世界系ヒロインたちに巻き込まれて   作:金木桂

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 瑞星瀬亜(みずぼしせあ)は僕の幼馴染という称号を冠する私立陣屋高校1年2組の立派な女子生徒である。

 

 ここで立派という言葉を用いるのは瑞星の顔立ちがとても、かなり、非常に、などと幾つ形容詞を並べても足らないほどにボーイッシュな相貌をしているからだった。それはもう男装させたら宝塚歌劇団の男役にでも見えてしまいそうなほどの凛とした切れ目に、中世的な顔の造形、ブルーハワイ色のショートカット。容姿だけならば半径2mに冷涼な領域を展開していそうな氷系美少女に見えるが、かと言えば、本人はにへらと笑う天然系なので親しみやすさもある。

 そんな瑞星は優れた容姿や愛嬌の良さから、クラスの男子生徒たちからは「ビューティー系ではあるけども意外とアイツ可愛いよな」「距離感近いしもしかして俺の事を好きなんじゃないか」などと、密かに思いを寄せられる女子生徒ランキングなんて俗な指標でもあれば多分学内第一位に君臨することになるだろう。多分きっと。僕が言いたいのは、そう、瑞星瀬亜はそれくらいモテる女子生徒ということだった。

 

 そういえば、昔はもう少し女子の装いをしていた気がするけど、いつの時からか自分らしさの軸を持ったのか、或いは単純にひらひらと舞うスカートを始めとする女性物の装いが機能性に乏しいと考えたのか、スカートを履いたり髪留めを使うのをやめた。代わりに私服はシャツにジーンズが鉄板で、髪はショートカットだからかヘアアクセサリーは付けず、化粧っ気のない顔は非常にスポーツ系女子を思わせるけども、瑞星はスポーツ系ではないしそれどころか体育会系部活に属したこともない。それなのに程良く筋肉がついた四肢はもやしのような体型の僕からすれば非常に羨ましい限りである。

 

 そんな瑞星と僕は幼稚園の頃から同じクラスで共に机を並べてきた幼馴染であるが、そして何の縁が紡がれたのか高校まで10年間同じクラスで過ごすことになっているが、率直に白状すると、別に甘酸っぱい関係でもなければ顔見知りで偶に話す程度の、それはもう蜘蛛の糸よりも細くあえかな関係性でしかない。

 なにせ、僕の正体は何を隠そう───いや寧ろ恥ずかしいから隠すべきか、とか無意味に言葉を重ねて期待を持たせるのが読者諸君に大変申し訳ないと思うから諸手を上げて観念するけども───これが本当に残念なことに特筆事項がなに1つとして存在しない一般男子高校生である。15年前に産声を上げてこの世に生を受け、その時付けられた左藤栄太(さとうえいた)という名前すら平凡の極み。その平凡さゆえに、"佐藤"ではなく"左藤"という妙な自己主張をしている感じすら何だか鼻につく。というかそんな理由で中学時代不良に目を付けられた実績もあって、実際僕自身も"佐藤"のほうが素直に等身大として胸を張れる苗字なんだけどなとか思いつつも、生まれ持った苗字は簡単には変えられない。それこそ男だと婿入りするくらいでしか一般的に変更することは出来ないはずだ。とまあ、纏めれば、そんな小さな懊悩を抱きながらも凡庸な日々で身を染め上がる男子高校生、それが左藤栄太の全てと言えよう。

 

 って、僕の話は今はどうだっていい。全く自分語りなんて気恥ずかしいことこの上ない。

 話を戻そう。

 瑞星瀬亜、名実が乖離した、僕の幼馴染の話だ。

 

