とあるハリウッド映画監督の話。   作:戯言

2 / 3
ATR改革
1.スピーカー


どうやら目の前の中年男性はアメリカ全土にその名を轟かせる大富豪ハーラン・ヴェインらしい。この際、真偽なんぞどうでもいいが今自分が抱えているハリウッド映画界に対する持論と不満を全て受け止めてくれるという寛大な心を持ち合わせている人間が、目の前にいる状況は非常に都合が良かった。

 

食べかけのチップトビーフ(S.O.S)を傍らにおいて、俺は不平不満をぶちまけた。明け方の日がかすかに差し込む24時間営業のダイナーの座席に、似つかわしくない白熱した若者と、それを受け止める中年の金持ちそうな男性というカオスな光景を目の当たりにしたのは、眠気まなこを擦るウェイトレスの女性とコーヒーを飲む厨房の男性のみだった。

 

周りにほとんど人もおらず、時折通勤に向かうであろうフォードの車が行き交う程度の喧騒とはかけ離れた明け方のダイナーで繰り広げられたその光景は、後の映画界に革命をもたらす2人の友情が育まれようとしている瞬間であった。

 

 

 

 

 

1.スピーカー

 

 

 

 

 

 

 

春の兆しに冬の底冷えがすっかり追いやられた4月中旬のロサンゼルス。その中心地に鎮座する映画の都ハリウッド、さらにその傍らに広がるサンフェルナンド・バレーの郊外の空き地に、一人の青年 レイ・キンケイドが目を輝かせながら無造作に並ぶ車の隙間を縫うように歩いていた。

 

ここサンフェルナンド・バレーに存在するサープラスヤードは、先の大戦で使い古された軍用のジープが鉄くずのごとく置かれ、破格の値段で売られている、もはや中古車屋というよりもゴミ置き場に近しいところだった。

 

大体の車が故障しており、当然のことながら買っただけで整備のサービスが着いてくる訳でもなく、金のない若者たちが広大なロサンゼルスを移動するための足を安価に手に入れようと意気込んでくるものの、大半が整備費だけで大幅な予算オーバーになることを知り、踵を返すような場所だった。

 

一台約50ドル。

 

壊れているからこその値段だった。

 

レイはその中から、外装が比較的マシで使い物になりそうな車体にいくつか目星をつけると、今度はボンネットをこじ開けて中身の状態を確認し始めた。

述べ10台以上のジープを片っ端から確認し、ようやく納得のいく車体を見つけると、50ドルを片手に店主へ購入の検討が着いたことを報告した。

 

「うちとしては買ってくれるのはありがたいが、動かないと言って後からクレームをつけるのはやめてくれよ」

 

「大丈夫です。」

 

並べられた車の間を先行するレイと、その後ろを歩く店主。

昼過ぎの陽気に思わず先程まで居眠りをこいていた店主は、大あくびをかきながら、レイが"これです"と立ち止まった車の前で懐から鍵を取りだした。

 

「たしかに50ドル…で、どうするんだ」

 

店主の声を半ば無視するように、ポケットの中から作業用の軍手を取り出したレイは、ボンネットを開けてカチャカチャと何かをしばらく弄り倒すと、店主から預かった鍵をステアリングの傍らにある鍵穴に差し込み回した。

 

 

ジッジッジッジというスパークプラグがしばし音を上げると、車体が大きくゆれ、黒い煙と共に激しいエンジン音が響いた。

 

「嘘だろ」

 

「これを処分した人間は恐らく、車のクの字も知らない人だ」

 

ちょうど車列の最前にあったその車を何の不自由もなく前進させたレイは、それじゃあ...と簡易的な別れの言葉を述べた後に車を走らせ颯爽とその場を後にした。

 

一台分の隙間の中でポツンと佇み唖然としている店主と、サープラスヤードのフェンスの向こうを颯爽と走り去るジープはどこか対極的に見えた。

 

帰路の中、恍惚とした笑顔を浮かべながら、屋根のないオープンカー式のジープが受ける風とガソリンのツンとくる匂いに高揚感を感じた彼は、更なる高みを心中に抱きながら、自宅のあるエコーパークへと向かった。

 

狭い坂道をゆったりと走りつつ、自宅のアパートの下にあるガレージに車を停めると、駆けるように部屋に向かった。

ドアを開け、小さい窓から漏れる日差しのみに照らされた薄暗い部屋の壁にかけられたチェックリスト。

 

その中にある『車を手に入れる』にチェックをしたレイは昼飯を取らずそのままボロボロのソファーに身を預け仮眠をとった。

 

 

 

 

 

 

 

目が覚めると、既に窓の外は暗くなっていた。

じっとりと首筋にこびり付く嫌な脂汗に嫌気がさし、部屋を出て車を停めたガレージに向かった。

 

