「実は勇者じゃない」から始まる激重美少女たちの『花嫁競争』〜勇者じゃないなら誰とでも結婚できるんでしょ?なら私と結婚しよ? 作:水葉わいん/わいん。
「金貨300枚もあれば、ここの孤児院の経営困難はどうにかなるはず……だよな」
俺――グロウは、誰にもバレないように、郵便受けの中に一枚の白金貨を入れた封筒を入れた。
ここは、地方都市にある小さな孤児院の院長室。
俺は風の噂でこの孤児院が経営困難であることを知ってしまった。
だから俺は、平民の一生分の賃金とも言われている白金貨を寄付して、子供たちのためになろうとしているのだ。
「さっ、バレて面倒なことになる前に逃げますか」
感謝なんて不要だ。
だって、これは俺の為なのだから。
「――やはり、あなたは筋金入りの馬鹿ですね」
孤児院から出た時だった。
金髪の女性が、氷のような冷たい目線で俺を睨みながら、そう言った。
「なんだよリシア。別にやってることは善行なんだからいいだろ?」
「善行? ……愚行の間違いでは? ご自身の全財産を寄付するなんて、正気の沙汰とは考えられませんね」
彼女は、冷たい言葉を吐き捨てた。
彼女はリシア。
勇者パーティのメンバーでもあり――
「――はぁ……本当にそれでも聖女かよ……」
高度な治癒魔法や光魔法を操る神に選ばれた存在――聖女でもあった。
そんな彼女だが、周りの人間に氷のように冷たい態度を取るため、彼女は世間で『氷の聖女』なんて呼ばれていたりする。
「へぇ、自己犠牲しかできない狂った勇者には言われたくありませんね」
「……なぬっ……別に俺だってそこまでじゃない……だってほら、黒パン一個買える金額は残してるぜ?」
俺は、財布の中に残された三枚の銅貨を見せながら、口角を上げた。
「……そうですね、訂正します」
「おっ……! ついに俺を見直したか?!」
「はい。自己犠牲しかできない狂った勇者から、自分が行なっていることが自己犠牲であることすら気が付かない愚鈍な馬鹿に見直しました」
「はあ……だろうな」
俺は苦笑いするしかなかった。
別に、これが自己犠牲であることくらい気がついている。
けれど……人助けこそが俺の
俺がそんなことを考えながら歩いていると――財布に、背後から小さな手が伸びた。
スリだ。
「おっと」
しかし、腐っても俺は勇者。
相手の手首を掴み、とっ捕まえた。
「おい、誰だ……って、子供か」
「ッ……!?」
振り返ると、そこにはみずぼらしい格好をした少年がいた。
ああ……もしかして、スラム街から食べ物を求めてやってきたのか。
「お前、食べ物が欲しいのか?」
「っ……そうだよ」
少年が一瞬、後ろに視線を向けたのを俺は見逃さなかった。
視線の先には、同じくみずぼらしい格好をした少女が。
顔も似ているし……きっと妹なのだろう。
「すまんな少年、あいにく俺は大して金を持ってないんだけど……これくらいならやるよ」
俺は、最後に残った銅貨を三枚、少年に握らせてやった。
「代わりに、今日はもう、スリをするな。いいな?」
「……(コクリ)」
「よし、じゃあ行っていいぞ」
すると、少年は無言で走り去っていった。
これで、彼らは今日一日は生き延びることができるはずだ。
すると、横から深いため息が聞こえてきた。
「本当に……見ているだけで苛立ちます。相手はあなたの財布を盗ろうとした人ですよ?」
リシアは、明らかに機嫌を悪くしながら眉をひそめた。
「だとしても、あの子達が財布を盗ろうとしたのは生活がかかってるからだ。であれば、咎めたり、罰を与えりするべきじゃないよ」
「生活がかかっているのは、あなたも一緒でしょうが……」
リシアは、空になった俺の財布をじっと見つめる。
「あっ……」
そうじゃん、俺の今日の飯代、無くなっちゃったじゃん。
うわぁ……今日は飯無しかぁ。
「本当に……馬鹿ですね。こんなのが勇者だなんて、信じたくありませんよ」
「うっ……」
ぐうの音も出ない……。
しくじったなぁ……。
すると、横から再びため息が聞こえた。
「はぁ……何か、食べたいものはありますか?」
「え? ……いや俺、お金ないよ?」
「ですから……! 私が奢ってあげようとしてるんですよ。察しが悪いですね」
「マジで?! いいのか!? ありがとう……!」
「感謝は不要です。あまりにも愚かすぎて見ていられなかっただけなので」
リシアは、無表情のまま汚物を見るような視線を向けると、そう言った。
――――――――――――――――
「それで選ぶのが、ギルドの酒場ですか……」
リシアは、「はあ」と小さくため息をついた。
ここはギルドに併設された酒場。
荒くれ者達の騒ぎ声がうるさかったり、風情のかけらもない建物だったり、確かに、お世辞にもいい場所とは言えないが……。
「パーティの仲間と行く分には、ここで十分じゃないか?」
「……そういうところですよ。将来、こんなグロウさんと結婚しなければいけない王女様が可哀想で仕方がありません」
この世界には、とある掟がある。
――勇者となった者は、絶対に王家の血を引く者と結婚しなければならない。
従わなければ……勇者は神の罰を受け、世界には未曾有の災厄が訪れる。
というものだ。
だから、俺も掟に従って王女様と結婚することになっている。
「でも、そこまで言うなら、代わりにリシアが結婚するか?」
俺は、揶揄うつもりでそんなこと言ってみたのだが――
「…………」
ん? どうしてそこで沈黙する?