 今でこそ疎遠な感じだけど、僕と瑞星は幼稚園の頃は仲が良かったらしい。

 らしい、と伝聞系で表現をするのも僕はあんまりその当時の記憶を覚えていないからだった。

 姉曰く「昔は栄太に瀬亜ちゃんはべったりだったのにね~もう振られちゃったんでしょ? 時間の流れって恐ろし恐ろし。私の好きな秋葉原も20年前に夢幻の彼方に消えていったしプリプリもサ終しちゃったし。ほんとタイムリープマシン欲しい、過去恋しすぎるわ~」とのこと。まるで僕が失恋したかのような物言いに厳格たる注釈を付け加えたが、早口で古のサ終したBLソシャゲに出てくるキャラクターの念仏を唱え始めた姉にその訂正がちゃんと響いたかは不明だ。そんなんだから彼氏できないんだぞ姉よ、と口にしかけたが情けの心から敢えて口には出さなかった。口を出したが最後足が出てくるのが怖いからという理由では決してない。姉に尻に敷かれているとかではないから勘違いしないように願いたい。

 

 ともかくとして、客観的な事実として、過去に親密な関わりがあったという一点からして、やはり僕と瑞星は幼馴染というカテゴリーに括られるのだろう。

 だからこそ、高校まで同じクラスだったこともあって、僕はかなり瑞星に詳しい方だという自負がある。一応言っておくけど僕はストーカーじゃない。家族や友人、瑞星に彼氏なんかがいればそいつにも負けるだろうけども、そういった瑞星を中心とした人物相関図に出てくるようなメインキャラを除いた、人物相関図の外周に存在する人間の中という限られた括りの中で僕が一番瑞星に詳しい自負があるという話である。決して放課後の瑞星の動向を追ったり(とはいえ僕たちの家は互いに歩いて1分の場所にあるから帰路が同じ方向になるのは自然の摂理で不可抗力だ)、円らに観察しては食べ物の好き嫌いを把握していたり(とはいえ昼休みに自らの弁当を開いた顔の表情とその中身から好みはある程度知り得ているけど不可抗力だ)、そういったストーカー行為はしていない。幾ら相手が美少女で過去に繋がりがあったとしても、僕は本当にただの隣人という意識で瑞星を見ているんだ!

 

 ちょっと閑話休題(クールダウン)

 

 瑞星瀬亜は中世的な男性アイドルを彷彿とさせる顔立ちをしていて容姿端麗。それでいて頭も悪くなく成績優秀。非行どころか人生で一度も不真面目を働いたことはないんじゃないかと思ってしまうほどに品行方正。いわゆる陽キャというやつだから人望もあって、さらに大抵のスポーツを卒無く熟してしまうレベルで運動神経抜群と来ているもんだから、本当に欠点といえる欠点が存在しない。僕とは真反対に位置する人間と言っても表現として全く足りてないと思ってしまうくらいに余りにも出来過ぎていて、そんなクラス内で誰からも囲まれる瑞星瀬亜の姿を長年の間、僕は遠くから眺めていた。

 

 昔は違った気がするけども、僕の中の最近の瑞星瀬亜というクラスメイトはそんな感じだった。

 多分僕だけじゃなく、他のクラスメイト、教師たちからの評価も似たようなものだろう。

 誰からも愛されて。

 屈託のない明るい笑みを浮かべて。

 邪気なんて欠片も無い表情で。

 穢れなんて知らない美貌で。

 

 でもそれは本当の瑞星ではなく、本当はもっと汚れていて、自分勝手で、周囲が思う瑞星瀬亜とは異なる姿で。

 総括すればこれはそんな話をするための前フリである。

 

 6月21日の放課後だった。

 梅雨シーズン真っ盛りで、この日は鉛色の雲の塊からポトポトと雨雫が降りしきり、その割には夏までの長い助走が始まったかの如く気温は高くて、蒸すような不快な一日だった。

 昨夜は久しぶりに晴れていて、世にも珍しいことに流れ星が一時間ずっと流れ続けていたから、余計に不快度指数が高く感じる。

 なんというか、そんなしょうもない一日だった。

 

 土曜日で午前授業だったので、朝から昼までは学校で授業を受け、昼飯として駅近くで豚骨ラーメンを食べてから帰宅するところだった。

 そう、これは何気ない帰宅途中に起きた話である。

 