ガレージの傍らにあるトタン板で囲われた半個室、床に敷かれた粗雑なスノコ、辛うじて外から見られぬように視界を遮るカーテン。そしてそんな半個室の真上に伸びるシャワーヘッド。

 

もともと風呂なしシャワー無しの格安ガレージアパートに、後から取ってつけたお手製のシャワールームだ。材料の大半は廃材で、性能の割に費用はさほどかかっていない。今まであれこれとガラクタを作ってきたが、俺が作ったものの中で最も実用的な作品と言える。

 

当然の事ながら、風呂なしシャワー無しなので給湯タンクなんぞ着いている訳はなく、シャワーから出るお湯はノズルの途中に無骨にくっついたフラッシュヒーターで補うことになる。

 

しかしこのフラッシュヒーターが恐ろしいのなんの。

 

というのも、言わばこれは小型のガス給湯器のようなもので、わざわざマッチで火種を作ってヒーター内でお湯を温めて使用するからに、温度が安定しない。火が消えていきなり冷水になるわ、水圧が変わって温度が急上昇するわで、いつ大火傷を負うか分かったもんじゃない。

 

なので毎度シャワーを浴びる度にノズルヘッドから降り注ぐお湯に戦々恐々としながら身体を洗っている。いずれ、安定した温度のお湯を供給できるように改造してみたいが、如何せん目星をつけている部品が滅多に見当たらないため、フラッシュヒーターの改造が先か、給湯器付きのマンションに引っ越すのが先か、今のところ皆目見当もつかない。

 

 

春の温かさもあり、身震いすることなく頭上から降り注ぐ適温のお湯に全身を潜らせながら、泡と共に汗を洗い流した俺は、トタンの壁にかけていたタオルを手に取り、全身の水滴を拭いた。

 

部屋に戻り棚からヴァンキャンプのポークアンドビーンズ缶を手に取ると、蓋を開けて冷たいまま口の中に放り込んだ。トマトの酸味とほんの僅かに入った豚の背脂、白インゲン豆を感情を無にしてひたすらに頬張る。

 

缶の底に残った豆ひとつ残さぬようにスプーンですくいあげ完食すると、シンクで缶の中を洗いゴミ箱替わりの空きダンボールの中に捨てた。

口をゆすぎ、髪を整え制服に着替えた。

 

制服とは言っても、単なる整備工用の地味なツナギで、胸元に軽く社名が印字されている程度のものだ。

部屋を出てガレージに向かう、いつも職場に向かうために使っていたオンボロ自転車を横目に、手荷物とともにジープに乗り込むとエンジンをかけ発進させた。

 

「冬までには車変えないとな…」

 

屋根のないオープンカー式の軍用ジープのため、冬場のロサンゼルスで使用すれば全身が凍りつくだろう。

この車はあくまで一時しのぎの足。

 

いずれはアメリカンドリームを掴んでスポーツカーを乗り回してやろうではないか。

夜闇の中、時速40キロで走りながら固く決心していると、やがて職場が見えてきた。

 

遠目からでもわかるネオン看板が印象的なそれ。

入口付近の従業員用の駐車場にジープを止めて、助手席から工具箱を片手に車を降りた。

 

「おはようボブ」

 

「それ言うなら"こんばんは"だろ」

 

チケット係の中年スタッフ ボブに軽く挨拶をしながらゲートの隙間を抜けた。

暗くだだっ広い敷地にわずかばかりのライトが照らされている。その奥に巨大なスクリーンが鎮座していた。

 

ここバーバンクにある『ピックアップドライブイン』はつい2年前に出来た真新しいドライブインシアターだ。来場した客は車ごと敷地に入り、小さいスピーカーを半開きにした窓に挟み込むようにかけて、巨大スクリーンに上映された映画をプライベートな空間で楽しむ。

 

純粋に映画を楽しむのも、カップルでいちゃつくのも、人に聞かれたくない話を車を停めて密かに話すのも、利用用途は様々だ。

このドライブインにおいて、俺は修理係として働いている。修理する対象は主に映写機とスピーカーで、特にスピーカーは回収用のポストに客が乱雑に突っ込むせいでしょっちゅう断線するため、俺が居なくなるとこのドライブインから音が消えることになる。

決して給料がめちゃくちゃいいとは言えないものの、崇高な仕事だと思うし、何よりここはハリウッドのど真ん中に存在するドライブインゆえか、すぐ近くには世界的なアニメーション会社であるウォルトアニメーションのスタジオが鎮座している。

 

駐車場に鎮座するバカでかいスクリーンをはしごで登れば、ハリウッドサインはもとい、街に点在する映画スタジオの撮影所を見渡すことすら可能だ。

 

