藩登龍(リュウ・ハント)探偵事務所   作:雑草弁士

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File015:眠らないで探偵さん

 今、藩登龍(リュウ・ハント)探偵事務所の応接机の上では、コナンと灰原とがマグネットのチェス盤を開いて、オセロにチェスの駒の模様を描いたような、マグネットの駒を動かして対局を行っていた。こういうゲームは若干の差ではあるが、性格上コナンの方が有利だ。

 ハント探偵は所長机の席に坐して、事務員のメイ姉さんが()れた玉露と先日の出張で買って来た温泉饅頭を楽しんでいる。やがてコナンと灰原の決着はついた様だ。やはり順当に、コナン操る黒の側が勝利した模様。

 

「ひ~。とうとう技量が追い付かれたかと思ったぜ」

「よく言うわね。何度もチェックかけられて、それを(かわ)してたらいつの間にか追い込まれてるじゃない。結局最後はいつの間にか前進していたポーンが最後列まで達してクィーンにプロモーション、そこで一気にチェックメイト……」

「いや、実は5手番手前で、お前にも逆転のチャンスがあったんだぜ? あそこで、ホレそのルークが」

「え……。ああっ!?」

 

 ぎりぎりで追い込まれて負けた灰原は、逆転の目があった事を知らされて驚き呆然としている。だがそんなに悔しがってはいない様だ。

 

「やれやれ、将棋チェス囲碁オセロ軍人将棋……。先日閉鎖した加速部屋での修行中に、休憩中にあなたと対局するようになって、もうわたしたちの時間で何年()つかしらね。その間勝てたの、数えるほどしか無いんだけど」

「いや、こっちも負けない様に必死だからなあ。毎回僅差(きんさ)で、しかも1mmずつ迫られてる。そっちが迫る速度の方がこっちが突き放す速度より確実に速えから、あと長くても数年で追い付き追い越されるってよ。短ければ数ヶ月で」

「そう」

 

 しれっと返して、灰原はクックックと口の中で笑う。そして続けて言葉を(つむ)いだ。

 

「そういえば先日、吉田さんに宣戦布告されたわよ?」

「歩美ちゃんに?」

「ええ。彼女先日の日本に移設された西洋の古城の事件で、貴方がちょっとの間行方不明になった時に、ね。貴方の事を随分と心配してたから、心配は心配だけどそこまで不安にならなくてもいいって言い(さと)してたら」

「うん」

「『コナン君の事、好きなの?』って真正面から(たず)ねられたからね。『ええ好きよ』って答えたら、『まけないからね、哀ちゃん!』って」

「あちゃー……」

 

 所長机で茶を(たしな)みながら書類をチェックしていたハント探偵は、一瞬驚いて玉露を一気飲みしてしまう。まあ中身は機械(マシナリー)なので、むせたり吐いたりはしない。

 

「お前ら、いつからそんな関係に? って言うか、エドガーは毛利探偵の娘さん、蘭ちゃんだったか。あの子が好きなんじゃなかったか?」

「いや、俺らそんな関係じゃねえぞ」

「そうね。気持ちはとっくに伝えてあるけど、互いに魔法使い見習いだしちょっと一種異様な関係性だし、ね。それに彼の心に蘭さんが居るのもわかってるし。色々大変なのよ」

「まあ、とは言っても蘭との関係も色々悩みどころではあるんだがな。恋愛感情はあるんだが、それ以上に、まるで娘みたいな感覚がなー。肉体も脳内反応も小学一年生の物だから、そんな事言うのはおかしいんだが」

「お前ら既に見習いレベルは超えてるだろ」

「「いや、まだまだ」」

 

 ハント探偵は、流石に謙遜(けんそん)が過ぎる、と思った。思ったのだが。しかしハント探偵/正太郎/エイトマン・ネクストという巨大な壁が巨大すぎて、コナンと灰原がソレと比較して自分にあまり自信が持てないのも、それはそうである。

 

「まあ、うん。この三角関係? 四角関係? 光彦君や元太君まで絡むと、もっとか? それともあの子たちはやっぱりそういう対象にはまったく見る事できないだろうし、計算に入れない方がいいか」

「入れるな」

「入れないで」

「了解だ。んじゃ三角関係だな」

 

 大きく(かぶり)を振って、ハント探偵は疲れたように言う。彼は物凄く長生きしているはずなのだが、というか人格が彼と言うシステムの中で形成されてからとんでもなく長い、永い、それほどの年月(としつき)が経過しているのだが。だが彼が普通の人間だった時期が存在しなかったためか、恋愛問題については頼りないことこの上ない。