 僕の家の近くには公園がある。面積にして平均的な平屋の民家が1つ建つかとどうかという手狭な地域の公園で、シーソーやブランコといった遊具は数年前に撤去されてからは最早ベンチがあるだけの空き地と称したほうが正しい空間ではあるのだが、僕が良く遊んでいた小学生の頃はまだ遊具があったから未だに公園と言う認識の方が強い。それに公園の入り口には未だに掠れた文字で【鶴井公園】と刻まれた石標識が立っているし、国土地理院の地図にも【鶴井公園】と書かれているから一応世間的にも公園のはずだ。

 

 遊具が1つも無い公園で、瑞星はベンチに傘も差さず、ずぶ濡れになりながら座っていた。ショートカットの黒髪から頻りに水滴が地面に滴って、随分長いことそこで呆然としているのか、Yシャツはびしょびしょに濡れてしまっていた。

 

 僕は足を止めて悩む。

 話しかけるべきか。それとも何も見ていなかったと代り映えしない放課後に戻るか。

 僕からすればそれは受験数学の大問6よりも遥かに難題である。なーにやってんだ瑞星、体調を崩すぞ、とか気軽に声を掛けて傘を差し出せる仲であればここまで思い悩むことも無かっただろう。

 

 それに瑞星の様子を見て察せるものもあった。

 こんな雨が降りしきる中、一人公園で座り込んでいるのである。絶対に何か重い事情を抱えていて、家に帰ることが出来ず、喫茶店や図書館に行く気力もほとほと湧かないからああして手近な公園にいるに違いない。

 何度も言う通り僕は瑞星のパーソナルスペースにある問題を聞き出せるほど親密な関係じゃないし、何より云々と唸っているときに「や、何か困り毎かな? 良ければこの左藤栄太に話してご覧よ、何かは出来ないかもしれないけども楽にはなるかもしれないよ」と他人事感全開で介入されることこそ、考えられる中で今最もウザい行為ではなかろうか?

 

 天秤に乗せて思考を巡らせること1分、僕は微塵も動く様子の無い瑞星に漸く決心を固めた。

 僕は決めた。

 瑞星瀬亜に話しかける。

 それは僕にとっては、裸になって真冬の富士山に登頂するかのような、身を東京スカイツリーの頂上から投げ捨てるかのような、今世紀最大の決断であった。

 もしかしたら胡乱な目で見られた挙句に拒絶されるかもしれないと考えると身が凍えそうになる。実際、僕と瑞星の無いに等しい関係値を鑑みればそうなる可能性の方が高い気がした。

 

 それでも無関心に通り過ぎてしまえば、家に帰った僕は確実に後悔する。

 差し伸べられる手を差し伸べず、夜に思い返して後悔するよりも、冷たい目で拒絶される方がまだ後々清々しい気分で朝を迎えられる。

 ……いや、流石に無視されたり冷酷に罵詈雑言されたらちょっと凹むけども。

 取り敢えず傘もないまま雨に打たれ続けるのは良くないだろう。せめて僕が今手に持つ傘を渡すくらいはしてあげても吝かじゃない。

 

 小心者の心を奮い立たせるように大上段にそう考えると、僕は軽く拳を握りしめて、公園の敷地内に足を踏み入れる。この公園内に入ったのは、思ってみれば本当に小学生の時以来かもしれない。

 

 地面の凹みに出来た水溜まりを避けながら瑞星の座るベンチへと近寄る。

 それまで自分の膝を見るように俯いていた瑞星だったが、僕の気配に顔を上げる。

 視線がかち合うと途端に僕の脳味噌が緊急停止。緊張から顔まで強張ってきたかもしれない。

 

 えーっと、何と声を掛けよう。

 流石に踏み込んだことを言うのは違うし、そもそも幼馴染といえど僕と瑞星が話すのは滅多にないレアイベントだし。

 そうだ、思い出した。

 こういう会話の第一声こそがコミュニケーションで一番難しい。

 普段話さない相手ならば猶更。何を言えば好感触を得れて、何を言ったらマズいのか、その絶妙な機敏が僕には分からない。

 