誰もが憧れるハリウッドの華やかな世界を眼前に、毎日のように断線したスピーカーをはんだで繋ぎ合わせ、コンクリート製の映写室の中で蒸し風呂のような熱さに耐えながらメンテナンスを行う日々。

仕事が終わる朝方には、スクリーンタワーの上から映画スタジオの敷地内を徐行する高級車を見下ろし、いつか絶対にあちら側に行ってやるという硬い決意を胸に、眠気覚ましのコーヒーを朝焼けを浴びながら飲み干す。

 

惨めだが、希望はあった。

 

その日も夜遅くから朝方にかけて上映が行われた、流すのはつい1週間前に封切りされた"ATR(アトラス)ピクチャーズ"の新作映画だった。

ここ数日の間で何度かその内容を目にしているが、正直言って可もなく不可もなくといった平凡な出来で、あまり面白みも感じられない作品だった。

 

かつて主要な5大映画会社、通称ビッグ5のうちのひとつとして数えられていたATRだったが、今やその勢いは衰退に向かう一方だ。

その理由は単純明快で、経営者が交代したのが最大の原因だ。

つい二年ほど前に、モルガンやロックフェラーを差し置いて全米一の大富豪という称号を手にしたハーラン・ヴェインという男が、すべての株式を買い取ったのである。

 

それからは彼の独裁的な経営が展開され、スタッフやプロデューサーは逃げるように辞めるか別のスタジオへと移籍し、残ったのは彼が愛人として囲い込むために全米各地から集めた女優志望の卵たちと、彼のイエスマンと化したスタッフのみだった。

 

正直言って火の車であり、沈みかかった泥舟としか言いようがない惨状を恥も外聞なく晒しているさまは、かつての栄華を誇ったATRからは想像もつかないほどの珍事と言えるだろう。

 

一人の大富豪によって食い潰された大映画会社、ほかの映画会社はきっと安堵とともに反面教師として来たるまだ見ぬ大富豪の存在に戦々恐々としているに違いない。

 

仮に俺が映画人の末席に名を連ねたとしても、絶対にATRには入らないだろう。そもそも俺が名を連ねるまでにATR自体が存続しているのかかなり怪しいと言える。

 

そんなボロボロの映画会社が作った平凡な映画が上映されたスクリーンのうえで、一杯のコーヒーを飲みながら、朝焼けに包まれるハリウッドの街並みを眺めた。

薄っすらと山際がオレンジ色に光り輝き、街灯の灯っていた眠らぬ街を浄化するように、朱色が染め上げていく。

 

「腹減ったな⋯」

 

誰もいない、誰にも聞こえないことをいいことに独りごちる。

 

俺は軽くあくびをしながら、はしごを降りると、人気(ひとけ)の失せた職場を後にした。

 

 

ちなみにハーラン・ヴェインと出会うのは、そのつい20分後のことだった。

 

 

 




『サープラスヤード』
軍用の放出物を扱ういわゆる中古ショップ。
ハリウッド近郊の広大な敷地には廃車となった軍用車が軒を連ねるように並べられ、1960年代から70年代にかけては宇宙開発産業から出たガラクタも売られていた。技術職はもとい、映画関係者が小道具を見繕うのに雑多な空間を探し回る宝探しのような場所だった。

『ピックアップドライブイン』
元ネタは実際にバーバンクに存在していた"ピックウィックドライブイン"
1949年から1989年の約40年間存在していたドライブインで立地としてはハリウッドの中心に位置し、実際に目の前にはウォルト・ディズニースタジオほか、様々な映画会社のスタジオが存在していた関係か、当時の映画関係者がお忍びで訪れる事もあったという。駐車可能台数は781台、ドライブインの周辺にはボーリング場やスケート場などが併設され、通年ハリウッドの娯楽の場として多くの人々に親しまれてきた。なお閉鎖された理由は広大な土地とハリウッドという大都市という土地柄故に、地価が高騰し、再開発の荒波に飲まれたからである。現在、跡地にはショッピングモールが建っている。


『ATRピクチャーズ』
元ネタはRKOラジオ・ピクチャーズ
1928年に創業された映画会社で当時のハリウッドを象徴する五大映画会社 ビッグファイブ(MGM,ワーナー・ブラザース,パラマウント,20世紀フォックス,RKO)に名を連ねており、キングコングや市民ケーン、素晴らしき哉、人生!など映画史に残る名作を残している。
1948年に大富豪 ハワード・ヒューズにより買収されて以降、衰退の一途を辿り、1955年にタイヤ会社に売却された。
その2年後の1957年には映画の制作を終了し事実上の解散となった。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。