それは、掌に収まるほどの重さだった。
金属の冷たさが、妙に嘘をつかない温度だと感じた。拾っただけだ、という事実と、拾ってしまった、という後悔の間で、男はその物体を何度も見つめた。
《拳銃》。対象を必ず撃ち抜き、絶命させるもの。
弾は一発だけ入っている、それが分かった瞬間から、世界は用途を要求してきた。
売れば金になる。こんな不条理を押し付ける産物は、いくらで売れるだろうか。
脅せば何かを奪える。効果を見せてから脅すことはできないが、並大抵の拳銃と同じ働きはするだろう。
誰かを撃てば、人生は一気に別の線路に乗る。悪徳政治家? 凶悪犯罪首謀者? それとも、醜く愚かな隣人を?
頭に浮かぶのは、どれも卑しい未来だった。
男はそれを否定しきれなかった。腹が減っていたし、金もなかったし、世の中は努力に報いるふりをしながら、いつも報いない。正直者が損をする構造を、彼は骨身に染みて知っていた。
「使い道を選べるほど、俺は立派に生きてきたか? 」
独り言は、誰にも届かない。
公園のベンチ、河川敷、薄暗い路地裏。
場所を変えるたびに、想像する結末も変わった。ニュースになる自分。誰かの人生を壊す自分。あるいは、一瞬だけ英雄になる自分。
どれも気持ちが悪かった! 心底、心底。
私利私欲という言葉が、胸の内側でぬめりと蠢いている。欲しいのは金か、力か、それとも他人の不幸か。
考えれば考えるほど、自分が世界の縮図のように思えた。醜く、矛盾し、正当化だけは一人前だ。
夜が深くなるにつれ、銃の重さが増していった。
誰かを撃つ理由を探すのは簡単だったが、撃たない理由は、どれも矮小で、脆かった。
ふと、便所の鏡に映る自分を見る。
生気のない目、適当に髭を生やした、擦り切れた顔。
ここまで生きてきて、誇れるものが一つでもあっただろうか。
善人でいようとした記憶はある。だが、善人であり続けられた記憶はない。
拳銃は、選択肢を一つに集約していく。
逃げ場のない、単純な答えへ。
誰も救わない。
誰も傷つけない。
ただ、外れる。
静かな場所を選んだのは、せめてもの配慮だった。
街の喧騒が遠く、夜風がやけに優しい。
男は深く息を吸い、そして吐いた。
「⋯⋯サヨウナラ。ああ、サヨウナラ」
それは呪いであり、祈りでもあった。結局、何かを動かすこともない。英雄にも罪人にもなりやしない。なれやしない。
銃声は一度きりで、世界は何事もなかったかのように続いていく。
翌朝、誰かが拳銃を見つけるかもしれない。
そしてまた、同じ問いが始まるのだろう。
一発の弾と、人間の醜さを前にして。