 まごついていれば、瑞星のサファイアブルー色の瞳がじっと僕の目を捉える。

 視線で何か言えと言われている気分になって僕は慌てて口を動かした。

 

「よ、よお。今日は良い天気だな」

 

 今雨降ってんぞ馬鹿この馬鹿。

 

 はい、絶望した。

 絶望しました。

 自殺ポイント一億点が僕に入ったので、残念ながら余命幾許、あともうちょっとで僕は死にます。

 と言うか一思いに死なせてくれ。頼む。

 

 冷や汗を全身から流す間にも瑞星は僕を不思議そうに見上げてきて、そこで僕は気づいた。

 僕を見る瞳には水分が含まれていて、それは雨によって濡れたものだと思っていたのだけども、どうも頬を伝う一筋に線を見る限り違うようで。

 瑞星瀬亜は泣いていた。

 一人で孤独に暗い面持ちで静かに泣いていた。

 

 と、取り合えず、傘を瑞星を渡せばいいよな?

 これ以上濡れて風邪を引かれても、僕は目覚めが悪くなるし、そもそも最初から僕の目的は瑞星に傘を渡すことだ。ここから家まで3分程度だろうけど、この感じだと瑞星に帰宅の意志は無さそうだ。こんな何もない住宅街の隙間にある公園で、身動ぎすらせずびしょ濡れになるくらいだから、せめて雨具くらいはあった方がいい。僕は走って帰れば1分で帰宅できるから問題ない。

 

「だ、大丈夫かよ?」

「……栄太」

 

 僕の声にようやく反応した瑞星は、普段よりも大分小さな声で儚く言う。

 というか、名前呼び?

 いやいや、僕たちいつの間にそんな関係性になったんでせうか?

 急いで記憶を探ってみるけども、当然僕は瑞星とそんな仲良かった認識が無い。

 まあ綺麗な子から名前呼びされれば気分が良いし、それに今はそんな場面じゃないから一旦流すけど。

 

「今日雨の予報だったんだから傘くらい持っていけよ、ほら瑞星」

 

 僕は傘を押し付けた。不意打ち気味に名前で呼ばれて気恥ずかしかったから、少し強引気味に。

 瑞星はされるがままに傘の持ち手を掴むと、呆然と傘を見て、それから僕の顔を何度も瞬きしながら確認した。

 

「栄太……もしかして栄太は私が分かるの?」

 

 果たして瑞星は何を言っているのだろうか。

 クラスメイト、それも幼稚園以来ずっと同じとなれば寧ろ分からない方が不自然だし、それは僕だけじゃなく瑞星も同じはず。正直に言って僕は瑞星の言葉が全く理解できていない。

 

 ただ、顔を見れば、何処となく藁でも縋るような、はたまた天から蜘蛛の糸が降りてきたような表情で、冗談で言っているのではないことだけは分かる。

 しかし、僕に何の期待を抱いているかは知らないけども、僕は本当に大した人間じゃない。雨の日に傘を渡す程度の善行は積めるけども、それ以上の期待を抱かれても困る。

 察するにここは事実のみを口にする場面だ。

 

「分かるというと過言になるけど、分からないと言えば嘘になるくらいには分かるかな」

「言ってみて!」

「え?」

「私のことで分かること、言ってみて!」

 

 瑞星は傘を落とすと僕の右手を両手で掴んだ。

 僕を雨から守ってくれていた天蓋が取り払われてめちゃめちゃ冷たい。

 

 私のことで分かること……ってなんだ?

