですらなさそうなエイトマン・ネクストは潜在的な『敵』でしかない。ただその能力は高い。上手く使えるなら、使い道を考えるべきだった。
ちなみにバーボンは、エイトマン・ネクストを運用しているのはおそらく、CIAかMI6あたり先進諸国の諜報機関であろうと踏んでいる。あれほどの高度なメカニックに下手をすれば超音速にまで至る機動力、あれほどの威力の放電……まだ余力がありそうなソレと、外観をおそらくは自在に変化させる能力。それを製造し、メンテナンスして満足に運用できる組織は、先進諸国の国家が後ろ盾になっている組織でなければ説明が付かない。
……バーボンは、エイトマン・ネクストがメンテナンス・フリーで稼働し、重大損傷すら自己修復し、無補給で長期間動き回り、人間のものかどうかは定かでは無いが高度な人格を搭載し、そして今『黒ずくめの組織』に知られている能力はそのほんの数%~十数%に満たないという事実を、かけらも予想していなかったのだった。
*
そして今、バーボンは米花町の商店街を歩いている。その原因となったのは、ある田舎ヤクザが『組織』を相手取っての取引の際に、ちょっとした小遣い稼ぎを試み、それが『組織』の逆鱗に触れたのだ。そして逃亡した数名の直接の実行犯のうち、リーダー格が今の今まで逃げ延びて、この町に潜んでいるらしいのである。
それを見つけ出すのが、彼の今回の仕事であった。まあ仕事のうちでも上からS、A、B~とランクを付けて行けば、Fランクといった低ランクの仕事であったのだが。しかし今回バーボン、安室はとことんツイていなかった模様。実行犯の田舎ヤクザ、そのリーダー格である若衆の1人、秋留田が、逃走資金に困ってやらかしたのである。コンビニ強盗を。
「……馬鹿が。やってくれる、まったく」
秋留田は現在、コンビニ強盗からコンビニ立て籠もり犯にクラスチェンジしていた。これでは秋留田をまっとうに消すのは困難だ。必要ならば留置場あるいは拘置所、刑務所に手の者を送り込んで消さねばならない。『組織』にとっては不可能でないというよりは容易な事ではあった。あったが、実行はしばらく後にならざるを得ないし、第一余計な金もかかり面倒くさい。
そして次の瞬間、警官により包囲されていたコンビニの裏口のドアが吹き飛び、秋留田の肥満体が吹き飛ぶようにして背中側から表に転がり出た。次の瞬間、ゆっくりとした動きでコンビニの裏口から出て来たのは……。
黒を基調とし、赤、青、シルバーで入ったアクセントの走るボディ。胸板には大きく赤で『8』の文字。輝くメカニック。……エイトマン・ネクストであった。
エイトマン・ネクストが掲げた右手の中で、銃身を持たれたトカレフ自動拳銃がベキベキと音を立てて握り潰され、ブチ壊れた部品群になってその足元に転がる。
「く、ぐ、あ、や、やめろ!」
『……』
「くるな、てめえ! ぐおりゃあああぁぁぁ!!」
『……』
秋留田は、エイトマン・ネクストに向かい、腰の背中側に佩いていたドスを抜いて突きかかる。エイトマン・ネクストは避けない。
ガッ!!
硬い音がして、秋留田の突進は止まる。
「な、な……」
『……』
「は、はなせ! 放せ!!」
エイトマン・ネクストの眼前、胸板の10cm前で、ドスの切っ先はエイトマン・ネクストの左手親指と左手人差し指でつままれて、制止している。秋留田がどんなに暴れても、どんなに引っ張ったり押し込んだりしても、ドスはビクともしない。
そしてエイトマン・ネクストの右手が一瞬消える。
ば、きっ!
顎先を右拳で軽く揺らされ、脳震盪を起こした秋留田は、その場に崩れ落ちる。流石に衆人環視の中で、相手に怪我をさせるのは辞めておいた模様。
『あとはお願いします、おまわりさんたち』
「あ、か、確保―――!!」
「「「「「「わあああぁぁぁ!!」」」」」」
事件を解決したエイトマン・ネクストは、踵を返す。だがその一瞬、バーボン……安室透、そして降谷零は見た。
(あ、ああっ!!)
(……み・つ・け・た・ぞ!)
エイトマン・ネクストの視線がバーボンの瞳を補足し、そして唇が小さく動いたのを、降谷ははっきりと見た。
(ちが、う。ちがう! あいつを僕は今までロボットだと思っていた! だけどあの視線は違う! 絶対に、あの視線には、感情が乗っていた! 心が、やつには、ある! まさか、サイボーグか!? だが一番怪しいのはそうなると『組織』になってしまう! 『組織』が何度も試し、そして目的を達成するには到底足りぬと廃棄されたプラン、改造人間計画! そして『組織』から出奔した、一部研究員たち! まさか!)
いつの間にか、エイトマン・ネクストは消えていた。おそらくは高速転移したのだろう。今頃は姿を変えつつ、何処か遠いところを高速で疾走しているはずだ。
そしてバーボンも踵を返し、雑踏の中へと消えて行く。その心の内側に、とんでもなく大きな勘違いを秘めて。
ごめんよ、降谷さん。ソイツは、君の想像力のはるか斜め上を行く存在なんだ。