 

「メイ姉さん、この三角関係どうしたもんか」

「んー、この子たち身体も縮んだままでしょう? 正直今のままでは決着付けるのは危険よ。変な事にならないように、あえて先延ばしにするのも方法じゃないかしら」

「なるほど。メイ姉さんが居てくれて、正直本心から助かった」

 

 そして温泉饅頭の屑を書類から払い落とすとファイルに束ね、ハント探偵はそれをメイ姉さんに手渡す。そして彼はゆっくりと事務用椅子から立ち上がった。

 

 

 

*

 

 

 

 1時間後、ハント探偵はコナンと灰原を連れて、毛利探偵事務所へとやって来ていた。毛利蘭の父親であり、毛利家の一応家長でもある毛利小五郎探偵が、応接セットのホスト側に座り、客側にハント探偵、コナン、灰原が座した。本来であれば毛利家に居候しているコナンもホスト側席に坐すべきであったのだが、今回はハント探偵側に座っている。

 とりあえずインスタントだが、蘭がコーヒーを()れて全員に配る。コナンと灰原はブラックで飲みたい気持ちはあったのだが、小学一年生の肉体に素のコーヒーの刺激はキツいので、おとなしく大量のミルクを入れて飲んでいた。

 毛利探偵が怪訝そうな顔で問いかける。

 

「んで? あんた商売敵がコナンとそのダチ連れて、俺に何の用だ?」

「ちょっとばかりお願いがあってね、毛利小五郎探偵。ああ、あと商売敵って言っても俺は浮気調査とか犬猫の散歩代行とか、あんたとは少々受ける仕事がズレてるからそんなにぶつからんハズだぞ」

「コナンから聞いてる。たしか推理に自信無くて、代わりに足で稼いだり調査力だったり、いざというときの個人戦闘力がとんでもなく高い、いわゆるアクション系の探偵さんらしいな? で、何の用なんだ?」

 

 ずずず、とあえて音を立ててブラックのインスタントコーヒーを(すす)り、そしてカップをソーサーの上に戻したハント探偵は、(おもむろ)に口を開いた。

 

「あんたにお願いしたいのは、コナン君の扱いについて、だ。ぶっちゃけちまおう。コナン君は、『ギフテッド』だ」

「ぎ、ぎふてっど?」

「平均より著しく高い知能の持ち主を指す言葉だ」

「「ええーっ!?」」

 

 毛利探偵と蘭は、目を丸くして驚きを見せる。だが彼らも今までのコナンの様子から、思い当たる節はあった模様。毛利探偵は顎に右手をやり、蘭は口元に両手をあてて考え込む様子を見せた。

 

「こっちの灰原哀君も、江戸川コナン君とほぼ同等か高いぐらいの知能を持っている、彼女もギフテッドだ。で、彼女の方はその高い知能故に大人びた態度を取る、いや取らざるを得ないんだが。これでも周囲の軋轢を気にして、以前はコナン君と同じくガキっぽい演技してた」

「演技……」

「……」

「ただ、流石にソレに疲れて諦めてね。今は阿笠博士のところに居候しているが、そこでは大人びた姿を見せているよ。まあ、そこら辺で息抜きが出来るのか、帝丹小学校一年B組にもどうにか拒否反応なしで通う事ができている」

 

 毛利探偵は、いつになく真剣な表情で黙している。普段からこのようにTPOを(わきま)えた行い、態度ができれば良いのだが。

 

「一方の、っていうか本題のコナン君だが。彼はまだ諦めてなくてね。四六時中、ガキっぽい演技をしている。まあ彼の場合、犯罪が起きたときに犯人を油断させる意味合いも高いんだが。今までもけっこう、ガキだと油断して手がかりをポロっと(こぼ)したり漏らしたりもあったらしい。

 だが俺が見たところ、そろそろ限界に近い。このままだと、社会不適応を起こしかねん。せっかくのギフテッドも、宝の持ち腐れどころか害になる。そこで、だ……」

「ガキっぽくない反応を見せても、それに対して否定的にならず、受け入れろ……ってか?」

「ご明察」

 

 更にハント探偵は話を続ける。

 

「そして彼の才能は、探偵業というか……。『謎解き』に対して集中的に発揮されている。あなたも事件現場にて、彼がガキっぽい演技の端々(はしばし)でヒントを転がしてくれたのに、気付いているんじゃないか?」