 何を期待されているのか本当に良く分からない。

 良く分からないが、様子を見る限りだと、とにかく何かが大変みたいだ。

 そういう類の必死さを瑞星から感じる。

 

 別に言うだけなら大変でもないしいいけどな。

 僕は少し考えて瑞星のプロフィールを諳んじてみる。

 

「瑞星瀬亜。12月2日生まれの15歳で私立陣屋高校1年2組。中学はここから程近い欅平中学で、見た目とそぐわず万年帰宅部。小学校も欅平小学校で、その前はヨツバト幼稚園。備考として僕とは何の因果かクラスがずっと一緒。それが僕が知る限りの瑞星の摘要だけど、これでいいか?」

 

 色々と不足はあるだろうが僕は瑞星の全てを知っている訳じゃないし、そもそも瑞星が何を考えて僕に他己紹介をさせたのも分からないから、これが本当に瑞星の期待に沿った回答になっているかは不明だ。

 なんて思っていれば、瑞星は呆気に取られるようにぱちくりと目を瞬かせて、次の瞬間、両手で掴んでいた僕の右手を猛然と上下に振った!

 

「栄太、栄太は私のことを覚えてくれているんだね! 流石長年の付き合い!」

「お、おい瑞星!?」

 

 痛い! この女、普通に力強い!

 フィギュアみたいに僕の右手首がすっぽり抜けてくれたらどうしてくれるんだ!

 

「……あ、ごめん。感情が高ぶっちゃって」

 

 瑞星は少しして自制を思い出したのか、僕の手を離した。

 思わず僕は掴まれていた右手首に目を落とす。握られていた跡が真っ赤に付いていた。骨まで砕かれると思った……絶対リンゴとか握りつぶせるだろこの女。凛々しい顔してとんでもないゴリラ女じゃないか。流石にここまでとは知らなかった。

 

「全く、僕は脆弱なんだから加減してくれよな」

「あはー……本当にごめん。心細かったからさ、つい、やっちゃった」

 

 ドナルドは嬉しくなるとついやっちゃうんだ、じゃねえのよ。

 

 まあ、多少元気になったのなら、ヨシとしようじゃないか。

 涙は止まったようだし、声音も教室内で何度も聞いた明るいものになりつつあるし。

 僕の右手首は捻挫気味に腫れてしまったけども、動かそうとすると若干痛いけども、可愛い幼馴染のためならば右手首の一本くらい安いものだ。慰謝料10万円で許してやろう。

 

 握りつぶされかけた右手の調子を確かめるように擦ると、僕は傘を拾って、瑞星に押し付ける。

 

 瑞星の言動は未だ理解できていないが、ともあれ、瑞星に傘を渡してこれ以上冷水を浴びせないという目的をほとんど達成している訳で、僕としてはこれ以上この場にいても気まずくなるだけだからそろそろ緊急的かつ速やかな離脱を選ばせていただきたい。

 だってそうだろう?

 最初から言っているように、僕と瑞星は幼馴染以前に、ただの同級生でしかない。

 深刻な問題を抱えていようが、僕にこれ以上深入りする義理が無いように、瑞星にも事情に介入される道理がないのだから。

 

「ともかく傘はやる。今日はこれから雨脚強まるらしいから、早めに帰った方がいいからな」

「あ、ちょっと待って……!」

「なんだよ」

「栄太はさ、もしも突然自分の存在を家族とか友達とかみんなみんな、誰もが忘れてしまったとして、その時どうしようと思う?」

「……思考実験?」

 

 ぶっきらぼうな言い方で逃げようとした僕を呼び止めた瑞星は、藪から棒に、荒唐無稽に、哲学チックと言うかSFチックと言うか、その丁度中間点くらいに存在しそうな問いを投げかけてきた。

 無視するのも悪い気がして、僕は利口にも足を止めて考えることにした。

 

 自分の存在が親しい間柄から忘れられるねえ───。

 何とも創作じゃよく聞くテーマだ。

 自分だけが知っていて、自分だけが親愛を持っていて、でも相手は何も覚えていない。自分は親友と思っているのに相手からは他人としてか思われない。

 一方通行の親愛。

 赤の他人。

 もしそんなものがあるのならばきっと懲役刑を食らって前科のレッテルを背負うよりも苦しい人生になるだろうなと思う。

 

