「実は勇者じゃない」から始まる激重美少女たちの『花嫁競争』〜勇者じゃないなら誰とでも結婚できるんでしょ?なら私と結婚しよ? 作:水葉わいん/わいん。
【リシアside】
私は平民の家庭で生まれた。
お母様は物心つく前には亡くなってしまっており、片親だったもののお父様は名の知れた商店を営んでいたため生活は裕福で……我ながら恵まれた環境だったと思う。
それにお父様は優しくて、そんな私を大事にしてくれた。
とはいえ溺愛という訳ではなく、私が何かミスをした時には、しっかりと叱ってくれる良い親だった。
「リシア、君は将来、何になりたいのかい?」
「うーん……わかんない」
「そうかそうか、じゃあ、これから見つけていこうな?」
「うん……! けど、パパやママみたいにカッコいい大人になりたい!」
「リシア……そうか……! よしよし」
お父様はよく私の頭を撫でた。
お父様の大きな手は温かくって、何もかもから守ってくるようで……それが大好きだった。
私は二人の愛を受けながら、これからもこうやって幸せに生きていくのだと思っていた。
けれど、9歳の冬の或る日に――その考えは容易く打ち砕かれた。
夜の帳はすっかり下り、夜遅くまで飲み騒いでいた冒険者の姿すら眠りついた頃だった。
「リシアッ!!! 逃げるぞ!」
悲鳴のような大声と共に、お父様は部屋に入ってきた。
その時のお父様の酷く焦った顔は、今でも思い出せる。
「スタンピードだ……! 大量のモンスターは既に城壁すら乗り越えているらしいッ!」
「え……」
「逃げるぞ、このままじゃ危ないッ!」
私たちは最低限の荷物だけ持って家から飛び出た。
街は阿鼻叫喚の渦だった。
パニックになった人々は、ただひたすらに逃げ惑う。
私たちも、同じだった。
どこまで逃げて、逃げて、逃げて、にげて――
「そんな……こっちからもモンスターが来るなんて……ッ!」
逃げ続けた私たちを待ち受けていたのは、
どうやら、待ち伏せされていたらしい。
私は後ろを振り返ると、大量のモンスターが今にも迫ってきていた。
前門の虎、後門の狼とはまさにこのこと。
「……リシア」
お父様は覚悟を決めたように小さく私を呼んだ。
覚悟を決めた背中と、慣れない剣を抜いた様子を見て、私は理解してしまった。
「嫌ぁ……! お父様、一緒に逃げよ……?」
「ダメだ。この量のモンスターじゃあ、すぐに追いつかれる……お父さんが、足止めするからリシアは――」
「嫌……ッ! 絶対に嫌! お父様……死んじゃう……」
しかし、お父様は無言で首を横に振った。
「大丈夫……お父さんだって、昔はそこそこ強い冒険者をやってたんだぞ? だから……お願いだ、逃げてくれ……ッ!」
お父様は絞り出すような声で言った。
今までに聞いたことがないような悲痛で、苦悶に満ちた声だった。
「……わかった。でも、絶対に、絶対に、お父様も後から来てね?」
「勿論だよ、リシア」
お父様は私を抱きしめると、その大きな手で優しく頭を撫でた。
その時の涙と微笑みが混ざった表情は――今でも脳に焼き付いて思い出せる。
でも、私は薄々気づいていた。
もしもお父様が私を見捨てて一人で逃げていれば――私が食い殺されている間に、モンスターが相手でもなんとか逃げられたのだろうと。
けれど言い出せなかった。
私が『犠牲になる』って、『私が残る』って……。
結局、怖かったのだ。
殺される恐怖が心を支配し、自分の命可愛さで、この世で最も大事な人を――殺した。
私が殺した。
もしも、私がいなければ、私を庇わなければ、お父様は今も生きていたのに。
―――――――――――――――――――
逃げる時に背後から聞こえたお父様の悲鳴を――私は未だに思い出す。
私を庇って誰かが死ぬなんて……もう私には到底耐えきれない。
グロウさんが自分の命を犠牲にしてでも私を助けると即答した時――グロウさんの姿が、あの時のお父様と重なった。
お父様の悲鳴が、最後に私を撫でた大きな手の感触が――涙と微笑みが混じった表情が、脳裏をよぎった。
嫌だ。
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ……ッ!!!
あなたも……私の元から居なくなるの?
最も大切な肉親を失って……今度は最愛の人を失わなきゃならないの?
そんなの絶対に――許さない。
私を残して死ぬなんて、絶対に耐えきれない。
狂気は脳髄を染め上げ、毒に侵されたように理性は麻痺していく。
「(そうだ、もう我慢する必要はないんだ……っ!)」
刹那――欲望を押さえつけていたダムは崩壊した。
濃密で
甘美で
狂気へと昇華しつつある想いが
――ドッと溢れ出した。
「(勝手に死ぬなんて――絶対に許さない)」
だから昨日、彼から離れようとしなかった。
こうすれば――彼だけを失うことは絶対にない。
あったとしてもその時は――私も一緒に死ぬことができるだろう。
彼と共に死ねることは――私にとって、決してバッドエンドではなかった。
――――――――――――――――――
「ふふっ……眠っちゃいましたか。触れただけで眠くなる毒を混ぜたオイルがちゃんと効いてくれたみたいですね」
マッサージの後。
私は安らかな寝息を立てて、幸せそうに眠るグロウさんを見て、微笑んだ。
そして、彼に背後から抱きつき、背中に顔を埋めた。
肺いっぱい溢れていく彼の匂いと、ドク、ドク、ドクと聞こえてくる心臓の音。
「ちゃんと……グロウさんはここにいる……生きてる……」
彼の匂いと心臓の音は、私にグロウさんがちゃんと生きていることを再認識させてくれた。
おかげで、不安に満ちていた心は徐々に落ち着いていく。
「ほんとに……昨日から我慢するの大変だったんですから……」
今日は昨日、暴走してしまったことを反省してなるべくいつも通り振る舞おうとした。
けれど……一度崩壊してしまった欲望のダムの壁は簡単には元に戻らない。
彼が見えないだけで、彼がそばにいないだけで――彼に触れていないだけで、もしかしたら今にでも命を投げ出してしまうのではないかと不安になるのだ。
不安は徐々に蓄積されていき……一日くっついていなかっただけで爆発寸前になっていた。
「ふへへっ……昨日はユリナちゃんに邪魔されてしまいましたけれど……今日は最後まで一緒に寝られますね……?」
ふふっ、これから何をしましょうか?
このまま抱きつき続けるのも良いですし……膝枕なんかも良いですね。
はたまた――こっそりキスを……っ!
「っ〜〜〜!!! だ、ダメです、そんな破廉恥なこと……っ!」
私は顔を真っ赤に染めながら、頭をぶんぶんと振った。
キスは……流石にダメです……!
だってキスをしたら……
――子供が出来てしまうじゃないですか……っ!