てっきり、「脳が腐りましたか?」とか「死んでも嫌です」みたいな毒舌が繰り出されると思ってたんだけど……?
心配でリシアの顔を覗くと、彼女は驚愕で目を見開きながら、時間が止まったように固まっていた。
「………………馬鹿な事を言わないでください」
「ちょ、ちょっと待ってくれ! なんだ? このバカ長い沈黙は? もしかして……俺と結婚するの想像した……?」
「っ〜〜〜?! な、何を言ってるんですか? 勘違いも程々にしてください! 私は、グロウさんのあまりにも馬鹿げた発言に絶句してしまっただけです」
「本当か……?」
「本当ですッ! あんまり変なこと言ってると、お金、出しませんからね?」
「わ、悪い悪い……」
俺は両手を合わせて謝る。
でも……こんなリシアにも乙女な所があるんだな。
予想外の事実に、思わず口角が上がる。
「いてっ」
あの、リシアさん?
机の下で俺を蹴るのやめてもらってもいいか? 痛いんですけど?
俺たちがそんなことをしていると――
「――こちら、鳥肉の香草焼きになります」
店員さんが料理を配膳しに来た。
彼はお盆に料理と水の入ったコップを乗せて、持ってくると……慣れた手つきで料理を机の上に並べていく。
だが――
「そして、こちらが水……って、あっ――ッ!」
店員さんが、お盆から水の入ったコップを取り出そうとした時。
店員さんの手が滑り、コップはそのまま落下していく。
さらに――コップの真下にはリシアがいた。
「――っと、危ない」
俺は、咄嗟に手を伸ばし、コップをキャッチした。
「ご、ごめんなさい、お客様! 大丈夫でしたか……?」
「っ〜〜〜!」
リシアの方から声にならないような悲鳴が聞こえたので、振り向くと……彼女の頬は仄かに赤く染まっていた。
「り、リシア? 大丈夫か?」
「だい……じょうぶです。それよりもグロウさん、その手を……引いてくれませんか?」
リシアは、自身の真上に伸びた俺の手を見ながら、ボソッと言った。
「あ、ああ、ごめんな。ビックリしたよな」
「そう……ですね」
しかし……どうして、さっきからリシアは俯いてるんだろうか?
「もしかして、照れてる?」
「っ……! こ、これは驚いてるだけですから……! あんまり、見ないでください……」
「お、おう……すまん」
でも……やっぱり、驚きで顔は赤くならないと思うんだけどなぁ……。
まあ、気にしないでおくか。
【リシアside】
「はぁ……あんなの、反則ですよ……!」
その後、宿にて。
私は、枕に顔をうずくめて、手足をバタバタと動かしていた。
「(なんなんですか、あれ……! ああいう時だけカッコいいのはズルいです……せっかく私は……我慢してるのに……)」
気が付けば、爪が食い入るほどに拳を強く握っていた。
私はずっとずっと……彼にアプローチするのを我慢してきた。
想い人に対しても、態度が冷たくなってしまうくらいには。
――彼は勇者なのだ。
ちゃんと掟を守らなければ……神罰で彼が死んでしまうのだ。
なのに、あんなカッコいいところを見せつけられたら……。
「――何がなんでも……あなたが欲しくなるじゃないですか」
激しい嫉妬と憎しみが心の中で黒い炎を燃やす。
聖女である私が絶対に抱いてはいけないようなドス黒い感情だ。
けれど、一度、こうなってしまったらこの感情は止まらない
「グロウさんが私以外の誰かに優しくしているところなんて、気を遣っているところなんて……見たくない。全部……全部、私が独占したい」
枕を彼だと思ってぎゅっと抱きしめた。
彼が勇者でなければ……今すぐにでも告白しているというのに。
「……いや、やめましょう。こんなこと考えても……虚しくなるだけです。どうせ私とグロウさんが結ばれる運命は絶対にないのですから」
一旦、頭を冷やそう。
そう思って、ベッドから起き上がった時だった。
『……では……もしも、“彼が勇者ではない”と言ったらどうする……?』
頭の中で、まるで悪魔のような声が響いたような。
そんな気がした。