 で、そうなったら貴方はどうしますかと僕は面を向かってかなり真面目ぶって聞かれているわけだけども。

 ふむ。

 

「取り合えず恫喝するかな」

「ど、恫喝? どうしてそうなるのかな?」

「まず前提として、そんなことはあり得ない。特定の誰かに対して全人類が記憶喪失を起こすだなんて、神の采配が下ったのならばともかく───ついでに神という無から祀り上げられた偶像の存在可能性も棚に置いて、自然科学的にはあり得ない。まさか人類揃って健忘症を患うわけでもあるまいし。となると、最も高い可能性としては、仲間内で示し合わして忘れたふりをされている説。その理由はまあ、どうせ虐めとかジョークとか、はたまたYoutubeの企画とか。真面目に考えてもしょうもない低俗な理由だろうよ。こんな悪趣味なことをしてる時点で理由だって悪趣味だろうさ。だからこそ低俗な動機には低俗に暴力をチラつかせてお話しするのが最短の解決策なんじゃないかと僕は思う訳だけども」

「……左藤ってそんなに偏屈だったっけ」

 

 おかしい。ドン引きされている気がする。

 なんなら苗字呼びに変わってるし。他人行儀にくん付けだし。そっちの方が本当は正しいんだけどね、僕も瑞星もほとんど話していないんだから他人行儀以前に他人に程近い同士ではあるし。でも何となく寂しい気分になるのは何故だろうか。何だか詐欺に用いられる心理テクニックみたいな気がしてきた。

 

 それにしても、偏屈と言われるのは心外だな。

 確かにこの平和が浸透した令和の日本社会で、恫喝という言葉を持ち出したのは印象が悪い自覚はあるけども、そもそも質問の内容が非現実的だから回答もある程度それに寄り添った形になるのは仕方ないことではなかろうか。

 とはいえ、このまま心の距離を離されたままなのも少し気分が悪いというか、後味が悪いから、僕はコホンと息を吐いて言葉を続ける。

 

「因みに今の話は一般論だからな。殊に、僕が主人公なら全く違う選択肢を取ることになると思う」

「へえ」

「信じてないだろお前」

「信じてるよ……碌でもないこと言いそうだなって」

「それは信じてないという定義に世間的に入ると思うぞ」

「じゃあ信じてないない」

「ないを一つ増やしたら前の否定を打ち消せると思うなよ」

「信じてないないないないないバカないない」

「もはやどっちか分からない上に罵倒を潜ませるの下手すぎないか!」

 

 ないの中にバカを隠すのは森の中に富士山を隠そうとするくらい無理だと思うぞ!

 てか何でいまバカと言われたのかも分からないんだけども!

 ここは口論の要所だなと思い反駁しようと前のめりになったが、えへへと挙句の果てに笑い始める瑞星に僕は脱力して、両手を上げる。全然どうでもいい話になっていた。

 

「ギブアップ。もう信じてるでもバカでもいいよ」

「やった! じゃあこの話の主人公が栄太だったとしてどうするの?」

「僕ならどうもしない」

「どうもしない? その真意が聞きたいな私」

「その言葉の通り、困らないって意味だよ」

 

 僕の言葉に理解不能とばかりに首を捻る瑞星。

 思ってみれば常日頃から人気者で人に囲まれる瑞星には難しい感覚かもしれない。

 

「僕は友達がほぼいないし、家も伽藍洞でほとんど一人暮らし状態だから忘れ去られても困らない」

 

 自慢じゃないけども僕が学校で話す相手は一人しかいない。

 親は仕事で家にあんまり帰ってこず、姉は大学進学を機に一人暮らしを始めてこれも月1程度でしか帰ってこない。

 つまるところ、僕は人から忘れ去られても特に生活に支障がない人間である。

 こう書くと何だか寂しい奴のように思われるかもしれないが、僕にとって人間同士のつながりと言うのは鎖であって絆ではない。硬く冷たく、相手に引き寄せられれば全身が締め付けられて、引き寄せれば手が痛む。最小限であればあるほどいいものの代名詞が人間関係だ。

