とあるハリウッド映画監督の話。 作:戯言
設定資料集 『モノ』『コト』
1話
『サープラスヤード』
軍用の放出物を扱ういわゆる中古ショップ。
ハリウッド近郊の広大な敷地には廃車となった軍用車が軒を連ねるように並べられ、1960年代から70年代にかけては宇宙開発産業から出たガラクタも売られていた。技術職はもとい、映画関係者が小道具を見繕うのに雑多な空間を探し回る宝探しのような場所だった。
『ピックアップドライブイン』
元ネタは実際にバーバンクに存在していた"ピックウィックドライブイン"
1949年から1989年の約40年間存在していたドライブインで立地としてはハリウッドの中心に位置し、実際に目の前にはウォルト・ディズニースタジオほか、様々な映画会社のスタジオが存在していた関係か、当時の映画関係者がお忍びで訪れる事もあったという。駐車可能台数は781台、ドライブインの周辺にはボーリング場やスケート場などが併設され、通年ハリウッドの娯楽の場として多くの人々に親しまれてきた。なお閉鎖された理由は広大な土地とハリウッドという大都市という土地柄故に、地価が高騰し、再開発の荒波に飲まれたからである。現在、跡地にはショッピングモールが建っている。
『ATRピクチャーズ』
元ネタはRKOラジオ・ピクチャーズ
1928年に創業された映画会社で当時のハリウッドを象徴する五大映画会社 ビッグファイブ(MGM,ワーナー・ブラザース,パラマウント,20世紀フォックス,RKO)に名を連ねており、キングコングや市民ケーン、素晴らしき哉、人生!など映画史に残る名作を残している。
1948年に大富豪 ハワード・ヒューズにより買収されて以降、衰退の一途を辿り、1955年にタイヤ会社に売却された。
その2年後の1957年には映画の制作を終了し事実上の解散となった。
ATRピクチャーズロゴ
カラー版
ノワール版
2話
『Bob's big children』
ハリウッドを中心に全米8店舗を展開するレストランチェーン店。元ネタはBob's big boy 1936年にボブ・ワイアンがカルフォルニア州で設立したレストランで、日本では”ビッグボーイ”として知られている。ダブルバーガーの元祖とされております、マクドナルドもバーキンもウェンディーズもモスも、このレストランの存在がなければ、現在発売されている食べ応えのあるメニューは発売していなかったと思われる。なお、主人公が訪れたバーバンクの店舗は実際に存在、使用されており、現存するなかでも最古の店舗とされている。当時のグーギー建築が色濃く反映されていて、1995年に公開されたアル・パチーノ ロバート・デ・ニーロが出演した映画『ヒート』でも度々シーンに登場している。
『S.O.S(Shit On a Shingle)』
焼き上げたパンに、チップトビーフなどの塩気のある加工肉とホワイトソースを混ぜ合わせたルウをかけたシンプルな料理。大量かつ安価に作れるという利点から軍隊食として重宝されており、当時の軍人であれば一度は口にする祖国の味ともいえる。
作り方は以下の通り
材料(2人分目安)
○チップドビーフ(乾燥牛肉):100g〜150g
※日本で瓶詰めのドライビーフが手に入らない場合は、パストラミビーフや薄切りハム、コンビーフで代用可能。
○バター:40g
○小麦粉:大さじ4
○ 牛乳:500ml(とろみ具合で調整)
○ 黒こしょう:適量(多めが美味しいです)
○ ナツメグ:少々(あれば)
○食パン:2〜4枚(厚切り・薄切りはお好みで)
○ パセリ:少々(仕上げ用)
作り方
肉の下準備
チップドビーフ(またはハムなど)を一口大の細切りにする
※本来のチップドビーフ(瓶詰め)を使う場合は塩分が非常に強いため、お湯でさっと洗って水気を切るか、軽く湯通しして塩抜きをします。ハムなどの場合はそのままでOK
ルウを作る
フライパンを中火で熱し、バターを溶かし、肉を入れて軽く炒める。
肉に火が通ったら、小麦粉を振り入れ、粉っぽさがなくなるまで1〜2分ほど炒め合わせる
ソースを仕上げる
牛乳を少しずつ加えながら、ダマにならないように絶えずかき混ぜ、とろみがつくまで弱火〜中火で煮込む。
味を調える
たっぷりの黒こしょうと、あればナツメグを加え味見をして、塩気が足りなければ塩(分量外)を足します。ただし、肉の塩分だけで大抵十分なので、入れすぎには注意が必要。
盛り付け
食パンをこんがりとトーストする(カリカリに焼くのがポイント)
トーストの上に熱々のソースをたっぷりとかけ、仕上げにパセリと、追加の黒こしょうを振って完成。
S.O.S
『パッカード』
1899年から1958年まで存在していたアメリカ版ロールスロイス。戦前はキャデラックやリンカーンをしのぐ高級車として知られており、ハーラン・ヴェインが乗っていた車種はそのなかでも一際高級な、パッカード・パトリシアン400である。
当時のアメリカ車社会でパトリシアン400がどれほどの価格かと言われると現在で言う15万ドル程度の超高級車という位置づけだった。なお、当時の販売価格は約3363ドル、当時の一軒家の価格は約7500ドルなので、この車2台あれば家を買える程度の価格とされている。
なお実際、当時の3363ドルは現在の金額として44000ドル(日本円で約680万円)の価値があるとされているものの、当時の物価やそれぞれの物に対する価値は当然現在とは違ってくるので、車としての価格は現在で言うロールスロイスやマイバッハ(15万ドル)と同等と言える。
挿絵にはNano Banama Proを使用しております。