「……はぁ~~~っ。ああ、わかってらい。いくらなんでも、な」

「もう1つ、お願いがある。彼が事件現場で動き回るのを、あまり掣肘(せいちゅう)しないで、その意見を真摯に取りあってほしい。ただ、危険からは遠ざけて欲しい。その辺のさじ加減、お願いしたい。……せっかくのギフテッド、せっかくの才能だ。それに天井、制限を設けず、文字通り青天井のまま伸ばしてやりたい」

「……」

 

 ハント探偵がそう言ったとたん、毛利小五郎は満面に不機嫌を(まと)う。毛利探偵は地獄の亡者もかくや、という声音で今にも叫び出しそうな様子で声を吐き出す。

 

子供(ガキ)子供(ガキ)らしくできないで、それを俺に許せ、ってかぁ? 藩登探偵、だったな。あまり俺を……」

「貴方が善良かつ良心的な人であり、その発言が貴方の良心から出ているのは理解できる。しかし……。彼の場合、普通の子供をやるには手遅れなんです」

「「!!」」

「「……」」

 

 毛利小五郎と蘭の顔が引き()る。一方のコナンと灰原は押し黙った。

 

「江戸川家、その本家である工藤家。これらはギフテッドを輩出することが多い『らしい』です。工藤新一、彼はギフテッドとしてマシに成長した部類でしょう。ただ残念ながら、探偵としての名誉欲、自己承認欲求、見栄っ張り、知識の収集欲etc……。そういった物に振り回される傾向がありますが」

「オイ」

 

 小さな声でコナンが文句をつける。だがハント探偵は気にも留めない。

 

「その父親、工藤優作氏も、『あまり』自身の才能にその人生を捻じ曲げられずに成功した(たぐい)ですね。ただ才能面では新一君やコナン君の方が上かとも思いますが、莫大な数だけ積んだ経験が逆転の目を許していないですがね」

「オイ」

「……目が良すぎると、見たくない物、見てはいけない物まで見えてしまう。鼻が良すぎると、普通人なら耐えられる悪臭により致命的ダメージを食らいかねない。だからと言って、ギフテッド連中に目を閉じて鼻をつまんで歩け、とは言えないし、言ってはいけないと思う。事故に遭うだけだ」

「「……」」

 

 毛利探偵と蘭は、黙したまま沈思している。だが、結局のところは答えは1つだ。この対談は、最初から結論ありきで進んでいたのである。

 

 

 

*

 

 

 

 1週間後の藩登龍(リュウ・ハント)探偵事務所で、今日はそこの主は正太郎の姿をしていた。そこにはコナン、灰原、少年探偵団3人組が居る。メイ姉さんはちょっとばかり買い物に、近所の文房具店に行っていた。

 

「エドガー、あれから毛利さんどうだい?」

「ん。現場で調べてても殴らなくなった。それに警官とかからも庇ってくれてる。あと俺の意見も真面目に聞いてくれるようになった。ただ、苦い顔っていうか、ときどき俺の視界外で悲しそうな顔してやがる」

「ああ、周辺状況を視覚を凌駕する超レベルで(とら)える術、習得して肉体に固定、永続化したんだったな。前も後ろも全方位が『視える』わけだ」

「悲しそうなのは、たぶん俺を憐れんでのことだと思う。ただ俺が『見えてる』範囲内では普段通りのだらしないおっちゃんだけどさ」

 

 そこへ灰原が口を挟む。

 

「あと、貴方の意見を聞くようになったせいだと思うけど。『眠りの小五郎』が眠らなくなったみたいね。それと『推理ショー』の回数がガクッと減ったって聞くけど」

「おお。ヒント出せば、それを足掛かりに正しい答えまで行けるからな、おっちゃんは。というかハントさんみたく、どっちかってーとアクション系なんだよなあ、おっちゃんはさ。推理ショーも、あれも俺ぁ反省してるんだよな。犯人を追い詰めるために必須な場面もあるはあるんだけどよ。半数以上は、俺やおっちゃんの自己顕示欲だ……」

「ま、『三毛猫ホー○ズ』の三毛猫役、がんばってね」

「おう」

 

 2人の会話を聞き、正太郎は(かぶり)を振ったのだった。




あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。
さて、毛利探偵いくらなんでも自分が寝てる間に事件解決してるのは不審に思っているでしょう。本作では、薄々勘づいてまして、コナンがギフテッドだとの説明や『意見聞け』との言葉に、『ああやっぱりな』と思ったものです。いくらなんでも全然気づかずってのは、コナン作中での65,536個はある七不思議の1つかと。
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