 そんな思想とは真逆の瑞星は案の定、僕を哀れな奴を見る目をしてくるので言ってやる。

 

「人は一人で生きれないっていうけど、そっちの方が生きやすい人間も世にはいるんだよ」

「なんか寂しいねそれは。そんな独身男性の栄太に良いことを教えてあげようか」

「あのな。施しは要らないし、高校生が独身は極めて当然のことだと思うけども」

「永世独身男性七冠の栄太に教えてあげようか」

「棋界のレジェンドみたいに言わないでもらえるか! それに何の七冠だよ!」

「孤独王、孤立王、孤高王───」

「全部ソロに対する称号じゃねえか!」

「───叡智王」

「智を入れるな! 一気に品性と知性が窄むだろうが!」

「叡智名人ってエロそうだよね!」

「それはただエロい人なだけだから! 名人だけで伝わります!」

 

 ぜえぜえ。はあはあ。

 何故僕は肩で息をする羽目になっているのか、これがさっぱり分からない。

 

 更に言えば、瑞星がめちゃめちゃ気軽に冗談を大量投入してくるのもよく分からない。

 あれ、僕、こいつとそんなに仲良かっただろうか。なんか距離感がクラスメイトを越えて本当に幼馴染みたいな感じじゃん。でも付き合いというか、互いに認知し合っている期間だけなら本当に10年は付き合いあるわけで。それを踏まえていま思い返してみれば中学まで僕は瑞星とずっと親友だったかもしれない───いやいやそんな過去は無かったな。うん。騙されかけた。危ない危ない。こうやって瑞星はクラスの初恋を簒奪していったんだろう。恐ろしい女だ。

 瑞星がにやにやと口弧を上げて、目を少し大きく見開く。

 

「そんな栄太だからこそ、私はアドバイスを送ります」

「……不承不承ながら一応聞こう」

「───友達って金で買えるんだよ?」

「それ一番やっちゃダメなやつ!」

 

 友人間でATM扱いされる未来が霞なく見えた! 碌でもないなおい!

 くそ……カラコロと楽しそうに笑いやがって……!

 さっきまで沈痛な面持ちで泣いてた奴の態度がこれか……!?

 

「ったく、そもそもさっきのは何だったんだよ」

「さっきの?」

「みんなから忘れ去られるだの何だのって思考実験の話。ありゃ結局どういう意味だったんだよ」

「ああ、そのこと」

 

 一転。

 瑞星は先ほどの状態に回帰するみたいに醒めた表情になった。

 寂寥感から身を守るみたいに無表情の鎧を纏い、泣き腫らしたあとの赤く充血した目で僕を見る。

 

「あれは、いまの私の話。私、世界から忘れられちゃったみたい」

 

 そのあっけらかんとした言葉は虚言と蹴飛ばすにはあまりにも重かった。

 

 公園で一人座って。

 雨か涙かも分からぬくらいに泣き腫らして。

 ずっと思い悩んでいただろう瑞星が、そんな世迷言を世迷言としてこの顔で言うとは到底僕には思えない。

 

 だからと言ってそんな無茶苦茶───知人も友達も家族すらも瑞星のことを忘れてしまったという、夢か現かで言えば確実に夢寄りの事象を、事実として受け入れるのもまたしがいない一般人の僕にとっては困難な話で。

 

「分かった。乗りかかった船だ。僕も手伝うよ」

 

 それでも、僕は差し伸べる。

 年月だけの幼馴染だろうが、女の子にかっこいい姿を見せたいのは結局男の本能なのだろう。

 ───と、こういう意気込みすら平凡の域を出ていないけども。

 しょうがない、僕はこういう人間なのだ。

 

 僕は瑞星の手を掴んで立ち上がらせた。

 

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